錬金術師とホムンクルス【改題予定】

鳫葉あん

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 人の領域を越え、神の奇跡に踏み込む神秘の術。錬金術は摩訶不思議を可能とする。
「何を読んでいるんだい?」
 研究にきりがつき、休憩していたヘロイーズが店番を任せているシミオンのもとへ向かうと、彼は分厚い本を読んでいた。声を掛けつつ内容を確認すると、それは土塊に命を与える方法だった。
「ゴーレムの作り方です」
「ふぅん。ゴーレムは創造主の命令は聞くが、あまり細かい内容は理解できない。暴れまわる怪物になりかねないから扱いには気を付けなさい」
 師匠の忠告に幼い弟子は素直に頷く。材料をいくつか貰っていいか尋ねると、ヘロイーズは二つ返事で了承した。
 ヘロイーズはシミオンを止めない。本当に危険な行いならば声を荒げて叱りつけるかもしれないが、聡いシミオンは弁えている。それでも年頃の子供らしい生意気さを見せ始めているが、自分の幼少期と比べたら可愛いものだと許してしまう。
 夢中で本を読み覚えている弟子の姿を見るヘロイーズの目は優しい。子供が好きというわけではない彼女だが、シミオンとの暮らしは狭い心をおおらかにしていった。


◇◇◇


「ゴーレム?」
 長い髪を左右の耳下で結った女の子――メリッサが、首を傾げて言葉を返した。向かい合うシミオンはうんと頷く。
「土で出来た人形が動くんだよ。それがゴーレム」
「えー。嘘よぉ!」
「嘘じゃないよ。今朝も成功したから。見てて!」
 シミオンが食堂へ働きに出るようになると、仲良くなったメリッサは町外れにあるヘロイーズの工房に遊びに来るようになた。手入れのされていない草だらけの庭に向かい合い、シミオンは懐から小さな石を取り出す。赤い輝きを見て、メリッサの目も輝いた。
「わぁ……綺麗! ルビー?」
「いいや。ただのガラス玉だよ」
 シミオンの手の中で、赤いガラス玉はトクトクと脈打っていた。
 スコップで土を掘り返し、穴にガラス玉を入れて土を被せる。地中へ向けてシミオンは「目覚めろ、ゴーレム」と声を掛けるが、返答はない。
「シミオン、何も」
 起きないじゃない。そう続けようとしたメリッサの視界に、土の震えが見えた。ガラス玉を埋める為に盛り上がった土が、ぶるぶると震動している。
「えっ……シミオン……」
 思わずシミオンに目を向けたメリッサは、得意気に笑う彼を見た。その間も土は震動を続け、やがて形を作っていく。
 円い頭部はシミオンの膝程の高さにあり、ガラス玉を中心に宿した胴からは短い手足が生える。人の形を取った土人形はピクリとも動かない。
「何もしないのね」
「目覚めろって命令しただけだからね。ゴーレム、この子はメリッサ。僕の友達だから挨拶してね」
 シミオンがそう言った途端、ゴーレムは動き始めた。目鼻のない顔がメリッサの方を向き、足を動かして体の向きも変える。驚いているメリッサに頭を下げ、会釈だと気付くのに時間がかかった。
「……あ。私、メリッサ。ありがとう、よろしくね」
 メリッサが言葉を返すとゴーレムはゆっくり頭を上げ、しばらくして上下する。頷きだとわかった。
「ありがとう。戻っていいよ」
 シミオンの命令を聞いたゴーレムは体を揺らし始めた。足から形を失い、ただの土塊に戻っていく。
 ゴーレムがいた場所にはガラス玉が一つ落ちているだけになると、シミオンはそれを拾い上げてズボンのポケットにしまいこんだ。
「やっぱり不思議ね、錬金術って。そのうち人間も作り出しそう」
「ははは、まさかぁ」
 軽口が真実になるなど知りもしない二人が無邪気に笑い合う声を、ポケットの中のガラス玉だけが静かに聞いていた。


