19 / 42
<19・底辺で這いずる虫>
しおりを挟む
自分が何か、間違いを犯したとは思えなかった。――否、マサユキは思いたくなかった。何故なら前世でも、現世でも。自分はただ与えられた環境の中、必死で“最善だ”と思える選択をしてきただけに過ぎなかったのだから。
『ああ、そういえば休んでたっけ、本村君』
子供の頃からそうだ。顔面偏差値で言えば、中の下。成績も、墜落するほどではないにしても平均より少し下で、運動神経もまるでいいところなし。恐ろしくブサイクという覚えられ方をしなかっただけマシという人もいるかもしれないが、それでも何処に行ってもほとんど人に記憶されない人生というのはどうなのだろう。
休んですみません、と言えば。そういえば休んでいたんだっけ、という態度。クラスでも部活動でも、同じ。頑張って体を鍛えようと思った野球部ではいつまでもレギュラーになることができず、球拾いさえおぼつかない男が誰かに記憶されることもなく。いてもいなくても役に立たない、いる覚えがない――そんな男がかけられる声はいつだって同じだった。
『え、お前休んでたのか。すまんな、気づかなかった』
何処に行っても、居場所なんかない。働くのも、人並のことをするのも、いつだっていっぱいいっぱいに努力をしているのに――それが、誰かに認められるほどの成果になることが一度もない。
優秀な兄と比較されるのが嫌で、社会人になると同時に一人暮らしをしてみたはいいが、それはそれで虚しいばかりだった。東京に出てきても、コミュニケーション能力が低く、空気も読めない男は恋人どころかまともに友人さえも作ることができなかったのである。飲み会に、義理以外で誘われることもなかった。上司のご機嫌取りにいやいや出席したところで、空気が読めないだのと叱責されるのが精々である。
『頼むから、これくらいのことは出来るようになってくれ本村。もう何年勤めてるんだ』
『自分より若い上司に命令されるのが嫌なのはわかりますけどね。それをあからさまに態度に出すのはどうなんですか、本村さん。こっちだって仕事なんですよ』
『会議の準備は任せたと言ったじゃないか。なんで時間になっても資料の用意ができてないんだ?……プリンターの使い方がわからなかった?それくらい他の同僚に聞いたらどうなんだ、それくらいできないのか本村!』
『昌之はもう、結婚する気はないんでしょう?……まあ、いいじゃないの。お兄さんが結婚してくれたから、それでお母さん達は満足してくれてるでしょうし』
名前を呼ばれるのは、いつだって非難されたり、叱責される時ばかり。
本当の自分を見てくれる人間や、頑張りを褒めてくれる人間はひとりもいなかった。どこもかしこも、面倒な人間関係にがんじがらめにされ、見目が良くコミュニケーション能力の高い人間ばかりが評価され、少しばかり不器用な人間はどんどん埋もれていくばかりである。こんなはずではなかった、本当の自分はもっとできるはずなんだ――そう思いながらも、マサユキが真価を発揮できる場面は四十を過ぎてもついぞ訪れることはなかったのだった。
休日に、部屋に引きこもってゲームをする社会人はきっと少なくないだろう。同時に、ネットでSNSに書き込みをしてストレスを発散する人間も。だが、マサユキの場合は、ただゲームをしたり書き込みをするだけではなかった。自分を認めない人間、上司、社会――独りでこもる部屋の中で、それらのはけ口は全てネットに向けられていったのである。
●●事件の犯人に似た者がいれば、こいつが犯人に違いないと晒し上げを行って拡散し。
ムカつく上司の黒い噂は、散々尾ひれをつけた上で実名をつけてネットに流した。
