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平民の少女リシェル
しおりを挟む朝靄(あさもや)が晴れゆく頃、ルミナリア王国の都から少し離れた丘の上にある〈王立魔法学園〉は、今日も石造りの尖塔と白い大理石の柱が朝日に染まっていた。
「おっはよーう!今日も元気だよ、リシェルはっ!」
石畳を元気に駆け抜けながら、リシェル・エステリナは一人で気合を入れた。髪は栗色で、光を受けると金色の筋がきらめく。目元はくるくるとよく動き、まるで感情がそのまま表情に滲み出しているようだった。
しかし、学園の門をくぐった瞬間、空気が一変する。
「……あら、また平民が浮かれてるわ」
「派手な声出して、品がないのよ。ま、平民らしいけどね」
周囲で聞こえる、貴族の生徒たちの冷たい視線と小声。リシェルはそれを聞き取っていたが、表情一つ変えずに足を止めなかった。
(へーきへーき。そんなの、いちいち気にしてたら魔法の勉強なんてできないもん)
リシェルは強がるように自分に言い聞かせながら、教室へ向かった。
◇
学園では、生徒たちは身分によって分けられていた。貴族用の寮と平民用の寮、教材の質、教員の態度まで違っている。
リシェルはそんな差別に、怒りよりも呆れを感じていた。
「魔法に身分って関係あるの? 火が燃えるのに、貴族の許可が必要なのかっての」
彼女の成績は並。魔力の総量も測定不能。だから「適性なし」とされてきた。だが、それでもリシェルは魔法が好きだった。光のように人を救い、温もりを与える力に憧れていたのだ。
◇
午後、魔法理論の授業が終わった後の実技演習。広場に設けられた訓練場では、生徒たちが火や水、風の魔法を順に披露していた。
リシェルの番になると、周囲がざわつく。
「また笑わせてくれるかしら」
「この前は風の魔法で自分の髪を燃やしかけてたわね」
(も~~うるさいなぁ)
リシェルは深呼吸し、手を前にかざす。目を閉じて集中する。
「〈アエリス・リュミエール〉──風の癒光よ、集え!」
次の瞬間、彼女の手元から光の粒子がこぼれた。
――否、光だけではない。眩いほどの金色の魔力が爆発的に広がり、訓練場を一瞬で覆い尽くした。
「きゃっ!?」
「な、なに!? 眩しっ……!」
広場中が光に包まれ、生徒たちがたじろぐ中、リシェルは突然ぐらりと体を傾けた。
(え……あれ? なんで、こんなに……力が、出て……?)
次の瞬間、意識がふっと暗転する。
◇
「……おい。大丈夫か」
誰かの声が聞こえた気がした。
温かくて、懐かしいような匂いがする。淡い花と、陽だまりの匂い。
ゆっくりと目を開けると、見慣れない顔が近くにあった。
銀に近い金髪に、凍てつくような青い瞳。その瞳の奥に、どこか哀しみを湛えたような光が宿っている。貴族風の上質な黒の制服が、彼の身分を物語っていた。
(だ、だれ……?)
「リシェル・エステリナ。君だな」
「え、はい……?」
その人――レオニス・ヴァルター。王国第一王子だった。
突然の視察として王宮から現れた彼は、たまたま訓練場の視察中に、リシェルの暴走した魔法を目撃していた。
「君の魔力、測定不能とされていたはずだ。だが、今の光は……見過ごせない」
(な、なんで王子様が……!?)
混乱する頭を抱えながら、リシェルは彼の腕に抱かれていることに気づいた。
「ちょ、ちょっと待って!? な、なにして……!?」
「倒れた君を運ぶ以外に、選択肢はなかった。……それとも、床で寝るのが好みか?」
「べ、別にそんなわけじゃないけど! で、でも……っ」
真っ赤になったリシェルは、王子の腕の中でじたばたと暴れた。しかし、その腕は意外なほど優しく、しっかりと彼女を支えていた。
(……この人、なんだろう。初めて会ったのに……どこか懐かしい感じがする)
そのとき、ふとレオニスの瞳がわずかに揺れた。
「やはり……君なのか」
小さく、誰にも聞こえないようにそう呟いた言葉は、リシェルには届かなかった。
◇
その後、リシェルは医務室で目を覚まし、驚いたことに学園長から直接呼び出しを受けた。
「……魔力暴走の件については、王子殿下が“非はない”とおっしゃってくださった。だが、君の魔力は常軌を逸している。今後、特別観察対象とする」
(はあぁ……また厄介なことに巻き込まれちゃった……)
そうため息をつくリシェルだが、心の奥では、小さな灯がともっていた。
(あの王子様……レオニス様って言ったっけ。きっと、また会える気がする。そしたら……)
リシェルは窓の外を見上げた。どこまでも高く、澄んだ空。そこに、何か懐かしいものを感じた。
(わたし、もっと強くなりたい。誰にも笑われないくらい、ちゃんと……)
知らぬうちに、前世の誓いのかけらが、今世の彼女の中に静かに目覚めようとしていた。
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