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3.バディ攻防戦
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佐原と組むことになってから一週間。仕事がすこぶる順調に回るようになった。
悔しいが、佐原は仕事ができる。研修の一環だと言って和泉の業務を手伝ってくれるようになってすごく楽だ。
「頼まれてた管理マニュアルです」
「えっ? もうできたの? 先方が急いでたからすごく助かるよ!」
和泉が医薬品原料の品質管理マニュアルを差し出すと、蔵橋は驚いていた。たしかにいつもなら三週間はかかる仕事を一週間で終わらせているのだからびっくりするだろう。
「和泉、最近調子いいじゃないか」
通りすがりの西野課長に声をかけられ和泉は「はい」とはっきり頷く。
「佐原をこのままウチの部署に引き抜きたいくらいだな」
「いや、要りません」
和泉は即答する。一週間、佐原と毎日一緒にいて、和泉はすっかり参っている。
「和泉は冷たいな。まぁ、佐原はいい奴だから和泉もそのうち気に入るよ」
西野課長は勘違いしている。決して佐原を気に入らないわけじゃない。その逆だ。
佐原が来てからというもの、毎日の生活が激変した。
まずは単純に仕事量が減り、余裕ができた。それに隣のデスクの佐原がいろんな話題を振ってくれて、それに癒され、明るい気持ちで仕事に臨めるようになった。
佐原と話していると楽しい。佐原となら何時間でも喋っていられそうだ。
けれど佐原がここにいるのは三ヶ月間だけ。この環境に甘んじてはいけない。いつか佐原がいなくなることだけは肝に銘じておかなければならない。
佐原がいなくなったあともひとりでやっていけるように。
和泉がデスクに戻ると、隣で仕事をしていた佐原が「おかえり」と声をかけてきた。
「そうだ和泉。これ、仕上がった。確認してくれ。ダメなところがあったら修正する」
「あ、ああ……」
佐原から営業の際、訪問先に見せるための資料を手渡される。
「佐原は字まで綺麗なんだな」
資料に添付されているメモ書きの字は整った楷書文字で、まるで教科書の手本の文字のようだ。
「そうか? そうでもないけどな」
どうやら自覚はないらしい。こんなデカい図体のくせしてこんな繊細で美しい字を書くとは意外だ。
スラスラと綺麗な文字を書けることに羨ましく思うし、読みやすくて好感が持てる。
Domという人種はすべてが完璧なのだろうかと思ったが、同じくDomの尚紘は速記で、字は読めればいいというスタンスだった。ふたりのDomはタイプが違う。
「そうだ、和泉。今日、一緒に昼メシ食べに行かないか? ユウワ製薬の契約、今日こそ取ろう。そのための作戦会議をしたい」
「うん。わかった」
和泉が頷くと、「楽しみだな」と笑顔を向けられる。
佐原と出会ってまだ一週間だ。
それなのに佐原はすっかりこの場に馴染んでいる。和泉の隣の席というポジションに。
「佐原さんっ、今日、お昼一緒に食べませんか?」
佐原に声をかけているのは、営業事務の女子社員の渋谷だ。渋谷の隣には同じく事務の花崎もいる。
茶色いストレートの髪を綺麗にまとめ上げている渋谷は、かなりの美人だ。身長も百七十近くあるらしくモデル体型で大学のときにミスコン候補者に選ばれたと聞いたことがある。
花崎も可愛らしいタイプの女子社員だ。商社の営業事務は顔で採用が決まるのかというくらいの美人揃い。巷では、出会いのない激務の商社マンたちが、職場で結婚相手を見つけられるようにという裏の意味が込められて採用が決まってるなんて言う人もいる。
このふたりは佐原がこの部署に来てからというもの、しきりに佐原のデスクにやってくる。もしかしたら佐原に気があるのかもしれない。
「あー、ごめん。和泉と行く約束したから」
「えーっ、じゃあ四人で……」
「ダメ。仕事の話をするから、和泉とふたりがいいんだ」
「佐原さん、いつも和泉さんばっかり……」
隣に座っているからどうしても聞こえてしまう話に、和泉も同感だ。佐原は別に和泉専属になる必要はないのに、いつも和泉を特別扱いする。
「また今度ね」
ひらひらと小さく手を振ってみせる佐原のあの笑顔。
佐原のよそ行きの笑顔は完璧だ。芸能人の宣材写真かよとツッコミたくなるくらいにかっこいい。
渋谷たちが去っていったあと、佐原は「和泉、そろそろ昼休みにするか?」と聞いてきた。
「お前は俺に構いすぎだ。ユウワ製薬はお前の営業先じゃないし、あの子たちと昼メシに行きたければ行ってくれていいのに」
佐原がこの部署に来て一週間しか経っていないのに、すでに部署内で佐原と和泉がバディ認定されているのは和泉にばかり張りついてくる佐原のせいだ。佐原の研修担当にはなったが、別に佐原とバディを組んだつもりはない。
「いいんだよ、三ヶ月しかないんだから」
「なんだよそれ」
「とにかく俺はお前と一緒にいる。最後の休暇みたいなもんなんだ。そのくらい、俺の好きにしたい」
「休暇って……仕事だろ」
「ああ。だからちゃんと真面目に仕事してる。だろ?」
「まぁな」
佐原はここに研修に来ているだけだから、休暇と思うくらいに仕事の負担が少ないという意味なのだろうか。
「行こう、和泉」
佐原は席から立ち上がり、和泉の肩をぽんと叩く。
