獣医さんに恋した漢と犬

狭山雪菜

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後編

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――なんで、私ってこうなんだろう


米川よねかわ深雪みゆきは弱冠18歳の頃にはもう、自分は他の人とは違う事を悟った。
付き合う男達は、好きと伝えて尽くせば最初の頃は喜んだのに、だんだんとぞんざいな扱いをされる事が増えて嫌になり別れたし、反対に自分の気持ちををセーブして冷たくすれば、俺の事好きじゃないのかと、いざこざが増えてそれも嫌で別れた。
義務のようにやる事なす事全てを逐一報告させていたり、電話に出てくれないと不安で沢山掛けてしまい、めちゃくちゃ迷惑がられた。
「…今度は大丈夫だと思ったのになぁ」
はぁっ、と盛大なため息を吐いたのは、昨年浮気され別れた元カレを思い出してしまったからだ。付き合って半年で、高校時代から親友だと思っていた子と浮気をされた。それも、
『俺たちは運命の赤い糸で結ばれてるんだっ!』
『ごめん、深雪の彼氏と分かっていても、この気持ちは止められないのっ』
まるで月9のような2人の世界にどっぷり浸かっている元カレと親友に、浮気をされた・・・こちら側は酷く冷めた眼をむけてしまうのはしょうがないことだ。
『あぁ、そう、お幸せに』
にっこり微笑んで2人の元を去れば、すぐに携帯電話から2人の連絡先を削除した。

それからまもなく彼氏もいない時期が1年になろうとしていた時に起きた、コンビニ前のあの・・出来事。親友だった子と喧嘩別れしたらしく、よりを戻そうと図々しくも私の前に現れた。なんでも、私と連絡がつかなかったらしい。そりゃそうだ、私の携帯はアドレス帳に載っていない番号は、もれなく履歴に残らない仕様にしたのだ。

南部さんという男性は、年が明けて少しくらいに急患でやってきた犬の飼い主だ。普段ならよほど珍しい病気じゃないと、初見では覚えないんだけど…彼と茶色トイプードルは強烈な印象を私に残した。


"犬"


――普通飼っている犬に"犬"…なんて名前をつけないでしょ
受付兼待合室で待っていた彼は、座っていても身長が高い事が分かるくらい窮屈そうに座っていたし、私の足――太ももを2つ足しても、彼の片足の太さには敵わないと思うくらい大きい。その彼の膝の上にちょこんと座るトイプードルは、まるでおもちゃのぬいぐるみみたいで可愛かったし、警戒心もなく私に甘える姿は、あの大きな身体の南部さんが甲斐甲斐しくお世話をして愛情を注いでいるからだ。
助けてもらった時腰に手を添えられた時は、すごくびっくりした。優しく腰に触れた手は宝物に触れるようにそっと添えられたし、今までの彼氏と違う見上げないと顔が見れない大きな身長も、私を簡単に包み込んでしまいそうな大きな胸板と腕、大きな手のひらにどきどきした。まだ元カレが居るかもしれないから、と普通なら関わり合いたくないタイプの面倒事なのに、嫌な顔一つしないで私に提案もしてくれたのと嬉しかった。
――もっと彼を知りたい
私って本当、なんて単純な女だろう。ただそれだけの出来事で、南部さんを意識しているんだから――