オンラインゲームをすれば、弱いクラスの連中に課金して作った最強装備で挑んでボコボコにし、その瞬間だけは“誰にも負けない天才的な俺”を演出し悦に浸ることができた。くだらない人間関係なんか全て忘れて、独りだけの世界に永遠に閉じこもっていたい。のんびりと、自分の言うことを聞かない連中がいない世界で生き、好きなだけ自分のためだけに時間を使い潰して行きたい。
前世の昌之は、そんな人間だった。――リアルでもネットでも非難されることは少なくなかったが、己が間違ったことをしたとは一切思っていなかったのである。悪いのはいつだって、一生懸命頑張る自分を認めない世の中の方だ。人と話すのが少し苦手なだけで、“やればできる”はずの自分の能力を伸ばそうともしなかった社会の方ではないか。自分は頑張った。滅茶苦茶頑張って来たのだ。努力もしないで好き勝手に喚くニートどもとは違う。ただ社会に埋もれてしまっただけの、隠れた才能が己には正しく眠っているはずなのである――。
――信じても、願っても、リアルの世界には都合のいい救世主なんか現れなかった。俺はいつまでも、くたびれて淋しい中年男のまま。このままクソ上司に冷たい目で見られて、ゴミだらけの部屋に埋もれて死んでいくんだって、そう思ってたんだ。だから。
異世界転生をしたと知った時――全身を震わせたのは、歓喜だった。自分が勇者に選ばれ、チート能力を貰えると知った時、どれほど今までの己の苦悩が報われたと感じたことか。
今までクソのような人間達に虐げられてきた分、これからは己のためだけに人生を謳歌していいはずだ。自分はそう認められたのだ、と実感した。これからは、マサユキを認めないような人間達なんぞと関わることなく、言うことを聞いてくれる“奴隷”だけを選んでまったりスローライフを送ることができる。冷たい部屋に篭る必要もない。太陽の下を、勇者として堂々と歩くことができるのだ。
そう、女神にそんな権利を与えられ、それを好きなように行使しただけのはずである。何故その自分が今、こうして北の国の城で拘束され――魔王の玉座の前に引き出されているのだろうか。自分がせっかく手にしたはずの女奴隷であるユージーンが、手当を受けた上で綺麗なドレスを与えられ、魔王に縋るように佇んでいるのか。お前は俺の女だろうが、とマサユキは歯噛みする。しかし、ユージーンは怯えた眼こそするものの、いくら、マサユキが命じても吠えてもこちらに戻ってくる気配はない。
まるで、マサユキの能力がなくなってしまったかのように。
「クソがっ……クソがあ!話し合いがしたいなんて嘘じゃねえかこの野郎!!」
マサユキが吠えて立ち上がろうとすると、即座に他の兵士達に背中から押さえつけられる。ギリ、と奥歯を噛み締め、拘束されている手枷とロープの痛みに耐えるマサユキ。そもそも、片腕片足が折れているので立てたところでまともに歩けるはずもないのだが。
「嘘つきどもめ!テメエらは全員“俺のスローライフに邪魔”だ!邪魔邪魔邪魔邪魔!全員消えろ、みんなみんな死んじまえってんだ!!」
叫ぶ、叫ぶ。だが、兵士の拘束が強くなる一方で、マサユキの能力が発動する気配はない。何故だ、と混乱する頭で考える。マサユキの力は、西の女神に認められた由緒正しきチートスキルであるはず。スローライフの邪魔をする者は、問答無用で排除できる力であるはずだ。今までだって、家に押しかけてきた連中は自分が叫ぶだけでみんな倒れてきた木の下敷きになり、崩落した土砂にうもれ、不慮の事故が起きてみんなみんな怪我をするなり死ぬなりでいなくなったというのに。
怪我をしたせいで歩くことが難しかったため、ユージーンの空間転移魔法で北の地に直接出向いて――そこからがあまりにも妙だ。北の町に到着した直後に、待っていましたとばかりに魔王の手下達に囲まれた。そして、そのまま拘束され、ユージーンとこうして引き離されてしまったのである。何故女神からもらったチートスキルが発動しないのか。いつもならこんな連中、簡単に消し飛ばすことができているというのに!
