チート勇者が転生してきたので、魔王と共に知恵と努力で撃退します。

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<26・言論の魔女>

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 交渉ではなく、話がしたい――紫苑と名乗った少女の心理を、アヤナは図りかねた。それも北の魔王の手下としてではなく、現代日本の人間として、と。

「……どういう意味かしら」

 アヤナがそう率直に尋ね返すのも、無理からぬことであるだろう。なんせこちらは完全に“交渉”に携わるつもりで身構えていたのだから。彼女の提案が利になれば利用するし、害になれば排除する。考えていたのは最初からそれだけ。
 それがまさか、危険を犯してまで“話がしたい”と来れば、困惑するのも無理はあるまい。

「私は……アヤナ、貴女と違って勇者ではありません。たまたま事故でこの世界に飛んできてしまっただけの異邦人です。この世界で生きていくつもりはないので、いずれ自分の世界に帰るつもりでいます」
「ああ、そう。それで?」
「何故帰るつもりなのかと言えば、やはり私の故郷は現世であるからというのがひとつ。もうひとつは、この世界は興味深くはあれ、私が生きていくのに適さないと考えるからです。魔法と科学がごっちゃになった文化に慣れるのが大変そうであるからもありますし、モンスターが出たり宗教戦争があったりと恐ろしいことばかりです。普通の人間で、運動音痴の私が後ろ楯もなしに生きていくのは大変だと感じます」

 だから疑問なのです、と少女は淡々と告げる。

「勇者アヤナ。貴女は、チート能力を与えられているとはいえ……元は普通の現代の日本人であったと伺っているものですから。どうして元の世界に帰りたいと思わないのかと。転生してしまっていますから、そのまま元の自分として生きていくのは難しくても。この世界と元の世界ではあまりにも常識が異なります。女神に頼めば再び現世に生まれ直すこともできるという話ではありませんか。何故この世界で生きる覚悟が出来たのです?」

 確かに、そのあたりは彼女が異世界人であればこそ不思議に思う点なのかもしれなかった。尋ねたくなる気持ちも、わからないことはない。
 だが。

「………話はわかったけど。貴女、まさかそれを尋ねるためだけに此処に来たわけ?」

 それは、自分達が普通に世間話くらいできる間柄であったなら、の話だ。彼女は武器も持たず、同じく丸腰の護衛一人だけ連れて敵地まで来ているのである。
 あまりにもリスクが見合わない。他に何か狙いがあるとしか思えない。

「………やはり、おかしいですよね、疑問は尤もです」

 アヤナが何に引っ掛かりを感じたのか、紫苑もすぐに察したのだろう。苦笑混じりに返してくる。

「交渉で来たわけではないと言いましたが、正確には………この話いかんでは、後日日を改めて交渉をさせていただきたいとは思っていました。それが、北の魔王様にもメリットがあるからです」
「どういうこと?」
「女神様が教えて下さいました。異世界から呼んだ勇者を元の世界に帰す方法はあるのかと。私のように“転生”ではなく、“転移”してきただけの一般人なら戻すのはそうそう難しいことではありません。しかし、貴女がたは選ばれた“勇者”であり、人の理を外れるほどの大きな力を与えられています。しかも、そのために一度死んでこの世界に生まれ直すということをしている。私のように簡単に行かないのは、火を見るより明らかではありませんか」

 その言葉に、思わずアヤナはメリッサの聖域がある方角へ視線を投げてしまう。一体どこのどいつだ、敵地の部下なんぞに余計な情報を漏らしてくれたのは。まあそれはメリッサではない別の女神なのかもそれないし、実質勇者が倒されて支配下に置かれることになった西の女神であるマーテルならばべらべらと色々なことを喋ってもおかしくはないのだけれど。
 もしメリッサだったらタダじゃおかない、とアヤナは思っていた。異世界転生させてくれ、チート能力をくれた彼女に恩義を感じているのは事実だが――それはそれ、別問題である。

「勇者を元の世界に生まれ直させることは、できる。しかしそのためには、勇者本人が元の世界に戻ることを同意しないといけない………」
「そこまで喋ったの、どこぞの女神は」

 それは、既にメリッサからも聞いている話だ。自分は絶対に元の世界に戻ることなんぞに同意しないから、関係ないと思っていたが。

「どの女神がそれを言ったのか気になるところだけど………まあ追求しないでおいてあげるわ。………なるほど、つまりあんたは私に、元の世界に帰ってもらいたいわけね?」

 やっと話が繋がった。同時に納得もした。確かにこのひ弱そうな小娘は、魔王アーリアに忠誠を誓う身ではあるらしい。事故で、望まずして異世界転移しておきながら何故そこまで?と思わなくもなかったし、優秀かどうかはまた別問題ではあるが。
 確かに、アーリアからすれば。アヤナが“元の世界に帰ってくれる”ことが一番手っ取り早く、楽な結末であるのは間違いあるまい。

