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第五章 根岸のドラゴン
第二十三話
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小鳥の囀りと、青葉ひしめく木々の揺れる音が、広場の中央に立つ私を爽快な気持ちにさせた。休日の公園はまだ人が疎で、犬の散歩をする主婦や、ひとりジョギングに励む老年が、ちらほら見受けられた。
私は階段を上がると、青くさが生い茂るその広場をグルっと一周して、巨大な遺跡の前で足を止めた。旧根岸競馬場の観覧席だ。私はむき出しになったそれを見上げた。
雲一つない春の青空に、七階建の廃墟は、慄然としてそこに建っていた。やはり迫力の感じられるそれは、陽の光に照らされ、蔦で覆われた焦茶色の壁が、鮮やかな緑色に光っていた。私はその蔦のちょうど隣にある、半分割れた窓ガラスを眺め、いつもとは違う、陽気な光に包まれたその廃墟に、初めて親近感に近い、愛しさを感じた。思えばこの廃墟を見るのも、つかさがいなくなってからは初めてだなと心の中で呟き、私はその緑が溢れた公園に似つかわしくない、不自然に佇んでいる巨大な遺物に目を当てた。
今から百年前、競馬場の観覧席として使われていたそれは、当にその役目を終え、修理にしても撤去にしても、莫大な金額がかかり、困りかねた横浜市が、今の今まで何もせずに放置してきた、悲しき遺跡なのだが、私はそれに、深い同情とも取れる、愛情を、その時初めて感じたのだ。つかさと最後に来た、思い出の場所だからという安易な理由ではなく、どこか孤独を抱えた子供のように、私の目に映ったのだ。
私は囲まれた鉄柵を掴んだ。こんなものがなければ今すぐにでも、俺は中に入ってやるのにと思った。太い鉄柵は上部が有刺鉄線になっていて、全長三メートルほどのそれは、観覧席の周りを囲んでいた。もう何十年も前に描かれた、立ち入り禁止の張り紙は、所々剥がれ、赤色の文字は色褪せていた。
少し歩いていると、木々の隙間に覗かせたフェンスから、水色の屋根が見えた。
日本ではあまり見ることがない、そのアメリカンスタイルの一軒家を眺めて、私は公園の隣に米軍施設があることを思い出した。根岸森林公園は、ドーナツ広場と芝生広場の二つの広場から成り立っていて、芝生広場に行くためには、遠回りしなければいけないんだと、何ヶ月か前につかさにそう話した記憶が蘇った。
その銀杏の木々の奥にある、寂れた鉄柵から覗かせた、営みのない夜のアメリカの街並みは、あの時の私に、何か言葉にできない儚さを感じさせたのだ。私は柵に近づいて、異国の景色を眺めようと、顔を近づけたその時、
私の目に、黄色の重機が飛び込んできた。
「あ…………」
私は驚いて、思わず小さく声を漏らした。
あの時、三人でみたアメリカの街並みは、その殆どが更地になっており、伸び切った雑草の上に、数体の黄色い重機が散らばっていた。遠くの方を眺めると、まだ微かに建物は残っているのだが、それはアメリカの街と言うよりも、日本の廃村に建てられたさびしい家々と言った表現の方が正しい、見窄らしい景色だった。
私は両手で柵を掴んだ。あと数ヶ月前にここを訪れていれば、もう一度あの恍惚とした街並みを見ることができたかもしれない。中に入ることはできないが、日本では見ることができない、あの静けさの中でどこか目に見えない活気が感じられるアメリカの街並みを、最後に目に焼き付けることができたかもしれない。私は顔を柵に押し付けた。そして、まるで囚人が檻から出してくれと言わんばかりに、両手で押し引きして見せた。塀の向こうの、数センチ先の異国の地が、なぜこんなにも私の心を震えさせるのだろうか、見慣れないこのアメリカの街並みを、なぜこんなにも求めているのだろうか。
そんな不思議な感情を抱いたまま、私は鉄柵を強く握り続けていると、
「そこで何をしているんですか?」
私の背後から、低い男の声がした。
その声に、私は驚いて振り返る。
紺色のジャケットを着た老爺(ろうや)が、芝生を囲むようにして舗装された、石畳の上に、姿勢良く立っていた。
私より少し高い背に、真っ白な髪と整った口髭。その立ち振る舞いから、私はその男が、この辺りに住む物持ちに違いないと思った。なぜならその男は、年齢を感じさせない高貴さと、若さを併せ持っていたからである。
「こんな光景なかなか見ることができないので、つい興奮して見入っちゃいました」
私は微笑しながら、目の前に立っている老爺の、太い血管が目立つ首元を見やって、そう言った。
「そうですか。そんなに中が気になりますか?」
「………はい」
老爺は雲一つない青空に、天高く聳える観覧席を、ほほえみながら見上げた。
