今日(こんにち)まで独身を貫いた漢は新入社員に惚れる

狭山雪菜

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8 新たな関係へ

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店の少し先で待っていた薫と合流して、静かに話せる所へ向かう。彼が私の腰に手を添えながらをエスコートすると、駅そばの高層ビルにあるカフェバルの店内へと入った。
テーブル席とカウンター席があり、テーブル席からは高層ビルから見下ろす色とりどりの明かりの夜景が見えた。向かい合って座るテーブル席よりも、お店の隅に置かれた胸元の位置までの高い丸いテーブルで、セットのチェアに並んで座った。ボーイが注文を取り、薫が私の分も含めて注文をすると、当たり前のように私の腰に左腕が回った。
「…矢須川課長」
困ったように眉を寄せた私に、彼はテーブルに肘をついて私を見つめた。
「薫だろ、マシロ、名前で呼び合うって決めたじゃないか」
そう言って私の腰をさらりと撫でた。
「…それは…だって…いや、違いますから」
会った時と同じようにタメ口で話してしまい、慌てて敬語で話すと薫は面白くなさそうな顔になる。
「たまたま上司だったからって、敬語になるなよ…他人みたいじゃないか」
むっとした顔も懐かしいと思いながらも、さっき注文したドリンクがくると会話は一時中断になった。

夜景を見ながら他愛のない話をしていたら、ふと二人は何にも喋らず沈黙になった。
「…薫、私」
薫にはいっぱい言いたい事があった。まずは朝起きたらいなくなっていた事、サイドテーブルに置かれたお金、それからあの夜は遊びだったのかだ。だけど彼の前にいると、これ以上何も言えなくなってしまう。薫を見ると、彼は真剣な表情を浮かべていた。
「あのさ、マシロ…始まりはそうだったけど、もし彼氏が居ないなら俺と仮の恋人になってくれないか」
私の話を遮って話しだした薫に思いもよらない提案をされた。
「…仮の…?」
「そうだ、あのまま終わりにしたくない…」
悩んだのはほんの僅かで、私もあのままで終わりにしたくなかった。悩む素ぶりを見せながら、少しずつ薫の身体に身を寄せると、薫は私の腰から肩へと手を移動させた。
「…キスをしてもいいか」
掠れた彼の声に顔をあげると、目の前にあった彼の口元へ唇を自分から寄せた。ちゅう、と触れてすぐに離れると、今度は薫が私の口を荒々しく塞いだ。舌を絡められ、強く吸われると、あの夜を思い出す。彼の身体が大きいからお店の隅に座る私達のしている事など、誰も気が付かない。そのまま彼の鎖骨に頭を乗せて、ふぅっとひと息つくと薫は私の頭に口づけをした。
――こんなに怖い顔なのに、やっている事は全部かっこいいのずるい
今まで会った事のないタイプの男性、年上だし上司だ。顔も怖いし私なんか簡単に押さえつけられてしまう大きな身体。周りにもいないから、薫の事が気になっているのだろうか。過去に付き合ってきた人とは違う、だけどあの夜からずっと忘れられなかった人。
「…マシロ、連絡先交換しないか?」
「…うん」
薫は徐に携帯電話を取り出した。





***************



『今日は直帰だから終わったら連絡して』
昼休み中に開いたSNSメッセージアプリに届いたメッセージには、このふた月毎日のように届くメッセージのやり取りが並ぶ。個別に分かれた新着メッセージを見ると、どこかでやっていた野球の試合の風景の丸いアイコンの薫の画面を押すと、薫からのメッセージを見た。
『わかった』と打ち、ゆるキャラのスタンプを押すと、メッセージの送信が終わった。
――今日も会うだけ…かな
メッセージを送り終わった後に、ひと知れずため息を吐いた。こんなに毎日メッセージのやり取りして、帰りに待ち合わせをしてご飯食べて、土日の休日はどちらか会って映画を観て、新しく出来たショッピングモールに行ったりしているのに、手を繋いだりキスはするのに、それ以上には進んでいない。近距離で囁いて話すのに、身体を密着させるのに、濃厚な口づけをするのに、きっちり21時にはさよならをするのだ。最初は気のせいだと思っていたのに、手を出されない事に不安になって、最近までもしかしたら薫は既婚者なんじゃないなかと思って、部下の安藤くんにそれとなく探りを入れたけど、独身で恋人はいないんだと言っていた。
――この服装が子供っぽいからかなって思ってたけど、違うっぽいし…
オフィスカジュアルの職場では、それなりにおしゃれをする先輩も多いので、自然と私の服装もオススメされた大人の洗礼された服のブランドを教えて貰って買ったり、社会人になって初めて買ったファッション雑誌で自分が好きになったデザインの服を買って着るようになった。だから薫と初めて会った時よりかは、服装もメイクも雰囲気も変わったと思っていたけど
――…だから手を出さないのかも…前の方の雰囲気のが良かったってことなのかな…?
かと言って急にメイクは変えられない。食後の化粧直しで鏡を見て変な所はないのか確認していると、お昼が終わった私の指導先輩が隣にやってきた。
「豊嶋さんって今彼氏いるの?」
「あ、はい…います」
「やっぱり!こんな可愛いものっ!いない方がおかしいよっ!」
「そんな…先輩は、いるんですか?」
先輩の指には指輪がなくて、結婚していないとは思うけど一応聞き返した。
「うん、いるいる…けどさ…」
と先輩の話が始まり、そのまま先輩と話しながら午後の業務が始まった。
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