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<27・墜落の拾秒前>
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分析通りだ、と紫苑は内心でほくそ笑んだ。
マサユキに関しては、アヤナも“迷惑な勇者”という認識で一致していたはずである。彼を例に出して考察してみせること、そこからアヤナ自身への推察に向かうことで明らかにアヤナの関心を引くことに成功した。――自分の目的は、これで半分以上が達成されたも同然である。
紫苑の話に興味を引かせ、“もっと詳しく聞きたい”と思わせること。できればアヤナに“この女には利用価値がある”と考えさせること。そしてできれば――こいつに、己の言葉を話してみたいと思わせること。最初から、紫苑の目的はそこにあるのである。
彼女は気づいているだろうか。
彼女も、彼女の兵士達も。無意識に武器を下ろし、警戒を下げているということに。
――僕は貴方達と比べればあまりにも弱い。だからこそ、油断を誘いやすい。そして。
戦いになったら、即座に殺されるならば。
そもそも、戦いにならないような状況を作ればいいこと。向こうが“こいつなんかいつでも殺せる”と思っていれば、そもそも武器を向け続ける必要性を感じなくなるわけで。そして、簡単に殺してしまえばもったいないと思わせている限りは、無用な戦闘意欲そのものを削ぐこともできるのである。
戦いになったら負けるとしても。そうならないように動くことならば、自分にもできる。最初から紫苑の武器は“言葉”ただ一つだけであるのだから。
「アヤナさんの容姿は、顔立ちも含めて日本人っぽいものではないですよね。聞くところによると前世では特にハーフであったわけでもないとのこと。高い確率で、女神によって転生するときに容姿を変えて貰ったと予想することができます」
それだけ見ても、彼女が前世で己に対して自信を持っていなかったタイプであることは容易く想像がつく。少なくとも己の容姿に愛着や自信があったのなら、転生しても同じ容姿にしてくれるよう女神に望むはずなのだから。
「ゆえに、貴女は前世では己の容姿に自信がなかった……好きではなかったことがわかる。いえ、自信を持っていなかったのは己の容姿だけではないのでしょう。でなければ、“望んだ異性を恋奴隷にする”なんてものではなく、別のチート能力を望んだはずです」
「何が言いたいの」
「己の力だけで、異性を虜にする自信がなかったからこそ、その能力を選んだのでは?ということですよ。僕みたいな凡人からするとどうしても不思議で仕方ないんです。そんな能力などなくても、貴女ほどの美しさがあれば虜にできる男などいくらでもいそうなものですのに。貴女が自ら望んでその容姿になったということは、その姿はアヤナ、貴女が想像しうる最高の美少女であるに違いないのに。……それでも自信が持てなかった。一体どうして?」
ちらり、とアヤナの顔色を伺ってみる。自分に自信がなくてチートに頼ったんだろ!と解釈されても仕方のないことを言った自覚をある。機嫌を損ねられても仕方ない方向に話を持っていったのは間違いない。だが。
アヤナは何も言わない。明らかに、視線が泳いでいる。腹を立てる以前の問題で、見抜かれたことへの動揺が隠せないといった様子だ。
あと、ひと押し。
「前世で起きた出来事が、貴女から……外見のみならず、内面での自信さえも奪ってしまったのですね」
すっと、自然に一歩前へ。
アヤナはおろか、アヤナの奴隷達も咎めない。狙い通りだ。
「多くの男性を従えたいのは、そうすることで自分の正当性に、己の力に自信を持つことができるから。そして、僕のことを当初あまり快く思えなかったのは僕が魔王の手下であるからというだけではなくて……いや、それ以上に。僕が若い女であるという事実に、嫌悪感があったからだ」
『御託はいいわ、紫苑とやら。私、女とだらだら話す趣味はないの。元々お喋りな女って好きじゃないのよね』
必ずしもそうとは限らないが、それでも男性より女性の方が圧倒的に“お喋り”が好きである者が多いのは事実としてある。
勿論あまり長話をしたがらない者もいるといえばいるが、その分類には“静かでいることの方が好き”な者もいれば、“話すことが苦手”というケースなど様々なものが含まれていることだろう。