佐原はDomだし、あまり一緒に行動してはいけないとわかっている。それなのに差し伸べられる手を掴みたくなるのはどうしてだろう。
悔しいが、佐原は仕事ができる。研修の一環だと言って和泉の業務を手伝ってくれるようになってすごく楽だ。
「頼まれてた管理マニュアルです」
「えっ? もうできたの? 先方が急いでたからすごく助かるよ!」
和泉が医薬品原料の品質管理マニュアルを差し出すと、蔵橋は驚いていた。たしかにいつもなら三週間はかかる仕事を一週間で終わらせているのだからびっくりするだろう。
「和泉、最近調子いいじゃないか」
通りすがりの西野課長に声をかけられ和泉は「はい」とはっきり頷く。
「佐原をこのままウチの部署に引き抜きたいくらいだな」
「いや、要りません」
和泉は即答する。一週間、佐原と毎日一緒にいて、和泉はすっかり参っている。
「和泉は冷たいな。まぁ、佐原はいい奴だから和泉もそのうち気に入るよ」
西野課長は勘違いしている。決して佐原を気に入らないわけじゃない。その逆だ。
佐原が来てからというもの、毎日の生活が激変した。
まずは単純に仕事量が減り、余裕ができた。それに隣のデスクの佐原がいろんな話題を振ってくれて、それに癒され、明るい気持ちで仕事に臨めるようになった。
佐原と話していると楽しい。佐原となら何時間でも喋っていられそうだ。
けれど佐原がここにいるのは三ヶ月間だけ。この環境に甘んじてはいけない。いつか佐原がいなくなることだけは肝に銘じておかなければならない。
佐原がいなくなったあともひとりでやっていけるように。
和泉がデスクに戻ると、隣で仕事をしていた佐原が「おかえり」と声をかけてきた。
「そうだ和泉。これ、仕上がった。確認してくれ。ダメなところがあったら修正する」
「あ、ああ……」
佐原から営業の際、訪問先に見せるための資料を手渡される。
「佐原は字まで綺麗なんだな」
資料に添付されているメモ書きの字は整った楷書文字で、まるで教科書の手本の文字のようだ。
「そうか? そうでもないけどな」
どうやら自覚はないらしい。こんなデカい図体のくせしてこんな繊細で美しい字を書くとは意外だ。
スラスラと綺麗な文字を書けることに羨ましく思うし、読みやすくて好感が持てる。
Domという人種はすべてが完璧なのだろうかと思ったが、同じくDomの尚紘は速記で、字は読めればいいというスタンスだった。ふたりのDomはタイプが違う。
「そうだ、和泉。今日、一緒に昼メシ食べに行かないか? ユウワ製薬の契約、今日こそ取ろう。そのための作戦会議をしたい」
「うん。わかった」
和泉が頷くと、「楽しみだな」と笑顔を向けられる。
佐原と出会ってまだ一週間だ。
それなのに佐原はすっかりこの場に馴染んでいる。和泉の隣の席というポジションに。
「佐原さんっ、今日、お昼一緒に食べませんか?」
佐原に声をかけているのは、営業事務の女子社員の渋谷だ。渋谷の隣には同じく事務の花崎もいる。
茶色いストレートの髪を綺麗にまとめ上げている渋谷は、かなりの美人だ。身長も百七十近くあるらしくモデル体型で大学のときにミスコン候補者に選ばれたと聞いたことがある。
花崎も可愛らしいタイプの女子社員だ。商社の営業事務は顔で採用が決まるのかというくらいの美人揃い。巷では、出会いのない激務の商社マンたちが、職場で結婚相手を見つけられるようにという裏の意味が込められて採用が決まってるなんて言う人もいる。
このふたりは佐原がこの部署に来てからというもの、しきりに佐原のデスクにやってくる。もしかしたら佐原に気があるのかもしれない。
「あー、ごめん。和泉と行く約束したから」
「えーっ、じゃあ四人で……」
「ダメ。仕事の話をするから、和泉とふたりがいいんだ」
「佐原さん、いつも和泉さんばっかり……」
隣に座っているからどうしても聞こえてしまう話に、和泉も同感だ。佐原は別に和泉専属になる必要はないのに、いつも和泉を特別扱いする。
「また今度ね」
ひらひらと小さく手を振ってみせる佐原のあの笑顔。
佐原のよそ行きの笑顔は完璧だ。芸能人の宣材写真かよとツッコミたくなるくらいにかっこいい。
渋谷たちが去っていったあと、佐原は「和泉、そろそろ昼休みにするか?」と聞いてきた。
「お前は俺に構いすぎだ。ユウワ製薬はお前の営業先じゃないし、あの子たちと昼メシに行きたければ行ってくれていいのに」
佐原がこの部署に来て一週間しか経っていないのに、すでに部署内で佐原と和泉がバディ認定されているのは和泉にばかり張りついてくる佐原のせいだ。佐原の研修担当にはなったが、別に佐原とバディを組んだつもりはない。
「いいんだよ、三ヶ月しかないんだから」
「なんだよそれ」
「とにかく俺はお前と一緒にいる。最後の休暇みたいなもんなんだ。そのくらい、俺の好きにしたい」
「休暇って……仕事だろ」
「ああ。だからちゃんと真面目に仕事してる。だろ?」
「まぁな」
佐原はここに研修に来ているだけだから、休暇と思うくらいに仕事の負担が少ないという意味なのだろうか。
「行こう、和泉」
佐原は席から立ち上がり、和泉の肩をぽんと叩く。
佐原はDomだし、あまり一緒に行動してはいけないとわかっている。それなのに差し伸べられる手を掴みたくなるのはどうしてだろう。
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