愛の架け橋

鳫葉あん

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後編

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 トビアスの日常に彩りが増えた。シグムントと食事に行って以来、彼との交流が生まれたのだ。
 公共浴場に行けば彼の相棒に気さくに話し掛けられ、その後ろに控えるシグムントとも話をする。物静かな彼はあまり口数は多くないけれど、優しい眼差しはどんな美辞麗句を並べられるより心が動く。
 たまに食事に連れられたり、トビアスの露店を訪ねては装飾品を買い求めていったり。それがなくともトビアスへ一言二言声を掛けてくれる。
 美しい宝飾品を生み出す人間を気に入り、友人程度には思ってくれているのだろうか。種族は違えど好意がなければ他人に関わろうと思わないだろう。
 シグムントには良くしてもらっている。金銭だけの問題ではなく、トビアスを気に掛けてくれる彼の心が嬉しかった。そんな彼に何か返すことが出来ないか考えると、トビアスに出来るのは宝石を磨き装飾品を作ることだけだ。
 日頃の感謝の形として、トビアスはシグムントへサファイアを贈ることにした。平たい小さな銀のプレートを世界樹をイメージした形に削り紋様を彫る。中央には青い輝きを放つサファイアを嵌め込み、チェーンを取り付ければ手製のタリスマンの出来上がりだ。
 トビアスは神に仕える聖職者ではなく、世界樹に生み出されたエルフでもない。ただの人間には祝福を与えるような力はないが、それでもタリスマンへ向けて祈りを捧げた。

「……シグムントさんがいつまでも元気で、彼の思うままに美しく在り続けられますように」

 偽りのない祈りに何かが応えるように、工房の窓がカタカタと音を立てた。思わず目を向け、足も向けて開けてみるが窓の外には何もない。
 強い風に揺られた音だったらしい。そう納得したトビアスは明日、シグムントにタリスマンを渡すことに決めた。浴場に通えば毎日シグムントとビャルネに会い、何かしら話をするのがすっかりルーチンになっていた。


 翌日のトビアスは朝から緊張していた。
 露店を出して店番をする中、四六時中客がやって来るわけではないので手の空いた間にも装飾品を作る。トビアスの技を見て興味を示し露店の品を見てくれる客もいるのだ。
 いつもなら休まず手を動かしているトビアスがぼうっとしているものだから、隣で焼き菓子の露店を出している年配の女性に心配そうに声を掛けられる。体調が悪いわけではないので大丈夫だと返して、その後に考えるのは憧れのエルフのことだった。
 喜んでもらえるだろうか。トビアスが買える中でもかなり高価な質の宝石と銀を素材にしたタリスマンは値だけを見れば上等品だが、美しさを愛するエルフにとって大切なのは金額ではない。たとえイミテーションのガラス玉であろうと、彼らは彼らが美しいと思ったものを愛するのだ。
 トビアスの彫った世界樹のモチーフを彼は美しいと思ってくれるだろうか。
 不安だらけの一日だった為か、今日の客入りは悪かった。商売道具を手に家へと帰り、タリスマンを入れた小さな宝石箱を鞄に詰めて浴場へと向かう。
 シグムント達とは特に約束はしておらず、この時間なら会えるだろうな、という予想を互いに立てて訪れている。今日は残念ながらトビアスが体を洗い終えてもシグムントには会えなかった。
 逆上せる前に見切りを付けて脱衣所へ戻り、着替えを終えて帰ろうと出入口に目を向けると、ちょうどシグムントとビャルネが入ってきた。あ、と声を出すトビアスに二人の目が向けられる。

「おや。トビアスは今上がったとこ? 折が悪かったね、シグ」
「……ああ」

 そう言いながら二人はトビアスの方へ足を向ける。トビアスの使う脱衣棚の隣に荷物を入れ、これから風呂へ入るシグムントへ、トビアスは慌てて荷袋を探り取り出した物を掲げて見せた。

「トビアス?」
「あの、その、これ。いつも良くしてもらって。えっと……あの……お礼の気持ちです」

 言葉に迷い吃り、最後は蚊の鳴くようや声になってしまう。差し出した贈呈用の布袋の中にはタリスマンが入っている。不思議そうな顔のシグムントが受け取ると、何か言われる前にトビアスはその場から逃げ去った。
 興味深そうに二人を眺めていたビャルネがシグムントに何を言ったか、シグムントが何を決めたか。逃げたトビアスには知り得ないことだった。



