竜の王子と鬼の花嫁

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<20・秘密。>

 パスタ自体は、ドラゴニスト王国発祥の食べ物だが。そのうちのミートソースは、オーガスト聖国が発祥だ、というのは意外と知られていないことである。
 なんならナポリタンもオーガスト聖国の料理人が考えたものである。――ナポリアナ、なんてドラゴニスト王国の都市の名前からとった料理名であるにも関わらず。

「昔からうちの国の人って、魔改造が得意だって言いますからねえ」

 エミルはミートソースを箸で混ぜながら言う。箸を使うのはオーガストの国の者だけだ。ドラゴニスト王国では“お箸下さい”は通らないかと思っていたが、対応してもらえて本当に良かったと思う。
 ドラゴニスト家に嫁いできてからナイフとフォークの使い方はかなり勉強したものの、それでもオーガスト人としては箸が一番食べやすいのである。

「その魔改造料理に一定の定評があるせいで、元の国に逆輸入されたりなんてこともあるとは聞いてましたが。まさか、ドラゴニスト王国のレストランに、ナポリタンとミートソースのメニューがあるとは思ってみませんでした」
「ははは、どっちもうちの国の皆さんは好きみたいですよ。なんなら、先日“究極のミートソース選手権”なんてのが王都で開かれてたくらいです。全国各地から、腕利きの料理人が来てミートソースづくりに精を出して勝利を競ったと」
「え、何それ美味しそう」

 言いながらつるり、とスパゲッティを吸い込む。トマトの香りが強い。告いで舌先に転がる肉の触感。
 ひき肉なんかどれも一緒と言っている人もいたが、とんでもない。“良い肉”と“クズ肉”の違いは、ひき肉こそ明らかなものだ。それでいうと、このレストランは良い肉を使っているのが分かる。臭みがないし、よく味が沁みている。舌先でとろりととろけるようでなんとも香ばしい。
 それでいて、スパゲッティの僅かに芯を残したアルデンテっぷり。たまらない。とどのつまり――これは絶品!

「うんまい!」

 思わず声を上げてしまい、慌てて口を押えた。ちょっと下品だったかと思ったのである。しかし、同じくナポリタンを一口食べたオスカーはころころと鈴が鳴るような声で笑っていた。

「ふふふふふっ!エミルさん、すごくいい顔です!よっぽど美味しかったんですね」
「あ、あ、すみません私!品がない言葉遣いを!」
「気にしないでください。それほどリラックスされてるってことでしょう?堅苦しいよるずーっといいです。というか、思ったよりチーズかかってるんですね、それ」
「あ、そうそう。チーズも香りがいいんです」

 ずい、とエミルはお皿を前に突き出す。

「オスカー様も食べて見ます?一口。こっちも美味しいですよ」
「そうですか?あ、じゃあわたくしのナポリタンもどうぞ」

 お皿を交換して食べあうなんて、貴族の方々が見たら“マナーはどこいった!?”と叱られそうな勢いである。しかし、オスカーはまったく気にする様子もない。人が箸をつけた皿でも全然平気であるようだ。――あるいは、相手がエミルだから、だろうか。それならそれで嬉しいけれど。

――あー、こっちもうんまい。これどこのソーセージだろ……。

 そして、彼が注文したナポリタンも非常に美味しかった、と言っておく。ミートソースより少しばかり太くてふわふわした麺、苦み抑えめのピーマンに、まるまるした濃厚な味わいのソーセージ、甘い人参。
 自分もこれくらいなら作れるかな、と思う。ナポリタンという料理がオーガストで広まった背景は、他の料理より簡単に作れるからというのもあるのだ。
 自分は妻とはいえ、貴族の家に嫁いだようなものなので料理を自分でする必要はない。仕事は主に彼の研究を手伝うことで、家事自体ほとんどする必要がない。それでも、愛する人に手料理を食べて欲しいと思うのは妻としてごくごく当たり前の心であるはずだ。

――ミートソースも挑戦してみたいな。……ここまで美味しく作れる自信はないけど。

 ちらり、と顔を上げてみる。ミートソースを食べたところで、オスカーもまた顔を輝かせていた。

「わあ、こっちもいいですね!濃厚なトマトとチーズの香りがたまらないです!」
「でしょ!」

 美味しいものは、人を笑顔にしてくれる。そして幸せな気持ちを共有させてくれる。
 だからエミルは、食べる事が好きなのだ。オーガスト聖国の小さな町にいた頃もそう。家族四人での食事だけは、いつもほっとした気持ちで、温かい時間を共有できていたのだから。