***************



また数日後、彼に会う事が出来た…というか、作った。
あの時間帯にいつも散歩をしていると思ったから、夜勤の時は時間が合わないけど日勤の時、一度家に帰ってからシャワーを浴びてから前回と同じ時間帯にコンビニへと向かった。
すると、彼の犬ちゃんはコンビニの前でおすわりをしていて、飼い主の南部さんはいなかった。
だけど自分に近寄る私を見て、犬ちゃんは喜びの声を上げて尻尾をぶんぶんと振っている。
――やっぱり可愛い
「こんばんはっ、犬ちゃん…今日は飼い主さんは?」
不審者だと思われないように声を出して近寄って、犬ちゃんの頭を撫でると、私の手のひらに自分の頭を押しつけて、もっと撫でてと催促してくる。
「あの、何か…米川さん?」
犬ちゃんに癒されていた私は、バリトンの低い声は突然頭の上から聞こえて、誰の声か分かった途端、頬が熱くなってきた。
――なっ、なんなのっ私っ
いいな、と思っていただけなのに、もうどきどきと心臓がうるさい。この感情は、恋だともう経験上知っているけど、すでに南部さんに恋しているなんて思ってもみなかった。
「あっ、こんばんはっ」
上擦った声で返事をしてしまい、変な声が出てしまったと慌てたけど、私の慌てぶりも彼は気にしていないみたいだ。
「どうしたの?また夜勤のヘルプ?」
「あ…違います…えっ…と、たまたま仕事帰りに寄りまして」
――ばっちりシャワーも浴びたのに、何言ってんのよっ私っ
自分の発言に心の中でツッコミながら、なんとか返事をすると、彼はそうなんだ、と素っ気なく返事をしたけど、私を見る眼差しは何となく優しく感じる。
「…何でコンビニに…ってまさか、またあの元カレが来たのかっ?」
そう言って周りを見渡す視線が鋭くなり、そこもまた素敵と胸の奥がきゅんとした。
「いえっ!あれから音沙汰がないので、もう大丈夫だと思います」
このままじゃ知らない人にまで難癖をつけそうで、見惚れている場合じゃないと慌てて否定すると、そっか、とまた素っ気なくなってしまった。
「…でも、やっぱり危ないから近くまで送るよ…米川さんが嫌じゃなければ…だけど」
「そんな…全然嫌じゃないですっ!でも…大丈夫ですか?夜遅いですし」
あわよくば彼に送って貰えるかもと期待をしていたのに、今更何を言っているのかと自分に呆れたが、彼は私の想いなど知らず、なんでもない風に了承してくれた。
「別に散歩の延長だと思えばいいし、コイツも日中留守番してるから、沢山歩けて嬉しいだろ」
「ワンッ!」
まるで南部さんの言っている事を理解しているみたいに、嬉しそうに返事をする犬ちゃんに私は頬が緩むのを止められなかった。


たまに夜のコンビニで会って、私が住むマンションの近くまで送ってくれる。それがひと月ほど続くと、南部さんは犬を飼うのは初めてと言っていたので、犬の予防接種とか飼うに当たっての注意点を教えるためにSNSメッセージアプリの連絡先を交換したのだ。
ピロン
とスマホから音楽が鳴るたび、早く読みたい気持ちを抑えるのが難しくなった。お行儀が悪いと思いつつご飯中でも、何がしている時でも中断してスマホを手に取った。開いて送られてきたメッセージを読むと、南部さんは真面目なのか、本当・・に犬の話題しか送ってこない。
『犬のこの場合はどうすれば』
『犬がご飯を食べない』
こんなに毎日、1日に数件しかないSNSのメッセージアプリを使ってやり取りをしているのに、南部さんの知った事といえば、犬ちゃんの住むケージの前はフローリングだという事だけ。
実は何度か彼を部屋に入れたいと思っていたが、誰でも部屋にあげる軽い女だと思われたくなくて、なかなか彼を部屋に誘ういい口実がなかった。
――欲をいえば、彼の好きな事とか知りたい
友達や離れて暮らす親には使用しない、こんなに可愛いスタンプや絵文字を送って、好意をアピールしているのに南部さんは全く私のテリトリーに踏み込もうとしない。
「…これは一種のプレイなのだろうか」
「…また、悪い男に付き纏っているのかい」
「深雪ちゃんの男を見る目はダメね、あはは」
私が彼を好きと言うまで続かないのだろうか、と思っていると、休憩室でお昼を食べている私の独り言を聞いたパートのおばさん達が、歴代のダメ男彼氏を知っているために、心配そうな顔して…または面白がって聞いてきた。
「…いや…違う…どちらかというと私が付き纏っているかも」
「…また深雪ちゃんが?」
なんせ高校生の付き合いのパートのおばちゃん達だ。もう10年近く家族のように職場で過ごしているし、ここに勤める受付のおばさん達と私の師である院長は、第二の母達と公言されているため知った仲は非常にフランクだ。
「アンタがまた付き纏ったらダメじゃない!今度はどんな男なんだい?」
「…うーん、難しい…無口だけど思いやりのある人、犬には優しい…しか知らない」
「…またいつもと違うタイプを好きになったのね」
「うん、自分でもびっくりしてる…元カレに絡まれている時に助けてくれたの」
「…いつも思うけど、深雪ちゃんチョロいわね」
「もうカヨさん、それは分かっているから言わないでよ」
いつものようにダメ出しされながらも、なかなか南部さんと――彼の名前は伏せて――発展しないのを焦れてアドバイスを仰げば、無口な男は押すのが一番と、楽しそうに笑うおばちゃん達からまた適当なことを言われた。






