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第27話 ピクニック
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俺たちは王都を離れ、緑の原野を歩いている。
「ふぃーっ! 結構歩いたね!」
ウィスリーが額の汗を拭いながら空を見上げた。
「そうね。王都からはだいぶ離れたかしら?」
メルルも日差しを気にしながら妹を気遣って水筒を手渡す。
「ありがと、ねーちゃ。んぐんぐ!」
「そんなに慌てて飲んだら咳き込むわよ」
「けほけほっ!」
「ほら、言ってるそばから……」
メルルが水でむせてしまったウィスリーの顔を拭いてあげている。
なんとも微笑ましい光景だ。
「ご主人さま、疲れた? そろそろ休む?」
足を止めていた俺に気づいたウィスリーが小首を傾げた。
「いや、俺なら大丈夫だ。ウィスリーこそ平気か?」
「うん! まだまだ元気!」
ウィスリーが小さな力こぶを作った。
あんなかわいらしい細腕で自分の背丈より大きな武器を振るうのだから、竜人族はつくづく見た目では判断できない。
「あまり無理をなさらないでくださいね、アーカンソー様」
「本当に問題ない。それなりに鍛えているからな」
メルルも心配してくれるが、本当に強がりではない。
これぐらいの距離ならダンジョンに篭もっていれば当たり前のように歩くのだし。
「とはいえ、ここまでくれば充分か。あそこの丘がちょうどいいのではないか?」
「さんせー!」
ウィスリーが諸手を上げた。
メルルも頷く。
「では、一足先に向かって支度して参ります」
「いやいや。仕事ではないのだから、みんなでのんびり向かおう」
「そ、そうですか?」
メルルがちょっぴり残念そうな顔をする。
「見て見てご主人さま! あちしたちがいた街、あんなにちっちゃい!」
丘のてっぺんに着くと、ウィスリーがはしゃぎながら王都のほうを指差した。
「本当だ。思いのほか、いいスポットだったな」
できるだけ人目を避けたかったから街道から外れた悪路を選んでみたが、どうやら正解だったらしい。
「ご主人さま、お腹減った! あちし、お弁当食べたい!」
ウィスリーが空腹をアピールする。
「コラッ! 主人と仰ぐお方になんて口の利き方を……!」
メルルが慌てて注意した。
「いいんだ。ウィスリーには許している」
「しかし、これでは示しというものが……」
「ここは君たちのいた里ではないのだから、そう固いことは言わないでいい」
「は、はい」
なんとなくわかってきたが、メルルは暴走しやすい自分をルールで律するタイプのようだ。
なんとなくシンパシーを感じてしまう。
「では、このあたりで弁当にしようか」
「そうですね。あの木陰はどうでしょうか? 涼みながら休めると思います」
少し緊張の混じった声でメルルが確認してくる。
「では、メルルの言うとおりにしよう」
俺の返事を聞いたメルルがホッとしていた。
また自分の提案が退けられるのではと不安だったのだろうか。
「ウィスリー。木陰にシートを敷いてきてもらえるか?」
「あーい!」
ウィスリーが元気のいい返事とともに木陰へ走っていくと、今度のメルルは驚いていた。
こう言ってはなんだが、メルルの表情がウィスリーみたくコロコロ変わって面白い。
やっぱり姉妹なんだなと思わされる。
「あの子、やっぱりアーカンソー様の言うことなら素直に聞くんですね……」
小さく口を尖らせるメルルが、不貞腐れたようにつぶやいた。
「その口ぶりだと、自分の言うことは聞いてくれないと言いたそうだな」
「それはもう! 私だけじゃなくて、誰の言うことも……あっ、失礼しました!」
「いいさ。俺が聞いたんだからな」
木陰でバックパックからシートを取り出しているウィスリーを眺めながら、メルルに語りかけた。
「俺もあまり口のうまいほうではない。だから、どう言えば伝わるかわからないんだが……いいと思った提案なら普通に受け入れるし、もっといい考えがあると思ったら我を通そうとするんじゃないだろうか。たぶん、ウィスリーだけじゃなくて誰でもそうだ」
「理屈としてはわかりますが……」
「俺は君とウィスリーが仲良くしているのを見ていると、とてもリラックスできる。今後もそうしてもらえると嬉しい」
そう言って、俺はウィスリーのほうを見た。
シートが風でバサバサになってしまい、敷くのに手こずっている。
メルルはしばらく首を傾げていたが、俺の意図に気づいてハッとした。
「……あ、あの子を手伝ってきてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。頼むよ」
メルルは笑顔で頷いてから、ウィスリーのところに向かった。
ふたりが笑い合ってシートを敷いているのを眺めながら独り言ちる。
「……ああ、そうか。俺は最初から、こういうのでよかったんだな」
もともと偉大な冒険者に憧れていたかというと……そういうわけでもない。
おそらく俺は、ただ単に、ともに時間を過ごせる仲間たちが欲しかっただけなのだと思う。
仲間に認めてもらおうと空回った結果が、パーティからの追放だったわけだ。
追放された直後はどうしていいかわからず迷走してしまったが、結果として自分が本当にやりたかったことをはっきり自覚できた気がする。
最悪と思えた出来事も、実は前に進むために必要だった……というわけだな。
「ご主人さま! できたよー! 食べよ食べよ!」
「ああ、今行く」
満面の笑顔で手を振るウィスリーのもとに向かう。
