竜の王子と鬼の花嫁

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<21・告白。>

 それは、エミルが七歳、弟カミルが六歳の時に起きた事件。そう、エミルが鬼の再来と恐れられるようになったあの一件だ。
 山から下りて来た巨大なクマ――今思うとあれは動物ではなくモンスターだったのかもしれない。農作物を荒らし、人間さえも食い散らかして町に莫大な被害をもたらしたのだ。猟銃も刃物も役に立たず、学校もしばらく休校になっていたという。
 運悪く遭遇してしまったのは、学校を休みがちだったために事実を知らんなかったエミルとカミルの姉弟。二人で町に買い物に行った矢先のことだったのだ。

『なんで今日、どこの商店も閉まってるんだろうね?』
『さあ……?みんな風邪ひいちゃったのかなあ?』

 呑気にそんな会話をしていたのを、よく覚えている。まさかその矢先――角を曲がった先で、クマと遭遇するなんて思いもしなかったこと。
 それは自分達の体長の二倍以上ある、巨大な体躯のクマだった。黒々とした毛並み、血走った眼。後に聞いたところによると、あれでメスのクマだったという。
 メスのクマは子育ての時期に非常に狂暴になる。子供を守るため攻撃的になりやすいのだ。そのクマは一匹だけだったが、後になって子熊の死体が二頭分見つかっていたとのこと。ひょっとしたら、そちらは外敵か、さもなくば人間に討伐されてしまったということなのかもしれない。
 いずれにせよ子を失った母熊は憎悪に燃えていた。食料を欲したというより、子熊を失った悲しみで暴走していたのではなかろうか。そしてそれは、何も知らないエミル達に向けられたのだった。
 もし。カミルが傍にいなかったら、エミルは逃げる選択をしたかもしれない。だが、幼い頃弟は体も弱く、足も遅かった。彼を連れて逃げるのは至難の業と判断したのだ。
 ゆえに、戦う選択をした。
 足に組み付いて引き倒すと、目を抉り、腕をへし折り、最後には首を折ってトドメを刺した。クマは大暴れして爪を振り回し、エミルの腕や腹を抉ったがそれでもエミルは止まらなかった。愛する弟を守れる方法を、他に知らなかったものだから。
 騒ぎを聞きつけた人々が集まってきて、しかし彼等は誰も助けてはくれなかった。いや、それは仕方ないことなのかもしれない。血まみれで格闘する巨大なクマと少女。どちらの姿も鬼気迫るもので、到底手出しできるものではなかっただろうから。
 ただ。

『姉ちゃん、姉ちゃん!ごめんなさい、ごめんなさい姉ちゃん!助けられなくて、ごめんなさいっ!』
『か、カミル……』

 多分。エミルが鬼の先祖返りでなければ、致命傷だったはずだ。熊の爪は、エミルの下腹部を深々と抉っていたのだから。

『大丈夫、大丈夫、だから、ねえ。姉ちゃんは、大丈夫だから、泣かないで……』

 クマを退治したとはいえ、代償は大きかった。
 エミルの力を見た人々と、あの怪我で生き残った生命力を人々は恐れた。オーガスト家はやはり鬼の一族なのだと、エミル・オーガストは鬼の先祖返りなのだと。また、町の人間達を虐げるかもしれない存在なのだと。
 そして。
 内臓がはみ出すほどの怪我をしたエミルもまた、何もかも無事とはいかなかった。特に幼い頃は、その回復力も万全でなかったから尚更に。
 エミルは病院で、子宮と卵巣をすべて摘出することになった。――七歳にして、二度と子供が望めない体となってしまったのである。