***************



いつものように仕事が終わって一旦家に帰った後、彼の居そうな時間帯にコンビニに行けば、犬ちゃんがコンビニの前でお座りをして待っていた。
私の顔を見ると尻尾を振り立ち上がった犬ちゃんに近寄って、側でしゃがんで頭を撫でていると、
「あぁ、来てたのか」
「…あっこんばんは」
コンビニで買ったであろう袋をぶら下げる南部さんがやってきた。その格好は長袖のシャツとスウェットといつもと変わらないが、毎回会うたびに「今日も格好いい」とドキドキするからもう重症だ。私も気合いをいれた格好で彼の前に居たかったけど、それだとおかしな話になるのでいつものように、スウェットとシャツにまだ肌寒いから厚手のカーディガンを羽織っている。
「…ほら、いつも来てるから」
そう言って彼が取り出したのは、以前彼に会うために来ていると気づかれたくなくてコンビニで買ったホットの紅茶。
「…ありがとう…ごさいます」
私の手に渡されたので受け取ると、彼はブラックのペットボトルのコーヒーをビニール袋から取り出して蓋を開けた。
――どうしようっ、嬉しいっ…勿体無くて飲めないっ
お尻のポケットに入れたスマホを取り出して、記念に写真を撮りたい。そして、しばらく余韻に浸って観察してから飲みたい。
「あれ?嫌いだった?」
そんな事を思っていると、中々蓋を開けない私に南部さんが嫌いなものを買っちゃったのかと思ったのか不安そうな顔をしていたので、私は首を横に振って否定した。
「いえっ!好きです…いただきます」
泣く泣くキャップを開けると、彼も自分のコーヒーを飲み始めた。




「…今日は、ありがとうございました、ごちそうさまです」
「いえいえ、いつも犬を可愛がってくれてるからね」
帰る途中で大粒の雨が降り始め、雨が収まるまでしばらく屋根のある閉店したお店のシャッターの前で雨宿りする事にした。
脚を濡らすのが可哀想な犬ちゃんは、彼の腕の中だ。
――羨ましい…
片腕に犬ちゃんの身体が横になって、犬ちゃんは雨が珍しいのか、鼻をピクピクさせて雨の匂いを嗅いでいる。
屋根のスペースがそんなにないから並んで立っていると、彼の身長の高さを思い知らされる。犬ちゃんの視線の先が私とほぼ同じだし、私よりも2倍は太い二の腕とがっしりした太ももは服の上からでも分かる。
雨特有の匂いと屋根に当たる水音、地面にも降り注ぐ音がくっきりと聞こえて、それ以外の音が聞こえないから、この世に2人きりしかいないと、錯覚してしまいそうだ。
――こんなに近いのに、上手くいかない
普段のメッセージのやり取りは、かなり・・・控えめにしている。私は付き合う前に嫌われたくないのだ…それでも付き合ってくれる保証なんてどこにもないのに、次の段階にいきたいのだ。
――南部さんに愛されたい…この犬ちゃんみたいに
無邪気な犬ちゃんは彼の愛を一身に受けていて、羨ましい気持ちしかない。丁寧にブラッシングされた身体、メッセージをやり始めた頃に毎回あげる食事や飲み物まで質問されて答えたけど、本当はずるいと思ってしまったのだ。
きっと犬にも服を着せてもいいんですよ、と言ったら、自分の子供のように色々着せてしまいそうだ。
「そうだ、この間言ってた…っ」
羨ましいと犬ちゃんをじっと見過ぎてしまったせいか、南部さんが私に話しかけた後、途切れたから何だと思って見上げたら、口を開けて固まる彼がいた。
「…南部さ…っんっ」
不思議に思って彼の名を呼ぶと、はっとした彼は突然私の口を塞ぎ、私の口の隙間から舌を入れた。口内に広がる苦いブラックコーヒーの味と、彼の分厚い舌が私の口の中をいっぱいにする。突然の事で何をされているのか理解出来なかったが、次第にキスをされている事実を実感していると、心の底から歓喜が湧き上がる。
――なんで、嬉しいっ
私の口内を弄る舌に自分の舌を絡めると、一瞬だけ動きが止まったが、今度は私の舌に強く吸い付いた。ぐいぐいと彼の身体が私の方へ来て、後ろへと倒れそうになると、私の腰に大きな手が添えられ支えられる。腕を上げて南部さんの首の後ろへと腕を回して身を寄せると2人の身体は密着した。お互いの舌に絡みつき、溢れる唾液を舌でかき乱され彼の口へと消える。顔の角度を何度も何度も変えては、お互い貪欲に口づけをする。
「…ワ…フッ!」
彼の身体にもっと寄りかかろうとしたら、胸の間から犬ちゃんの鳴き声が聞こえて、お互いハッとして口づけをやめて身体を離した。
「ごめん、犬ちゃん」
「っ…ああ、悪い」
彼の腕の中にいる犬ちゃんの頭を右手で撫でて謝ると、南部さんも軽く犬ちゃんの顎の下を撫でた。お互い軽く走った後みたいに、呼吸が乱れている。ずっと犬ちゃんな頭を撫でていると、彼の手が私の手を取った。
「…米川さん、俺」
掴まれた彼の手から身体から肩、首へ視線を向けて、顔を上げると、今まで見たことのない真剣な表情と瞳の奥にある熱のこもった眼差しを見つけた。
「…深雪です…深雪って呼んでほしい」
彼の瞳から目が離せなくなり、何かを言わないとと思う前に自然と口から溢れたのは、彼との仲を進展させるにはずっと他人行儀だと思っていた呼び名だ。
「深雪」
驚いて目を見張った彼だったが、口角が上がったかと思ったら蕩けるような表情で私を見つめる。そのまままた屈んだ彼は、私の口に自分の唇を重ねると、先ほどの荒々しい余裕のない口づけとは打って変わって優しい口づけをした。