「何もあそこでそのまま渡さなくても。いやでも今月はご飯に誘う余裕なんてないし、そもそも忙しいかもしれないし……」

 家に帰ったトビアスは一人反省していた。感謝の気持ちを渡すにしては挨拶もなく押し付けるように……いや実際押し付けて、逃げ帰るのは失礼だ。礼節を重んじるエルフに取るべき行動ではなかった。
 トビアスとしても初めはいつものように浴場で合流して、同じ頃に風呂を上がり、帰り際の挨拶と共に礼を言って渡すつもりだった。というのに今日に限って彼らの訪れは遅く、はやく渡したくて気が急いてしまったのだ。

「……次。会ったら謝ろう……というか、会ってくれるのか?」

 今程エルフと人間の交流が深くはなかった頃、エルフに狼藉を働こうとした人間は容赦なく叩きのめされていたという。シグムントがトビアスの無礼を咎めて暴行するとは思えないが、呆れて相手をしなくなる可能性はあるだろう。

「……タリスマン。つけてもらえないかも……いや、袋の中すら見てもらえないんじゃ……」

 ぐるぐるとした思考は悪い方へと流れていく。失敗を痛感したトビアスはふらふらとした足取りでベッドへ横たわった。
 憧れていたエルフに声を掛けられ、交流を持った夢のような日々はきっともう終わりなのだ。そう思い込むだけで目頭が熱くなる。
 思考を遮断するように目を閉ざし、寝入ろうとするがなかなか眠りは訪れない。頭の中で羊の数を数え始めたトビアスの耳に、家の戸を叩く音が聞こえた。
 大酒飲みの知り合いがおり、たまに酔っ払ってトビアスの家を訪ねてくる。どうせその人だろうと思い、会いたい気分ではないので無視を決め込む。

「トビアス。もう寝てしまっただろうか」

 何度目か戸を叩かれた後、聞こえてきた美声にトビアスは跳ね起きた。慌てて戸へ駆け寄り、閂を外して戸を開ける。
 どこか緊張したような、それすら凛々しさに磨きをかける面持ちのシグムントが一人、佇んでいた。

「し、シグムントさん。何かご用でしょうか……」

 彼が何をしに来たのかわからないトビアスにはそんなことしか言えなかった。シグムントが小さく頷く。
 とりあえず中に入ってもらおうと促すと、シグムントは家の中に入ったものの戸を閉めただけでそのまま語り始める。

「きみの気持ち、確かに受け取った。私もきみと同じだ」
「……え? あ、え、はい……!」

 シグムントに贈ったタリスマンにはトビアスの感謝と祈りが込められている。それを感じ取ってくれたのだと思い、喜ぶトビアスの頬に長く美しい指先が触れた。

「私もきみを愛している。私の伴侶。愛らしく美しい私のトビアス」
「…………え?」

 常なら人形のように冷然とした表情をしているシグムントだが、今トビアスを見つめるその瞳には情熱が込められている。
 危惧していた怒りや侮蔑は微塵もない。ただトビアスへの好意を越えた感情がある。
 美しい顔を寄せられ、そのまま重ね合わせる。薄桃色に色付く唇がトビアスのものに触れても驚きはあれ、嫌悪はなかった。



 トビアスの知り合いにはエルフの伴侶となった者が何人かいる。彼らは美しい伴侶の惚気話を語れる相手を探し、物静かなトビアスに勝手に語っていく。
 エルフ達は人との交流の始まりに倣うように、好みの人間をその胎で抱き込む――つまり受け手、ネコ、抱かれる側へ回るのだ。

「ん、ふ……ちゅ、んん……」

 玄関先で唇を合わせ、シグムントの舌がトビアスの口内へ入り込んでくる。唾液を啜られ、トビアスもお返しのようにシグムントの舌を吸う。

「ふふ」

 何がおかしいのか。小さく笑うシグムントの表情は優しく、美しい。
 憧れのエルフが何故かトビアスを気に入り、伴侶に選んでくれた。一生分の幸運を使いきってしまったのではないだろうか。

(こんなに綺麗な人を抱けるんだ)

 キスだけで腰が砕けたトビアスが凭れ掛かってもシグムントは難なく受け止め、トビアスを抱えて動き出す。先程まで寝ていたベッドへ横たえられたトビアスの上にシグムントが覆い被さってくる。
 知り合い達はエルフに見初められ、求められるままにエルフのアナルへ雄を喰わせたという。自分とシグムントもそうなるのだと思っていたトビアスは下衣を脱がされ、自身の両足首を掴み折り曲げて尻を掲げるような体勢を取るよう促され、流石に何かおかしいと声を上げた。

