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閑話6 外道の末路
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「ハァ……ハァ……私は貴族……侯爵だぞ。それが、こんな……」
ザルディス・エレインは森の中をあてもなくさまよっていた。
もはや往時の機動力は失われ、木々にもたれかかりながらヨロヨロと歩いている。
「今代のバゾンドは私のはずだ! それが、どうしてあんな奴に……!」
「知りたいか、ザルディス・エレイン」
唐突だった。
フードを目深に被った謎の集団がエレイン侯爵を取り囲んだ。
「な、なんだ貴様らは!?」
狼狽するエレイン侯爵に向かって、フードの集団は早口に、しかしエレイン侯爵には聞き取れるスピードで語りかけた。
「我らはバゾンドと呼ばれる稀人」
「我らは時代の影」
「我らは歴史の闇」
「同志とあり、同志と消えゆき」
「新月に語り、満月に去る者」
フード集団の中からひとりの人物がエレイン侯爵の前に進み出る。
「ザルディス・エレイン。お前を迎えに来た」
手を差し伸べられた瞬間、エレイン侯爵は悟った。
「そ、そうか。一つの時代に現れるバゾンドは、最初からひとりではなかったのか!」
フードの集団がくつくつと笑う。
「そのとおり」
「我らは何者にも与さず」
「何色にも染まらない」
「クフフフ……あらゆる地でバゾンドの目撃談があるわけだ」
なんのことはない。
バゾンドとは、エレイン侯爵が考えるような時代に選ばれたただひとりの英雄ではなかった。
世界の裏側で暗躍する秘密結社だったのだ。
「いいだろう、お前たちを受け入れよう! 私を助けてくれ!」
もはやエレイン侯爵に迷いはなかった。
この超人連中を支配すれば、王にだってなれる。
だから、野心を胸に差し出された手を取ろうと一歩を踏み出した。
「いいだろう」
しかし、差し出されていた手はエレイン侯爵の胸を貫いた。
「がはっ! な、何を……」
驚愕と激痛に目を見開いたエレイン侯爵を、フードのバゾンドたちは口々にあざける。
「言ったはずだ」
「我らは何色にも染まらない」
「青にも、赤にもだ」
心臓を抉られながらもエレイン侯爵は唾を飛ばす。
「馬鹿な! バゾンドならば、貴様たちも赤眼のはず……!」
フードのバゾンドたちが一斉に笑い出した。
「愚かなり、ザルディス・エレイン!」
「我らの変異はそもそも赤き月とは何の関係もない!」
「は……? だって私は月の声を聞いてバゾンドに……」
バゾンドたちの否定は止まらない。
「順序が逆なのだ」
「月が我らを生むのではない」
「月が我らを縛ろうとしているのだ」
「お前は衝動に身を委ねた」
「ゆえに同志にあらず」
胸から手刀が引き抜かれると、エレイン侯爵が吐血しながら膝から崩れ落ちる。
「魂を焦がされるのは苦しかろう? 我らは命乞いをする者を無惨に殺してきたお前と違って慈悲深い。だから――」
「おぐぅうぉがぁぁぉぁッ!!!」
エレイン侯爵が意味不明の叫びをあげながら一矢報いようとフードの男に飛びかかる。
「お前の望み通り、助けてやろう」
フードの男が手をシュッと横に線を引くと、エレイン侯爵の胴体から上がなくなった。
「次はハイエンドだな」
「奴は赤く染まった」
「月の御子も覚醒した」
もはやフードのバゾンドたちの誰ひとりとして、エレイン侯爵に目をくれるものはいない。
次なる処刑対象に駆け出さんと腰を低く落とす。
「待たれよ同志」
「どうした、カールマジャ」
カールマジャと呼ばれた男は返答せず、何かに耳をそばだてていた。
その意味を理解したバゾンドたちは、黙って次の言葉を待つ。
「宣託だ」
「おお、同志カールマジャよ。『デウス』はなんと?」
「ハイエンドには手を出さず、見極めよと仰せだ」
カールマジャの答えにバゾンドたちがざわつく。
「セリアの報告によれば、ハイエンドは月の御子の眷属となったはずでは?」
「御子の眷属になったバゾンドは、ザルディス・エレインのようなただの赤眼バゾンドより危険だ。それを放置せよと?」
「いいや、確かに奴はまだ赤眼になっていない。赤き月に染まったわけではない」
「確かにハイエンドのような前例はない。デウスは手を出すのは時期尚早と判断したか」
フードのバゾンドたちは異論を交わしつつも、ハイエンドの排除を声高に唱える者はいない。
バゾンドたちにとっては、デウスの宣託は絶対なのだ。
「ならば我らは再び守護任地へと戻ろう」
「ハイエンドの動向調査は、このままセリアに任せればよかろう。監視対象だったエレイン侯爵は、この世にいないのだしな」
「異議はない」
次の瞬間、フードのバゾンド集団は嘘のように消え去った。