彼との仲を進展させたい私は、もちろんこのまま帰らせるなんて事はしない。
「…良かったら、犬ちゃんも濡れてるし…濡れた服とかあるし、中へ入りますか」
けどやっぱり、積極的な女は嫌いかもしれないと思うと、自信がない弱々しい声となってしまう。
「…深雪が迷惑じゃなければ」
――その言い方ずるい…
迷惑なんてあるはずないのに、思わず口を尖らせて不満を露わにしてしまうと、苦笑した南部さんが私の唇に、ちゅっ、と軽くキスを落とした。
「悪い、深雪の部屋に行きたい」
そう言われやっと、彼を私の部屋へと誘うことが出来たのだ。


私の住むマンションは一人暮らし用――だが、交通の便がいいから、夫婦や家族連れもいる――の1LDKのシンプルな間取りだった。特にインテリアにこだわりもなく、部屋に誰かを呼ぶわけでもないから、足の踏む場もないくらい汚くはないがお店のショールームのように綺麗でもない。
「少し狭いですが」
「…お邪魔します」
彼を招き入れて、犬ちゃんの足を綺麗にさせた後は床に下ろした。玄関先に佇む2人だったけど、最初に行動したのは私だった。彼の胸板に手をつければ、私の背中に彼の腕が回り、お互いの唇が重なった。口を少し開ければ、分厚い彼の舌が私の口内に入り、その舌を歓迎して甘く噛んだ。もう胸に犬ちゃんを抱いていないから、思う存分口づけを堪能して、遠慮なく彼の身体に自分の身体を押し付けた。
緩やかにウエストを触られ、腰に回った両手が揉む。擽ったくて身を捩れば、お尻にまで下がって大胆になる彼の手が私の身体を自分の身体にくっつけた。
「ん…んっ、ぁっ」
「っ、その声ヤバい」
思わず声が漏れてしまうと、頬に口づけをして耳を甘噛みして舌を這わせる南部さんの声がする。彼の身体は柔らかい生地のシャツやスウェット越しでも分かるくらい固くて、私が寄りかかってもびくともしない。首筋に舌を這わされ、私の身に付けている服も柔らかな生地なので、お尻を揉まれるとその気になってしまう。
「ぁ…ぅ…ん」
「もっと、声聞かせて、可愛い」
「でも…っん…私声っ…がっ…大きいからっ…あっ!」
が聞きたいの」
普段喋る声よりも少し甲高い声を聞かれるのが恥ずかしくて声が漏れないように口を閉じていたが、口づけの後はどうしても息が上がるから薄く開けてしまい、その時に声が出てしまう。嫌がるどころか、もっと聞かせてと言う南部さんは、キャラが変わったみたいに普段の無口さからは想像もつかないほど饒舌になる。
「あっ」
ほらっ、とスウェットの中に手を入れられ、直接お尻を鷲掴みにされ、こねられるとまだお尻を触られただけなのに、今まで感じた事のない快感が電流のように身体を巡った。
「深雪可愛い…っね、お風呂入った?」
自分の変化に戸惑っていると、待てが出来ない犬ちゃんみたいに私の腰に南部さんの腰が当たった。スウェットが密着して、はっきりと固くなったモノを感じ、頬が赤くなる。
――こんなに早く距離が近づくなんて
「いつも…入ってる…南部さんに会う前は…っ…きゃっ!」
全てを言い終わる前に抱き上げられ、落ちそうになった私は南部さんに抱きついた。
「…寝室どこ?」
「そこ真っ直ぐ行って左の扉」
余裕のない焦れた質問に艶のある声は、私の腰にきて・・腰砕けてしまう。彼の腰に足を巻き付ける前に靴を脱ぎ捨てると、彼の歩いた後に私の運動靴が転々と落ちているのを見ながら、彼に言った通りすぐに私の寝室へと入った。