「無駄だって。そもそも君は、私の誘いに乗って西の地を離れてしまった時点で詰んでるんだよ、わかんないかなあ」
金髪碧眼の魔王は、どこか幼い口調で苦笑気味にそう告げた。勇者に仇なす魔王・アーリアの話は女神から聞かされていたが、まさかこんな若造であろうとは。まだ二十代――いや、未成年なのはほぼほぼ間違いあるまい。こんな尻の青そうな若造に、この自分が頭を垂れるなんて。前世の屈辱を思いだし、わなわなと拳を震わせるマサユキ。
「君達は、それぞれ三人の女神からそれぞれチートスキルを授かっている。君たちの力は、それぞれの女神の支配地域でのみ有効だ……って、女神様に教わらなかったのかい?」
「なっ……」
「まあ、それに気づいてたら、ノコノコ北の地に来たりしないよねえ。西の地の、マーテルの支配領域を離れた時点で女神の加護はなくなり、君の“スローライフを強制的に実現させる”チートスキルは失われる。そうなればただのおっさんでしかない君を制圧するのは造作もないことなんだよね。……あとは、君をいかに西の地域から引っ張り出すかってだけだったんだけど……思ってた以上に君の頭が空っぽだったみたいで助かっちゃったよ」
つらつらと告げる男の眼には、少なからぬ怒りの色が滲んでいる。何故だ、とマサユキは思った。自分はこいつに特に何も悪いことなどしていない。何故こんな風にイヤミを言われ、怒りを向けられなければいけないのかさっぱりわからなかった。
この期に及んでもまだ、マサユキは――己が悪いことをしたとは全く思えないのである。ただ自分の好きな生活をするため、貰ったご褒美チートを使って好きなように生きていただけ。そんなこと、勇者でなくてもみんなが当たり前のようにしていることではないか。何故自分だけが、邪魔をされなければいけない?否定されなければいけない?
農地を広げることも、農地を奪うことも、奴隷を奪ってくることも。特にこの、剣も魔法も科学もある世界なら尚更、誰でもやっていることであるはずなのに。何故、何故自分だけが。
「……俺は勇者だぞ。それも“何の罪も犯してない”じゃねえか。自分のところの農地にクレームつけてくるアホどもを返り討ちにはしたが、それだって正当防衛だろうが。他の勇者のやつらみたいに、争いを招いたり積極的に人を殺したわけでもねえ……!それなのに、正義面して俺を裁く権利がお前のどこにあるってんだ!!お前になんかしたわけでもねーだろうが!!」
認めない。認められない。
何故、前世でも現世でも、己ばかりが否定されてバッドエンドを押し付けられなければいけないのか。
「俺は変わったんだ……!前世のクソみたいな自分から、新しい自分に!勇者として、認められる人間になれたっていうのに!!お前みたいなやつに、俺の幸せを奪う権利がどこにあるってんだよおおお!!」
女神。ああ女神。いるならなんとかしろ。
自分は勇者だ。お前が選んだ勇者のはずだ。さっさと助けに来たらどうなんだ。勇者がいなくなって困るのは、他ならぬお前であるはずだろうが、それなのに。
「貴方のどこが、変わったっていうんですかね」
その時。その場に似つかわしくない、落ち着いた少女の声が響いた。
誰だ、と思って見れば。制服姿の少女が一人、玉座の間へと踏み込んでくる。ふわり、と少しだけ短いスカートを揺らしながら。
異世界人――それも、自分と同じ現代日本の人間だ、とすぐに分かった。あれは、誰がどう見ても中学か高校の女子の制服に違いないのだから。
「昔から、貴方は何も変わっていない。異世界転生しても、何一つ。だから……世界を変えることも、できなかったんです」
「誰だ、てめえ……」
「ああ、すみません。申し遅れました、勇者マサユキさん」
そして青い髪の彼女は、マサユキの前に立ち。うやうやしくお辞儀をして見せたのだった。
