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1 プロローグ
しおりを挟む『信じられない!変更したなら、変更したって言ってくれないとっ!』
『んなこと言ったって、会議の時間だったんからしょうがねーだろっ』
輸入雑貨を扱う通販会社の第二営業課のフロアに、毎日のように言いあう私と男、一種の名物となっているこの2人のやり取りは、ここ数年続いている。しかし、今回は決算期前という事もあり、忙しすぎて余裕のない女性の方が神経質となっていた。
1人は私、柳瀬史恵28歳。輸入雑貨の通販会社に新卒で入り、もう6年近く経理を担当している。
ポニーテールにした黒髪、大きな瞳でキッと睨む先は、自分よりも大きな体格の男を親の仇のように恨めしい眼差しで見上げている。この会社の支給されている黒いベストと黒いスカート、黒いヒールのないパンプスが、目の前の男との身長差を大きく離している。
そして私に面倒くさそうに返事をするのは、同期の内藤秋人28歳。
学生時代にバスケをしていたと言う彼は、180センチを超える身長、鍛えられた厚い胸板、刈り上げられた短い黒髪は、体育会系を現している。黒いシンプルな腕時計と白いYシャツ、黒いスーツを身に纏い、頭をガシガシッと乱暴に掻いている。
『もう!気をつけてくださいっ』
『へー、へー』
彼のそのやる気のない返事が、経理部のお局と言われている彼女の怒りに油を注いでいる事を、単細胞と言われている第二営業課のエースは気が付かない。
また始まったケンカに周りの人達もまたか、と気にもせず、自分の仕事を淡々とこなすのだった。
***************
ピロンと、スマホにSNSのメッセージが届いた。
【301】
数字しか書いてないメッセージに、返信する事なく予め決めていたホテルへと向かう。
冷たい風が吹き荒れる道を、会社よりも遠い駅から歩いて数十分先にある、薄い赤レンガ調の"ホテル ドリーム オアシス"へと向かう。
アーチ状の入口には4h~3500円、滞在なら7000円と書かれている看板を通り過ぎて、そのまま中へ入り、こちらからはフロントの人達が見えない受付を過ぎ、エレベーターに乗り込み3Fを押した。
すぐに到着したエレベーターに乗り込み、程なく着いた目的階へ降りて、メッセージにあった【301】の前まで歩く。
スマホを取り出し時間を見ると、p.m.21:06と表示されている画面。ロックを外しSNSのメッセージアプリで、【開けて】と送ると、すぐに既読になり、ものの数分で301号室の扉が開いた。
「遅かったな」
「電車が遅れたから」
素っ気ない返事も気にせず、部屋の出入口を塞ぐ大きな身体が横にズレると、私は部屋に足を踏み入れた。
パタンと扉が閉まると、背中に重さを感じて温かい物に包まれる。振り返り見上げると、口を塞がれ舌が絡まる。舌を強く吸われ、私の口内を厚い舌が蹂躙する。
「ん、んっ」
手に持っていた鞄を離すと、床にドサリと落ちた。私の胸の前にある太い腕に手を添えると、男の口が離れた。
「さ、始めよう、柳瀬」
低く唸る声が私の耳の中に舌を入れて、耳朶を甘噛みする。
「ん…内藤」
この後の展開は、もう知っている。ぽっと赤くなる頬を見られたくなくて、彼の腕に頬を寄せた。
――朝まで離してくれないんだ
そう、犬猿の仲と言われている私達も、毎週金曜日の夜だけは、犬猿の仲じゃなくなるのだ。
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