◇◇◇


 ゴーレムを生み出したシミオンはまだ十代半ば、善悪の判断は出来ても、旺盛な好奇心に行動を左右されがちで、選択肢の結果の想像がまだまだ足りない年頃だった。
 ゴーレムが危険な存在であることは認識しているので、無闇に喚び出すことは出来ない。街の外でなら、と思いはしても完全に人目のない場所へ一人で行くことはヘロイーズも流石に禁じている。忙しい師匠にゴーレムを見たいから外に連れていってほしいとねだることは出来ないと判断する理性はあった。
「……この間くらいの小さなきみなら、別に問題ないんだけどさ」
 自室で一人椅子へ腰掛け、毎日ポケットにしまい込んでいるガラス玉に語り掛ける。ほんのり赤い輝きは、シミオンの言葉を静かに聞いているように思えた。
「大きなきみを見てみたいな。工房くらい……いや、それよりもっと大きなきみを」
 少年らしい欲求だが、それをすれば騒ぎになることは想像出来る。ため息をついたシミオンはガラス玉を見つめた。
「僕が大きくなったら、何処かできみを大きくしよう。山のように大きなきみに会いたいよ」
 ガラス玉をポケットにしまったシミオンは、机の上に置かれた鞄を手に部屋を出ていく。これから給仕の仕事があるのだ。



 まだ年若いシミオンは食堂が酒場に変わる頃までしか働けないが、それでも子供が出歩くには遅い時間である。夏場でも既に空は暗く、人がいても近付かなければ気付けない。
「……!!」
「……」
 路地裏から聞こえてくる声に、シミオンの肩が揺れる。何を話しているかまではわからないが、言い争いというよりは一方的に絡まれている雰囲気だった。
 騎士を呼んだ方がいいだろうか。考えつつ、シミオンはこっそりと路地裏へ入っていく。その手は自然と胸ポケットへ伸びていた。
「聞いてんのかお前! 貧乏貴族の三男坊がしゃしゃってんじゃねぇよ!!」
 細い路地裏の奥は大きく開けた空間になっていた。相手を認識出来る程近付くと、怒鳴り声もよく聞こえてきた。建物の壁に隠れて様子をうかがうシミオンの視界に入るのは、騎士学校の制服を着た青年が身形の良い男達数人に囲まれている姿だった。
「首席で卒業するのはゴドウィン様だ!」
「次の試験でどうすべきか、わかってるよな?」
 身形と違って乱暴な言葉で青年を脅している。彼らの顔は見えないが、そう判断したシミオンは無意識に胸ポケットからガラス玉を取り出していた。
「返事をしろ」
「……」
 殺気立つ男達にすごまれ、青年は何の反応も返さない。幼いシミオンの目には恐怖のあまり動けないのだと思えた。シミオンが彼の立場なら、何も出来ない。
「……」
 街の道路は煉瓦造りになっている。路地裏も途中までは同じだが、部分的に土が剥き出しになっている。
 ゆっくり足を折り、しゃがみこんだシミオンは急いで穴を掘った。ガラス玉が埋まる程度の小さなものでいい。輝きが地中に埋もれたら、命じてやるだけで良かった。
「ゴーレム。あの男達を追い払うんだ」
 地響きとともに生まれ出る土人形はシミオンの命令に従い、目の前の人間に襲い掛かる。異変に気付き悲鳴を上げ、腰を抜かして座り込む男達――そして。
「違う! 彼は違うよ!」
 シミオンが助けようとした青年目掛けて、ゴーレムの拳が振り下ろされる。咄嗟に命令の修正を行っても、ゴーレムは正しく処理出来ない。シミオンという創造主以外の人間の区別なんて、殆ど出来ないのだから。
 突然現れた怪物に男達が恐怖の悲鳴を上げる中、それまで黙していた青年が動いた。男達を庇うように進み出るや、腰に下げていた剣を抜く。見習い騎士に与えられた木剣を。
「……」
 青年の鋭い相眸がゴーレムを見た。胴体中央にあからさまに光り輝く石に狙いを定める。ゴーレムの拳が襲い来るまでの刹那の中で、青年は的確に見抜いていた。
「……っ! あ……」
 青年目掛けて放たれた土の拳は避けられ、路地裏の地を叩き、震動を起こして終わった。攻撃を避けた青年はゴーレムの懐に入り込むと、赤い輝きへ剣を振る。硬い音と共に石は土から抉り出され、壁に隠れて様子をうかがっていたシミオンのもとへ飛んできた。
「……」
 ゴーレムの心臓を手に取ったシミオンは、慌ててその場を離れていく。逃げる足音に気付いていた青年だが、追い掛けることはしなかった。
「何だったんだ」
 木剣を鞘に納め、へたりこむ男達を見ていると複数の足音が近付いてくる。そちらへ目を向けると、騎士の集団が駆け寄ってきた。その中に見知った顔を見て、青年が安堵する。
「テオドア?! 何を……何があったんだ!」
「教官」
 騎士学校で師事している騎士が今夜の見回り役だったらしく、先程までの轟音や地響き、テオドアの後ろで怯え、しゃがみこんでいる男達に何があったのだと問い質してくる。
 テオドアは正直に全てを話したが、半信半疑な様子だった。テオドアとて土で出来た怪物をこの目で見なければすぐに信じることは出来なかっただろう。
「けど、これが証拠ですよ」
 路地裏の一部分には巨大な穴が、そこから少し離れた場所には土人の背丈を越える土の山が出来ている。
 ゴーレムの名残と目撃者達の証言、騎士達にも聞こえた地を揺るがす轟音を思い出せば、怪物が現れたと考えるしかなかった。