彼女の場合は、恐らく。多くのことを喋る女性という存在そのものに、嫌悪感を抱いている。己の話だけを聴いて欲しいから、他人に長時間話されるのが不愉快だからという可能性もあるが、恐らくこの場合は。
お喋りな女性、という存在に、嫌な思いをさせられたことがあるから、だ。
「女とだらだら話す趣味はない、と仰いましたね。一見すると単純に“同性に興味がない”という意味にも聞こえますが……こうも付け加えられた。“お喋りな女は好きではない”と。つまり、そこに該当しない女性は例外だ、とも受け取ることができるわけです。」
言葉尻を捉えた自己解釈。間違っている点もあるだろう。しかし、こういう小さな違和感や直感は存外馬鹿にならないものなのだ。
「貴女は、人の話そのものを聞くことそのものが嫌いなわけではない。現に今、僕の長い話にしっかりと耳を傾けてくださっているのですから」
さらに一歩、前へ。あと少し。
自分が縮めたいのはアヤナを倒せるような、物理的な距離ではない。――縮めるべきは、彼女の心の距離。倒すべきは、彼女の精神だ。
「……アーリア様の目的は、貴女に現世に帰ってもらって無事にこの世界を収めること。でも僕は……僕自身は、必ずしもその必要はないと思います。どうしても帰りたくない事情がある貴女に、無理に現世に戻れというのはあまりにも酷なことではありませんか。だから、どうか。話して頂けませんか。きっと事情がわかれば、アーリア様も納得してくださいますよ」
「わ、私は……」
「勿論、元の世界に戻りたいと思ったならそれはそれ。……僕が貴女だったなら、異世界で平穏に暮らすこと以上に……きっと別のことをも望んでしまうから。それは、元の世界でないと果たせないことですから」
「別の、こと?」
「ええ、別のこと、です」
何だと思いますか?とアヤナに微笑みかける。いつの間にか、アヤナと紫苑の距離は歩数にして三歩程度の距離まで近づいていた。あと少しで、手が届くほどの距離。それなのに、他の奴隷達が動かない。
紫苑に殺意がないことを察知しているのか。それならそれで好都合。実際、紫苑はこの場でアヤナを傷つける気など微塵もないのだから。――少なくとも、体の方は。
「復讐ですよ」
まだ、アヤナは気づかない。いや、気づけないのか。
紫苑が現世で、アヤナの前世に関する情報をくまなく集めた上で此処にいるのだ、という事実に。
「僕は、どうしてもそれが気になって仕方なかったんです。この世界にいれば、確かに貴女を過去に傷つけて苦しめた女達、貴女を見もしなかった男達と離れて……誰よりも貴女“だけ”を愛してくれる美しい男達に囲まれて、幸せに暮らすこともできるのかもしれません。でも、いいんですか?……元の世界で、貴女を散々苦しめ傷つけた連中が……何の罰も受けず、のうのうと暮らしているのを放置しておいて」
「そ、それは……!」
「復讐なんか良くないと、名探偵は言う。復讐で受けた傷は癒されないと正義の味方は言う。でも僕は。憎しみを、復讐を否定しません。傷つけられて、傷つけた相手を恨むことの何がおかしいのです?そんな綺麗事で、苦しみを飲み込んで……一体誰が、救われるというのですか?」
憎んでいいのですよ、と言う。
それは正しいと。間違いないではないのだと。過去の彼女の傷を暴き、晒し、そこにそっと手を差し伸べてみせるのだ。
それはつまり、復讐すること――現世に転生しなおすことでしか成し遂げられない“裁き”があることを彼女に思い出させるための。甘い甘い、罠。
そこから一体誰が逃げられるものか。紫苑は実際、己自身で“間違っていると思ったことは一言も言っていない”。真実だけで、本心だけで今、アヤナにトドメを刺そうとしているのだから。
「話したいことは、ありませんか?……僕なら、貴女の言葉を聞くことができます。現世の、混沌にまみれたあの世界を知っている、同じく異世界人である僕だからこそ……」
さあ、と手を伸ばすのだ。その折、それとなく自分自信の腕時計を見ていた。
耳に取り付けた小さな受信機に、紫苑にだけ聞こえるかすかな音が響く。我ながら役者だ。いい頃合ではないか。
「そ、そんなことを言っても、私は……私には……!」
彼女の手が、宙を彷徨う。視線が泳ぐ。紫苑を見、己を見、それから、それから――。