「本当に残念ですねぇ。ここも二、三十年前は常に軍人さんが遊びに来ていて、今よりずっと賑やかだったんですよ。すぐそこに一等馬見所があるでしょ?昔はそのフェンスから簡単に米軍基地に入ることができたんです。私がこの場所を通ると、いつも小学生の男の子と、アメリカの坊ちゃんが一緒になって遊んでいるんです。それはもう楽しそうに草むらを駆け回っていましたよ」
老爺はそう言って、観覧席を指差した。
「中に入ったことがあるんですか?」
私は食い入るようにして尋ねた。その言葉を聞いて、老爺は一瞬、目を泳がせて、何かを思い出すかのように、果てしない青空を見上げた。
「ええ、ありますよ」
老爺は私を見つめた。
「わたしがまだ高等学校に上がったばかりの頃、ここで友人とバスケットボールをして遊んでいた時の話です。周りはわたしと友人の二人しかいない平日の昼下がり、わたしの放ったボールが、公園のフェンスを越えて、基地の中に入ってしまったんです。友人は慌てて入口ゲートにいる警備員に事情を説明しようと走っていき、その場に残ったわたしは、どうすればいいのかわからず、ただフェンス越しからボールが転がっていくのを見つめていました。すると、奥から女性が近づいてくるのが見えたんです。薄ピンク色のシャツを着て、青い眼をした若い女性。小麦色の肌をして、顔周りにうっすらそばかすを浮かばせた娘が、フェンスの方へ近づいてきたんです。彼女はわたしが放ったボールを見つけると、投げるようなジェスチャーをして無邪気に笑ってから、何か英語の歌を口ずさんで、ボールをひとしきりついて遊んでいました。わたしはその見慣れない、自分と同い年くらいの少女が、己の曲線を露わにして、幼子のようにはしゃいでいるその姿にただ見惚れて、しばらくその場から動くことができませんでした。そして我に返って、目線を足下に注ぎながら、小さく『プリーズ』と呟きました。彼女はその声でわたしに気がつくと、また柔らかに微笑んでみせてから、フェンスの下から投げ入れるようにして、ボールを返してくれたんです」
「次の日から、わたしはこの公園を訪れるのが日課になりました。家から近いこともあり、学校への行きと帰りには必ずこの公園を通って、フェンスの奥から彼女が出てくるのを密かに待ち侘びていたんです。けれども、何度この道を通っても、あの日から彼女がわたしに姿を見せることはありませんでした」
「それから三ヶ月ほど経ったある日、友人がこの場所で彼女を見たと言うんです。彼女のことなどすっかり忘れていたわたしにとって、その言葉はまさに青天の霹靂でした。次の日から、また何度も公園に足を運ぶ日々が戻りました。しかし、やはり彼女が現れることはなく、わたしの秘めた想いは彼女に伝わることはないのだろうと思っていた矢先、政府から米軍基地の大幅な退去勧告が出されたんです。もしかすると、彼女が根岸からいなくなってしまう。そう思ったわたしは、無断で学校を休んだり、夜遅くまで公園に張り付いたりして、彼女が現れるのを、いつも以上に待ち望むようになりました。そして、長期休業前の十二月、遂にわたしはその衝動を抑えることができなくなり、警備員の目を掻い潜って、米軍基地の中に入ってやろうと、そう決意したんです」
老爺は淡々と語り続けた。目線をフェンス奥の青い建物に注ぎ、懐かしそうに話す老爺の言葉には、その口調からでは感じ取れない、強い意志のようなものがあった。
「当時の警備員は交代制で、夕方の五時になると数分間だけ、警備員が持ち場から離れるようになっていました。監視カメラなどない時代でしたから、バレることはないと踏んで、わたしは一気にゲートを通り抜けました。追いかけられることを恐れたわたしは、振り返らずに下を向いて、そのまま奥へ奥へと走りました。そして二キロくらい走った頃、ふと足を止めて周りを見渡してみると、そこはもう異国、アメリカでした。見たこともない大きな木、淡色のペンキで塗られた家々、街灯に照らされて光っている高そうな外車。日本では見ることのできないアメリカの街並みが、そこに広がっていたんです。わたしはその珍しさから、一軒一軒見て回りたいと思ったのですが、外は陽が落ちて、街灯の僅かな明かりでしか足元を確認することができなかったので、早く彼女を見つけようと、遠くで激しく光っている、繁華街の方へと歩いていきました。それからしばらく歩いていると、大きな公民館らしき建物の前で、女性の後ろ姿が見えたんです。背は低く、金色の髪を靡かせた、しなやかな体躯の女性。わたしは暗闇の中でもその女性が彼女だとわかりました。反対側の道にいたわたしは、すぐに声をかけようと、近くに駆け寄ろうとしましたが、直前でその足を止めました。なぜなら、近づいてくる彼女の右隣に、軍服を着た恰幅の良い男性がいるのが見えたからです。腕は硬く結ばれ、親密そうな面持ちでこちらに向かってくる彼女が。薄明かりに照らされて、よりその整った目鼻が目立つ容貌に、桃色のそばかすを浮かばせた彼女が。その時のわたしの目に、とても美しく映りました」
