おいてけぼりのSubは一途なDomに愛される

雨宮里玖

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3.バディ攻防戦

3-2

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 和泉が「いつも行く店があるんだ」と佐原を誘ったのは、会社近くの洋食屋だ。個人経営の馴染みやすい感じの小さな洋食屋で、値段はそこそこに味はなかなかの良心的な店だ。


「和泉はこの店のどこが好きなんだ?」
「あー。なんとなく、ここに来ると落ち着くんだ」

 ここはヴィクトリアに尚紘が勤めていたころ、気に入って足繁あししげくかよっていた店だ。尚紘からよく話を聞かされていたし、一度だけ尚紘の昼休みに合わせて、ふたりで来たこともある。

 和泉は普段はコンビニ利用で、昼食片手に仕事をしているが、時々発作のように起こる、尚紘を思い出したくなる病に罹患したときに、ここを訪れるようにしている。


「昼飯を外で食べるときはここしか来ない」
「へぇ。和泉はこだわりが強いタイプなのか?」
「こだわりというか、ただこの店が好きなだけだ」

 和泉が好きなのはこの店じゃない。尚紘だ。尚紘の面影を少しでも感じたくて来ているだけ。そんなことは佐原には当然言えないが。

 頼むメニューはいつも同じ。尚紘の好きなハンバーグ定食だ。尚紘はこれが食べたくてこの店に行くと言っていたから。
 佐原も同じものを頼んだ。水をひと口飲んだあと、佐原は早速今日の作戦会議を始める。


「アルコール好きなら、こっちも飲んで気分よくドンドン飲ませてやろう。和泉は苦手な酒はあるか? あるならそれをさりげなく避けるから」
「いや、大丈夫。ただ俺は量はあんまり飲めないんだ」
「わかった。お前は無理して飲まなくていい。俺がやる。俺は専門的なことはわからないから、関係ない話で場を盛り立てる。その隙にお前は仕事の話をしろ」
「できるかな……」
「あとは臨機応変でいくしかない。合図だけ決めよう。二回叩いたら『ゴー』、三回叩いたら『ストップ』だ」
「了解」

 和泉は頷き、お互いを叩き合って合図の仕方の確認をする。

「それにしてもお前はいつもこんなふうに営業してるのか?」

 こんなやり方をする営業マンなんて聞いたことがない。ある程度の打ち合わせはするが、佐原は面白い。

「普段はひとりだからやらない。今日はふたりだから。それに相手は和泉だし」
「ん? 俺だから?」
「和泉は頼りない」
「はぁっ? なんだよ、俺のどこが……っ!」
「悪く言ったわけじゃない。人が良すぎて相手にすぐに流されそうだなと思っただけだ」
「そんなことない!」
「ふぅん……心配だ」
「ふざけんな、俺だってお前がいないときはひとりでどうにかやってき——」

 言いかけて言葉が止まる。

 どうにかなってはない。和泉の営業成績は最低水準だ。どうにもならないから、西野課長に佐原を頼れと言われて佐原の研修担当にされたのに。

「知ってるよ。お前のことだから、手は抜かない。ただ営業にはあまり向かないタイプなんだろうな。お前を見てると正直な奴なんだなと感心する」
「はぁっ?」

 営業マンに向かって営業に向かないとはどういうことだと、問い詰めてやろうと思ったのに、そこでちょうど注文の品が運ばれてきて話が中断した。

 ムッとした顔で佐原を睨んだが、佐原は「お前の長所だよ」と笑う。

 そののんきな笑顔を見たら、佐原に物申してやろうと思ったのになんとなく言いそびれてしまった。

 和泉は溜め息をつき、目の前のハンバーグに手をつける。
 いつもと変わらないハンバーグの味に安心する。そして同時に尚紘のことを思い出す。
 
 事故さえなければ尚紘と同じ会社で働いていて、昼休みをふたり一緒に過ごすことができる未来があったのかもしれない。

「和泉はひと口がデカいんだな」
「んん?」
「そんなに急いで食べなくても誰も取らないだろ。口いっぱい頬張って、小動物みたいだ」

 佐原は和泉の口元に手を伸ばしてきて、「ソースがついてる」と指で拭う。
 唇を佐原に触れられ、和泉は驚いて身体をビクッと震わせた。

 普通、人の口についた汚れを指で拭ったりしない。Domの世話好きにもほどがある。

「そっ、そんなことするなっ。俺は子どもじゃないっ」

 慌てて紙ナプキンで拭いて体裁を取り繕うが、佐原はその一部始終を見ながら妙にニヤニヤしている。

「和泉とこうやって過ごせて俺は幸せだよ」
「はっ? どこがっ?」

 なんなんだ佐原は。ユウワ製薬の接待営業の打ち合わせのために昼食を食べているだけなのに、何に幸せを感じたのだろう。

「いいよ。お前は何も知らなくていい。俺の勝手な感想だから」

 本当に佐原という男の考えていることがわからない。

 エネルギー事業部は競争が熾烈だと聞いたことがある。それに比べたら和泉のいるケミカル事業部は部署内は落ち着いている。だから佐原にとって平和で幸せだ、という意味なのだろうか。
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