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豊かとは言えない国土を開拓し、隣国との交易で発展した歴史深きガーランド王国。丘陵の上に築かれた城はその日、喜びに満ちていた。
第一王子・ジェロームは一年前に友好国の姫を迎え、世の女性達が羨むような絢爛豪華な結婚式を挙げた。夫婦仲は良好で、妻となったマリアベルの懐妊が発覚するのに時間はかからなかった。
待ち望まれた今日、無事に御子が生まれた。赤ん坊の第一の仕事として、母親から切り離された途端に元気良く泣き出したそのは男の子だった。
ゆくゆくは王冠を戴くことになる未来を担って生まれた幼い生命。それだけではなく、ただ生まれてきてくれただけで嬉しい、良かったと目元を光らせる両親達。
第二王子であるクラレンスもまた、その知らせを聞いて喜んだ。敬愛する兄と、クラレンスにも優しい兄嫁。二人の子が無事に生まれたのならこれ程喜ばしいことはない。
世継ぎの誕生はすぐに城下にも広まる。王室の慶事に民も喜んでくれるだろう。
その日の夕食の席は新しい家族の話題から始まった。出産の疲れから休んでいる妻に代わり、兄のジェロームが祝福の言葉を受け取っている。王、王妃から祝いの言葉が告げられ、クラレンスもそれに続いた。
「おめでとう、兄さん」
「ああ、ありがとうクレア。コーネリアスを可愛がってやってくれよ」
「それはもう。まだ一目しか会えてないけれど、思い出すだけで可愛くて仕方ないよ」
出産を終え、落ち着きを取り戻した義姉の許可が出てからすぐに会いにいった生まれたばかりの甥は母親の腕の中で穏やかに眠っていた。甥を見つめる瞳は誰もが優しく、慈しんでいた。
その光景を思い出し胸を熱くするクラレンスの耳に、大きな咳払いが聞こえる。父のものだ。
「クラレンス。お前もそろそろどうなんだ」
「……そうだな。クレアももう二十八だ。結婚を考えてもいいんじゃないか」
クラレンスは十代の半ばから慈善活動に励んでいる。主に孤児の保護や暮らしの支えとなる活動をしており、初めは民の税から捻出されていた活動費は今やクラレンスの支援者によって賄われるまでになった――それだけ、彼の地道な活動は人の心を動かしたのだ。
政略的な婚姻の話もなく、浮いた噂の一つも立たず、清く正しく民の為に働くクラレンスを咎めることも出来ず、クラレンス自身も避けてきた話題だった。
相手がいないのなら紹介をしようという父の言葉をクラレンスが遮る。
「……父上……いいえ、陛下。私は、私の考えを……お話しなければなりません」
面持ちを改めたクラレンスに、その場に妙な緊迫が走る。同席する兄は勿論、口を出さずに見守っていた王妃と妹姫も、クラレンスの言葉を待った。
「私は、この身を神に捧げようと思います」
驚く家族に、当然ながら何故かと問われ、クラレンスは最後まで迷った。神に傾倒した信心深き信者を装う道もあったが、言い含められることを考え素直にさらけ出すことにした。
「私は女性を愛せません。人としての好意は抱けても、愛を返すことは出来ない」
クラレンスへ向けられた目が全て見開かれる。驚いている。それはそうだと自嘲する。
「体裁の為に誰かを不幸にすることは出来ません。それならば世俗を断ち神に祈り、人々を助けながら静かに暮らしていたいのです」
「お兄様……」
思わずといった様子でクラレンスの名を呼んだのは妹のローザだ。兄の告白は十代半ばの少女には衝撃が大きかっただろう。場所を変えて父だけに伝えるべきだったと今さらながらに後悔する。
次の言葉を待たれている王はというと、混乱していた。勿論我が子の告白に対する単純な混乱もあるが、彼の願いを聞き入れるか否かにだ。
民の王族への感情はクラレンスが大きく関わっている。善政を意識してはいるが民の総意全てに寄り添っては国は機能しなくなる。時には非情な選択を強いねばならないこともあり、それが続けば彼らは反抗を覚えるだろう。
実際、数年前に疫病が流行り災害の多い年があった。国が荒れ、人の心が荒れたその時に懸命に彼らへ語りかけたのはクラレンスだった。
民に混じって動き回り、人を助けるクラレンスの姿を見せられては民も働き、危機を乗りきるしかなかった。王も我が子の姿を誇らしく思い、臣下の意見を取り入れながら日夜改善策を考えた。
民の心が王家にあるのはクラレンスが彼らとの信頼を築いたことが大きい。勿論それが全てではないが。
クラレンスが城を出て修道院へ入り、神の道へ進んだら。教団は大いにその名と信頼を活用し、クラレンスは変わらずに民へ奉仕するだろう。民はクラレンスのいなくなった王家に対しあることないこと――王や兄より人望の厚い第二王子を疎んだだの追い出しただの、憶測だけで好き勝手に噂する。そういうものなのだ。
「だめだめだめだめ絶対だめありえないありえない」
「……ええ、はい。ありえないことだと私自身思っています。これまで育てて下さった……父上や母上には親不孝者と罵られても何も言えません。ですから教団へ」
「いやそれ! 教団とかないから!」
混乱のあまり頭を振り、言葉が砕け荒ぶる父に気圧されるクラレンスへ向けて。勢いのまま宣言する。
「お前の気に入る相手を見つけてやるから!! 神の道へ進むことは許さん!!」