「私、貴方と同じ世界から参りました……日高紫苑と申します」
『ああ、そういえば休んでたっけ、本村君』
子供の頃からそうだ。顔面偏差値で言えば、中の下。成績も、墜落するほどではないにしても平均より少し下で、運動神経もまるでいいところなし。恐ろしくブサイクという覚えられ方をしなかっただけマシという人もいるかもしれないが、それでも何処に行ってもほとんど人に記憶されない人生というのはどうなのだろう。
休んですみません、と言えば。そういえば休んでいたんだっけ、という態度。クラスでも部活動でも、同じ。頑張って体を鍛えようと思った野球部ではいつまでもレギュラーになることができず、球拾いさえおぼつかない男が誰かに記憶されることもなく。いてもいなくても役に立たない、いる覚えがない――そんな男がかけられる声はいつだって同じだった。
『え、お前休んでたのか。すまんな、気づかなかった』
何処に行っても、居場所なんかない。働くのも、人並のことをするのも、いつだっていっぱいいっぱいに努力をしているのに――それが、誰かに認められるほどの成果になることが一度もない。
優秀な兄と比較されるのが嫌で、社会人になると同時に一人暮らしをしてみたはいいが、それはそれで虚しいばかりだった。東京に出てきても、コミュニケーション能力が低く、空気も読めない男は恋人どころかまともに友人さえも作ることができなかったのである。飲み会に、義理以外で誘われることもなかった。上司のご機嫌取りにいやいや出席したところで、空気が読めないだのと叱責されるのが精々である。
『頼むから、これくらいのことは出来るようになってくれ本村。もう何年勤めてるんだ』
『自分より若い上司に命令されるのが嫌なのはわかりますけどね。それをあからさまに態度に出すのはどうなんですか、本村さん。こっちだって仕事なんですよ』
『会議の準備は任せたと言ったじゃないか。なんで時間になっても資料の用意ができてないんだ?……プリンターの使い方がわからなかった?それくらい他の同僚に聞いたらどうなんだ、それくらいできないのか本村!』
『昌之はもう、結婚する気はないんでしょう?……まあ、いいじゃないの。お兄さんが結婚してくれたから、それでお母さん達は満足してくれてるでしょうし』
名前を呼ばれるのは、いつだって非難されたり、叱責される時ばかり。
本当の自分を見てくれる人間や、頑張りを褒めてくれる人間はひとりもいなかった。どこもかしこも、面倒な人間関係にがんじがらめにされ、見目が良くコミュニケーション能力の高い人間ばかりが評価され、少しばかり不器用な人間はどんどん埋もれていくばかりである。こんなはずではなかった、本当の自分はもっとできるはずなんだ――そう思いながらも、マサユキが真価を発揮できる場面は四十を過ぎてもついぞ訪れることはなかったのだった。
休日に、部屋に引きこもってゲームをする社会人はきっと少なくないだろう。同時に、ネットでSNSに書き込みをしてストレスを発散する人間も。だが、マサユキの場合は、ただゲームをしたり書き込みをするだけではなかった。自分を認めない人間、上司、社会――独りでこもる部屋の中で、それらのはけ口は全てネットに向けられていったのである。
●●事件の犯人に似た者がいれば、こいつが犯人に違いないと晒し上げを行って拡散し。
ムカつく上司の黒い噂は、散々尾ひれをつけた上で実名をつけてネットに流した。
オンラインゲームをすれば、弱いクラスの連中に課金して作った最強装備で挑んでボコボコにし、その瞬間だけは“誰にも負けない天才的な俺”を演出し悦に浸ることができた。くだらない人間関係なんか全て忘れて、独りだけの世界に永遠に閉じこもっていたい。のんびりと、自分の言うことを聞かない連中がいない世界で生き、好きなだけ自分のためだけに時間を使い潰して行きたい。