「それからどうやって家に帰ったのかは、忘れてしまいましたが、このフェンス越しから米軍基地を眺めていると、もしかすると、また彼女が現れるんじゃないか、そうわたしに思わせてくれるんです」
老爺が深く息を吐くと、途端に公園の西方から風が吹き出して、木々や道芝を大きく揺らした。
私は老爺を見つめた。
威風堂々たる佇まいを持ちつつも、どこか柔らかで、物腰の低いこの貴紳に、そんな淡い思い出があったのかと、内心驚いて、その鼻根から目尻にかけて何本も寄せられたしわの上から覗かせた、煌びやかな一つの水晶体を眺めた。何故だか私には、この老爺の気持ちが、痛いほどわかるような気がした。そしてどこか自分も、この老爺と同じ境遇にあるのではないかという錯覚に陥った。
そう思った時、私の目の前に、アメリカの壮大な景色が広がった。
草原がどこまでも続いている。その奥で、ゆらゆらと動く伸び切った青草を、一頭の馬が食んでいるのが見えた。私が近くに行こうと足を進めると、背後から訪れた強風が、腰まで伸びきった青草を割って、馬の隣に立っている、一人の少女を現した。
少女は私を見つめていた。
馬のたてがみとよく似たブロンドヘアーが、晴天の青空の下に映った。そよ風に吹かれ黄金色の穂がサラサラと靡くその姿を、以前もどこかで見たような気がした。私は少女を見つめた。真っ白な肌をして、栗色の目をした可憐な少女。私は何か語ろうと、必死に口を開けて声を出そうと試みた時、途端にまた風が強く吹き出して、二、三度目を瞬かせたその刹那。もうそこは、いつもの公園だった。
私は右隣に見える、高く聳えた旧根岸競馬場観覧席を眺めた。今、私が見た光景は、紛れもなくここ根岸の地だった。だとするなら、先ほどの風景は、百年もの間、横浜を見続けてきたこの廃墟が、私に見せた幻影だったのだろうか。不思議そうに私を見つめる老爺が、視界の端に映った。
「ここは来年までに全ての建物を壊して、大学病院になるんです。もうかなり前に返還合意がなされて、全住民の退去が済むまでに、二十年もかかりました。元々日本の土地だった場所を、無理やりアメリカの土地にしたもんですから、近隣住民は大方賛成の意思を示しているようです。それでもわたしは、日々眺めたアメリカの風景が、少年時代の淡い思い出が、なくなってしまうのではないかと思うと、なんとも複雑な気持ちになるんです。たとえ敵国のものだとしても、地元にある七十年もの歴史ある街が壊されていくというのは、言葉にできない悲しみがあるものですね」
老爺はそこまで口にすると、フェンスの方に身体を正して、深くお辞儀をした。
長年この老爺に、夢を見せ続けてきた感謝からなのだろうか、老爺は長い時間、頭を下げていた。
また強い風が吹き出した。萌葱色の葉を纏った大木は、音を立てて揺れ動き、止まっていた小鳥が、青空の彼方へ飛んでいった。
その時私の目に、公園の陰で、ひとり頭を下げ続けるこの老爺が、閉ざされた空間で日々生活してきた、ある一人の男のように見えたのだ。この老爺になら私の言い知れぬ感情を、伝えることができるかもしれない。
「あの………」
私は自分の意思とは裏腹に、口が勝手に動いていた。
「何ですか?」
「根岸のドラゴンという言葉を知っていますか?」
そのことを口にした私は、黙って目を伏せて老爺の返答を待った。
老爺は長い時間、固まって何も語らなかったが、やがて
「なぜ、あなたがそれを?」
と言った。
「知っているんですか?」
私は声を張り上げそう言った。まさか、つかさ意外にあの話を知っている人が存在したのか、あの時、彼が私に話してくれた逸話は、作り話なんかではなかったのか。湧き上がってくる興奮を抑えきれぬまま、私は老爺を見つめた。
老爺は驚いた表情のまま私を見つめ固まっていたが、しばらくして、深く息を吸い込むと、少し斜め上の空に目をやって、また不思議そうにこちらを見つめ
「はい、知っていますよ」
と言った。
「本当ですか?」
「はい」
「それはいつ、どこで、誰から聞いたんですか?」
私は早口でそう言った。頭の中が混乱していた。
「そうですねぇ。あれは昨年の春だったかなぁ………」
老爺はそこまで口にして、思い出したかのように小さく笑うと、向かいにあるベンチを指差し、そこに座らないかと言った。