「俺をあんまり煽らないでくれ…っ…あんまり余裕ないんだ」
ベッドに仰向けで寝かしつけられ、カーテンの隙間から窓の街灯が部屋に入る。1人用のシングルベッドに2人の体重で、ベッドが軋む。僅かな灯りも目が慣れるまでは、南部さんの表情も見れない。
「煽ってなんかっ…んっ」
ない、と言おうとして、彼の口づけを受ける。今度は頭がベッドについているから、彼の熱い口づけを遠慮なく受け止められる。手を伸ばし、南部さんの髪に自分の指先を絡めたり、彼の耳を触り耳の形を確かめ、首の太さ逞しさを手全体で触り確かめていく。その間に南部さんは私のズボンと下着を一緒に脱がして、彼の肌が私の脚に当たったのに気がつくと南部さんもズボンを脱いだ事を知った。
――どうしよう…嬉しい
これから彼とただの散歩をする時に会う仲から、一歩も十歩も踏み出して一つになるのだ。
「可愛い、可愛い」
ゆっくりと私の太ももを持ち上げた彼は、自分の太ももに私の太ももの裏を乗せ、私の蜜口に手を添えた。下生えを指先で絡めて遊び、蜜口から出た粒を摘みこねる。蜜口の縁をぐるりとなぞり、淡い快感に耐えられなくなった私は腰を揺らすと、彼の指が蜜口から中へと入っていった。
「はぁ…あ…あっ!」
「ヤバい、その声可愛い」
一際甲高い声が漏れてしまうと、心底嬉しそうにそう言って、蜜口に入れていた指を蜜壺の中へ指の付け根が私の腿の付け根に当たった。一本だけの指が中に入っただけなのに節々が太く、久しぶりに中に入ったモノを受け入れた蜜壺はキツく締まり、南部さんの指を包んだ。
「キッツ…、少し動かすね」
ゆっくりと蜜壺を出たり入ったりし動き始めた指先は時々、抜ける時に下生えを引っ張ったり、親指で蜜口の粒を弾いたり彼のイタズラも一緒にするから、頭が何にも考えられずに、ただただ甘い声が口から漏れてしまう。
「あっ、あつ、んっ…んっぅ」
「ココ?気持ちいいの?」
抽送のように蜜壺の中を出入りする指先が掠める所に当たり、私が特に反応すると嬉々としてその箇所を攻めるから、いつまで経っても快感の波が収まらない。
「もっ…やっ、イきたいっ、ん、んぁ」
「ダメ、最初は俺ので」
そう言って蜜壺から指を抜くと、代わりに彼の昂りがあてがわれた。指とは違う太さの昂りがズズッと中に入っていくと、背がのけ反りベッドについた足に力が入って、身体が逃げるようにベッドの上へと滑る。
「逃げないでっ…っ」
「あっ…あぁっ!」
腰を掴まれ彼の身体に引き寄せられると、一気に貫かれて絶頂に達してしまった。ギリッと奥歯を噛み、快感に耐えている彼は、私がイッている間も動かずにじっとしている。

