竜の王子と鬼の花嫁

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<13・恩義。>

「くぁwせdrftgyふじこp!?!?!ああああああああああああああああああああすみませんすみませんすみません!ぜ、ぜんぜん気づかずにすびばせんはげぶっ」

 ビヴァリーはエミルに気付くと、立ち上がろうとして本棚に頭をぶつけた。そして、落ちて来た本に埋もれるというテンプレをやらかした。
 どさどさどさどさどさ、と落ちてくる本に埋もれていく小柄な少女。ひっくり返った拍子にスカートが裏返り、見事にパンツ丸出しとなってしまっている。この場にいるのが自分だけで良かったなあ、とエミルは斜め上の感想を抱いたのだった。

「だ、大丈夫!?お、落ち着いて、落ち着いてビヴァリーさん!た、大した用事じゃないし……!」
「ふぉんどれふかっ?わ、わらひ、ふぉんふぉよふぃはひへると、もーへんへんまふぁりのふぉとがひこへはくにゃるとひゅーか!しょれでものひゅごふ、みなひゃんにほへーまくふぉろはへひてひまふとひゅーか!!」
「ごめん、何言ってるか全然わかんない!」

 本の山に上半身が埋もれた状態で、スカートから伸びる足をばたばたさせながら言う少女。苦しくないのだろうか。とりあえず、本を一つずつどかしていくことにする。幸い、本棚自体はきちんと固定されているのか倒れてくる様子はなかった。
 救出した少女は髪の毛ぐっちゃぐちゃ、あっちこち埃まみれの酷い有様となってしまっている。頭をぶんぶん振ってそれらを振り払うと、彼女はやや目を回しながら“失礼しましたぁ”と頭を下げてきた。

「す、すみません。醜態を晒してしまいました。ま、まさかエミル様がこんな部屋を訪れられるとは思っていなくてですね……」
「い、いいですよ気にしないで。頭派手にぶつけてたけど大丈夫?」
「大丈夫です、ちょっと脳みそひっくり返りましたし、景色がぐるぐるしてますけど多分!」

 それは大丈夫と言わないのでは、とエミルは心の中でつっこむ。とはいえ、無断で部屋に入ってしまったのはこっちだ。驚かせてしまったのは申し訳なく思う。

「ご、ごめんね、急に来たりして。その、色々お尋ねしたいことがあったものだから。その……」

 なんというか、執念が凄い。
 ビヴァリーはひっくり返りながらも、読んでいた赤いハードカバーの本は手放していなかった。こうしている間も、しっかり握ったままとなっている。

「それ、『悪魔祓いのアナスタシア』ですよね?私も好きだったんです」
「えっ!?」

 少女はエミルの言葉に目を見開き、本とエミルの顔を交互に見た。

「ほ、本当ですかエミル様!?エミル様の祖国でも、アナスタシアは発売されてるんですか!?」
「うん。多分、言語翻訳の必要がないから簡単なんだと思います。昔からの同盟国だしね。アニメもやってるし、この間映画化も発表されましたよ。まだ予告編しか見てないけど、すっごくかっこよかった。特にデブリ役がハマってたなって」
「ここでデブリの名前を出してくるなんて!さてはエミル様、通ですね?」
「家に全巻持ってて、一巻から二十五巻まで何回も読み返しましたからね!さっき読んでたのは二巻でしょう?」
「大正解です!わああああ、嬉しい、憧れのエミル様と同じ趣味だなんて、ほんっとーに嬉しい!!」

 きゃあきゃあと可愛らしい声を上げて騒ぐ少女は実に微笑ましい。
 憧れ。そんな風に言われたことなどなくて、エミルは思わず頬が熱くなるのを感じる。
 思えば自分は故郷で、このように年の近い少女と話すような機会などなかった(見たところ、ビヴァリーは同い年か一つ年下くらいだろう)。鬼の子と恐れられ、酷いと石を投げられたり罵倒されるのが常だったから。

「憧れ、なんて。……貴女は、私が怖くないのですか?体も大きいし、力も強いし、真っ赤な髪で恐ろしいでしょう?」

 エミルが尋ねると、ビヴァリーはぶんぶんぶんぶん、と首を横に振った。それこそ勢いがつきすぎて、二つのお下げが顔を強打するほどに。

「とんでもない!わたしは、エミル様に命を救われたんですよ?命の恩人相手に、そんな失礼なこと思うわけないないない!」
「で、でも……」
「それに、そもそもドラゴニスト家が花嫁さんとして選んだお方が、そんな怖い人であるはずないです。わたし達使用人は、ドラゴニスト家の皆さまに全幅の信頼を置いてますから。特に、長男のオスカー様と、ご当主のバイロン様を慕う方は多いのです。お二人が認めた花嫁さんならば、我々が無条件で信頼するのは当然のことなのです!」

 えっへん、と胸を張る少女。背中を逸らした途端、立派な胸が大きく揺れた。小柄だが、出るところは出ていて引っ込んでいるところは引っ込んでいる、なかなか羨ましい体型をしている。