「昨年の冬に亡くなった妻が、見たと言っていました。以前から足の調子が悪く、四月に入院して思うように動けなくなってから、病室でわたしに聞かせてくれた話です。妻が小学校にあがる前、まだ根岸競馬場が米軍に接収されていて、中に立ち入ることができなかった頃のこと、基地内で大規模な火事が起きたそうです。もちろん中に消防署はあったのですが、それだけで鎮火できるほどの規模ではなく、ほとんどの住民はゲートを出て山元町に避難しました。妻の実家は五丁目と、中央ゲートからはそう遠くない場所に位置していたため、真夜中にも関わらず、数百名近いアメリカ人が畑に押し寄せてきたそうです。横浜消防署の応援が来ても、炎の勢いは止まらず、家の隣まで火の粉が迫ってきて、妻がもうダメかと思ったその時、赤黒く染まった夜の空に、巨大なドラゴンが現れたんです」
私は唾を飲み込んだ。以前、戦後大規模な火災がここ根岸で起きたことが記されている本を、中央図書館で読んだことがあるな、と思った。基地中を炎で焼き尽くしたその火事は、出火元はわからず、怪我人こそ出たものの、一人として死者が出なかったというその不思議な記事を、私は確かに読んだことがあった。
「ドラゴンって、本物のドラゴンですか?」
私がそう質問すると、老爺は人差し指を自分の唇に持っていき、静かに笑った。
「それは誰にもわかりません。ただ妻は、その鮮やかで、煙の上で羽ばたいているドラゴンの美しい姿に、泣きたくなるほど感動したと言っていました。それから炎の勢いは弱まり、すぐに火事は収まったのですが、妻が何度周りの大人に尋ねても、ドラゴンなどいなかったと言われるばかりで、今まで誰にも話せずにいたというわけです」
そう言って、老爺はゆっくりベンチから腰を上げると、晴天の空を見上げた。
私の住む下界では見ることのできないその景色は、タワーマンションや高速道路など映らない、澄み切った一面のブルーだった。
「そんな妻が、三月にまたドラゴンを見たというんです。入院するちょうど二週間前に、わたしの目を盗んで、こっそり森林公園へ行った時、雲ひとつない青空に、真っ赤なドラゴンがいたと言うんです」
私は姿勢良く空を見上げている、その老爺の高い鼻を見つめた。
去年の三月ということは、私とつかさが再会して、三人で初めてドラゴンを探しに行ったあの日から、そう時間は経っていないじゃないかと思った。
「恐らく、わたしを励ますつもりで言ったのでしょう。根岸のドラゴンを見ると願いが叶う。それはきっと、医者にもう長くはないと言われ、絶望の淵に立たされていたわたしを、なんとか元気づけるためについた作り話だと思うんです。妻が幼い頃本当にドラゴンを見たのか、その真意はわかりませんが、彼女が亡くなった今、こうして根岸を訪れると、少年時代の淡い記憶と相まって、ひょっとしてどこかにドラゴンが隠れているんじゃないか、わたしをそんな気にさせてくれるんです」
老爺は笑っていた。下顎から覗かせた銀歯が、まだそう高くない太陽を反射して、私の目を覆うと、錯乱して目の前が暗くなる。そうなると、また不思議な幻影が見れるのではないかと、私は何度も目を瞬かせた。しかし、先ほど見た草原の風景が現れることはなく、私はまだ眩しい眼孔を道端の雑草に注がせた。
『根岸のドラゴンを見ると願いが叶う』
それは本当に作り話だったのだろうか。
何十年も昔に、私とは縁もゆかりもない少女が見たというそのドラゴンの伝承は、今、破壊されようとしている米軍基地の空に現れた巨大なモンスターは、本当に存在しなかったのだろうか。だとすれば、私はなぜこの地、この場所に立ち、この見知らぬ老爺の前で、哀れもない歪んだ表情をしているのだろうか。なぜこんなにも、『根岸』に心を震わされて、寂しく、懐かしく、愛おしく思っているのだろうか。
” 俺、好きな人ができたんだ “
” 青春は短い、宝石の如くにしてそれを惜しめ “
一年前の私は、大学受験に落ちたことから、周りより遅れていることを自覚した。私の前に高いフェンスが置かれていて、周りはみんなそれを超えていってしまった。つかさも、Bも、みんなそれぞれ夢を持ち、希望を持ち、フェンスを軽々と超えていってしまった。そんな先へ進む人たちを、私はただ傍観して、躊躇して、いつか自分も、それを越えられるんじゃないかと思って、ただ中から眺めていたんだ。そんな私をただひとり、フェンスの上から手を出して、一緒に登ろうと言ってくれた人がいたんだ。
そうだ。私の夢は……
” わたしは医学の道を、自分の夢を、諦めたくないんです “
「ドラゴンはいます」
私はベンチから立ち上がると、拳を強く握り、そう言い放った。
「ドラゴンはいます。いますよ、この場所に。ドラゴンだけじゃなくて、ブロンドヘアーの少女も、米軍基地に住む人々も、競馬場で走った馬も……全部まだここに、この根岸に、いるじゃあないですか」
