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19 薫の狭い心2

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過去最大級の幸せに暗雲が立ち込めたみたいだ。
日に日に苦しく、叫びたくなる。側から見れば、茉白が友達と遊びに行っただけだ。
彼女曰く、食事をして話すだけだと、自分に言い聞かせた。しかし、表面上は余裕のある大人の男の手本のように、彼女を送り出したが、心の中ではカッコ悪くても嫌なものは嫌なんだと、怒り嫉妬している。
それが茉白と連絡がつかなくなったら、尚更俺の心は荒れた。


茉白の髪の毛一本すら、他のやつに触られたくない、と。




***************



会社のフロアにある8人用の会議室を借りて、1人作業していた。長方形の部屋には、大きな机にキャスター付きの黒い椅子が8脚、机の先にある奥の壁にはどデカい液晶パネル、扉のそばには受付に繋がるタブレット端末と細長くて小さな棚、扉の長い横の壁は全面すりガラスとなっていて、会議室の中にいる人物の身体をシルエットだけにして隠してくれる。すりガラスの壁の反対は全面ガラス窓になっていて、いくつかの高いオフィスビルと街並みが見える。その手間に設置された膝の高さくらいの黒い台は、エアコンの送風口となっている。自分の家からも見える似たような景色には、興味はない。
そんな時に重なる問題は、余計な事を考えてしまう俺にはちょうど良かった。明日の朝部下と取引先へと向かうために、部下の作ってメールで送ってもらったデータ資料の見ながら、最終調整をする。つい1時間前まで部下はいたが、明日があるからと先に帰した。何気なく見た自分の携帯に茉白からの連絡がまだないのに気がついて、しばらく1人になりたかったのだ。

そんな時ずっと待っていた茉白から電話があって、今日会いたいと言われたが、もう少しこのもやもやとした気持ちを落ち着かせてから会いたかったが、珍しく茉白が強めに会いたいと言った。なのでこの会議室に来てもらう事にした。彼女が会議室に入る前に内側から開けると、神妙な面持ちでやってきた彼女を中に入れた。この会議室は社員証のIDがないと、ロックが掛かって入れない。出る時は開けるだけでいいが、扉が閉まったら自動でロックがかかる仕組みになっていた。パタンと扉が開くと沈黙の続く、嫌な空間となった。
茉白が入って来た時に気軽に、お疲れ、とか言えば良かった。そうすれば、この嫌な雰囲気も無かったのに。
「…薫ごめん、私っ連絡取るの」
「いや、楽しかったから忘れたんだろ」
謝る彼女に、嫌味ったらしく言えない自分が嫌になる。ちっと、舌打ちをしたいのを、ぐっと我慢して彼女に背を向けて自分のいた席に戻ろうとすると、ドサッと音がして、ドンッと背中に衝撃が走った。すると、俺の腰の前に巻き付かれた細い腕と腰から下に温かい体温を感じ、茉白に抱きつかれている事に気がついた。
「…やだ、その態度やだ」
泣きそうな声を出す彼女は、俺の腰に巻いた手に力を込めた。そんなの、俺だって嫌だ。けど、我慢出来たら苦労はしない。
「…茉白離して」
頭の中では、行き場のない怒りや茉白に抱きつかれて嬉しい、といろいろな感情がぐるぐると回るのに、口から出てくるのは自分の声とは思えないくらい冷えた声。
「…やだっ、薫怒ってるもんっ」
茉白からしたら強い力で抱きついている気でいると思うが、俺からしたら微々たる力で簡単に引き離せる。その証拠に俺は彼女の手に自分の手を重ねると、彼女の手を俺の腰から離した。ぐるっと後ろを振り向くと、涙目になる彼女がそこにいた。眉を寄せる表情も美しく守ってあげたくなる。
「…茉白泣くな」
「っ!泣いてないっ」
彼女の頬に自分の右手を添えると、彼女はキッと俺を睨みつける。その顔も可愛いと思っているから、俺はもう重症なのかもしれない。
「楽しかったか?友達と会うのは」
「……うん」
しばらく無言で見つめ合っていたが、俺の口から出たのはいつもの声のトーンで、茉白がそばにいるからいいか、と、もう赦してしまったようだ。さっきまでのマグマのようなどろどろとした感情が、なくなっているのを感じた。
――チョロすぎだろ俺は
思わず自分に苦笑してしまうと、茉白はいつもの俺に戻ったと目を見開き、目元を和らげると笑顔になった。
「楽しかったっ!話が尽きなくて結局友達の家に泊まる事になっ…」
「泊まり?」
昨日久しぶりに会った友達との話を始めた茉白は、さらりと俺に泊まったと爆弾を落とした。
「泊まりなんて聞いてない」
自分の意思とは反対に低くなる声、彼女はびっくりしてまた目を見開いた。
「えっ…だって話の流れで」
「話の流れで泊まるのか」
意味が分からないと困惑した顔の茉白を見て、イライラがまた募りだす。
――くそっ、情けねぇかっこ悪い
「薫どうしたの?変だよ?」
「…別に、これがいつもの俺だよ」
いつもとは違うと言う彼女に、俺はいつもこうだよと自嘲気味に告げた。俺の心の中を覗けば、きっと茉白は怯えてしまうかもしれない。だが、俺の怒りのラインを越えてしまったのだ、茉白は。だから怒るしか出来ない。
「薫…」
「俺は友達の家へは泊まらないし、連絡をしないなんて事はしない、少なくとも恋人がいるなら尚更な」
一度零れた言葉は、止まることを知らずに、キツイ言葉遣いとなってしまう。
「…っ!薫は私の恋人じゃないっ!」
「なっ」
茉白に言われた言葉で、自分だけが茉白の彼氏だと思っていたと勘違いをしていた事に気がついた。
「仮の恋人になって欲しいと言われただけっ!」
確かに茉白と再会した時にそう言ったが、俺の中ではもう茉白は俺の彼女だと思っていたのだ。自分の物だと。
「…っなら…本当の恋人になればいいだろうっ!」
「…ッ…無理っ!だって…だって薫は私の事好きじゃないでしょっ!私の事パパ活の子として接してるもんっ!」
俺が吐き捨てるように言うと、茉白は拒否をして聞きなれない言葉が会議室に響いた。


「パ…パパ活…?」


情けない俺の声と共に。
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