「ごめん、もう我慢出来ない」
強烈な快感に頭が痺れていると、彼の言葉と同時に抽送が始まりベッドが軋む。ギシギシッと今まで聞いたことのないベッドの軋みは、壊れてしまうのではないかと思うくらい大きな音だったが、抽送が早くなるにつれて、そんな心配なんてすぐに消えてしまった。
「あっ、あっ、ぁんっ、ん、んっ」
「深雪っ、気持ちいい?ね、気持ちいい?」
「気持ちいいつ、あ、あ、は…ぁっ!」
彼の首に腕を回して抱き寄せ、彼の耳元に意図せず甘い声を吹きかけると、僅かに繋がっていた彼の理性がキレた。
「ぐ…っ、これでっ、俺のだっ、誰にも渡さないっ」
「…っ…の、な…のっ!南部…さ…んのっなのっ!」
ぱんぱんと肌がぶつかり、お互いの独占欲の言葉が上手く伝えられなくなっていき、ついにはお互いの快感のピークが訪れた。
「んぁあっ!」
「ぐっ…あぁ、っ」
パンッと一つの大きな音と共に、深く繋がった最奥に注がれた熱い飛沫は、余計に身体を熱くしてしまうのだった。





すやすやと眠る2つのは、朝まで求め合い熱く交わった2人の規則正しい寝息で上下に微かに動いていた。ベッドの周りには、最初はくずかごにいれていたのに溢れて落ちた、たくさんの丸まった使用済みのティッシュがあり、互いに飲ませ合った空のミネラルウォーターのペットボトルも数本落ちていた。大きくて太い腕が華奢な身体を抱きしめると、深雪が深い眠りから目を覚ました。
しばらくぼんやりと私を抱きしめる腕の主を見つめていると、昨晩の事が夢じゃなかったんだと、嬉しい気持ちが溢れてじわじわと実感する。すーすー眠っているはずなのに、腰に回った彼の腕の強さにうっとりとする。いつもはきりっとした眼差しなのに、寝顔は全ての顔のパーツに力が入っていなくて無防備で可愛い。そして、昨日にはなかった顎のラインにあるポツポツとあるヒゲ。この腕の逞しさも、身体の全てを曝け出し合って、もう彼の身体で――私の身体を知らない事はないくらい、どろどろに愛し合った。
「…可愛い…私の彼になるのかな?」
『可愛い』
『その声ヤバい』
『気持ちいい?』
『ここ、好きでしょ』
素っ気ない日常とは裏腹に、熱く私を可愛がっていたのに、肝心の言葉を聞いていない。
――私、本当に好きなんだよ南部さん
この気持ちはヤバい、きっと気持ちを抑える事が出来なくて、今までみたいに束縛をしてしまう。嫌われたくないのに、気持ちを抑えるのが出来ないのだ。
そんな2人の安らかなひと時を、邪魔する二つのつぶらな瞳が邪魔をした。なんの鳴き声もなく、たたっと駆け出した小さな塊はベッドへめがけて走り、勢いよくジャンプすると二つの山の小さい方の足元に着地し、軽やかに小さい方の山を上る。
「きゃっ!何?!」
まったりとしていたのに、薄手とはいえ掛け布団の下は素っ裸なのだ。突然四つの足が軽やかに動き身体を刺すのは、寝起きだからとか関係なく痛い。私が驚いた声を上げると、その塊は逃げて大きな山へと移り、今度は、ふんふんっ、と山の頂上で匂いを嗅いでいた。
「っ、あすか・・・!またお前はっ人の上に乗って!」
がばっと急に起き上がった南部さんは、その塊の首根っこを掴むと寝ぼけ眼のままで注意をした。
「…え…あすか・・・…?」
「ワンッ!」
「そう…え…っ」
彼の飼う犬は、"犬"と言う名前を聞いていたのに、彼の口から出た"犬"の名前は私がよく聞く・・・・・・…むしろ、働く場所の――あすか動物病院――と同じで、
「あ、これは…その…これは…違うんだ、すまんっ!」
驚きで目を見張る私を、"あすか"を持って座った裸の彼が見下ろす。しどろもどろになった彼は短い単語を発して固まっていたが、はっと我に返ると突然、犬を持ち上げたまま脱ぎ捨てた服をかき集めて、謝罪の言葉を残して私の前からいなくなってしまったのだった。