 ***



 大食いと言いたければ言え。
 お金があるのをいいことに、エミルはそのあとさらに二皿平らげてしまっていた。実に申し訳ない気持ちでいっぱいである。オスカーはその見た目通り、子供と同じくらいの量しか食べられなかったのに。

「ごめんなさい、なんかこう、自重できなくて……」
「とんでもない!エミルが美味しそうに食べてるのを見るだけで、わたくしもおなかいっぱいになれますから!」

 小さくなるエミルに対して、オスカーは本当にうれしそうである。彼が笑うたび、耳元の星型イヤリングがふわふわと揺れた。もう何度これを言ったかもわからないが、いちいちあざといくらい可愛らしい人ではないか。

「そう言って貰えるなら、いいのですけど……そ、そうだ、デザート!オスカーさんは一皿しか食べてませんし、デザートは欲しいですよね、ね!?」

 誤魔化すようにメニュー表を引っ張り出すエミル。このレストランはデザートも豊富だ。アイスクリームからパフェ、ケーキ、クッキーの類まであるらしい。最初にパスタのメニューを見た時から気になっていたのである。
 さすがにここまでパスタを頼んでしまったので、デザートは一つに絞っておきたいところ。正直エミル的には、デザートは完全に別腹なのだが。

「エミル」

 ケーキかパフェか、それが問題だ――と思っていた時だ。オスカーがふと、さっきとは違う声色で声をかけてきたのだった。

「何か、わたくしに話したいことがあるのではないですか?」
「えっ」

 どきり、とした。今日のデートの折、いい加減秘密にしてきたことをちゃんと話さなければいけないと思っていたのである。しかし、映画も食事も楽しすぎて、すっかりそのタイミングを逃してしまっていた。大事な話だし、いつまでも先延ばしにしていいことではないというのに。
 エミルが視線を泳がせたので、図星なのはすぐにばれてしまったことだろう。オスカーは、そっとテーブルに置いたエミルの手に自分の手を重ねて、まっすぐこちらを見てきたのだった。

「何か、エミルには秘密にしていることがあるらしい。……それは最初に出会った時からなんとなく察していました。貴女はいつも何かを言おうとして、でもそれを誤魔化すようなそぶりを繰り返してきましたから。……わたくしがエミルを忙しくさせてしまって、それでタイミングを逃してしまっていたというのもあるのでしょうけど」
「お、オスカー……」
「どんな秘密なのか、わたくしも正直不安で、いろいろ想像してしまったものです。よっぽど勇気がいるような秘密なのでしょう。同時に、いずれわたくしに明かさなければいけない内容だ、ということも。ですが……」

 彼は困ったように笑って言ったのだった。

「いろいろ考えたんですけどね。わたくし、エミルに告げられてショックな内容なんて、二つしか思いつかないんです。ですので、その二つでないことを心から祈ってきたんですよ」
「二つ、とは?」
「わたくしと別れたいとおっしゃられるか、貴女の余命が僅かだとおっしゃられるかです。もしこの二つだった場合、本当にどうすればいいのかわからなくなると思います。それほどまでにわたくしはもう……貴女なしでは考えられない。わたくしの人生に、貴女は絶対必要な人なんです」

 細い指。小さな掌。未発達で、華奢で――されど力強く、エミルを繋ぎ止めようとする手。
 微かに伝わってくる鼓動と、不安気な震え。

「一目惚れだったと言ったのは、本当です。でもその後もわたくしの気持ちは何も変わることなどなかった。貴女は……貴女はわたくしのような見た目の者も馬鹿にしない、子供扱いしない。何より、常にわたくしとこの国のために、何ができるかを全力で考えてくださっている。そのような方を、誰が愛さずにいられるでしょうか」

 ぎゅっと、絡む指先。

「好きです、エミル様。……何があっても、その気持ちは揺らぎません。わたくしは、貴女を心から愛しています。その上で……仰りたいことがあるのでしたら、是非。先に言いますが、もし貴女が仰りたい秘密があの二つ以外ならば、わたくしは受け止める覚悟がございます」
「オス、カー……」

 ズルいことを言っているのは自分でもわかっているのだろう。オスカーの瞳には罪悪感の色も見え隠れしている。実際、エミルが伝えたい秘密が先の二つのどっちかだった場合、間違いなくオスカーを傷つけることになるのだから。
 でも、エミルは。

――信じたい、この人を。この人なら、きっと。

 この人なら、受け止めてくれる、きっと。

「わたくしは……」

 卑怯だとわかっていてもなお、告げるのだ。

「わたくしは、子供が産めないのです。……黙っていて、本当に申し訳ございません」
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