前世の昌之は、そんな人間だった。――リアルでもネットでも非難されることは少なくなかったが、己が間違ったことをしたとは一切思っていなかったのである。悪いのはいつだって、一生懸命頑張る自分を認めない世の中の方だ。人と話すのが少し苦手なだけで、“やればできる”はずの自分の能力を伸ばそうともしなかった社会の方ではないか。自分は頑張った。滅茶苦茶頑張って来たのだ。努力もしないで好き勝手に喚くニートどもとは違う。ただ社会に埋もれてしまっただけの、隠れた才能が己には正しく眠っているはずなのである――。
――信じても、願っても、リアルの世界には都合のいい救世主なんか現れなかった。俺はいつまでも、くたびれて淋しい中年男のまま。このままクソ上司に冷たい目で見られて、ゴミだらけの部屋に埋もれて死んでいくんだって、そう思ってたんだ。だから。
異世界転生をしたと知った時――全身を震わせたのは、歓喜だった。自分が勇者に選ばれ、チート能力を貰えると知った時、どれほど今までの己の苦悩が報われたと感じたことか。
今までクソのような人間達に虐げられてきた分、これからは己のためだけに人生を謳歌していいはずだ。自分はそう認められたのだ、と実感した。これからは、マサユキを認めないような人間達なんぞと関わることなく、言うことを聞いてくれる“奴隷”だけを選んでまったりスローライフを送ることができる。冷たい部屋に篭る必要もない。太陽の下を、勇者として堂々と歩くことができるのだ。
そう、女神にそんな権利を与えられ、それを好きなように行使しただけのはずである。何故その自分が今、こうして北の国の城で拘束され――魔王の玉座の前に引き出されているのだろうか。自分がせっかく手にしたはずの女奴隷であるユージーンが、手当を受けた上で綺麗なドレスを与えられ、魔王に縋るように佇んでいるのか。お前は俺の女だろうが、とマサユキは歯噛みする。しかし、ユージーンは怯えた眼こそするものの、いくら、マサユキが命じても吠えてもこちらに戻ってくる気配はない。
まるで、マサユキの能力がなくなってしまったかのように。
「クソがっ……クソがあ!話し合いがしたいなんて嘘じゃねえかこの野郎!!」
マサユキが吠えて立ち上がろうとすると、即座に他の兵士達に背中から押さえつけられる。ギリ、と奥歯を噛み締め、拘束されている手枷とロープの痛みに耐えるマサユキ。そもそも、片腕片足が折れているので立てたところでまともに歩けるはずもないのだが。
「嘘つきどもめ!テメエらは全員“俺のスローライフに邪魔”だ!邪魔邪魔邪魔邪魔!全員消えろ、みんなみんな死んじまえってんだ!!」
叫ぶ、叫ぶ。だが、兵士の拘束が強くなる一方で、マサユキの能力が発動する気配はない。何故だ、と混乱する頭で考える。マサユキの力は、西の女神に認められた由緒正しきチートスキルであるはず。スローライフの邪魔をする者は、問答無用で排除できる力であるはずだ。今までだって、家に押しかけてきた連中は自分が叫ぶだけでみんな倒れてきた木の下敷きになり、崩落した土砂にうもれ、不慮の事故が起きてみんなみんな怪我をするなり死ぬなりでいなくなったというのに。
怪我をしたせいで歩くことが難しかったため、ユージーンの空間転移魔法で北の地に直接出向いて――そこからがあまりにも妙だ。北の町に到着した直後に、待っていましたとばかりに魔王の手下達に囲まれた。そして、そのまま拘束され、ユージーンとこうして引き離されてしまったのである。何故女神からもらったチートスキルが発動しないのか。いつもならこんな連中、簡単に消し飛ばすことができているというのに!