「勇者・アヤナ」
今、天国から。
「王手です」
地獄へ。
「え?」
次の瞬間、アヤナの周囲にいた恋奴隷の男性達が、一斉に消失した。体が青くノイズのように分解され、どこかえ消え失せる現象。彼女にもし魔法の知識があったなら気づいただろう。たった今、自分の周囲に転送魔法が発動したことに。そして、屋敷と屋敷の周辺にいた全ての男性が、一気にどこかに飛ばされたということに。
「クラリス!」
「了解!」
次の瞬間、クラリスが床を蹴っていた。護衛を失ったアヤナが悲鳴を上げる。彼女の手には、銃。しかし、元より戦闘は全て恋奴隷頼みにしていたアヤナである。平和な日本暮らしの前世の知識しかない彼女に、まともに武器が扱えるはずもない。引き金を引くよりも前に、クラリスに押さえ込まれ完全に制圧されてしまっていた。
「ど、どういうことよ!何がどうしてどうなってるの!」
屈強なクラリスに押さえ込まれ、彼女は身動き取れずに藻掻く。その眼には、涙が滲んでいた。
「あんた、私を騙したの!?理解者になるみたいな顔をしておいて!!」
「そんなこと、僕は一言も申し上げておりませんが?」
彼女は最後まで、気づかなかったようだ。クラリスを連れてきたのは本当のところ紫苑の護衛ではなく、最終的にアヤナを即座に制圧するための尖兵であったということ。
そして、この長いお喋りが全て――紫苑という最大の“囮”に彼女と護衛達の眼を集中させるためであったということに。
「最初から僕の策はこれ一つです。戦いは、僕が東の大地に到着した時には始まっていたんですよ」
紫苑は、囮。
自分に集中させ、注目させ――その間に、空間転送魔法の陣を仲間達が引き終えるまでの、時間稼ぎ。最初から、紫苑は言葉だけを剣と盾にして乗り込んできていたのだ。
アヤナに悟らせないために。同時に、今まで平気で人を傷つけてきたであろうアヤナに相応の罰を与えるために。
「罪もない男性達を弄び、奴隷にして傷つけ……その家族をも苦しめた罰を受けるといい。彼らは皆、北の大地にまで飛ばされています。東の地を抜ければ全ての洗脳は解ける……貴女もご存知でしょう?」
絶望の色を瞳に浮かべるアヤナ。その彼女を見下ろして、紫苑は宣言する。
「己の力を過信した、貴女の負けです」
マサユキに関しては、アヤナも“迷惑な勇者”という認識で一致していたはずである。彼を例に出して考察してみせること、そこからアヤナ自身への推察に向かうことで明らかにアヤナの関心を引くことに成功した。――自分の目的は、これで半分以上が達成されたも同然である。
紫苑の話に興味を引かせ、“もっと詳しく聞きたい”と思わせること。できればアヤナに“この女には利用価値がある”と考えさせること。そしてできれば――こいつに、己の言葉を話してみたいと思わせること。最初から、紫苑の目的はそこにあるのである。
彼女は気づいているだろうか。
彼女も、彼女の兵士達も。無意識に武器を下ろし、警戒を下げているということに。
――僕は貴方達と比べればあまりにも弱い。だからこそ、油断を誘いやすい。そして。
戦いになったら、即座に殺されるならば。
そもそも、戦いにならないような状況を作ればいいこと。向こうが“こいつなんかいつでも殺せる”と思っていれば、そもそも武器を向け続ける必要性を感じなくなるわけで。そして、簡単に殺してしまえばもったいないと思わせている限りは、無用な戦闘意欲そのものを削ぐこともできるのである。
戦いになったら負けるとしても。そうならないように動くことならば、自分にもできる。最初から紫苑の武器は“言葉”ただ一つだけであるのだから。
「アヤナさんの容姿は、顔立ちも含めて日本人っぽいものではないですよね。聞くところによると前世では特にハーフであったわけでもないとのこと。高い確率で、女神によって転生するときに容姿を変えて貰ったと予想することができます」
それだけ見ても、彼女が前世で己に対して自信を持っていなかったタイプであることは容易く想像がつく。少なくとも己の容姿に愛着や自信があったのなら、転生しても同じ容姿にしてくれるよう女神に望むはずなのだから。
「ゆえに、貴女は前世では己の容姿に自信がなかった……好きではなかったことがわかる。いえ、自信を持っていなかったのは己の容姿だけではないのでしょう。でなければ、“望んだ異性を恋奴隷にする”なんてものではなく、別のチート能力を望んだはずです」