「……黙っていて、本当に申し訳ありません」

 エミルは深々と、目の前のオスカーに頭を下げた。

「この婚姻の目的の一つが、私とオスカー様の間で子どもを作ることであろうということはわかっていました。それが、両国の結束の証になるのだと。ですが……私は幼い頃既に、子供が作れぬ体となってしまっています。ニ十歳を超えてどれほど夫婦の営みを行っても、私では……オスカー様の子供を産むことはできません」
「エミル……」
「それでもこの政略結婚を受けたのは。……生まれて初めて、私のような人間が、誰かの役に立てるのが嬉しかったから。同時に……あの町を離れる理由ができたからに他なりません。あの地は私の故郷で、愛する家族と育った土地です。愛情はあります。ですが、それ以上に……あの場所で大人になることが私は辛かった。永遠に、鬼の子だと石を投げられ続けるくらいならば、鬼である私を知らぬ人のところへ逃げてしまいたかった。そして、どんな理由であれ私の力を必要としてくれる人がいる。……私の体のことが知られたら、この政略結婚自体がきっとなくなってしまう。それが恐ろしくて、悲しくて、私は……。本当にごめんなさい……!」

 今までオスカーと接してきて、彼が性欲や子供を作ることをほのめかしてきたことは一度もなかった。オスカーからされたことといえば、精々キスをすることと抱きしめられることくらい。
 それでも、彼もまた男性だ。見た目は十歳でも、精神年齢は二十二歳の立派な大人なのである。何も思っていないはずがないし、望んでいないはずがない。それなのに、気持ちに応えることができないなんて――これほどの裏切りがあるはずがないのだ。
 ここで離縁すると言われても仕方ない。それほどの大きな秘密。もっと早く告げれば傷も浅くて済んだし、なんなら政略結婚の話が持ち上がっていた時点で語っていればこのようなことにはならなかったというのに――。エミルの胸は今、後悔と罪悪感でいっぱいである。
 ああ、よくよく考えれば。楽しいデートの途中で、こんな話などするべきではなかったかもしれない。自分のせいで台無しにしてしまったのでは、本末転倒ではないか。

「……良かった」

 しかし。
 予想に反して、オスカーから漏れた言葉は。

「良かった。本当に良かった……!ああ、ごめんなさい、エミル。本当にごめんなさい。貴女はものすごく辛い思いをしてきたのに、秘密を抱えて苦しかったでしょうにわたくしは今……心から安堵してしまっているのです」

 ああ、良かった。
 彼は目に涙を浮かべて繰り返したのだった。

「エミルが重たい病を患っていてもうすぐ死ぬとか、そういう話でなくて本当に良かった。……ごめんなさい、こんなこと、不謹慎にもほどがあるのですけど……」
「オスカー様……?私は、オスカー様にこんな大事なことを内緒にしていたのですよ?裏切りだと思わないのですか?」
「思うはずがございません。妻の役目が子供を産むことだけなど、そのように思う方がどうかしています。今どき子供を作らない夫婦などいくらでもいるではないですか。生まれつき子供が作れない体の者だっております。子供がいなかったら、その夫婦に愛はないのですか?価値はないのですか?そのような考え方、時代錯誤も甚だしいではありませんか」

 彼は慌てたようにハンカチで涙をぬぐうと、きっぱりと告げる。

「なんならわたくしは。エミルが実は男性でした、と告げられても受け入れるつもりでおりましたよ?わたくしが愛したのは女性という性別ではなく、エミルという個人なのですから」

 そこまで、とエミルは胸がきゅうっと締め付けられるような心地となったのだった。それは苦しいからではない。喜びで、言葉に尽くせぬからだ。
 ああ、そうだ。自分は知っていたはずではないか。オスカーが自分のことを、見た目のみならず性格と愛情で判断して魅力を感じてくれていること。最初から、ありのままを受け止めてくれる人であったことを。
 杞憂だったのだ、完全に。
 子供が作れない体であることで、捨てられるなんてありえないほどに。