「無駄だって。そもそも君は、私の誘いに乗って西の地を離れてしまった時点で詰んでるんだよ、わかんないかなあ」
金髪碧眼の魔王は、どこか幼い口調で苦笑気味にそう告げた。勇者に仇なす魔王・アーリアの話は女神から聞かされていたが、まさかこんな若造であろうとは。まだ二十代――いや、未成年なのはほぼほぼ間違いあるまい。こんな尻の青そうな若造に、この自分が頭を垂れるなんて。前世の屈辱を思いだし、わなわなと拳を震わせるマサユキ。
「君達は、それぞれ三人の女神からそれぞれチートスキルを授かっている。君たちの力は、それぞれの女神の支配地域でのみ有効だ……って、女神様に教わらなかったのかい?」
「なっ……」
「まあ、それに気づいてたら、ノコノコ北の地に来たりしないよねえ。西の地の、マーテルの支配領域を離れた時点で女神の加護はなくなり、君の“スローライフを強制的に実現させる”チートスキルは失われる。そうなればただのおっさんでしかない君を制圧するのは造作もないことなんだよね。……あとは、君をいかに西の地域から引っ張り出すかってだけだったんだけど……思ってた以上に君の頭が空っぽだったみたいで助かっちゃったよ」
つらつらと告げる男の眼には、少なからぬ怒りの色が滲んでいる。何故だ、とマサユキは思った。自分はこいつに特に何も悪いことなどしていない。何故こんな風にイヤミを言われ、怒りを向けられなければいけないのかさっぱりわからなかった。
この期に及んでもまだ、マサユキは――己が悪いことをしたとは全く思えないのである。ただ自分の好きな生活をするため、貰ったご褒美チートを使って好きなように生きていただけ。そんなこと、勇者でなくてもみんなが当たり前のようにしていることではないか。何故自分だけが、邪魔をされなければいけない?否定されなければいけない?
農地を広げることも、農地を奪うことも、奴隷を奪ってくることも。特にこの、剣も魔法も科学もある世界なら尚更、誰でもやっていることであるはずなのに。何故、何故自分だけが。
「……俺は勇者だぞ。それも“何の罪も犯してない”じゃねえか。自分のところの農地にクレームつけてくるアホどもを返り討ちにはしたが、それだって正当防衛だろうが。他の勇者のやつらみたいに、争いを招いたり積極的に人を殺したわけでもねえ……!それなのに、正義面して俺を裁く権利がお前のどこにあるってんだ!!お前になんかしたわけでもねーだろうが!!」
認めない。認められない。
何故、前世でも現世でも、己ばかりが否定されてバッドエンドを押し付けられなければいけないのか。
「俺は変わったんだ……!前世のクソみたいな自分から、新しい自分に!勇者として、認められる人間になれたっていうのに!!お前みたいなやつに、俺の幸せを奪う権利がどこにあるってんだよおおお!!」
女神。ああ女神。いるならなんとかしろ。
自分は勇者だ。お前が選んだ勇者のはずだ。さっさと助けに来たらどうなんだ。勇者がいなくなって困るのは、他ならぬお前であるはずだろうが、それなのに。
「貴方のどこが、変わったっていうんですかね」
その時。その場に似つかわしくない、落ち着いた少女の声が響いた。
誰だ、と思って見れば。制服姿の少女が一人、玉座の間へと踏み込んでくる。ふわり、と少しだけ短いスカートを揺らしながら。
異世界人――それも、自分と同じ現代日本の人間だ、とすぐに分かった。あれは、誰がどう見ても中学か高校の女子の制服に違いないのだから。
「昔から、貴方は何も変わっていない。異世界転生しても、何一つ。だから……世界を変えることも、できなかったんです」
「誰だ、てめえ……」
「ああ、すみません。申し遅れました、勇者マサユキさん」
そして青い髪の彼女は、マサユキの前に立ち。うやうやしくお辞儀をして見せたのだった。
「私、貴方と同じ世界から参りました……日高紫苑と申します」
0
あなたにおすすめの小説
処刑前夜に逃亡した悪役令嬢、五年後に氷の公爵様に捕まる〜冷徹旦那様が溺愛パパに豹変しましたが私の抱いている赤ちゃん実は人生2周目です〜
放浪人
恋愛
「処刑されるなんて真っ平ごめんです!」 無実の罪で投獄された悪役令嬢レティシア(中身は元社畜のアラサー日本人)は、処刑前夜、お腹の子供と共に脱獄し、辺境の田舎村へ逃亡した。 それから五年。薬師として穏やかに暮らしていた彼女のもとに、かつて自分を冷遇し、処刑を命じた夫――「氷の公爵」アレクセイが現れる。 殺される!と震えるレティシアだったが、再会した彼は地面に頭を擦り付け、まさかの溺愛キャラに豹変していて!?
