世界の誰より君がいい

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中

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<6・ゲームセンターにて。>

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 その質問は、唐突に降ってわいた。

「祥一郎君が好きなものってなんですか?」
「へ」

 彼を自宅に送り届ける帰り道のこと。ふと、ゲームセンターの前を通ったところで、光流はそんなことを言い出した。
 多分、クレーンゲームやリズムゲームの機械が目に入ったからなのだろう。食べ物の好みは多少把握されつつあるようだが、趣味として好きなものというのは言ったことがなかったような気がする。
 というか。

「……何だろな」

 考えたことがなかった、というのが正しいだろうか。

「俺、喧嘩以外で何かで本気になったこと、一度もねーんだよな」
「そうなんですか?」
「そーだよ。つか、この見た目じゃん?……ワルガキどもをビビらせるのには向いてっけど……誰かと仲良くするのはあんま向いてないつーか。不良やる前から、不良に見られてたんだよな俺」

 真っ赤な髪は母親譲り、巨躯は父親譲りだった。鈴之助なんかとは違う。相思相愛、息子の自分が見ていてもドン引くほどのバカップルである。お金もそれなりにあったし、衣食住で苦労した記憶はない。ただ、二人揃って仕事熱心だったために、家を空けることが多かったのは確かだ。
 それゆえだろうか、どこかで彼等に反抗したい気持ちが芽生えたのは。
 ヤンキーになりたくてヤンキーになったわけではなく、あくまで困ってる奴を助けてやろうと思ったらギャングチームのアタマになってしまっていたというオチだけども。どこかで、反発する気持ちがあったのは否定できない。派手なことをしたかったというか、自分だけにしかない何かを探したかったという気持ちも。
 ただ、頭も悪く、運動神経は良くても不器用な祥一郎は喧嘩以外で花を咲かせる方法を知らなかった。スポーツなどを見ても、楽しそうと思えなかったというのもある。
 ただ。
 笑顔で何かに邁進している奴らはちょっとかっこいいよな、なんて思うだけで。

「不本意なくらいビビられるし、ヤンキーと間違われるし、それでいて……俺すげぇ不器用だから。ガキの頃からそうだ。体育でも、個人競技は得意だったけど球技とかてんで駄目だったんだよな。ほら、バレーボールとかあんじゃん?自分のところに飛んでくるボールをトスしていいかどうかわかんねーの、だってコートに俺以外に五人もいるんだぜ?飛んでくるボールに名前ついてるわけじゃねーしな」
「ぷふっ」

 それを聴いて、光流が思わずと言った様子で噴き出した。

「それわかります。だから僕もバレーボール苦手でした。そもそもサーブ権が来るのに怯えてました、手が空振りするし、頑張ってサーブしても届かないし。なんでサーブはみんなで交代にしなくちゃいけないんですかね、中学校の授業でくらい得意な子専任にしてほしかったです」
「わかる。サーブが明後日の方に行って、そのせいで相手にポイント入るんだよなあ」
「もはやサーブが罰ゲームみたいなところありましたもん。そりゃ練習してできるようになれば楽しいんでしょうけど、所詮体育の授業中で出来る練習量なんてたかが知れてますしね。そもそも、運動音痴だからスポーツそのものが得意じゃないですし好きでもないですし……っていうか意外です。祥一郎君は運動神経良さそうなのに」
「スポーツテストの結果だけは良かったぜ。球技とか団体競技になった途端事故りまくってただけで」
「あー…………ありそう」
「なんだよその長い沈黙は!どういう意味だコラ!」
「あははっ」

 そういえば、こんな風に誰かと気兼ねなく昔の話をするということはあまりなかったような。勿論、ネオ・ソルジャーの鈴之助たちは自分にとって大切な仲間である。親しい会話もある。けれどそれはそれ、彼等と話すのはよそのチームとの抗争の件とか喧嘩の技術とか。あるいは、一緒に遊びに行った先での好きな歌だとかカラオケの上手さだとか――要するに、プライベートな話をしても過去話に踏み込むケースは少ないのだ。
 それは、祥一郎の方が距離感を図っているからというのもある。
 鈴之助のように、貧しい片親の家庭で育った少年もいるし、虐待されていた子供じゃないかと疑っている少年もいる。みんなどこかワケアリで、それでも居場所を求めて自分のところに集った者ばかりだ。だから自分の話をすることで、かえって気を使わせるような気がしてしまっていたのである――話したくないことを話せと、まるで要求しているかのようで。

「……なんていうか」

 だから。自分でも不思議だった――自然と“己の話”が口から零れたことが。

「ろくに何かにマジになったこともなくて。部活もほとんどやってこなかったしよ。……将来どうすればいいのかとか、そういうのも全然考えてねーんだ、もう高校三年生なのに受験勉強もしてねーし、かといって就職できる自信もねーし」