私は両手を広げた。老爺が驚いて、私の方へ振り返ると、風が勢いよく巻き起こり、竜巻のような風の渦が、公園中の木々や草花を大きく揺らした。
風の渦は勢いを増し、私を包み込んだ。私はそれを受け入れた。
私は階段を上がると、青くさが生い茂るその広場をグルっと一周して、巨大な遺跡の前で足を止めた。旧根岸競馬場の観覧席だ。私はむき出しになったそれを見上げた。
雲一つない春の青空に、七階建の廃墟は、慄然としてそこに建っていた。やはり迫力の感じられるそれは、陽の光に照らされ、蔦で覆われた焦茶色の壁が、鮮やかな緑色に光っていた。私はその蔦のちょうど隣にある、半分割れた窓ガラスを眺め、いつもとは違う、陽気な光に包まれたその廃墟に、初めて親近感に近い、愛しさを感じた。思えばこの廃墟を見るのも、つかさがいなくなってからは初めてだなと心の中で呟き、私はその緑が溢れた公園に似つかわしくない、不自然に佇んでいる巨大な遺物に目を当てた。
今から百年前、競馬場の観覧席として使われていたそれは、当にその役目を終え、修理にしても撤去にしても、莫大な金額がかかり、困りかねた横浜市が、今の今まで何もせずに放置してきた、悲しき遺跡なのだが、私はそれに、深い同情とも取れる、愛情を、その時初めて感じたのだ。つかさと最後に来た、思い出の場所だからという安易な理由ではなく、どこか孤独を抱えた子供のように、私の目に映ったのだ。
私は囲まれた鉄柵を掴んだ。こんなものがなければ今すぐにでも、俺は中に入ってやるのにと思った。太い鉄柵は上部が有刺鉄線になっていて、全長三メートルほどのそれは、観覧席の周りを囲んでいた。もう何十年も前に描かれた、立ち入り禁止の張り紙は、所々剥がれ、赤色の文字は色褪せていた。
少し歩いていると、木々の隙間に覗かせたフェンスから、水色の屋根が見えた。
日本ではあまり見ることがない、そのアメリカンスタイルの一軒家を眺めて、私は公園の隣に米軍施設があることを思い出した。根岸森林公園は、ドーナツ広場と芝生広場の二つの広場から成り立っていて、芝生広場に行くためには、遠回りしなければいけないんだと、何ヶ月か前につかさにそう話した記憶が蘇った。
その銀杏の木々の奥にある、寂れた鉄柵から覗かせた、営みのない夜のアメリカの街並みは、あの時の私に、何か言葉にできない儚さを感じさせたのだ。私は柵に近づいて、異国の景色を眺めようと、顔を近づけたその時、
私の目に、黄色の重機が飛び込んできた。
「あ…………」
私は驚いて、思わず小さく声を漏らした。
あの時、三人でみたアメリカの街並みは、その殆どが更地になっており、伸び切った雑草の上に、数体の黄色い重機が散らばっていた。遠くの方を眺めると、まだ微かに建物は残っているのだが、それはアメリカの街と言うよりも、日本の廃村に建てられたさびしい家々と言った表現の方が正しい、見窄らしい景色だった。
私は両手で柵を掴んだ。あと数ヶ月前にここを訪れていれば、もう一度あの恍惚とした街並みを見ることができたかもしれない。中に入ることはできないが、日本では見ることができない、あの静けさの中でどこか目に見えない活気が感じられるアメリカの街並みを、最後に目に焼き付けることができたかもしれない。私は顔を柵に押し付けた。そして、まるで囚人が檻から出してくれと言わんばかりに、両手で押し引きして見せた。塀の向こうの、数センチ先の異国の地が、なぜこんなにも私の心を震えさせるのだろうか、見慣れないこのアメリカの街並みを、なぜこんなにも求めているのだろうか。
そんな不思議な感情を抱いたまま、私は鉄柵を強く握り続けていると、
「そこで何をしているんですか?」
私の背後から、低い男の声がした。
その声に、私は驚いて振り返る。
紺色のジャケットを着た老爺(ろうや)が、芝生を囲むようにして舗装された、石畳の上に、姿勢良く立っていた。
私より少し高い背に、真っ白な髪と整った口髭。その立ち振る舞いから、私はその男が、この辺りに住む物持ちに違いないと思った。なぜならその男は、年齢を感じさせない高貴さと、若さを併せ持っていたからである。
「こんな光景なかなか見ることができないので、つい興奮して見入っちゃいました」
私は微笑しながら、目の前に立っている老爺の、太い血管が目立つ首元を見やって、そう言った。
「そうですか。そんなに中が気になりますか?」
「………はい」
老爺は雲一つない青空に、天高く聳える観覧席を、ほほえみながら見上げた。
「本当に残念ですねぇ。ここも二、三十年前は常に軍人さんが遊びに来ていて、今よりずっと賑やかだったんですよ。すぐそこに一等馬見所があるでしょ?昔はそのフェンスから簡単に米軍基地に入ることができたんです。私がこの場所を通ると、いつも小学生の男の子と、アメリカの坊ちゃんが一緒になって遊んでいるんです。それはもう楽しそうに草むらを駆け回っていましたよ」