「アーリア様は、平和主義ですから。話し合いで解決できるならそれに越したことはないとお考えなのです。アヤナ、貴女が元の世界に帰ることに同意してくだされば、北の地と東の地で血を流すことなく協定が結べることでしょう」
「はっ!あのヒヨコ頭のおぼっちゃんが考えそうなことね、で?」
「ただ、だからとって勇者アヤナ、貴女の意思を蔑ろにしたいとは思っていません。貴女がどうしても元の世界に帰りたくない事情があるなら、このような交渉などするだけ無意味です。なので、まずは貴女様のその“事情”をお伺いしたいと思いました」
「殊勝なことね。でもそれ、私が話す意味があるかしら?そんなプライベートなこと、見ず知らずの小娘に語るなんてゴメンだわ!って私が突っぱねたらどうするわけ?完全に無駄足よね?それどころか………」

 サッ、と手を上げて合図をするアヤナ。途端、アヤナの僕となっている麗しい男たちが一斉に剣を抜き、紫苑に向ける。ぎょっとしたように紫苑を庇う体制に入る、護衛であろう巨漢の女。しかし。
 おや、とアヤナは眉を潜めた。ただの女子中学生であるはずなのに、何故紫苑は顔色ひとつ変えないのか、と。

「随分と落ち着いているのね?私はその気になれば、簡単にあんた達を取っ捕まえて、アーリアへの交渉のカードにできるんだけど?」

 少しだけ、興味が沸く。女にどうこう感じる趣味はないが、そうではなく――彼女が今まで自分が見たことのない人種だと感じたから、というのが大きい。
 誰がどう見ても体を鍛えている様子もなく、武器を隠している気配もない小柄な小娘だというのに。

「できるでしょうね、貴女なら。でも、それは最後の最後にすればいいことでしょう。僕を捕まえなくても貴女は充分に強いし……それに体して僕はあまりにも貧弱ですから。兵士の方々の数もこんなに要らないことでしょう。隣のクラリスは強いですけど丸腰ですし、僕に至っては一般的な成人男性でも素手で取っ捕まえることができるレベルだと思います。なんせ運動神経ゼロなもので」

 それは自慢するようなことか、とついツッコミたくなるアヤナである。
 そう告げるわりに自信たっぷりに見えるのが非常に不思議なところであるが。

「お話してくださらなかったら、確かに困りますね。平和的に解決できる唯一の手段だと思っていましたから」

 ああでも、と紫苑は続ける。

「それならそれで、予想をお話させていただくまでなのですけど」
「予想?」
「勇者マサユキの挙動と、勇者リオウ、そして貴女の能力と容姿に言動。それらを見ていれば予想がつくこともあります。何故なら三人の勇者はみんな、前世のコンプレックスや願望をそのまま反映している傾向にあるからですね」

 言いながら、彼女はバッグを降ろして中身を探った。まさかこっそり武器でも持ち込んだのか、と一瞬身構えるも――出てきたのはタブレットである。それも、ホログラムを使ってプレゼンテーションを行える類いののようだ。残念ながらアヤナはアナログ派すぎて使いこなすことができなかったが。
 まさか、ここでそれを使って解説でもなんでもする気なのだろうか、この小娘は。

「勇者、マサユキの例は非常にわかりやすいことでしょう。彼はスローライフを実現させるためには、どんな無茶も通すという能力を持っていました」

 現れたのは、冴えないが取り立てて不細工でもない、おじさん勇者の顔だ。明らかに好みから遠かったこともあって、ろくに接触を試みたこともなかったわけだが。

「スローライフと言っても一概ではないでしょう。彼の場合は、“田舎でまったり農業ライフ”がそれに該当していました。彼が自宅の敷地に畑を作りたいと願えば、その場所がどんな不毛な土地であっても開拓された良い土の場所になり、果樹園になり、ハーブ園になった。そこに撒く種を手に入れたいと願えば、願っただけでその手に苗や種が出現した。そして労働力が必要ともなれば、彼に逆らうことのできない女奴隷が出現しました」
「それがどうしたっていうの?」
「彼のチート能力の歪みの話です。行きすぎた力はどこかに歪みを生みます。彼が手に入れた土地や畑は同じ西の地域のものを強奪したもの。種や奴隷も然り。彼はスローライフがしたいと言いながら、完全なゼロから自らの力でそれを実現させる努力……面倒を拒みました。というか、できなかったんでしょうね。それらを行うにはどうしても協力者を手に入れ、他者と交渉する力がいる。けれど彼は……彼が望む理想の世界には、“己と奴隷”以外が存在してはならなかったんです。だから、それらの努力が必要な行為は全て無意識のうちにチート能力で吹っ飛ばされた。……彼が、人と関わることにトラウマがあったから。雑用をする己を認められなかったから」

 思わず。ごくり、と唾を飲み込んでいた。確かにマサユキの能力にそういった歪みがあることは気づいていたが。それが、彼の“本質やトラウマ”を象徴しているなどとは考えもしなかったからである。
 彼の能力だけで、そこまで読み解いたというのか、この少女は。

「反面、彼の容姿は冴えない“おじさん”のまま。どうやらこれは現世と殆ど変わっていないようです。貴女とリオウは、それぞれ美男美女に生まれ変わったのに。これが意味するところは、容姿へのコンプレックスがあったか否か。違いますか?」

 紫苑はニヤリと笑みを浮かべて、告げた。

「マサユキはなかったから、そのままの容姿で問題なかった。では、貴女はどうでしょうね?」
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