 果たして鈴之助が、どこまで本気であのようなことを言ったのかはわからない。ただ



『前にも言ったけど、俺だって祥一郎サンがいいんすよ。子供産むの、俺の方でいいですから』



 それが、未来を見据えての言葉であるということは想像がつく。二十歳になったら、子供を作るか結婚をしないと支援を受けられない。そして、今のこの国はその“支援”なしでは自活していくのが難しいほど(むしろその支援ありきで、会社も給料を設定してくると言える)最低賃金が低かったりする。つまり、実際は推奨とは名ばかりで“子供を作るのが当たり前”の社会が作られているというわけなのだ。そのおかげで、一時期は数千万人程度まで落ち込んだこの国の人口が、再び一億人程度まで戻ってきたわけであるのだが。
 今のこともまともに考えられないのに、未来のことなんて想像もつかない。
 それどころか、自分が何をやりたいのかさえ。仕事にする以前に、趣味の一つも見つけられずにいるのだ。

「幸いっていうか、皮肉にもつーか。うちの家はそこそこ裕福だし、オヤジもおふくろも俺にはベタベタに甘いからよ。高校卒業してしばらく就職しなくても何も言われねーんだろうなと思うし、養って貰えそうではあるんだわ。……でも、それが逆にコンプレックスつーか、嫌だっつーか。見た目ゴリゴリのヤンキーなのに妙に育ちが良いのが違和感あってきしょい気がするつーか……それに甘えたくないって気持ちも正直あって。でも、何すりゃいいのかもわかんなくて……」

 同じような悩みを、ネオ・ソルジャーの面々も抱えていることは知っている。彼等の多くは高校生で、これから大人になっていく身だ。高校を卒業したあとの進路を踏まえて、律儀に受験勉強や就職活動をしている奴が果たして何人いるか。
 彼等のためにも、まずは自分が“ヤンキーでも自分の人生をちゃんと生きることはできるんだ”と教えたいとも思うのである。
 ゆえに、もどかしい。どうしてこう、心は思い通りにならないのか。

「将来何がやりたいのかわからない……って。それ、ヤンキーでなくても思ってますよ」

 ゲームセンターの窓硝子に、光流の憂いを帯びた顔が映っている。

「僕の大学の人達でさえそうです。日照大学って法学部と医学部が有名ですけどね。法学部にいるから法律家になるとは限らないし、医学部にいるから医者になるとは限らないんですよ」
「そうなのか?そういうものを目指してたから、めんどくせー受験突破して大学に入ったんじゃねえの?」
「そうとも限りません。それこそ、親が医者だったから言われるがまま医学部に入ってしまったとか、頭が良かったからなりゆきで法学部に行ってしまったなんて人もいるんです。何か、やりたいことが決まっていたから、高尚な夢があったからなんて断言できる人……君が思っているほど多くはないと思ってますよ」

 だから、と彼は続ける。

「言われるがまま医学部に入って高い学費払って貰ったけど、人の命を背負う覚悟がないから医者になれる勇気がなくてやめてしまう、なんて人もいます。……僕だって、何の考えもなしに文学部にいますしね、何か資格が取れるわけでもないのに。……だから、本当にやりたいこととか仕事を考えるのって、とりあえず動いてみてから、って人も少なくないですし。遅すぎるってことはないんじゃないかって僕は思ってるんですよ」

 硝子の向こう側にあるクレーンゲームの機械。大量のクマのぬいぐるみを前に、家族連れがはしゃいでいるようだった。小さな男の子二人が“クマさん取って!”と母親らしき男性の手を引っ張っている。双子なのだろうか、どちらも顔がそっくりだった。

「まあ、お互い趣味にも将来にも路頭に迷っている者同士、いろいろ楽しそうなことをやってみてから考えませんか?なんなら、あんなかんじのクレーンゲームだっていいし」
「ゲームが将来の役に立つのか?」
「もちろんです、無駄なことなんか一つもありませんよ。だってクレーンゲームは、“人を楽しませたくて企画を考え、機械を作り、売り出した”人がいるからこそ存在してるんです。ゲームをすごく好きになったら、ゲームを作る人を目指す道も考えられるようになるでしょ?」

 確かに。たかが趣味、と思っていたことが将来やりたいことを見つける道標になることはあるのかもしれなかった。もちろん、ゲームを作る人になりたいと思って頑張っても会社に入れないかもしれないし、そして企画が通るという保証はどこにもない。望んだ仕事ができるようになる人間などほんの一握りだろう。
 それでも。自分の意思で、やりたいものを手にするために足掻くことはできる。
 なるほどそれが、“自分の人生を賭けて何かに打ち込む”ということなのかもしれなかった。

「とりあえず、クレーンやりたいです。祥一郎君も付き合ってくれますよね?」
「って結局お前がやりたいだけじゃねーか!」

 思わず、祥一郎は鋭くツッコミを入れていた。なんだろう、彼と一緒にいると自分がどんどん漫才コンビの片割れのような気分になってくる。
 それも悪くないなんて、どこかでそう感じている自分がいるのもまた。

「ピンクのクマは嫌だからな!?ネオ・ソルジャーは赤なんだ、あっちの赤いキリンのぬいぐるみにしろ!」

 少し照れながら、クマのクレーンの二つ隣を指さしてそう叫んでいた。
 何でキリンが赤いのか?なんてことはきっとツッコんだら野暮というやつなのだろう。
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