「大丈夫だ。ビャルネから行為の内容は聞いている。孔はよくほぐさないと痛いだけだと言っていた」
「孔って。でもこれじゃあ」
「ビャルネからよく聞かされてきた。尻に男を咥えて得られる快感は凄まじいと。私はトビアス……トビーに、誰よりも何よりも気持ち良くなってほしい」

 言いきったシグムントは懐から何かを取り出す。透明な液体の入った小瓶だった。

「ひ、」

 冷たく、とろりとした粘液が尻に垂らされた。小さな悲鳴を上げたトビアスはさらに声を上げることになる。

「あ……やだっ……」

 シグムントの白く美しい指がトビアスの尻に触れ、粘液を纏って孔の淵を撫でる。すりすりと粘液を擦り付け、ゆっくりと淵を押した。

「シグムントさん、」
「シグでいい。母さんもビャルネも、親しい者はそう呼んでくれる」
「やめて、やめて……押すのや……めでぇっ!!」

 爪の切り揃えられた指先がゆっくりと孔を開き、トビアスの中へ入り込んでくる。粘液も共に流れ込み、異物に侵入される感覚は不快だったが不思議と痛みはなかった。

「ひっ……あっ……」

 粘液の滑りに助けられ、シグムントの指がどんどん入り込んでくる。肉を裂き奥に隠された源泉触れられたトビアスが大きく体を震わせるのを見ると、シグムントの指は執拗にそこを突き始めた。

 ズチュッズチュッズチュッズチュッ……

「おっ、んぉっ……あっ……やめでっ……やめてぇっ……!」

 尻を振って逃げようとするトビアスだがシグムントの空いた片手で御され、尻を弄り続けられる。胎の奥を突き上げられ与えられるのが不快感ではない証のように、緩く熱を持ったトビアスのぺニスから先走りが散り、その腹を汚すのを見てシグムントは満足気に笑った。

 シグムントの指に粘液を押し込まれながら前立腺を叩かれたトビアスはただそれだけで感じ入り、人間の成人男性としては平均的な大きさのぺニスを膨らませている。

「あ……ぁあ……」

 両足を持ち支えていた腕は体の横へだらりと放され、同じように投げ出してしまいたい両足はシグムントに命じられ膝を山折にして立たせている。自然とわずかに浮いた尻の孔をシグムントは飽きもせず弄り続けていた。

「そろそろいいか」
「あ……?」

 トビアスにというよりは自分に対して問い掛けているような独り言と共にトビアスの指が抜かれる。異物の抜かれる解放感に息を吐きつつも、惜しむような声を漏らすトビアスだったが、そんなものはすぐに消し飛ぶ。
 衣擦れの音の後、何か丸みのある固いものがトビアスの孔に触れた。

「おっ……んんんっ……!」
「トビー……」

 ほぐされた孔を割り開き、硬度を持ったシグムントのぺニスがトビアスの中へ入り込んでくる。
 肉襞を擦り上げながらゆっくりと押し入られる圧迫感から声を上げようとするトビアスの唇はシグムントによって塞がれた。頬を赤らめた美しい尊顔が近付き、見惚れるうちに唇が重なり、薄い舌が入り込んでくる。

「んん~っ、ん、んぅ、んんんっ……!」

 長く太いぺニスが奥まで入り込むと、シグムントはゆっくりと腰を振り始める。キスされたまま胎をかき回されるトビアスは呻きを上げながらのし掛かる男の体へ止めてくれとすがったが、シグムントは聞き入れなかった。
 トビアスの唇が長い拘束からようやく解かれ、思うままに声を上げる。シグムントも腰の動きを速め、肉の打ち合う音が増した。

「あ、ああ、あっ……」
「……ん、トビー……くっ、」

 肉を裂かれる痛み、異物を出し入れされる圧迫感。初めはそれらだけだったが、中で暴れ回る肉棒が胎の奥を刺激すると指で突かれた快感を思い出させていく。トビアスの唇から漏れる声に甘さと媚びが混じり始めたのが証だった。
 快感を恥じるように頭を枕へ擦り付け、唇を塞ごうとするトビアスの手はシグムントに掴み遮られた。細く美しいように見えて、剣を握る戦士の手は表面がごつごつとして逞しい。

「あっやっ、やだっ……ああっ……」
「トビー……」

 再び唇が重なる。唇だけでなく胴も、シグムントの全身がトビアスを包み込むように重なりながら腰を打たれる。胎の奥底までしっかりとぺニスが入り込み、最奥まで殴り付けられる。
 トビアスの胎はひたすらシグムントを締め付けた。侵入を拒むような、抱き着いて迎え入れるような、さらなる快楽を得るために媚びつくような。どれでもありどれでもない、そんなトビアスの反応にシグムントは快感を得て雄を膨らませ、最奥目掛けて精を吐き出した。