「愛しているレティシア! 二度と離さない!」 「(顔が怖いです公爵様……!)」
不器用すぎて顔が怖い旦那様の暴走する溺愛。 そして、二人の息子であるシオン(1歳)は、実は前世で魔王を倒した「英雄」の生まれ変わりだった! 「パパとママは僕が守る(物理)」 最強の赤ちゃんが裏で暗躍し、聖女(自称)の陰謀も、帝国の侵略も、古代兵器も、ガラガラ一振りで粉砕していく。
【完結】異世界で神の元カノのゴミ屋敷を片付けたら世界の秘密が出てきました
小豆缶
ファンタジー
父の遺したゴミ屋敷を片付けていたはずが、気づけば異世界に転移していた私・飛鳥。
しかも、神の元カノと顔がそっくりという理由で、いきなり死刑寸前!?
助けてくれた太陽神ソラリクスから頼まれた仕事は、
「500年前に別れた元恋人のゴミ屋敷を片付けてほしい」というとんでもない依頼だった。
幽霊になった元神、罠だらけの屋敷、歪んだ世界のシステム。
ポンコツだけど諦めの悪い主人公が、ゴミ屋敷を片付けながら異世界の謎を暴いていく!
ほのぼのお仕事×異世界コメディ×世界の秘密解明ファンタジー
【完結】うさぎ転生 〜女子高生の私、交通事故で死んだと思ったら、気づけば現代ダンジョンの最弱モンスターに!?最強目指して生き延びる〜
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
女子高生の篠崎カレンは、交通事故に遭って命を落とした……はずが、目覚めるとそこはモンスターあふれる現代ダンジョン。しかも身体はウサギになっていた!
HPはわずか5、攻撃力もゼロに等しい「最弱モンスター」扱いの白うさぎ。それでもスライムやコボルトにおびえながら、なんとか生き延びる日々。唯一の救いは、ダンジョン特有の“スキル”を磨けば強くなれるということ。
跳躍蹴りでスライムを倒し、小動物の悲鳴でコボルトを怯ませ、少しずつ経験値を積んでいくうちに、カレンは手応えを感じ始める。
「このままじゃ終わらない。私、もっと強くなっていつか……」
最弱からの“首刈りウサギ”進化を目指して、ウサギの身体で奮闘するカレン。彼女はこの危険だらけのダンジョンで、生き延びるだけでなく“人間へ戻る術(すべ)”を探し当てられるのか? それとも新たなモンスターとしての道を歩むのか?最弱うさぎの成り上がりサバイバルが、いま幕を開ける!
異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します
桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる
社畜のおじさん過労で死に、異世界でダンジョンマスターと なり自由に行動し、それを脅かす人間には容赦しません。
本条蒼依
ファンタジー
山本優(やまもとまさる)45歳はブラック企業に勤め、
残業、休日出勤は当たり前で、連続出勤30日目にして
遂に過労死をしてしまい、女神に異世界転移をはたす。
そして、あまりな強大な力を得て、貴族達にその身柄を
拘束させられ、地球のように束縛をされそうになり、
町から逃げ出すところから始まる。
1歳児天使の異世界生活!
春爛漫
ファンタジー
夫に先立たれ、女手一つで子供を育て上げた皇 幸子。病気にかかり死んでしまうが、天使が迎えに来てくれて天界へ行くも、最高神の創造神様が一方的にまくしたてて、サチ・スメラギとして異世界アラタカラに創造神の使徒(天使)として送られてしまう。1歳の子供の身体になり、それなりに人に溶け込もうと頑張るお話。
※心は大人のなんちゃって幼児なので、あたたかい目で見守っていてください。
【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます
腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった!
私が死ぬまでには完結させます。
追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。
追記2:ひとまず完結しました!
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる