憧憬ロマンス

鳫葉あん

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 若く美しい端正な騎士がクラレンスに跪き、右手の甲へ口付ける。ご婦人が胸をときめかせる物語のような行動を実際に取られると、クラレンスの薄い胸にはときめきよりも困惑が募った。
 立ち上がるように促すと彼は素直に従う。間近で見ると思ったよりは背があるが、クラレンスよりは頭一つ分は低い。華奢な見た目だというのに大柄な男達を制した彼の実力は確かなものだろう。
(……いや。別に金銭を賭けていたわけではないし。そんなに本気じゃなかったのかな……って、そうだ)
「ローザ。お見合いって何だ」
「……言葉通りよ。強くて格好良くて優しくて誠実でお兄様に相応しい相手をクレイグに探してもらったの。その中から一番強い人にだけお兄様とお見合いする権利を差し上げることにしたのよ」
 今まで行われていた試合がそうだったのだと語るローザに、クラレンスは頭を抱える。お姫様の我が儘に彼らは付き合わされているのだ。
 クラレンスの結婚相手を募っていると妹姫直々に言われて、誰も声を上げなければ失礼だと思ったのだろう。彼らの忠義は厚いのだ。
 ローザへ向けていた目線をアレンと呼ばれた年若い騎士へ戻す。翡翠のような瞳は眩しく輝きながらクラレンスだけを見つめている。
「あー……その、優勝おめでとう。素晴らしい試合でした」
 我が儘に付き合わせたことへの労いのつもりで言葉を掛けると、アレンは騎士の礼を取る。大袈裟な程に俊敏な動きは彼の緊張や初々しさを物語り、クラレンスの頬が緩む。可愛かったのだ。
「皆も。ローザに付き合ってくれてありがとう。迷惑を掛けたね」
「まぁお兄様! 迷惑なんて掛けてないわ!」
 ローザとしては信奉するクラレンスと結婚出来るかもしれない機会を彼らに与えてあげたのだから、迷惑どころか愛の女神のような行いをしたと思っている。彼らの認識もそれに近い。
 そんなことを露程も考え付かないクラレンスは「仕事の邪魔をしたらダメだよ」と珍しくローザを叱り、時間を取らせて悪かったと謝り、ローザを連れて城へと帰っていく。
「お兄様、お見合いはしてちょうだい。アレンも皆もお兄様の為に頑張ったのよ」
「わかったよ。お見合いはする。時間を作ってアレンと話をするよ」
 道すがら、いつになく必死な様子で懇願するローザを無下に出来ず、彼らの試合の名目を守る為にもアレンとの対話を拒む理由がなかった。
 良かった、とはしゃいだ声を上げるローザは純粋にクラレンスを想って動いている。そう理解出来るから窘めることも出来なかった。



 長い黒髪を揺らした貴人が一人、城内の廊下を進んでいた。身を包む衣服は全て一目でわかる程に質が良く、整った男らしい顔立ちを品良く引き立てている。
 目的の人が待つ部屋まで来ると扉を叩く。聞き慣れた声から入室を促され、声を掛けながら扉を開けるとソファーに腰掛けたジェロームが親しげな笑みを見せた。
「やぁ、メル。呼び出してすまないね」
「殿下の御用とあらば火の中水の中。何時だって駆け付けますよ」
 メル――メルヴィンは促される前から勝手知ったる様子で対面のソファーへ腰掛ける。ジェロームも気にした様子はない。
 第一王子という立場にあるジェロームにとって目の前の彼、侯爵家の三男に生まれた同年の男は心を許せる数少ない友人、親友と呼ぶべき間柄だ。
 早速話を促すメルヴィンに向けて「きみを信頼しての頼みだ」と殊勝な声を出した。
「きみもよく知っているだろう。私の可愛いクレアについてなんだが」
 クラレンスの名前が出た途端、澄ました顔が僅かに眉を動かす。わかりやすい男だとジェロームが内心笑っているのを、彼も察してはいるだろう。
「クレアに結婚相手を見つけてやると父が言い立てたんだが、見つからないと私に泣きついて来てね。いや、なかなか。クレアに相応しい相手探しは難しいよ」
「…………優しく聡明なご令嬢がよろしいでしょうね」
 初めのような快活さはない。暗く抑揚の抑えられた、感情のない声が目の前の男の荒れ狂った胸中を語っている。ジェロームは笑いを堪えるのに必死だった。
「ご令嬢はダメなんだそうだ」
 僅かに見開かれた目に唇が歪む。普段なら取り繕っていられるだろうに、クラレンスが関わるとただの男に戻ってしまう。恋する憐れな男に。
 メルヴィンは上手く誤魔化しているが、親友であるジェロームには彼の恋がどこにあるかを察していた。ジェローム相手だからこそ気を許してしまう所もあるのだろう。
 それを知ってもジェロームは彼を否定しなかったが、面と向かって応援も出来ない。親友に何もしてやれなかった日々は、可愛い弟の思い悩んだ決意によって終わりを迎えることになる。
「クレアは残念ながら女性を愛せない。愛のない結婚をするくらいなら神に全てを捧げると言われたよ」
「そんなっ……!」
「教団に入れたくないから結婚相手を探すことにしたんだが、きみはクレアに相応しい相手を知らないかな」
 クラレンスを援助出来る経済力があるといい。彼の理念への理解と、愛は必須だ。優しく聡明で何より従順な、クラレンスの足元へ犬のように這いつくばり、クラレンスの危機には身を呈して守るような――愛に殉じた男がいい。
「可愛いクレアを安心して任せられる相手がいいんだが」
「知っている」
 メルヴィンは侯爵家の生まれだが当主の座は回ってこない三男坊。父から借りた資金を元手に始めた酒造業が軌道に乗り、他にも手を付けた商売で得た富はクラレンスの援助にも回されている。彼はジェロームの親友であり、クラレンスの支援者だった。

 十数年前。ガーランドはかつてない豪雨により大規模な洪水被害に襲われた。惑う民を助け導く為に躊躇なく騎士に混じって救助活動を行ったクラレンスは、まだ十代半ばの少年だった。
 幼いからこそ尊く、自己犠牲を厭わない奉仕をし続けたクラレンスの姿に目を、心を、何もかも奪われたメルヴィンは彼に傾倒した。メルヴィンだけではない。何かあれば身を呈して民を助けるクラレンスは民から信頼されている。
 純粋な尊敬はいつしか色めき、理知的な男の心を変えてしまった。クラレンスがいなければ慈善活動に関心を持つような可愛げのある男ではなかった。
 民を助ける気持ちも芽生えたが、彼の理念の助けになることこそが重要だった。
「クラレンス殿下を援助し、愛し敬い、そのおみ足に触れ、その身をお守りしたいと、誰よりも願う男を知っているよ」
「……だろうね」
 それ以上は必要なかった。互いに正しく理解していた。
「……義兄さん」
「うーん。気持ち悪い」
 クラレンスの知らぬ場所でまた一つ、事態は進展していた。
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