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第32話 ガチギレ

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「ハァ? 馬鹿言っちゃいけねェぜ!」

 巨躯の男はあざけりながら指を差してきた。

「アーカンソーのクラスは賢者なんだよ! テメェみたいな暗黒魔導士じゃなくてな!」
「ハァ……」

 勘違いされるのも、いい加減に慣れてきた。
 きっと、俺がこんな格好をしているのが悪いのだろう。
 『はじまりの旅団』にいるときはパーティメンバー以外と話す機会もなかったから、まったく問題にならなかったのだが。

「信じないというならいい。君はいったい何者で、どういう目的で俺に会いたいのか。きちんと教えてくれないか?」
「ハッ、テメェがアーカンソーって前提で話進める気かよ? まあいいぜ。何しろ十三支部はクズの巣窟なんだしなァ? 妄想癖のある暗黒魔導士がいたところで驚きゃしねェ」 

 馬鹿にしたように肩をすくめてから、巨躯の男は自分の胸を親指で示した。

「オレは『天嶺覇斬てんれいはざん』のリーダー、戦士カーネルだ。どうだ、“豪放無頼ごうほうぶらい”の通り名くらい耳にしたことあんだろ?」
「いいや、まったく。聞いたこともない」
「ったく、これだから底辺支部ってのは嫌だよなァ? 第三支部じゃあ、それなりに知られてんだぜ?」
「そうなのか」

 この瞬間、俺の中で第三支部には絶対行かないことが決定した。

「で、だ。目的なんざ決まってる。アーカンソーを『天嶺覇斬』にスカウトするためだ」
「スカウトだと?」
「そうさ! テメェは知らなかっただろうが、アーカンソーは『はじまりの旅団』を見限って抜けたんだよ!」
「見限った? そんな話になっているのか」

 訂正しようと思ったが、やめておいた。
 この男に真実を伝えたところで意味はない。

「オレたち『天嶺覇斬』は成り上がる! 第三支部なんかじゃ終わらねェ。第二、第一と駆け上がって、いずれ中央本部から名指しの依頼が入るような冒険者になる! そう思ってたんだがよ。とんでもないチャンスが舞い込んできやがった」
「チャンス?」
「ギルドでこんな話を聞いたんだよ。『パーティにアーカンソーがいれば、それまでの実績が足りなくても第一支部の依頼を受けられるようになる』ってな! だから、アーカンソーを利用して一気にのし上がろうってわけだ!」

 俺がいれば第一支部の依頼を受けられる?
 そんな話は初耳だな。
 仮にその話が本当だとしても――

「それがどうして十三支部の冒険者相手に暴れることになる?」

 この男の動機がわからない。
 こんな悲劇が起きた理由がつかめない。
 しかし、カーネルはなんでもないことのように吐き捨てた。

「ハッ、こいつら弱っちい癖にアーカンソーなんか知らねェの一点張りだ。数日前にギルド前でそれっぽい大立ち回りがあったことぐらい、こっちは掴んでるっつーのによ」

 ひとつひとつの情報を吟味ぎんみして、ようやく結論に辿たどり着く。

「……ああ、そうか。ようやくわかった」

 十三支部のみんなが逃げもせず格上の冒険者に楯突たてついた理由が、どうしてもわからなかったのだが……。

 彼らは、俺を守ろうとしてくれていたのか。

 俺がここに出入りしているという情報を話せばいいだけなのに、誰ひとりそうしなかった。
 しつこいスカウトにあって俺が不快な想いをしないようにと、体を張ってくれた。

 ああ……だとしたら、名乗ったことで彼らの努力を無にしてしまったのか。
 俺はあと何度間違えたら、人の心をできるようになるのだろう。

 ――いや。
 今は俺の悔恨かいこんなど、どうでもいい。
 
「つーわけだ。特別サービスでもう一度だけ言うぜ? 本物のアーカンソーを出しな!」

 不幸中の幸いだ。
 この男は俺をアーカンソーだと思っていない。
 十三支部の暗黒魔導士だと誤解してくれている。
 ならばもう、そういうことにしてしまおう。

「断る」
「おっと、アーカンソーごっこはおしまいか?」

 カーネルがニヤリと笑ってから、指をポキポキと鳴らした。

「じゃあ、制裁だ。喋りたくなるまでテメェをボコすが、かまわねェな?」

 返事はしない。
 殴ってくるなら、さっさとそうすればいい。

「ったくよォ。こんな状況だってのに、さっきから表情ひとつ変えねェ。薄気味悪い野郎だぜ」

 しかし、カーネルはこちらを脅すように舌なめずりをしながら顔を近づけてきた。
 それは、負けると微塵みじんも思っていないからこその愚行。

「……そうか? 俺は別に自分の気持ちを隠しているつもりはないんだがな。ひょっとすると考え事をしているからかもしれん」
「へへっ、どうやってこの場をやり過ごそうかってか?」
「いいや。先ほどから貴様をどのような目に遭わせるのがいいか、ずっとずっと考えていたんだ」

 俺は、カーネルの目をジッと見返した。

「冒険者同士が了承した喧嘩は相手を殺しさえしなければ、番兵にも見てみぬフリをされる。つまり、貴様をどう処理しようと命さえあれば問題ない。どんなにひどい怪我をしても神官の上位治療グレーター・ヒールを受ければ再起不能にもならない。パーティに神官がいないなら神殿に寄付して治してもらえばいい。逆に言うと貴様はどんな怪我をしても回復してしまう。さて、これは困った。俺の友人たちを侮辱した身の程知らずには、もっと長く続く罰を受けてもらわねば気が済まん」

 カーネルが後退あとずさった。

「クッ、なんだ……? こいつが笑った瞬間、気圧けおされて――」
「そうだな。呪いがいいだろう」

 とっくに思いついていたアイデアを、たった今閃いたかのように頷いてみせた。 

「冒険者としてやっていけなくなる呪いがいい。それこそ二度とパーティから必要とされなくなる、戦力外になってしまうような呪いだ。何がいい? 子犬にもおびえてしまうような恐怖の呪いか? それとも手首のけん寸断すんだんされて元に戻らなくなる不治ふじの呪いか? なんでもいいぞ。好きなものを選べ」
「テッ、テメェ――!!」
「ウィスリー」

 挑発に乗って殴りかかってくるカーネルの言葉をさえぎって。

 ただ一言、告げる。

「――許す」
「あいあい、ご主人さまさー

 その瞬間、ウィスリーの細腕がカーネルの顔面にめり込んだ。
 奴の巨体が吹っ飛ぶ。

「かはッ!?」

 カーネルが壁に叩きつけられて、肺の空気をすべて吐き出した。
 苦痛のうめき声をあげるカーネルを傲然ごうぜんと見下ろしながら、俺は手袋をキュッと締め直した。

「始めよう、カーネル。貴様にとって最終最後となる冒険をな」
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