「何が言いたいの」
「己の力だけで、異性を虜にする自信がなかったからこそ、その能力を選んだのでは?ということですよ。僕みたいな凡人からするとどうしても不思議で仕方ないんです。そんな能力などなくても、貴女ほどの美しさがあれば虜にできる男などいくらでもいそうなものですのに。貴女が自ら望んでその容姿になったということは、その姿はアヤナ、貴女が想像しうる最高の美少女であるに違いないのに。……それでも自信が持てなかった。一体どうして?」
ちらり、とアヤナの顔色を伺ってみる。自分に自信がなくてチートに頼ったんだろ!と解釈されても仕方のないことを言った自覚をある。機嫌を損ねられても仕方ない方向に話を持っていったのは間違いない。だが。
アヤナは何も言わない。明らかに、視線が泳いでいる。腹を立てる以前の問題で、見抜かれたことへの動揺が隠せないといった様子だ。
あと、ひと押し。
「前世で起きた出来事が、貴女から……外見のみならず、内面での自信さえも奪ってしまったのですね」
すっと、自然に一歩前へ。
アヤナはおろか、アヤナの奴隷達も咎めない。狙い通りだ。
「多くの男性を従えたいのは、そうすることで自分の正当性に、己の力に自信を持つことができるから。そして、僕のことを当初あまり快く思えなかったのは僕が魔王の手下であるからというだけではなくて……いや、それ以上に。僕が若い女であるという事実に、嫌悪感があったからだ」
『御託はいいわ、紫苑とやら。私、女とだらだら話す趣味はないの。元々お喋りな女って好きじゃないのよね』
必ずしもそうとは限らないが、それでも男性より女性の方が圧倒的に“お喋り”が好きである者が多いのは事実としてある。
勿論あまり長話をしたがらない者もいるといえばいるが、その分類には“静かでいることの方が好き”な者もいれば、“話すことが苦手”というケースなど様々なものが含まれていることだろう。
彼女の場合は、恐らく。多くのことを喋る女性という存在そのものに、嫌悪感を抱いている。己の話だけを聴いて欲しいから、他人に長時間話されるのが不愉快だからという可能性もあるが、恐らくこの場合は。
お喋りな女性、という存在に、嫌な思いをさせられたことがあるから、だ。
「女とだらだら話す趣味はない、と仰いましたね。一見すると単純に“同性に興味がない”という意味にも聞こえますが……こうも付け加えられた。“お喋りな女は好きではない”と。つまり、そこに該当しない女性は例外だ、とも受け取ることができるわけです。」
言葉尻を捉えた自己解釈。間違っている点もあるだろう。しかし、こういう小さな違和感や直感は存外馬鹿にならないものなのだ。
「貴女は、人の話そのものを聞くことそのものが嫌いなわけではない。現に今、僕の長い話にしっかりと耳を傾けてくださっているのですから」
さらに一歩、前へ。あと少し。
自分が縮めたいのはアヤナを倒せるような、物理的な距離ではない。――縮めるべきは、彼女の心の距離。倒すべきは、彼女の精神だ。
「……アーリア様の目的は、貴女に現世に帰ってもらって無事にこの世界を収めること。でも僕は……僕自身は、必ずしもその必要はないと思います。どうしても帰りたくない事情がある貴女に、無理に現世に戻れというのはあまりにも酷なことではありませんか。だから、どうか。話して頂けませんか。きっと事情がわかれば、アーリア様も納得してくださいますよ」
「わ、私は……」
「勿論、元の世界に戻りたいと思ったならそれはそれ。……僕が貴女だったなら、異世界で平穏に暮らすこと以上に……きっと別のことをも望んでしまうから。それは、元の世界でないと果たせないことですから」
「別の、こと?」
「ええ、別のこと、です」
何だと思いますか?とアヤナに微笑みかける。いつの間にか、アヤナと紫苑の距離は歩数にして三歩程度の距離まで近づいていた。あと少しで、手が届くほどの距離。それなのに、他の奴隷達が動かない。
紫苑に殺意がないことを察知しているのか。それならそれで好都合。実際、紫苑はこの場でアヤナを傷つける気など微塵もないのだから。――少なくとも、体の方は。
「復讐ですよ」
まだ、アヤナは気づかない。いや、気づけないのか。