幸福な時間を少しでも長く味わうために、地面をゆっくり踏みしめながら。
「ふぃーっ! 結構歩いたね!」
ウィスリーが額の汗を拭いながら空を見上げた。
「そうね。王都からはだいぶ離れたかしら?」
メルルも日差しを気にしながら妹を気遣って水筒を手渡す。
「ありがと、ねーちゃ。んぐんぐ!」
「そんなに慌てて飲んだら咳き込むわよ」
「けほけほっ!」
「ほら、言ってるそばから……」
メルルが水でむせてしまったウィスリーの顔を拭いてあげている。
なんとも微笑ましい光景だ。
「ご主人さま、疲れた? そろそろ休む?」
足を止めていた俺に気づいたウィスリーが小首を傾げた。
「いや、俺なら大丈夫だ。ウィスリーこそ平気か?」
「うん! まだまだ元気!」
ウィスリーが小さな力こぶを作った。
あんなかわいらしい細腕で自分の背丈より大きな武器を振るうのだから、竜人族はつくづく見た目では判断できない。
「あまり無理をなさらないでくださいね、アーカンソー様」
「本当に問題ない。それなりに鍛えているからな」
メルルも心配してくれるが、本当に強がりではない。
これぐらいの距離ならダンジョンに篭もっていれば当たり前のように歩くのだし。
「とはいえ、ここまでくれば充分か。あそこの丘がちょうどいいのではないか?」
「さんせー!」
ウィスリーが諸手を上げた。
メルルも頷く。
「では、一足先に向かって支度して参ります」
「いやいや。仕事ではないのだから、みんなでのんびり向かおう」
「そ、そうですか?」
メルルがちょっぴり残念そうな顔をする。
「見て見てご主人さま! あちしたちがいた街、あんなにちっちゃい!」
丘のてっぺんに着くと、ウィスリーがはしゃぎながら王都のほうを指差した。
「本当だ。思いのほか、いいスポットだったな」
できるだけ人目を避けたかったから街道から外れた悪路を選んでみたが、どうやら正解だったらしい。
「ご主人さま、お腹減った! あちし、お弁当食べたい!」
ウィスリーが空腹をアピールする。
「コラッ! 主人と仰ぐお方になんて口の利き方を……!」
メルルが慌てて注意した。
「いいんだ。ウィスリーには許している」
「しかし、これでは示しというものが……」
「ここは君たちのいた里ではないのだから、そう固いことは言わないでいい」
「は、はい」
なんとなくわかってきたが、メルルは暴走しやすい自分をルールで律するタイプのようだ。
なんとなくシンパシーを感じてしまう。
「では、このあたりで弁当にしようか」
「そうですね。あの木陰はどうでしょうか? 涼みながら休めると思います」
少し緊張の混じった声でメルルが確認してくる。
「では、メルルの言うとおりにしよう」
俺の返事を聞いたメルルがホッとしていた。
また自分の提案が退けられるのではと不安だったのだろうか。
「ウィスリー。木陰にシートを敷いてきてもらえるか?」
「あーい!」
ウィスリーが元気のいい返事とともに木陰へ走っていくと、今度のメルルは驚いていた。
こう言ってはなんだが、メルルの表情がウィスリーみたくコロコロ変わって面白い。
やっぱり姉妹なんだなと思わされる。
「あの子、やっぱりアーカンソー様の言うことなら素直に聞くんですね……」
小さく口を尖らせるメルルが、不貞腐れたようにつぶやいた。
「その口ぶりだと、自分の言うことは聞いてくれないと言いたそうだな」
「それはもう! 私だけじゃなくて、誰の言うことも……あっ、失礼しました!」
「いいさ。俺が聞いたんだからな」
木陰でバックパックからシートを取り出しているウィスリーを眺めながら、メルルに語りかけた。
「俺もあまり口のうまいほうではない。だから、どう言えば伝わるかわからないんだが……いいと思った提案なら普通に受け入れるし、もっといい考えがあると思ったら我を通そうとするんじゃないだろうか。たぶん、ウィスリーだけじゃなくて誰でもそうだ」
「理屈としてはわかりますが……」
「俺は君とウィスリーが仲良くしているのを見ていると、とてもリラックスできる。今後もそうしてもらえると嬉しい」
そう言って、俺はウィスリーのほうを見た。
シートが風でバサバサになってしまい、敷くのに手こずっている。
メルルはしばらく首を傾げていたが、俺の意図に気づいてハッとした。
「……あ、あの子を手伝ってきてもよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろん。頼むよ」
メルルは笑顔で頷いてから、ウィスリーのところに向かった。
ふたりが笑い合ってシートを敷いているのを眺めながら独り言ちる。
「……ああ、そうか。俺は最初から、こういうのでよかったんだな」
もともと偉大な冒険者に憧れていたかというと……そういうわけでもない。
おそらく俺は、ただ単に、ともに時間を過ごせる仲間たちが欲しかっただけなのだと思う。
仲間に認めてもらおうと空回った結果が、パーティからの追放だったわけだ。
追放された直後はどうしていいかわからず迷走してしまったが、結果として自分が本当にやりたかったことをはっきり自覚できた気がする。
最悪と思えた出来事も、実は前に進むために必要だった……というわけだな。
「ご主人さま! できたよー! 食べよ食べよ!」
「ああ、今行く」
満面の笑顔で手を振るウィスリーのもとに向かう。
幸福な時間を少しでも長く味わうために、地面をゆっくり踏みしめながら。
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