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これが私の意地
しおりを挟むその日は一年で数日もない晴天だった。
まさに雲ひとつ無いとはこの事を指すのだろう。
私は一台の馬車の横に立ち、向かい合う別の馬車の団体に文句を言われながらその時を待つ。
ここは、獣人族の国ととある人族の国との境目にある人気の無い渓谷です。
この日、我々人族の姫の一人が獣人族との和平の為に嫁入りする予定である。
本来なら双方が揃った所で獣人族の国に移動するのだが姫様が母国の為に祈りたいと私を介して伝えて約束の時間まで待って貰っているのです。
それも残り数分。
相手方の従者は数分なんぞどうでも良いではないかと文句を何度もなげかけているが私は無表情のままで時間がくるまで耐えている。
きっと彼らは気付かないだろうが私の掌には小さな刃物が隠されていた。
姫様は仰っていた。
この手でアイツを刺せと。
心音が早くなっているように感じる。じわりといよいよの緊張で汗があふれでてきた。
悟られてはいけない。
悟られたら私の想いはここで終わってしまう。
どこかで、昼を示す鐘が響いた。
相手方の馬車の扉が開き、一人だけ雰囲気が違う男がこちらに向かってきた。褐色の肌に濃いめの茶色の長い髪、翡翠のように美しい瞳。
まだ、幼さの残る顔立ちは生意気そうな笑みを浮かべていて、他の従者が遮るのもお構い無しにこちらにきている。
なぜ、この人は出て来てしまったのか。でも、私にとっては好機でしかない。
その距離は私の手が届くぐらいになった。
ここならイケると思ったと同時に私の唇が震え、男に言葉を紡ぎだす。
「あの女から伝言です。『わたくし、貴方達の様な野蛮な所に嫁ぎたくありませんの。なので、死んでいただけません?』」
言葉と同時に、刃物の隠された手が男に伸ばされた。
ガッ───
しかし、その手は拒まれる。
私のもう片方の手によって…
「…何の茶番劇だ?」
目の前の男がどことなくふくみのある声色で訪ねてきた。
男の従者達が急いで私と男の前に入り私をにらんでいる。数人は背後の馬車が空なのを確認してまた騒いでいる。
煩いなぁ
と思っていたら目の前の男もそう思っていたらしく、喉の奥から低い獣の様な唸りを上げて威嚇をして黙らせていた。
私はふふと久しぶりに笑い声をあげると、いまだに反抗を見せる手を血を滴せ痛みに我慢し押さえつけながら、自らの意思で声を出した。
「先ほどは不敬な発言失礼しました。これから死にゆく私の言葉をどうか聞いてくださいませんか?」
「……話せ。」
「あの女は最初から来てません。私に命令を出して今や護衛の男達と不埒な旅行に勤しんでいることでしょう。」
「で?」
で?と言う男の目は早く言いたいことを言えと語っている。
確かにまどろっこしいのは私も嫌いだし、早くしなければならない事情ができた。
「簡潔ではありませんが早く言えば、私に殿下を襲わせて良くて一撃後に殺され、最低でも返り討ちにて死ねば、自分は侍女に助けられて命からがら逃げた悲劇の姫。獣人の国に戦争を仕掛けるきっかけにしようとしていました。」
ずきずきと痛む手が、熱を帯びドクドクとした嫌な感覚に変わってきていた。
まあ、あの女がただの刃物を渡すわけが無いことは分かっていたけど、保険をかけといて良かった。
「証拠を遺しておきました。私の髪止め、録音機能があるんです。それで、あの女に…。」
いざというときに売れるように長く伸ばしていた髪を、纏めるようにとあの人がくれた髪止め。
『これは二人だけの秘密だよ。』
そう言って痩せた指先で髪止めの秘密を教えてくれた優しい人。
もう良いよね。
段々と意識に黒いもやがかかってきている。あの女はどうやら刃物に毒を仕込んでいたよう。
どこまでも、陰険な人だわ。
「ギャフンと言わせて…。」
そんな姿を私も見たかったけどもうダメね。
足元から力が抜け、地面に膝が着いた。そのまま身体も痙攣を起こしながら土に倒れ泥にまみれる。近いけどどこか遠くに荒げた声を聞いた気がして意識が途切れた。
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