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第47話 シエリの思惑(シエリ視点)

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「アーカンソーの奴、いったい何を考えてるのかしら……?」

 わからない。
 いくら考えてみても、さっぱりわからない。

 だって、この交渉戦はアーカンソーにメリットがない。
 こんなふうに妥協点を探らなくたって、突っぱねて終わりでいいはずだし。

 提示された条件にしたってそう。
 竜人族の新人を加えるのはまだしも、十三支部を拠点ホームにするなんてデメリットしかない。

 仮にあたしに諦めさせるための方便だとしても釣り合わない。
 この場限りの嘘と考えるのが自然だけど、こちらが呑んだら本当に十三支部を拠点ホームにしないといけなくなる。
 彼の輝かしいキャリアが汚染されるし、凄まじいリスクのはずだけど……。

「いや、あたしなんかにわかるわけないか。深遠しんえんの思考。至高たる深淵しんえん、だもんね……」

 次期神殿長候補たるセイエレムをして、そのように言わしめたアーカンソーの智謀ちぼうは、余人には到底理解が及ばない領域にある。

 冒険中のアーカンソーの判断は常に正しい。
 指摘した場所には必ず敵が潜んでいたし、ダンジョンでも彼が撤退を勧めた先に進んだ他のパーティは全滅した。
 あいつに任せておけば『はじまりの旅団』の冒険は常に安心安全だった。
 お父様があたしと彼が同じパーティになるよう手を尽くしたのも頷ける。

 じゃあ、アーカンソーとの冒険が面白かったか? と言われれば断じて否だ。
 むしろ一切の無駄や遊びがないから、退屈ですらあった。
 それこそ海竜皇や地竜皇との死闘すらも流れ作業に思えるほどに。

 それでも合理的に考えれば、あたしたちにアーカンソーを追放する理由なんてなかった。

 結局のところ、感情だ。
 カルンもセイエレムも、そしてあたしも感情に流されてアーカンソーを追放した。
 
「バカだったわよねぇ、昔のあたし」

 アーカンソーの指示に反抗したら、大抵ピンチになっちゃって。
 その度にあたしはあいつに助けられて……。
 あたしが無茶をして、意地になって謝れなくっても、あいつは何も言わないでいてくれた。
 あたしの暴走すら見切っていた、と言わんばかりに不敵な笑みを浮かべていた。

 カッコよかった。

 そんなあいつに憧れて、恋をして、必死に追いつこうとして。
 だけど、あたしは……あいつにとって路傍ろぼうに転がる石にもなれてなかった。
 それが悔しくて悲しくて。

――アンタの顔なんか見たくない!

 あんな心にもないことを言ってしまった。

 きっと甘えてたんだと思う。
 暴言をぶつけたって、今までどおり、一緒にいてくれると思い込んでいたんだ。
 あたしは本当にどうしようもない子供ガキだった。

「……アーカンソーは? あいつはどこ?」

 引き篭ってた部屋から出てきたとき、心配そうに声をかけてきたカルンとセイエレムに問いかけた。
 アーカンソーがまだいると疑いもせずに。
 もちろん、ふたりは怪訝けげんな顔でこう返してきた。

「何を言ってるんだ? アーカンソーは追放しただろ?」
「事前に話していたでしょう。あなたも賛成してたじゃないですか」

 賛成なんてしてない!
 アーカンソーとこれ以上やっていくのは無理って言ってたあいつらに「それはまあ、そうよね」って軽く返事をしただけ!
 それなのに、あんな言質を取られたばかりに『総意』ってことにされて……。

 いや。
 あのときのあたしはアーカンソーを困らせてやりたかったんだ。
 謝罪させて、溜飲りゅういんを下げたかった。

 なんてバカ。
 本当に、取り返しがつかない。

 ……いや、まだだ。
 あたしは諦めない。
 どんな条件を出されたって必ず呑んでやる。

 あたしの体を欲するなら喜んで差し出そう。
 この国が欲しいというなら、全力で王位を手に入れて明け渡そう。

 例え売国奴と罵られようと、アーカンソーに支配されることで国民が幸福になれるなら問題ない。
 いや、むしろ王国内でのアーカンソーの人気を考えれば、王族としての正体を明かしたあたしとの結婚は全国民から歓迎されるはずだ。

 そうとも。
 幼い恋心に惑わされて意固地になっていたのがいけなかった。
 プライドなんてさっさと捨てて、王族として、最初から彼を王国に取り込むよう動くべきだった。
 あたし如きがアーカンソーと肩を並べられると考えたのが、そもそもおこがましかったんだ。

 それに、あたしには無理でも。
 あたしと彼の子供であれば、あるいは……彼を超えることができるかもしれない。 
 そしてアーカンソーの血を入れた王族たちはエルメシア王国に末永く安寧をもたらすに違いない。

 とはいえ、だ。
 アーカンソーに取り入りたいからといってあからさまに態度を変えてしまったら、さすがに警戒されてしまうだろう。
 ましてや自分を追放した元凶が相手なら、尚更だ。
 もちろん、あたしの稚拙な考えなんてとっくにお見通しなんだろうけど……それでも彼の記憶にある傲慢な王女を演じている間は邪険にされることはなさそうだ。

 とにかく今は自分の利用価値を提示し続けるしかない。
 十三支部を拠点ホームにする理由は正直ぜんぜんわからないけど、考えあってのことのはず。
 アーカンソーが判断を間違うなんて、有り得ないんだから。

「むー……」

 竜人族の従僕メイドがあたしを不満そうに睨みつけている。
 それはそうだろう。
 彼女からすれば、どこぞの馬の骨が尊敬する主人に取り入ろうとしているわけだから。

「ウィスリーって言ったわよね、あなた」
「……なんだよ。お前と話すことなんてないぞ」
「そうでしょうね」
「お前は敵だ。あの『あばずれ』どもと同じ気配がする。ご主人さまはあちしが必ず守る」

 ああ。
 やはり気づかれているか……。

「やってみせなさいよ。アーカンソーは、あたしが手に入れる」

 軽く挑発してみるとウィスリーがこれ以上ないほどの敵意を向けてきた。
 ああ……ゾクゾクしてくる。
 こればかりはアーカンソーとの冒険では味わえないスリルね。

「待たせたな」

 きゃ、アーカンソーが戻ってきたっ。

 ……おっと、いけないいけない。
 恋する乙女モードは封印よ、メールシア。
 だってあなたは、とっくにしているんだから。

「どうした? なんで笑っている?」

 すべてわかっているくせに、アーカンソーがわざとらしいことを聞いてくる。
 相変わらずの鉄面皮。
 何を考えているかはまったく読めないけれど――

「いいえ。ちょっと楽しみが増えたのよ」

 さて、と。
 アーカンソーがわざわざ仕掛けてきた交渉戦。
 少しは楽しんでもらえてるのかしらね?
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