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3.バディ攻防戦
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「佐原はこの会社に入る前は何をしてたんだ? 俺と同じ歳なのに、まだ入って一年なんだろ?」
「海外にMBA取りに行ってた」
「うわ、お前そんなエリートなのか!」
海外のMBA(経営学修士)を取得するのは簡単ではない。佐原は恐ろしいほどの男だ。将来起業して経営者にでもなるつもりなのだろうか。
「エリートじゃない。必要だと思ったから取っただけだ」
「さすがDomだな」
ぽつり呟いた和泉の言葉に佐原がぴく、と反応した。
「仕事にダイナミクスは関係ない。俺は常々そう思ってるけど」
「へぇ。この世はDom様で回ってるって話だけどな」
「経営者がDomでも、ひとりじゃ会社は回らない。どんなに大きな会社でも、それを構成しているのはなんでもない人の力だ。ひとりひとりの力は小さいが、それを集めて世の中を動かしてる。集団の力こそが会社を会社たらしめるもので、Domだってその歯車の一員だ。NormalとSubがいなかったら生き残れない」
「たしかに、そうだよな」
佐原はどうやらダイナミクス差別主義者ではないらしい。
SubのことをDom様の欲を発散させるための奴隷だなんて言う輩もいるが、佐原はそうじゃないことがわかって少し安心した。
「佐原はSubのパートナーはいないのか?」
そう言ってしまって、佐原の困惑した表情を見てから後悔した。佐原のことだから言い寄るSubも大勢いて、余裕でパートナーがいると思っていたのに、佐原は意外にも黙ってしまったのだ。
パートナーの有無なんてデリケートな質問だったのに、佐原は話しやすいのでつい訊ねてしまった。
「あのっ、ごめんっ、無理して答えなくてい——」
「いない」
和泉の言葉を佐原が遮る。
「俺の好きなSubには、パートナーがいるから」
佐原は嘘をついているようには見えなかった。憂いを帯びた漆黒の瞳で和泉をまっすぐに見つめてくる。
今度は目を逸らせない。そんな大切なことを、知り合ったばかりの和泉に打ち明けてくれるとは思いもしなかった。
佐原は苦しい片想いをしている。だから、こんなに完璧なのにパートナーがいない。
Subもそうだが、Domもパートナーがいないのは不健康なことだ。それでも好きな人を忘れられない気持ちは和泉には痛いほどよくわかる。
「ごめん、嫌なこと言わせたよな……」
「いや。全然」
佐原は大したことないような顔をして、水をひと口飲んだ。本当に気にしていない様子で、和泉は少し安堵した。
佐原ほどの男が、好きになったSubとはどんな相手なのだろう。佐原が敵わないなんて、相当な人なのだろうか。
「和泉なら許す」
佐原はフッと目元を緩める。
「俺にとって和泉は特別だから」
まただ。佐原はいつもこの意味深な視線で和泉を見つめてくる。
この男の漆黒の瞳の奥に何が隠されているのだろう。何を背負っているのだろう。ここまで和泉に優しくするのはどうしてなのだろう。
佐原の真意がまるでわからない。
佐原のことをもっと知りたい。佐原の心の中に飛び込んで、心奥をのぞいてみたいと思った。
「海外にMBA取りに行ってた」
「うわ、お前そんなエリートなのか!」
海外のMBA(経営学修士)を取得するのは簡単ではない。佐原は恐ろしいほどの男だ。将来起業して経営者にでもなるつもりなのだろうか。
「エリートじゃない。必要だと思ったから取っただけだ」
「さすがDomだな」
ぽつり呟いた和泉の言葉に佐原がぴく、と反応した。
「仕事にダイナミクスは関係ない。俺は常々そう思ってるけど」
「へぇ。この世はDom様で回ってるって話だけどな」
「経営者がDomでも、ひとりじゃ会社は回らない。どんなに大きな会社でも、それを構成しているのはなんでもない人の力だ。ひとりひとりの力は小さいが、それを集めて世の中を動かしてる。集団の力こそが会社を会社たらしめるもので、Domだってその歯車の一員だ。NormalとSubがいなかったら生き残れない」
「たしかに、そうだよな」
佐原はどうやらダイナミクス差別主義者ではないらしい。
SubのことをDom様の欲を発散させるための奴隷だなんて言う輩もいるが、佐原はそうじゃないことがわかって少し安心した。
「佐原はSubのパートナーはいないのか?」
そう言ってしまって、佐原の困惑した表情を見てから後悔した。佐原のことだから言い寄るSubも大勢いて、余裕でパートナーがいると思っていたのに、佐原は意外にも黙ってしまったのだ。
パートナーの有無なんてデリケートな質問だったのに、佐原は話しやすいのでつい訊ねてしまった。
「あのっ、ごめんっ、無理して答えなくてい——」
「いない」
和泉の言葉を佐原が遮る。
「俺の好きなSubには、パートナーがいるから」
佐原は嘘をついているようには見えなかった。憂いを帯びた漆黒の瞳で和泉をまっすぐに見つめてくる。
今度は目を逸らせない。そんな大切なことを、知り合ったばかりの和泉に打ち明けてくれるとは思いもしなかった。
佐原は苦しい片想いをしている。だから、こんなに完璧なのにパートナーがいない。
Subもそうだが、Domもパートナーがいないのは不健康なことだ。それでも好きな人を忘れられない気持ちは和泉には痛いほどよくわかる。
「ごめん、嫌なこと言わせたよな……」
「いや。全然」
佐原は大したことないような顔をして、水をひと口飲んだ。本当に気にしていない様子で、和泉は少し安堵した。
佐原ほどの男が、好きになったSubとはどんな相手なのだろう。佐原が敵わないなんて、相当な人なのだろうか。
「和泉なら許す」
佐原はフッと目元を緩める。
「俺にとって和泉は特別だから」
まただ。佐原はいつもこの意味深な視線で和泉を見つめてくる。
この男の漆黒の瞳の奥に何が隠されているのだろう。何を背負っているのだろう。ここまで和泉に優しくするのはどうしてなのだろう。
佐原の真意がまるでわからない。
佐原のことをもっと知りたい。佐原の心の中に飛び込んで、心奥をのぞいてみたいと思った。
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