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春の訪れと新入生
プロローグ 慟哭
しおりを挟むそこは森によって外界から隔離されているような場所だった。
この場所はたとえ空からでも見つからないだろう。そんな場所に建つのは一階しかない平屋のような、それでもただの平屋とは違いその面積はとてつもなく広い。そんな場所の一画に二人の男たちが居た。
一人は平屋の縁側の様な場所で優雅に盃を手に持ち、その下手にいる男の話しを聞いている。真っ黒な闇を思わせる髪に左右異なる色を持つ瞳を携えていた。
同性から見ても目がおってしまう赤味を帯びた唇が盃に口をつけて溢れるのも構わずにコクリと中身を飲み込む。濡れそぼった唇を舌で舐めると、先を促すようにもう一人の男に視線を向けた。
もう一人の男は老人の様に真っ白い髪にシルバーのフレームメガネを掛けていてそのレンズが光に反射していて表情が読み取れない。唯一黒髪の男から見えるのはいつもながらの胡散臭い笑みだ。この男の名は天魔邑輝といったか。
片膝を付く邑輝のその胡散臭い口元が動く。
「やはり、神無様は別の世界に保護されているようです。」
「それで。」
「今はシシリーとの名で辺境伯爵の養女でした。そして、我々の記憶はないみたいでしたがこの私には警戒心を抱いています。」
「記憶は無くても魂は覚えているのだろうな。」
男は邑輝からもたらされた情報に満足気に口元をほころばせる。
やっと探し人が見つかった。この世界から消えてもう約十年程の時が流れた。あの者をまた手にするには世界に手を出せない彼奴等よりも厄介なあの兄を名乗る男や、本来は我家の物の筈だった式神共が邪魔立てするだろう。
そもそも扉は邑輝をこの世界に吐き出して閉まっているという。
「種は巻いておきましたのでご心配なく。」
「種か。とても不穏なことであろうよ。」
「ええ。御当主の望む物を手に入れるために、我々は動きますよ。」
「ふん。また糞ババアが手出ししないように慎重に事を運べ。」
「御意。」
この邑輝と言う男は、黒髪の男のためなら何でもやる狂信者だった。
彼が心配ないと断言するのであればいずれ扉は開かれるのだろう。
その日を楽しみに家の者でも玩具にしてくるか。そう呟いて男が平屋の奥に消えてゆく。
残された邑輝の表情が一瞬で無と変わる。
彼からみたあの男は相変わらず神無にしか興味が内容だ。実力も容姿も申し分ないのになぜか一人の人物に執着する。
異世界に行くための扉を繋ぐためのこの世界とのバイパスを通すにはお互いの世界に要を設けないといけない。運がよくとてもいい場所があった。
向こうの世界ではグランドオールというモンスターの出る森でこの世界では富士の樹海と呼ばれるところとよく似た場所だ。
向こうに残してきた手下達が上手く要を設けるだろう。こちらも自分自身が動くのだから失敗はない。
富士の樹海に封じられている妖かしを贄にでもしようか。
殺しはしないから誰も何をしているかわからないだろう。
邑輝は静かに笑い声をあげた。
その頃、魔界と人間界の狭間に位置する広大な魔の森のグランドオールでは数人の男達が走っていた。彼等はムラキの仲間の者たちだ。少人数だが少しずつ世界中に散らばっており今はとある命による行動をしている。
ムラキは言った。
この世界の科学を遥かに超えた世界があると。魔力を使わない魔法があると。実際に目の前で見せてくれた魔法は今までの見たことのない物だった。
あれがあれば神の怒りに触れようとも怖くない。
ムラキ、いや、ムラキ様のためにまずはこの森の主に近い存在を見つけなければならない。
その存在にこの要を穿たなければならないのだ。他の者は死ぬ覚悟をしている。死ぬ気で動きを止めて私が要を穿つ予定だ。神はこれしきの事では様子さえ見ないと言っていた。大丈夫。我々にはムラキ様から貰った力がある。
ガランッ‥…
何かが崩れる音がした。
音の方に視線を向ければ、森の木々の間から巨大な2つの獣の目がこちらを見ていた。
黄金の様なそれは瞳孔が縦に割れ、白目は赤く血走っている。生臭い息が漏れる鋭い牙の生えた口はヌルヌルとした涎にまみれている。
こいつが主なのか?
いや、ムラキ様の言っていた存在とは異なる。なら、こいつは主を守るものなのだろう。コイツを相手してから主と闘うのは分が悪い。なら、ここは一旦引いて作戦を立てることにしよう。
ゾワリと悪寒がしてその場から離れればそこには五本の地面が抉れた線がはしっていた。
仲間達に手で合図を送る。
仲間が一箇所に集まる。ムラキ様の造った札を取り出すとそれを地面に貼り付けた。
地面は札が張り付いた瞬間に術式が展開し、別の仲間が待つアジトへとワープされる。
あいも変わらず魔力の気配を感じない術式だ。
彼等が消えた後に大きな足跡がくぼみをつけた。
そのモンスターの後ろにもう一つの影が見えた。その存在は躊躇なく先程までムラキの命を受けた者たちに恐怖を与えた存在に食らいついた。
主を守る存在ではなく、ただの餌であったのだ。
主は満足そうに舌なめずりをして森の奥に行く。寝床に戻って消化をするために眠りにはいるのだろう。
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