老爺はそう言って、観覧席を指差した。
「中に入ったことがあるんですか?」
私は食い入るようにして尋ねた。その言葉を聞いて、老爺は一瞬、目を泳がせて、何かを思い出すかのように、果てしない青空を見上げた。
「ええ、ありますよ」
老爺は私を見つめた。
「わたしがまだ高等学校に上がったばかりの頃、ここで友人とバスケットボールをして遊んでいた時の話です。周りはわたしと友人の二人しかいない平日の昼下がり、わたしの放ったボールが、公園のフェンスを越えて、基地の中に入ってしまったんです。友人は慌てて入口ゲートにいる警備員に事情を説明しようと走っていき、その場に残ったわたしは、どうすればいいのかわからず、ただフェンス越しからボールが転がっていくのを見つめていました。すると、奥から女性が近づいてくるのが見えたんです。薄ピンク色のシャツを着て、青い眼をした若い女性。小麦色の肌をして、顔周りにうっすらそばかすを浮かばせた娘が、フェンスの方へ近づいてきたんです。彼女はわたしが放ったボールを見つけると、投げるようなジェスチャーをして無邪気に笑ってから、何か英語の歌を口ずさんで、ボールをひとしきりついて遊んでいました。わたしはその見慣れない、自分と同い年くらいの少女が、己の曲線を露わにして、幼子のようにはしゃいでいるその姿にただ見惚れて、しばらくその場から動くことができませんでした。そして我に返って、目線を足下に注ぎながら、小さく『プリーズ』と呟きました。彼女はその声でわたしに気がつくと、また柔らかに微笑んでみせてから、フェンスの下から投げ入れるようにして、ボールを返してくれたんです」
「次の日から、わたしはこの公園を訪れるのが日課になりました。家から近いこともあり、学校への行きと帰りには必ずこの公園を通って、フェンスの奥から彼女が出てくるのを密かに待ち侘びていたんです。けれども、何度この道を通っても、あの日から彼女がわたしに姿を見せることはありませんでした」
「それから三ヶ月ほど経ったある日、友人がこの場所で彼女を見たと言うんです。彼女のことなどすっかり忘れていたわたしにとって、その言葉はまさに青天の霹靂でした。次の日から、また何度も公園に足を運ぶ日々が戻りました。しかし、やはり彼女が現れることはなく、わたしの秘めた想いは彼女に伝わることはないのだろうと思っていた矢先、政府から米軍基地の大幅な退去勧告が出されたんです。もしかすると、彼女が根岸からいなくなってしまう。そう思ったわたしは、無断で学校を休んだり、夜遅くまで公園に張り付いたりして、彼女が現れるのを、いつも以上に待ち望むようになりました。そして、長期休業前の十二月、遂にわたしはその衝動を抑えることができなくなり、警備員の目を掻い潜って、米軍基地の中に入ってやろうと、そう決意したんです」
老爺は淡々と語り続けた。目線をフェンス奥の青い建物に注ぎ、懐かしそうに話す老爺の言葉には、その口調からでは感じ取れない、強い意志のようなものがあった。
「当時の警備員は交代制で、夕方の五時になると数分間だけ、警備員が持ち場から離れるようになっていました。監視カメラなどない時代でしたから、バレることはないと踏んで、わたしは一気にゲートを通り抜けました。追いかけられることを恐れたわたしは、振り返らずに下を向いて、そのまま奥へ奥へと走りました。そして二キロくらい走った頃、ふと足を止めて周りを見渡してみると、そこはもう異国、アメリカでした。見たこともない大きな木、淡色のペンキで塗られた家々、街灯に照らされて光っている高そうな外車。日本では見ることのできないアメリカの街並みが、そこに広がっていたんです。わたしはその珍しさから、一軒一軒見て回りたいと思ったのですが、外は陽が落ちて、街灯の僅かな明かりでしか足元を確認することができなかったので、早く彼女を見つけようと、遠くで激しく光っている、繁華街の方へと歩いていきました。それからしばらく歩いていると、大きな公民館らしき建物の前で、女性の後ろ姿が見えたんです。背は低く、金色の髪を靡かせた、しなやかな体躯の女性。わたしは暗闇の中でもその女性が彼女だとわかりました。反対側の道にいたわたしは、すぐに声をかけようと、近くに駆け寄ろうとしましたが、直前でその足を止めました。なぜなら、近づいてくる彼女の右隣に、軍服を着た恰幅の良い男性がいるのが見えたからです。腕は硬く結ばれ、親密そうな面持ちでこちらに向かってくる彼女が。薄明かりに照らされて、よりその整った目鼻が目立つ容貌に、桃色のそばかすを浮かばせた彼女が。その時のわたしの目に、とても美しく映りました」