紫苑が現世で、アヤナの前世に関する情報をくまなく集めた上で此処にいるのだ、という事実に。
「僕は、どうしてもそれが気になって仕方なかったんです。この世界にいれば、確かに貴女を過去に傷つけて苦しめた女達、貴女を見もしなかった男達と離れて……誰よりも貴女“だけ”を愛してくれる美しい男達に囲まれて、幸せに暮らすこともできるのかもしれません。でも、いいんですか?……元の世界で、貴女を散々苦しめ傷つけた連中が……何の罰も受けず、のうのうと暮らしているのを放置しておいて」
「そ、それは……!」
「復讐なんか良くないと、名探偵は言う。復讐で受けた傷は癒されないと正義の味方は言う。でも僕は。憎しみを、復讐を否定しません。傷つけられて、傷つけた相手を恨むことの何がおかしいのです?そんな綺麗事で、苦しみを飲み込んで……一体誰が、救われるというのですか?」
憎んでいいのですよ、と言う。
それは正しいと。間違いないではないのだと。過去の彼女の傷を暴き、晒し、そこにそっと手を差し伸べてみせるのだ。
それはつまり、復讐すること――現世に転生しなおすことでしか成し遂げられない“裁き”があることを彼女に思い出させるための。甘い甘い、罠。
そこから一体誰が逃げられるものか。紫苑は実際、己自身で“間違っていると思ったことは一言も言っていない”。真実だけで、本心だけで今、アヤナにトドメを刺そうとしているのだから。
「話したいことは、ありませんか?……僕なら、貴女の言葉を聞くことができます。現世の、混沌にまみれたあの世界を知っている、同じく異世界人である僕だからこそ……」
さあ、と手を伸ばすのだ。その折、それとなく自分自信の腕時計を見ていた。
耳に取り付けた小さな受信機に、紫苑にだけ聞こえるかすかな音が響く。我ながら役者だ。いい頃合ではないか。
「そ、そんなことを言っても、私は……私には……!」
彼女の手が、宙を彷徨う。視線が泳ぐ。紫苑を見、己を見、それから、それから――。
「勇者・アヤナ」
今、天国から。
「王手です」
地獄へ。
「え?」
次の瞬間、アヤナの周囲にいた恋奴隷の男性達が、一斉に消失した。体が青くノイズのように分解され、どこかえ消え失せる現象。彼女にもし魔法の知識があったなら気づいただろう。たった今、自分の周囲に転送魔法が発動したことに。そして、屋敷と屋敷の周辺にいた全ての男性が、一気にどこかに飛ばされたということに。
「クラリス!」
「了解!」
次の瞬間、クラリスが床を蹴っていた。護衛を失ったアヤナが悲鳴を上げる。彼女の手には、銃。しかし、元より戦闘は全て恋奴隷頼みにしていたアヤナである。平和な日本暮らしの前世の知識しかない彼女に、まともに武器が扱えるはずもない。引き金を引くよりも前に、クラリスに押さえ込まれ完全に制圧されてしまっていた。
「ど、どういうことよ!何がどうしてどうなってるの!」
屈強なクラリスに押さえ込まれ、彼女は身動き取れずに藻掻く。その眼には、涙が滲んでいた。
「あんた、私を騙したの!?理解者になるみたいな顔をしておいて!!」
「そんなこと、僕は一言も申し上げておりませんが?」
彼女は最後まで、気づかなかったようだ。クラリスを連れてきたのは本当のところ紫苑の護衛ではなく、最終的にアヤナを即座に制圧するための尖兵であったということ。
そして、この長いお喋りが全て――紫苑という最大の“囮”に彼女と護衛達の眼を集中させるためであったということに。
「最初から僕の策はこれ一つです。戦いは、僕が東の大地に到着した時には始まっていたんですよ」
紫苑は、囮。
自分に集中させ、注目させ――その間に、空間転送魔法の陣を仲間達が引き終えるまでの、時間稼ぎ。最初から、紫苑は言葉だけを剣と盾にして乗り込んできていたのだ。
アヤナに悟らせないために。同時に、今まで平気で人を傷つけてきたであろうアヤナに相応の罰を与えるために。
「罪もない男性達を弄び、奴隷にして傷つけ……その家族をも苦しめた罰を受けるといい。彼らは皆、北の大地にまで飛ばされています。東の地を抜ければ全ての洗脳は解ける……貴女もご存知でしょう?」
絶望の色を瞳に浮かべるアヤナ。その彼女を見下ろして、紫苑は宣言する。
「己の力を過信した、貴女の負けです」
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