「え……私…やり逃げされたの…?」

たっぷり数十分は思考が停止して、やっと己の立場を理解した時には、先ほどまで感じていた幸せで満ち足りた気持ちもベッドの温もりもなくなり冷えてしまっていた。






それでも仕事はやってくるもので、怠い身体を叱咤させながらシャワーを浴びて通勤の時のジーンズに厚手のシャツの服装に着替えた。お風呂に入る時と着替えた時に見えた自分の身体には、南部さんがつけた赤い所有印が所々についていて泣きたくなった。
――今までで、最低な男だった…でも今までで最高の一夜だった
職場についても気分は晴れる事はなかったが、やってくる動物達に癒されて気丈に振る舞った。

「お疲れ様でした」
なんとか勤務時間中は過ごせたが、この後家に帰ると部屋の掃除が残っている。あの・・濃厚な時間を過ごした寝室は、シャワーを浴びてご飯を食べたら、そのままにして来てしまったのだ。憂鬱な気持ちを抱えたまま、まだ診療時間中だから動物病院の正面出入口から退勤すると、動物病院の正面にある柵に人影が出来ていた。いつもはないその人影に視線を向けると、大きな影は真っ赤な薔薇の花束を持ってそこに佇んでいる。
「…南部…さ…ん?」
朝私を置いて帰った南部さんが眉を寄せ口を固く閉じて真剣な表情でそこに立ち、黒いスーツに真っ赤な花束を持っていた。よく見ると彼の手から紐のようなモノがぶら下がっていて、紐を辿っていくと道にお座りする犬は、朝に見た犬ちゃん――いや、あすかちゃんだった。私の姿を見て、はぁはぁ、と口を開け尻尾を振って喜んでいる。
「みっ…深雪っ、きょ…っ、今日はすまなかった…好きです!一生大事にするのでっ…俺と付き合ってくださいっ!」
まだ数十メートル離れているのに、腹の底から出している声は響き渡り、彼の告白は扉を閉じたばかりの正面玄関にいるのに澄んで聞こえる。
「…っ!…今日っ帰ったくせにっ!」
頭の中が真っ赤に染まり、勢いに任せて彼の前まで行き、朝の辛かった思いをぶつけると、目の前が真っ赤な薔薇で視界が埋まる。
「犬の名前を"あすか"って、知られたくなかった…あすかを呼ぶ度に深雪と出会った時の気持ちを思い出すから…気持ち悪がられると思って…だけど深雪を深く傷つけてしまったからっ一生を掛けて償いたいっ」
「一生っ…て!軽々しく言わないでっ!私はっ…私」
「どんな深雪でも受け止める…好きなんだ…」
「ワンッ!」
「何っ、それっ!ばっ…かじゃないのっ」
目の前の薔薇の花が歪み、気がついたら号泣していた。私が泣くのをオロオロしながら見守っていた南部さんだったが、
「お兄さんっ!そこは抱きしめるんだよっ!」
背後から聞こえた声は、いつも私の恋バナを聞いてくれるおばちゃん達で…
「深雪、あっ…愛してる、俺のそばに…一生いて欲しい」
彼の長い腕は私の腰に回り引き寄せられると、花束が二つの身体に挟まり潰される。
「…私も…好きっ…悲しかった、朝…いなくなって」
「すまないっもう二度とこんなバカなことをしない」
泣きながらも自分の気持ちを伝えると、背後から喜びやお祝いの声を上げているのが聞こえたが、もう2人の世界に入ってしまったからどうでもよかった。
「…私を大事にして…一生」
「もちろんだ、深雪を全身全霊を掛けて愛して大事にする」
「ワンッ!」




こうして、私の勤める"あすか"動物病院の前で繰り広げられた告白騒動は瞬く間に皆に広がり、しばらく会う人全てに揶揄われた。私が働く時は毎回迎えに来て、大きな図体で待合室で待つ南部さんは有名人となっていた――最初は動物病院の前で私が退勤するまで待っていたが、巨大な目つきの悪い人がいるから動物病院に入れないとクレームが入り、医院長が待合室で待つことを許可してくれたのだ。
「深雪の束縛?嬉しいし、可愛いよ」
後に私の同僚に漏らした言葉を、たまたま聞いてしまった私は、ある程度我慢をしていた気持ちを解放し、彼は私の束縛も全てを受け入れてくれたのだった。



すっかり動物病院の空気に慣れた茶色のトイプードルのあすか・・・は、持ち前の可愛さを惜しげなく発揮して、"あすか"動物病院の深雪がいる夕方以降の時間だけに現れるアイドルとなっていた。
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