「それからどうやって家に帰ったのかは、忘れてしまいましたが、このフェンス越しから米軍基地を眺めていると、もしかすると、また彼女が現れるんじゃないか、そうわたしに思わせてくれるんです」
老爺が深く息を吐くと、途端に公園の西方から風が吹き出して、木々や道芝を大きく揺らした。
私は老爺を見つめた。
威風堂々たる佇まいを持ちつつも、どこか柔らかで、物腰の低いこの貴紳に、そんな淡い思い出があったのかと、内心驚いて、その鼻根から目尻にかけて何本も寄せられたしわの上から覗かせた、煌びやかな一つの水晶体を眺めた。何故だか私には、この老爺の気持ちが、痛いほどわかるような気がした。そしてどこか自分も、この老爺と同じ境遇にあるのではないかという錯覚に陥った。
そう思った時、私の目の前に、アメリカの壮大な景色が広がった。
草原がどこまでも続いている。その奥で、ゆらゆらと動く伸び切った青草を、一頭の馬が食んでいるのが見えた。私が近くに行こうと足を進めると、背後から訪れた強風が、腰まで伸びきった青草を割って、馬の隣に立っている、一人の少女を現した。
少女は私を見つめていた。
馬のたてがみとよく似たブロンドヘアーが、晴天の青空の下に映った。そよ風に吹かれ黄金色の穂がサラサラと靡くその姿を、以前もどこかで見たような気がした。私は少女を見つめた。真っ白な肌をして、栗色の目をした可憐な少女。私は何か語ろうと、必死に口を開けて声を出そうと試みた時、途端にまた風が強く吹き出して、二、三度目を瞬かせたその刹那。もうそこは、いつもの公園だった。
私は右隣に見える、高く聳えた旧根岸競馬場観覧席を眺めた。今、私が見た光景は、紛れもなくここ根岸の地だった。だとするなら、先ほどの風景は、百年もの間、横浜を見続けてきたこの廃墟が、私に見せた幻影だったのだろうか。不思議そうに私を見つめる老爺が、視界の端に映った。
「ここは来年までに全ての建物を壊して、大学病院になるんです。もうかなり前に返還合意がなされて、全住民の退去が済むまでに、二十年もかかりました。元々日本の土地だった場所を、無理やりアメリカの土地にしたもんですから、近隣住民は大方賛成の意思を示しているようです。それでもわたしは、日々眺めたアメリカの風景が、少年時代の淡い思い出が、なくなってしまうのではないかと思うと、なんとも複雑な気持ちになるんです。たとえ敵国のものだとしても、地元にある七十年もの歴史ある街が壊されていくというのは、言葉にできない悲しみがあるものですね」
老爺はそこまで口にすると、フェンスの方に身体を正して、深くお辞儀をした。
長年この老爺に、夢を見せ続けてきた感謝からなのだろうか、老爺は長い時間、頭を下げていた。
また強い風が吹き出した。萌葱色の葉を纏った大木は、音を立てて揺れ動き、止まっていた小鳥が、青空の彼方へ飛んでいった。
その時私の目に、公園の陰で、ひとり頭を下げ続けるこの老爺が、閉ざされた空間で日々生活してきた、ある一人の男のように見えたのだ。この老爺になら私の言い知れぬ感情を、伝えることができるかもしれない。
「あの………」
私は自分の意思とは裏腹に、口が勝手に動いていた。
「何ですか?」
「根岸のドラゴンという言葉を知っていますか?」
そのことを口にした私は、黙って目を伏せて老爺の返答を待った。
老爺は長い時間、固まって何も語らなかったが、やがて
「なぜ、あなたがそれを?」
と言った。
「知っているんですか?」
私は声を張り上げそう言った。まさか、つかさ意外にあの話を知っている人が存在したのか、あの時、彼が私に話してくれた逸話は、作り話なんかではなかったのか。湧き上がってくる興奮を抑えきれぬまま、私は老爺を見つめた。
老爺は驚いた表情のまま私を見つめ固まっていたが、しばらくして、深く息を吸い込むと、少し斜め上の空に目をやって、また不思議そうにこちらを見つめ
「はい、知っていますよ」
と言った。
「本当ですか?」
「はい」
「それはいつ、どこで、誰から聞いたんですか?」
私は早口でそう言った。頭の中が混乱していた。
「そうですねぇ。あれは昨年の春だったかなぁ………」
老爺はそこまで口にして、思い出したかのように小さく笑うと、向かいにあるベンチを指差し、そこに座らないかと言った。
「昨年の冬に亡くなった妻が、見たと言っていました。以前から足の調子が悪く、四月に入院して思うように動けなくなってから、病室でわたしに聞かせてくれた話です。妻が小学校にあがる前、まだ根岸競馬場が米軍に接収されていて、中に立ち入ることができなかった頃のこと、基地内で大規模な火事が起きたそうです。もちろん中に消防署はあったのですが、それだけで鎮火できるほどの規模ではなく、ほとんどの住民はゲートを出て山元町に避難しました。妻の実家は五丁目と、中央ゲートからはそう遠くない場所に位置していたため、真夜中にも関わらず、数百名近いアメリカ人が畑に押し寄せてきたそうです。横浜消防署の応援が来ても、炎の勢いは止まらず、家の隣まで火の粉が迫ってきて、妻がもうダメかと思ったその時、赤黒く染まった夜の空に、巨大なドラゴンが現れたんです」