入れ替わりでフォレストウルフたちがエレイン侯爵の亡骸に近づく。
喜びの遠吠えが響いた。
ザルディス・エレインは森の中をあてもなくさまよっていた。
もはや往時の機動力は失われ、木々にもたれかかりながらヨロヨロと歩いている。
「今代のバゾンドは私のはずだ! それが、どうしてあんな奴に……!」
「知りたいか、ザルディス・エレイン」
唐突だった。
フードを目深に被った謎の集団がエレイン侯爵を取り囲んだ。
「な、なんだ貴様らは!?」
狼狽するエレイン侯爵に向かって、フードの集団は早口に、しかしエレイン侯爵には聞き取れるスピードで語りかけた。
「我らはバゾンドと呼ばれる稀人」
「我らは時代の影」
「我らは歴史の闇」
「同志とあり、同志と消えゆき」
「新月に語り、満月に去る者」
フード集団の中からひとりの人物がエレイン侯爵の前に進み出る。
「ザルディス・エレイン。お前を迎えに来た」
手を差し伸べられた瞬間、エレイン侯爵は悟った。
「そ、そうか。一つの時代に現れるバゾンドは、最初からひとりではなかったのか!」
フードの集団がくつくつと笑う。
「そのとおり」
「我らは何者にも与さず」
「何色にも染まらない」
「クフフフ……あらゆる地でバゾンドの目撃談があるわけだ」
なんのことはない。
バゾンドとは、エレイン侯爵が考えるような時代に選ばれたただひとりの英雄ではなかった。
世界の裏側で暗躍する秘密結社だったのだ。
「いいだろう、お前たちを受け入れよう! 私を助けてくれ!」
もはやエレイン侯爵に迷いはなかった。
この超人連中を支配すれば、王にだってなれる。
だから、野心を胸に差し出された手を取ろうと一歩を踏み出した。
「いいだろう」
しかし、差し出されていた手はエレイン侯爵の胸を貫いた。
「がはっ! な、何を……」
驚愕と激痛に目を見開いたエレイン侯爵を、フードのバゾンドたちは口々にあざける。
「言ったはずだ」
「我らは何色にも染まらない」
「青にも、赤にもだ」
心臓を抉られながらもエレイン侯爵は唾を飛ばす。
「馬鹿な! バゾンドならば、貴様たちも赤眼のはず……!」
フードのバゾンドたちが一斉に笑い出した。
「愚かなり、ザルディス・エレイン!」
「我らの変異はそもそも赤き月とは何の関係もない!」
「は……? だって私は月の声を聞いてバゾンドに……」
バゾンドたちの否定は止まらない。
「順序が逆なのだ」
「月が我らを生むのではない」
「月が我らを縛ろうとしているのだ」
「お前は衝動に身を委ねた」
「ゆえに同志にあらず」
胸から手刀が引き抜かれると、エレイン侯爵が吐血しながら膝から崩れ落ちる。
「魂を焦がされるのは苦しかろう? 我らは命乞いをする者を無惨に殺してきたお前と違って慈悲深い。だから――」
「おぐぅうぉがぁぁぉぁッ!!!」
エレイン侯爵が意味不明の叫びをあげながら一矢報いようとフードの男に飛びかかる。
「お前の望み通り、助けてやろう」
フードの男が手をシュッと横に線を引くと、エレイン侯爵の胴体から上がなくなった。
「次はハイエンドだな」
「奴は赤く染まった」
「月の御子も覚醒した」
もはやフードのバゾンドたちの誰ひとりとして、エレイン侯爵に目をくれるものはいない。
次なる処刑対象に駆け出さんと腰を低く落とす。
「待たれよ同志」
「どうした、カールマジャ」
カールマジャと呼ばれた男は返答せず、何かに耳をそばだてていた。
その意味を理解したバゾンドたちは、黙って次の言葉を待つ。
「宣託だ」
「おお、同志カールマジャよ。『デウス』はなんと?」
「ハイエンドには手を出さず、見極めよと仰せだ」
カールマジャの答えにバゾンドたちがざわつく。
「セリアの報告によれば、ハイエンドは月の御子の眷属となったはずでは?」
「御子の眷属になったバゾンドは、ザルディス・エレインのようなただの赤眼バゾンドより危険だ。それを放置せよと?」
「いいや、確かに奴はまだ赤眼になっていない。赤き月に染まったわけではない」
「確かにハイエンドのような前例はない。デウスは手を出すのは時期尚早と判断したか」
フードのバゾンドたちは異論を交わしつつも、ハイエンドの排除を声高に唱える者はいない。
バゾンドたちにとっては、デウスの宣託は絶対なのだ。
「ならば我らは再び守護任地へと戻ろう」
「ハイエンドの動向調査は、このままセリアに任せればよかろう。監視対象だったエレイン侯爵は、この世にいないのだしな」
「異議はない」
次の瞬間、フードのバゾンド集団は嘘のように消え去った。
入れ替わりでフォレストウルフたちがエレイン侯爵の亡骸に近づく。
喜びの遠吠えが響いた。
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