今日(こんにち)まで独身を貫いた漢は新入社員に惚れる

狭山雪菜

文字の大きさ
9 / 52

9 仕事終わりにデート

しおりを挟む
仕事終わりにSNSメッセージに残された待ち合わせ場所へと向かうと、薫はすでにいた。職場から最寄りの駅から二駅隣の駅の改札の中にある、構内のショップのベーカリーショップの横の通路にいる大きな身体は帰る人混みの多い中、頭ひとつ飛び出していて、ベーカリーショップにいる女性客が場違いな薫を見て気まずそうにしている。薫はそんな視線に気がついていなくて、携帯電話を見たり、周りに視線を巡らせている。彼の方へ歩いていた私に気がついた薫と視線が合わさると、彼は片手をあげた。
「すいません、遅れましたっお疲れ様です」
「お疲れ」
彼のそばに寄ると、珍しく今日はジャケットのスーツ姿で、ドキドキしてしまう。薫は朝から会社に行かずに取引先に行っていたから、今日はまだ会っていなかったのだ。左手にはビジネスカバンと白い紙袋を持っている。軽く自分の髪を弄って整えていると、彼は私の前に右手を差し出した。なので私は左手を差し出して手を繋ぐと、歩き出した。
「今日はスーツ?」
「そそ、挨拶回りだからな」
最初は職場の話し方が抜けなくて敬語で話す事が多いけど、手を繋いだら途端にいつもの話し方になる。それを知っているから、薫も少しの敬語なら大体は見逃してくれる。
――あまりにも敬語ばかりだと、ちゃんと言ってくるし
それは再会した後のカフェバルでも言われた。
「今日何食べたい?」
「今日?うーん…この間は洋食だったから和食かなぁ」
「和食か…なら、この中にある店に行くか」
行く場所も決めた私達は駅構内出て、7階の飲食店街へと向かった。



薫は営業であちこち行くのもあるけど、元々新しいお店を開拓するのが好きだと言っていただけあって、毎回違うご飯屋のお店を知っていた。個室だったり個人経営の狭いお店だったり、薫と会う週3日は薫の太鼓判を押すおすすめのお店だからとにかくご飯が美味しいのだ。
「今度のさ連休、旅行いかない?2泊ぐらいしてさ」
「旅行?うん!行きたいっ!」
今回のお店は和食店で、4人掛けのテーブルのソファー席だから向かい合わせになって座り、食後のノンアルコールビールを飲む薫から他愛のない話から何をするかを提案される。
ある程度行きたい場所のプランを立てたら、次はホテルの予約サイトを見始めたので、私は目の前に座る彼の左隣へと移動した。私に画面を見せながら、携帯電話が小さく見える彼の手にすっぽり入る画面を二人で顔を近づけてみる。
このホテルいいとか、目的地に近いから荷物を置きに行きやすいかも、とか話は尽きない。大体ホテルが決まると、彼はホテルの部屋を獲るために、携帯電話を睨みつけながら――たぶん、真剣な眼差しなだけだと思うけど、普通の人は睨んでいるように見える――操作をしていて、手持ち無沙汰になった私はそのままテーブルの上に手を置いている薫の持ち上がっている固い腕に頬を乗せた。
「…予約終わり…だな」
薫は、ふうっと息を吐くと、ソファーの背もたれに背を預けた。私は彼の腕から顔を上げると、薫はテーブルの上にあった左手をおろして私の右手を掴み指先を絡めて繋いだ。
彼の手を私の足の上に乗せて、繋いだ親指の先で彼の親指の側面を撫でると、薫の腕がピクッと反応した。
「…茉白」
困ったような声の彼を無視して、私はそのまま彼の腕へと顔を寄せて頬を押し付ける。薫が私に何もしないと分かっているから、大胆な行動を取れる。無言になるこの時間は、余計な事を考えさせられる。
――お泊まりする時はえっちするのか…だから今日もきっとこのまま帰されるんだろうな…
そろそろ本気で思い始めた。ご飯食べて話して、キスはするけど、門限のある高校生のようにきっちり21時にさよなら。休日もご飯を食べて、ショッピングして帰る。
――私が魅力的じゃないから…?それとも
私が最高だと思っていたあの一夜は、薫からしたらそうでなかったのかもしれない。ひと通り薫の手を撫でたら、満足した私は薫の腕にこめかみも押し付けた。
「そろそろ行くか」
「ん、行く」
私の様子を見て、まるで猫だな、と薫は苦笑した。




「…ん、っ…っん」
窓も開いてない密室となった車内で、私の甘い声と微かにぐちゅぐちゅと水音がする。ちょっとしたキスではない、舌の絡まる濃厚な口づけをする。私の家の最寄りの駅に着いて、駅付近のコインパーキングに停めた彼の車に乗ってエンジンが付くと、すぐに口づけが始まった。手にしていたバックも足の上から床に転がり込んでいるけど、今は拾おうとは思わなかった。助手席に座る私に覆い被さる薫の首の後ろへと腕を回し、薫のちくちくと痛い短い短髪が私の二の腕の内側に当たる。顔の角度を何度も何度も変えては、お互いの舌を、口内を貪り求め合う。
仮の恋人同士になるって言われてしばらくすると、電車通勤と言っていた彼が、車で私の家の最寄りの駅のコインパーキングに停めるようになった。それは私の家とは正反対の所に住んでいるから、もう一度電車に乗るより車で帰った方が早いって事と、私の家まで僅か数分とはいえ誰にも邪魔されないで2人きりで過ごせるから…らしかった。毎日ではないけど、仕事終わりに会う時はいつも彼の車に乗って、暫しキスに溺れた。私は自由に抱きついたりするけど、薫から愛撫もされないし、顔以外触られるわけじゃない。だけど、荒々しい余裕のない口づけをされると、求められていると思ってドキドキしてしまう。
「…明日も一緒に帰ろうか」
長い口づけが終わると、薫が次に会う日を告げる。チラッと車内の時計を見たら、P.M.20:48と表示されていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

体育館倉庫での秘密の恋

狭山雪菜
恋愛
真城香苗は、23歳の新入の国語教諭。 赴任した高校で、生活指導もやっている体育教師の坂下夏樹先生と、恋仲になって… こちらの作品は「小説家になろう」にも掲載されてます。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

処理中です...