 翌日から騎士団は謎の怪物探しを始めた。錬金術師や魔術師は真っ先に疑われ、ヘロイーズのもとへ聞き込みにやって来た。
「土で出来た怪物。ゴーレムだな。あんなもの作り方さえ知っていれば子供でも作れる」
「……やはり錬金術や魔術に通じた者の仕業か」
 テオドアに教官と喚ばれた騎士がヘロイーズの工房を訪れ、彼女に昨夜の話をする。突然現れ、見習い騎士を襲った怪物は何かと尋ねる騎士にヘロイーズはゴーレムの名を告げ「コアを傷付けたんだろう」と続けた。
「コア?」
「ゴーレムの心臓さ。魔力を与えられた石だよ。その対峙した見習いは勘がいいし、腕も立つんだな」
「俺の自慢の教え子だからな」
 少し得意気な顔をした騎士は、咳払いをしてヘロイーズに向き直った。
「お前は昨夜、何をしていた」
「私を疑うのか」
「……形式的なものだ。わかってくれ……被害者が名門貴族の坊っちゃんだらけでな。息子が狙われてるだの暗殺事件だのうるさいんだよ、色々と……好き勝手言いやがって」
「ふん。昨夜は酒場にいた。地響きが聞こえてきた頃、何事かと店主と話していたよ」
「シミオンが働いてる店か。わかった。ありがとう」
 後で確認に行くのだろう騎士は、この場にいないシミオンはどうしたのかと尋ねた。露骨に顔を顰めるヘロイーズに「疑ってるわけじゃない」と否定する。
「久しぶりに顔が見たかっただけだ」
「裏庭で土いじりをしてるよ。ほら、見えるだろう」
 ヘロイーズに指し示された窓辺へ立つと、シミオンの小さな背中が見える。目元と口元を和らげた騎士の目には、シミオンが植木鉢に土を入れていることしか見えなかった。
「薬草を育ててるんだったか。食堂でバイトもしてるんだろう。働き者だな」
「いい子だよ。悪意で人を傷付けるようなことはしない」
 工房の中で二人が自分の話をしていることも知らず、植木鉢へ土を詰めたシミオンは下衣のポケットに手を入れると、中にしまっていた物を取り出した。
「……ごめんね。僕がもっとよく考えてれば良かったのに」
 植木鉢の中にひび割れたガラス玉を入れ、土を被せる。シミオンが目覚めを願っても、植木鉢はピクリとも動かなかった。



◇◇◇


「よいしょ」
 早朝の空気に包まれながら、アシュレイは工房の前の掃き掃除を始めた。客が来るわけではないがシミオンと暮らす場所は毎日綺麗にしておきたかった。
「……ああ、おはようございます。今日も早いんですね」
 箒を動かしながら声を掛ける目線の先には、植木鉢がある。工房の出入口に並べられた大きな鉢には土が詰まり、苔が生えている。
「ええ。今日もいい天気ですね。シミオンが喜びます」
 誰かと会話をしている様子だが、工房の前にアシュレイ以外のひとはいない。そもそもアシュレイの目は、掃くべき地面と苔だらけの植木鉢にしか向けられていない。
「はい。今日もお互い頑張りましょうね」

 被造物は創造主を愛する。形は違えど心は同じだった。
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