今度は想定と違った結果を迎えたクラレンスが目を見開く番だった。
第一王子・ジェロームは一年前に友好国の姫を迎え、世の女性達が羨むような絢爛豪華な結婚式を挙げた。夫婦仲は良好で、妻となったマリアベルの懐妊が発覚するのに時間はかからなかった。
待ち望まれた今日、無事に御子が生まれた。赤ん坊の第一の仕事として、母親から切り離された途端に元気良く泣き出したそのは男の子だった。
ゆくゆくは王冠を戴くことになる未来を担って生まれた幼い生命。それだけではなく、ただ生まれてきてくれただけで嬉しい、良かったと目元を光らせる両親達。
第二王子であるクラレンスもまた、その知らせを聞いて喜んだ。敬愛する兄と、クラレンスにも優しい兄嫁。二人の子が無事に生まれたのならこれ程喜ばしいことはない。
世継ぎの誕生はすぐに城下にも広まる。王室の慶事に民も喜んでくれるだろう。
その日の夕食の席は新しい家族の話題から始まった。出産の疲れから休んでいる妻に代わり、兄のジェロームが祝福の言葉を受け取っている。王、王妃から祝いの言葉が告げられ、クラレンスもそれに続いた。
「おめでとう、兄さん」
「ああ、ありがとうクレア。コーネリアスを可愛がってやってくれよ」
「それはもう。まだ一目しか会えてないけれど、思い出すだけで可愛くて仕方ないよ」
出産を終え、落ち着きを取り戻した義姉の許可が出てからすぐに会いにいった生まれたばかりの甥は母親の腕の中で穏やかに眠っていた。甥を見つめる瞳は誰もが優しく、慈しんでいた。
その光景を思い出し胸を熱くするクラレンスの耳に、大きな咳払いが聞こえる。父のものだ。
「クラレンス。お前もそろそろどうなんだ」
「……そうだな。クレアももう二十八だ。結婚を考えてもいいんじゃないか」
クラレンスは十代の半ばから慈善活動に励んでいる。主に孤児の保護や暮らしの支えとなる活動をしており、初めは民の税から捻出されていた活動費は今やクラレンスの支援者によって賄われるまでになった――それだけ、彼の地道な活動は人の心を動かしたのだ。
政略的な婚姻の話もなく、浮いた噂の一つも立たず、清く正しく民の為に働くクラレンスを咎めることも出来ず、クラレンス自身も避けてきた話題だった。
相手がいないのなら紹介をしようという父の言葉をクラレンスが遮る。
「……父上……いいえ、陛下。私は、私の考えを……お話しなければなりません」
面持ちを改めたクラレンスに、その場に妙な緊迫が走る。同席する兄は勿論、口を出さずに見守っていた王妃と妹姫も、クラレンスの言葉を待った。
「私は、この身を神に捧げようと思います」
驚く家族に、当然ながら何故かと問われ、クラレンスは最後まで迷った。神に傾倒した信心深き信者を装う道もあったが、言い含められることを考え素直にさらけ出すことにした。
「私は女性を愛せません。人としての好意は抱けても、愛を返すことは出来ない」
クラレンスへ向けられた目が全て見開かれる。驚いている。それはそうだと自嘲する。
「体裁の為に誰かを不幸にすることは出来ません。それならば世俗を断ち神に祈り、人々を助けながら静かに暮らしていたいのです」
「お兄様……」
思わずといった様子でクラレンスの名を呼んだのは妹のローザだ。兄の告白は十代半ばの少女には衝撃が大きかっただろう。場所を変えて父だけに伝えるべきだったと今さらながらに後悔する。
次の言葉を待たれている王はというと、混乱していた。勿論我が子の告白に対する単純な混乱もあるが、彼の願いを聞き入れるか否かにだ。
民の王族への感情はクラレンスが大きく関わっている。善政を意識してはいるが民の総意全てに寄り添っては国は機能しなくなる。時には非情な選択を強いねばならないこともあり、それが続けば彼らは反抗を覚えるだろう。
実際、数年前に疫病が流行り災害の多い年があった。国が荒れ、人の心が荒れたその時に懸命に彼らへ語りかけたのはクラレンスだった。
民に混じって動き回り、人を助けるクラレンスの姿を見せられては民も働き、危機を乗りきるしかなかった。王も我が子の姿を誇らしく思い、臣下の意見を取り入れながら日夜改善策を考えた。
民の心が王家にあるのはクラレンスが彼らとの信頼を築いたことが大きい。勿論それが全てではないが。
クラレンスが城を出て修道院へ入り、神の道へ進んだら。教団は大いにその名と信頼を活用し、クラレンスは変わらずに民へ奉仕するだろう。民はクラレンスのいなくなった王家に対しあることないこと――王や兄より人望の厚い第二王子を疎んだだの追い出しただの、憶測だけで好き勝手に噂する。そういうものなのだ。
「だめだめだめだめ絶対だめありえないありえない」
「……ええ、はい。ありえないことだと私自身思っています。これまで育てて下さった……父上や母上には親不孝者と罵られても何も言えません。ですから教団へ」
「いやそれ! 教団とかないから!」
混乱のあまり頭を振り、言葉が砕け荒ぶる父に気圧されるクラレンスへ向けて。勢いのまま宣言する。
「お前の気に入る相手を見つけてやるから!! 神の道へ進むことは許さん!!」
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