私は唾を飲み込んだ。以前、戦後大規模な火災がここ根岸で起きたことが記されている本を、中央図書館で読んだことがあるな、と思った。基地中を炎で焼き尽くしたその火事は、出火元はわからず、怪我人こそ出たものの、一人として死者が出なかったというその不思議な記事を、私は確かに読んだことがあった。
「ドラゴンって、本物のドラゴンですか?」
私がそう質問すると、老爺は人差し指を自分の唇に持っていき、静かに笑った。
「それは誰にもわかりません。ただ妻は、その鮮やかで、煙の上で羽ばたいているドラゴンの美しい姿に、泣きたくなるほど感動したと言っていました。それから炎の勢いは弱まり、すぐに火事は収まったのですが、妻が何度周りの大人に尋ねても、ドラゴンなどいなかったと言われるばかりで、今まで誰にも話せずにいたというわけです」
そう言って、老爺はゆっくりベンチから腰を上げると、晴天の空を見上げた。
私の住む下界では見ることのできないその景色は、タワーマンションや高速道路など映らない、澄み切った一面のブルーだった。
「そんな妻が、三月にまたドラゴンを見たというんです。入院するちょうど二週間前に、わたしの目を盗んで、こっそり森林公園へ行った時、雲ひとつない青空に、真っ赤なドラゴンがいたと言うんです」
私は姿勢良く空を見上げている、その老爺の高い鼻を見つめた。
去年の三月ということは、私とつかさが再会して、三人で初めてドラゴンを探しに行ったあの日から、そう時間は経っていないじゃないかと思った。
「恐らく、わたしを励ますつもりで言ったのでしょう。根岸のドラゴンを見ると願いが叶う。それはきっと、医者にもう長くはないと言われ、絶望の淵に立たされていたわたしを、なんとか元気づけるためについた作り話だと思うんです。妻が幼い頃本当にドラゴンを見たのか、その真意はわかりませんが、彼女が亡くなった今、こうして根岸を訪れると、少年時代の淡い記憶と相まって、ひょっとしてどこかにドラゴンが隠れているんじゃないか、わたしをそんな気にさせてくれるんです」
老爺は笑っていた。下顎から覗かせた銀歯が、まだそう高くない太陽を反射して、私の目を覆うと、錯乱して目の前が暗くなる。そうなると、また不思議な幻影が見れるのではないかと、私は何度も目を瞬かせた。しかし、先ほど見た草原の風景が現れることはなく、私はまだ眩しい眼孔を道端の雑草に注がせた。
『根岸のドラゴンを見ると願いが叶う』
それは本当に作り話だったのだろうか。
何十年も昔に、私とは縁もゆかりもない少女が見たというそのドラゴンの伝承は、今、破壊されようとしている米軍基地の空に現れた巨大なモンスターは、本当に存在しなかったのだろうか。だとすれば、私はなぜこの地、この場所に立ち、この見知らぬ老爺の前で、哀れもない歪んだ表情をしているのだろうか。なぜこんなにも、『根岸』に心を震わされて、寂しく、懐かしく、愛おしく思っているのだろうか。
” 俺、好きな人ができたんだ “
” 青春は短い、宝石の如くにしてそれを惜しめ “
一年前の私は、大学受験に落ちたことから、周りより遅れていることを自覚した。私の前に高いフェンスが置かれていて、周りはみんなそれを超えていってしまった。つかさも、Bも、みんなそれぞれ夢を持ち、希望を持ち、フェンスを軽々と超えていってしまった。そんな先へ進む人たちを、私はただ傍観して、躊躇して、いつか自分も、それを越えられるんじゃないかと思って、ただ中から眺めていたんだ。そんな私をただひとり、フェンスの上から手を出して、一緒に登ろうと言ってくれた人がいたんだ。
そうだ。私の夢は……
” わたしは医学の道を、自分の夢を、諦めたくないんです “
「ドラゴンはいます」
私はベンチから立ち上がると、拳を強く握り、そう言い放った。
「ドラゴンはいます。いますよ、この場所に。ドラゴンだけじゃなくて、ブロンドヘアーの少女も、米軍基地に住む人々も、競馬場で走った馬も……全部まだここに、この根岸に、いるじゃあないですか」
私は両手を広げた。老爺が驚いて、私の方へ振り返ると、風が勢いよく巻き起こり、竜巻のような風の渦が、公園中の木々や草花を大きく揺らした。
風の渦は勢いを増し、私を包み込んだ。私はそれを受け入れた。
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