「ビヴァリーさんは、ドラゴニスト家の皆様のことが大好きなんですね」

 その言動で、なんとなく一家の人柄も知れるというものだ。しかも彼女は“我々”と言った。ビヴァリー個人だけの話ではない、というのは明白である。

「ビヴァリーさんは見たところ十五歳、くらいですよね?この年で、こんな山奥のお屋敷で住み込みで働いてらっしゃるのです?」
「そーですね。私は八歳からここでお勤めさせていただいてます。と言っても、使用人って名目だけどお仕事するようになったのは十二歳の頃からで、それまではほとんど養子みたいなものでしたが」
「と、いうと?」
「わたし、みなし子だったんです。それも結構な下層階級の。もう隠してないのでぶっちゃけますけど……それはもう、スラム街で生きるためならなんでもしていた、というか。今でこそ本の虫ですけど、最初はろくに字も読めなくて」

 ははは、と乾いた声で笑うビヴァリー。

「わたしのお母さん、娼婦ってやつで。わたしを産んで暫くして死んじゃったんですよね。まあ、今思うとそれもしょうがないのかなってかんじ。男の人と寝て妊娠して流産して、また男の人と寝て流産しての繰り返し。わたしが生まれたのが奇跡みたいなもんだし、わたしのお父さんが誰なのかも知らなかったみたい。でもって、記憶の通りだと、お母さんは仕事のためだけじゃなくて……多分セックス中毒っていうの?それで仕事やめられなかったみたいなかんじだったし。そんなことしてたら弱って病気貰って死んじゃうのも仕方なかったのかなって」

 だから、と彼女は続ける。

「わたしもそういう仕事しか知らなくて。といっても、七歳とかそこらじゃろくに本番なんかできないから、男の人を口と手で満足させるだけで精一杯だったんですけど……ってあああ!ごめんなさい、こんな下品な話聞きたくないですよね!?つ、つい口が滑っちゃって……!」
「……いえ、いいんです。でもそれは……とてもつらかったでしょうね」
「そーですね。きもかったし、不衛生でいっつもお腹壊してばっかりだったし。でもいいんです、今わたしは、ドラゴニスト家に拾ってもらって幸せなんですから!」

 その言葉に、嘘はないようだった。壮絶な過去を語りながらも、少女の笑顔は明るい。ひらひらと手を振り、本当になんでもないように話す。
 辛いことを乗り越えてきたというのもあるし、多分生来明るい性格なのだろう。こういう子は、どこに行っても好かれるものだ。なんと逞しいことであることか。

「ドラゴニスト王国にも養子制度はありますが、結構制約が厳しくて。その上、この家はドラゴンの血を継いでいかないといけないから、そうそう養子をとるわけにもいかないんですよね。だから名目上、使用人として雇うってことにして孤児を拾ってくださるんです。わたしはメイドですけど、メイドとして働く分技術や社交性もみがけますし……同時に、勉学も学ばせてもらってますから何一つ不自由はないんです。ドラゴニスト家の皆さまもわたし達使用人のことをきちんと人間として扱ってくださいますしね」

 ちらり、と彼女はドアの外へ視線を投げる。

「わたし達のリーダーである、執事頭のドリトンさん。あの方も、元は孤児で、先々代に拾われた方だと伺っております。雇われている警備兵の方には祖国を追われた人もいるし、酷い軍隊から逃げてきた人もいる。……そんな方々を、危険を顧みず匿って雇ってくれる、人間として大切にしてくれる。だからわたし達はみんな、バイロン様やオスカー様のことが大好きなんです!」
「そうなんですね」
「ええ。そうなんです。だから」

 ずずずずず、とビヴァリーはエミルの方に身を乗り出して言った。

「わたし達、エミル様とオスカー様が仲良しになれるように全力でバックアップしますからね!なーんでも相談してください!オスカー様は絵ばっかり描いてらっしゃるので他に趣味がないように見えますけど……あれは勉強熱心なだけで、好きなことがないわけではないと思うんです。面白い趣味を教えて差し上げたら、きっと飛びつくタイプだと思うんですよね!それをきっかけにぜひ、ラブラブになっちゃってください!」
「も、もう!」

 彼女の自分への態度で、なんとなく想像がついた。――もし、ドラゴニスト家が使用人たちを上から押さえつけるようなことをしていたのなら。そのドラゴニスト家にやってきた花嫁に対して、こんなにフレンドリーに接するようなことなどしないだろう。
 演技ではない。彼女達は心から、ドラゴニスト家の主人たちを家族のように愛しているし、感謝している。そして幸せを願っている。
 なんだか胸の奥がぽかぽかしてくるではないか。不思議なことだ。彼等からすれば、自分の見目も力も異質で、奇異なものとして映ってもおかしくないはずなのに。

――そんな小さな違和感を覆すほどの、信頼。……私も、もっと彼らのことが知りたい。

 エミルはビヴァリーの手元に目を落とす。本があちこちに散らばっているが、粗末に扱われている様子はない。同時に、どれもこれも何回も読み返したのか、ページがややよれていたり、紙が黄ばんだりしている。
 このような部屋をまるっと一つ与えられている時点で、一家がこの少女を大切にしているのがわかるというものだ。そもそも、本を買うお金と自由がなければこのようなことにもなっていないのだから。

「……なら、早速だけどビヴァリーさん。私に力を貸していただけませんか?」

 エミルは自然と口角が上がるのを感じながら、口を開いたのだった。

「私、オスカー様の究極魔法のお手伝いをしたいんです。同時に、オスカー様にもっともっと楽しいことを知ってもらいたい。……何か、おすすめの本はありませんか?」
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