「んぁっ……! あつぃ……でてる……」
「……ああ。ああトビアス……!」

 胎の中に熱い飛沫の吐き出される初めての感覚に呆然とするトビアスとは対照的に、シグムントは興奮した様子で何度もトビアスを呼んだ。
 普段の物静かで理知的なシグムントの姿とは違う、性欲に狂った男のように。興奮の収まらないまま、シグムントはトビアスを抱き続けた。



 翌朝のトビアスは鳥の囀りで起床した瞬間から忙しかった。
 目が覚め意識を取り戻した途端、腰の痛みと尻の異物感を自覚する。尻に何かが入り込んでいるような感覚は昨夜の名残でも勘違いでもなく、まだ孔にぺニスが挿入されたままだった。

「おはようトビー。私の伴侶。私の宝石」
「……え、あ、おはよう、ございます……あ、何、抜いてない……」
「ああ。トビーから片時も離れたくない。ずっと共に在りたい」

 背後からトビアスを抱き込むようにベッドへ寝そべり、下半身を繋いだまま夜を越したシグムントに腰を揺られる。胎を刺激されて甘ったれた声を上げた所で家の戸が盛大に叩かれた。
 何だろうと気にするトビアスにシグムントは放っておけばいいと囁くが、外で戸を叩く相手も必死だった。

「トビアス! シグもか?! 開けて、開けてくれ!」

 早朝という時間も忘れた様子で外から声を荒げるのは最近すっかり聞き覚えた声。シグムントは付き合いの長くなる相手。ビャルネのものだった。
 流石にビャルネを無視は出来ないと、シグムントは名残惜し気にトビアスの中から出ていき昨夜脱ぎ捨てた衣服を着させてくれる。シグムントも身支度を軽く整え戸を開けると、普段なら凛々しく上げられた眉尻を困ったように下げたビャルネが二人を見つめて「ごめんよぉ」と謝罪を口にした。

「俺、てっきりプロポーズだと思ってぇ……そしたら母さんが朝一で違うって言うし、旦那にも違うって言われるし……」

 ビャルネの言葉はトビアスにはわからなかったがシグムントには通じたらしく、機嫌の良さそうだった彼は石のように固まりぴくりともしない。事情を問い質すトビアスにビャルネは一から教えてくれた。
 エルフと人の交流が昔よりは深まったとはいえ、風俗習慣全てを理解し合えているわけではない。仲睦まじい相手に貴金属を贈ることが人間のプロポーズだと思っていたビャルネにとって、昨日のトビアスの行動はまさにそれだと勘違いしたのだという。

「だいたい母さんだって紛らわしいよ。そんな祝福与えてるくせにさぁ」
「母さん? 祝福?」
「うん。シグの貰ったタリスマン。母さん……世界樹の祝福を受けまくってるよ。トビアスの真心も一緒にね。だからシグだってプロポーズだと思ったんだよ」

 世界樹から産み落とされたエルフ達には不可視のものを見通す目がある。トビアスにはよくわからない何かを彼らは感じ取っているらしい。

「……えぇと、シグムントさんは……俺のプロポーズ……だと思ったことを、喜んでくれたってこと……?」
「……ああ」
「……えっと、あの……」

 大切なことを確認し始めたトビアス。それに言葉少なに本心で答えるシグムント。鈍い二人にはすぐに展開の収まり方がわからないかもしれないが、聡いビャルネは気配を消してそうっとトビアスの家を出ていくことにした。
 昨夜何かがあったらしく、勘違いだったにしてはトビアスに怒りや嫌悪がない。感じられるのは戸惑いや――もしかして、という期待だ。

「……なに、母さん。やけに張り切ってるじゃん」

 外に出て静かに家の戸を閉めたビャルネが空を見上げると、よく晴れ渡った青空には幾重もの虹の橋が架かり。
 ビャルネの髪を優しく揺らす風達は純白の花弁を舞い運んできた。常ならエルフ以外を毒する花粉を纏う世界樹の花弁は、長い旅路の間に花粉を削ぎ落とし人の街まで辿り着いていた。
 彼女の御心のままに。



***

シグとビャルネ視点ついでに母さんについての補足などの勘違い小話を書けたらいいなと思ってます。閲覧ありがとうございました!

良かったら感想貰えると嬉しいです。
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