今日(こんにち)まで独身を貫いた漢は新入社員に惚れる

狭山雪菜

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7 同期の集まり



入社して2か月が経つと、なんとか一日のスケジュールと仕事の配分ペースが掴めてきた。職場の風通しが良いので分からなくなったらすぐに聞ける環境のため、イレギュラーな案件以外はある程度一人で仕事を任される事が多くなった。
あの・・一夜を過ごした薫――矢須川課長とは、当たり前だけど課も違うから、最初の挨拶以外新入社員で関わる事などないし、彼は忙しいのかほとんど会社で会う事はなかった。
――びくびくしていたの、バカらしい
最初のひと月はいつ声をかけられるのか身構えていたが、会わないからびくびくする事もなくなった。


そんな中、仕事に慣れた頃を見計らって、同じ課の人達から歓迎会の誘いを受け、参加する事になって親睦を深めたら、次は同じフロアの新入社員でも集まる事になった。

「すごい、安藤くんこんなお店知っていたの?」
そこは、私の因縁の場所でもある――あのスポーツBARだった。安藤くんとは、営業課に配属となった名門私立大を出た誰とでもすぐに仲良くなれるコミュ力の高い同期だ。今年同じフロアに配属されたのは7人の新入社員で、営業課に男女3人、私のいる調査課は私だけで、審査課は女性2人、契約課は男性1人だ。契約課は資格がないと配属されないが、配属された新入社員は大学在学中に必要な資格を取得したらしい。私達は最初にスポーツBARに座ったカウンターじゃなくて、薫と並んで座っていた席をくっつけて男と女で別れて向かい合って4対3で座っていた。
「ああ、それは、矢須川課長に教えて貰ったんだよ」
「…矢須川課長…?ああ、あの怖い人か」
「第一印象はそうだけど、意外と面倒見いいよ」
「そうなの?」
「そうだよ、なんなら…」
ただでさえ同じお店で気まずいのに、営業課の課長の薫の名前が出てきて、居た堪れなくなる。手元に置かれたウーロンハイのグラスに手を添えて、濡れたグラスを親指でそれとなく動かしたら、
「ところでさ…」
課長の話から仕事の話、それから好きな事や趣味などにそれぞれ話が逸れていって、やっと肩の力が抜けた。


「…あっ、お疲れ様っす」
しばらく楽しく談笑していると、私の前に座っていた安藤くんが立ち上がって出入り口に向かって軽く頭を下げた。自然とみんなは安藤くんが向いている方へ視線をむけた。
「よ、お疲れさん、いいって立たんで」
私達の座る席にやってきたのは私を悩ます薫で、あの時に会った時と色違いの同じデザインのポロシャツとスーツのズボン姿だった。みんなが立って上司に頭を下げると、彼は、ははっと笑いながら座るように言ってくれた。気さくな上司だが、営業課の上司の突然現れてみんな困惑していた。
「どうだ?」
「はいっ、楽しんでます」
安藤くんと薫は楽しそうに話し始めると、私達も座ってそれぞれ話始めた。私も隣に座る同期とおしゃべりを始めるけど、彼の事が気になって、チラチラと安藤くんの方に視線を向けると、安藤くんの背中の先にいる薫の鋭い眼差しと視線が合った。口元は笑っているのに、目が笑っていなくてドキッとするが、私以外僅かな薫の変化に気がついていない。すぐに視線を外すけど、薫の眼差しが忘れられずに胸がドキドキとうるさい。
「豊嶋さん」
隣にいた子の事を忘れてしまって、またおしゃべりを再開させた。




「…もう帰るのか、マシロ・・・
「…っ!!」
席移動が自由になるタイミングで、化粧室へと向かった。薫がいるから、しっかりとメイク直しをして化粧室から出ると、細長い通路の奥の陰からあの時・・・と聞いた低い声が聞こえた。はっと振り向くと、薄暗い細い通路の行き止まりの壁に薫が腕を組んで立っていた。
私が何かを言う前に私の腰に薫の腕が回って、身体ごとぐるりと回ると薫の手によって壁際に背中をつけられた。私の顔の横には薫の肘が置かれ、腰を掴まれているから薫の下半身が私のお腹に当たる。
「…薫」
「覚えていたのか」
たった一夜としても、あんな濃厚な出来事を忘れるはずがないのに、私が忘れていると決めつける薫にカチンとする。
「…そんなのっ!……っ…当たり前じゃない」
大きな声で否定して、ここがどこなのかを思い出して、声のトーンを落とした。
「そうか」
さほど驚いた顔を見せないから、私を揶揄ったつもりらしい薫が私の頬に掛かる髪を後ろへと退けた。
「…抜けないか?話したい」
真摯な声色に、あの夜の事を言っていると、鈍感な私でも分かる。
――口止めかな…それとも
こんな事しなくても、誰にも言わないのに、と思う。そんな事したら私もパパ活されていると思われてしまうし、薫との一夜はそんなつもりじゃなかった。あの夜は薫だったから、もう少し一緒に居たかっただけだ。薫以外の人と誰とでも寝る女って思われたくない、他の人なんて死んでもごめんだ。
「マシロ」
私が薄暗い灯りで彼を見上げていると、返事をしない私に焦れて彼は私の名を呼ぶ。
――あの時と…同じだ
ポロシャツの襟から出る大きな喉仏、角張った顎のラインに分厚い唇、キリッとした眉は私の中に・・・・入った時苦しそうに寄せられていたのを思い出す。私を見下ろす今の眼差しは、生まれ持った強面の顔のままで、何を考えているのかわからないけど、少なくとも腰に回された腕と私の顔の横にある行く道を阻む彼の肘によって私を離してはくれなそうだ。
「…何…を話すの…?」
喉がくっついてしまったように、上手く言葉が出てこないけど、薫から顔を逸らすことは出来ない。
「この間のこと」
薫は屈むと私の耳元で囁くと、店の外で待っていると言ってあっさりと私から離れて店内へと戻ってしまった。


しばらくぼうっとしていたが、ハッと我に返って席に戻ると薫は既にいなくなっていた。不思議そうに私を見る同期達に、終電前に帰りたいからと、終電までまだ相当時間があるのに支離滅裂な言い訳をして私は同期の集まりから抜け出した。
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