「子供の事でしたら心配不要です。わたくしには、弟も妹もおりますから」

 ぽんぽん、とエミルの手をやさしく撫でながら言うオスカー。

「どちらかが子供を作ってくれればそれでいいのです。特に、弟にはすでに婚約者がおりますし、たくさん子供を作るのだと息巻いているのですよ」
「そう、なのですか?」
「ええ、それに。……わたくしは跡取りですが、最初から子供は期待されておりません。というより、エミルの体と関係なく、わたくしは子供が作れないのです」

 どういうことだろう、と彼をまじまじと見てエミルは気づいた。
 もしや、オスカーは。

「わたくしは十歳で成長が止まってしまい、二次性徴を迎えることができておりません。精通も来ていないのです。恐らく一生このままの体なのでしょう。仮にエミルが子供を作れる体であっても、わたくし相手では子供を産むことなどできなかったのです」
「ご、ごめんなさオスカー!私、そんなことにも気づかずに……!」
「謝るべきはこちらです。むしろこの話をもっと早く伝えていれば、貴女も何も気兼ねなく秘密を打ち明けられたのですよね。……二十歳になる前にお伝えすればいいだろう、なんて思ったのが間違いでした。長らく苦しめてしまって申し訳ありません」
「い、いえ!いえ、全然、気にしませんから!」

 なんだ、と。不謹慎ながら、安堵してしまった自分がいる。つまり、この婚姻は最初から、子供なんて期待されたものではなかったということである。跡取りというからてっきり、自分は彼との間にたくさん子供を産むことを求められているとばかり思っていた。鬼の血と竜の血を継ぐ子供をたくさん作るように、と。
 でも、そうではなかった。
 あくまで自分は、子供など関係なくオスカー一人のパートナーとして呼ばれた存在だったのだ。彼と共に究極魔法を完成させ、この国を守っていくために。

「ああ、いけない、マスカラがちょっと落ちてしまいました……」

 少し泣いたせいだろう。オスカーはハンカチを見て焦っている。化粧なんて慣れていないに違いない。わたわたしている姿がおかしくて、ついくすくすと笑ってしまった。
 映画を見ても、オスカーの方は全然泣いていなかったと知っている。それが、エミルに余命宣告されるかもしれないと思っただけでそんなに怖かったとは。そして安堵したとは。なんて愛しく、可愛らしい人であることか。

「本当の本当に良かった。いえ、もし貴女がわたくしと別れますと言ったら、みっともなく大泣きしてでも止めるつもりでしたけど」
「大泣きするんですか?」
「するに決まってるでしょう!エミルがいない世界なんてもう、わたくしまったく考えられないのですからね!ああ、それでも、貴女が余命僅かな花嫁だなんて教えられるよりは百倍マシですけど。本当に良かった、そのような秘密でなくて。わたくしは……わたくしはエミルには、わたくしがいなくなった後も末永く長生きしてほしいのですから」
「ちょっとオスカー、そんな大げさな……」

 言いかけて、エミルは止まった。今、彼はなんて言った?
 自分がいなくなった後も末永く長生きしてほしいと、そうは言わなかったか?

「……オスカー。もしかして、貴方も何か隠していませんか。とても大事なことを、何か」

 安堵して、柔らかくなった空気が再び張り詰める。気温が一気に何度も下がったような、そんな悪寒。背中に、さながら氷の柱でもねじ込まれたかのような。

「……現在の世界情勢から、明らかなのです。フェアリスト共和国は、あと半年ももたない。そしてフェアリスト王国が倒れれば直後に、北の大国は我々ドラゴニスト王国と、オーガスト聖国に宣戦布告してくることでしょう。侵略を止める方法はただ一つ。最強のドラゴンの力で、敵を圧倒すること。その上で早期講和を結ぶことのみ。そしてドラゴンを呼び出せるのは、究極の召喚魔法のみ」

 オスカーは花が咲いたような優しい笑みで。
 何よりも残酷な事実を告げたのだった。

「その魔法を使えば、わたくしは命を落とします。最初から、決まっていたことなのです」
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