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10.最終章 雨には傘を
10-2
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「そうじゃない……俺、急いでるし、まだやることあるから……っ」
早く行かないと経理部の担当者が帰ってしまい、受け付けてもらえなくなるかもしれない。それに加えてやるべき仕事はまだまだある。
そんなことを言い訳にして佐原の手から逃れたい。会社はいつ誰がどこで見ているかもわからないのだから、抱き合うのは危険だ。
「わかってる。でも、少しだけ……」
佐原は両手で和泉の頬に触れ、切なげな揺れる瞳で懇願する。
佐原はずるい。そんな顔をされたら逃れられなくなる。
でもやっぱりダメだ。会社での触れ合いは危険だと、和泉の理性が必死に警告音を鳴らしてくる。
「ダメだって!」
佐原の身体をなんとか押し除ける。なんで急に会いにきて、いきなり抱き締めてくるのだろう。理由はわからないが、とにかくがっついてくる佐原を抑えなければならない。
「なんでだよ」
「だから、こういうことは家でやろう、ほら離せって——」
「嫌だ。待てない。和泉、Kiss」
言葉を遮られ、ハッとして佐原の顔を見た瞬間にはコマンドに囚われていた。
和泉は力が抜け、持っていた書類を床に落とす。
佐原の魅惑的な唇に視線がいってしまう。SubがDomのコマンドに抗えるわけがない。
脳に直接送り込まれた命令に従い、和泉は佐原にキスをする。一度唇を重ねてしまうと抗う気持ちが弱くなってしまい、和泉はもう一度だけ佐原の唇に触れた。
「和泉……っ」
佐原に身体を引き寄せられた。佐原の身体が小刻みに震えている。和泉を求めるみたいにきつく抱き締められて気がついた。
短い付き合いの中でも佐原の癖はわかる。佐原がこんな突飛な行動をするときには必ず意味がある。
「……なんか、あったの?」
和泉は佐原の背中をゆっくりと撫でてやる。
ここは会社だとわかっていても会いに来ていきなり抱擁とキスを求めるなんて、余程のことがあったのだろう。
「ああ。ちょっとな……。それで、和泉に急に会いたくなった」
和泉の頭を抱え込むようにして、ぎゅっと抱き締められる。佐原の鎖骨のあたりに顔を押し付けられ息が苦しくなったが、佐原のされるがままになる。
佐原の悩みは、きっと和泉が解決できるものではない。でもこうして寄り添うことで佐原の気持ちが少しでも安らぐなら、いくらでもそばにいたいと思った。
少しのあいだ身体を寄せ合っていたが、佐原の手が緩んだ頃合いをみて、和泉は顔を上げる。佐原と視線を絡み合わせていると妙な気持ちになってくる。本当に佐原はかっこいい。いつ見ても惚れ惚れする。
「もう一回、キスする……?」
上目遣いで佐原にそっと訊ねると、返事の代わりに佐原の唇が下りてきて和泉の唇に触れる。
「やっぱり和泉は最高の癒しだ」
佐原が微笑み、もう一度和泉に唇を近づけてきたときだ。
ガチャガチャとドアノブが動く音がして、息を呑む。
反射的にお互いサッと身体を離してドアのほうに視線を向けた。
「あれ……? 会議室、誰かいる……?」
この声は蔵橋の声だ。やばい。このミーティングルームには会議用の椅子と机しかなくて、隠れる場所はない。
入り口はひとつしかないし、逃げられない。
こんなところで電気もつけずに何をしていたのかと聞かれたら、どう答えればいい……?
「蔵橋さん、ちょっとすみませんっ」
誰かが廊下で蔵橋を呼び止めたようで、ミーティングルームのドアが閉められた。
廊下に人影を感じたが、それもすぐにどこかへ行ってしまったようだ。
危機を脱して、思わず佐原と顔を見合わせる。
さすがにやばかった。薄明かりの会議室で佐原とふたりきり。今でもなんと言い訳したらいいのか思いつかないくらいに不自然な状況だ。
「和泉が先に出ろ。俺は時間差で出るから」
佐原は床に落ちていた和泉の書類を拾って手渡してきた。
「わかった。また、明後日に会おうな」
書類を受け取り、和泉は少しだけドアを開け、外の様子を伺ってから廊下へと飛び出した。そのまま、さりげなくエレベーターホールに向かって歩き出す。
周囲を見渡して、誰もいないことを確認したあと、廊下を進みながら和泉は密かに頬を緩ませる。
ちょっと強引ではあったけど、佐原と抱き合ってキスをして、「和泉に会いたかった」と言われた。
嬉しい。佐原に会えたことももちろん嬉しいが、こういうときに自分を頼ってもらえたことも嬉しい。
佐原にいったい何があったのだろう。気になったが、結局聞けずじまいになってしまった。
聞いてみたい。どんなことがあって落ち込んでいるのか。話を聞くだけでも佐原の役に立てるかもしれない。
そうだ、と思いついたことがある。佐原に嫌がられるかもしれないが、やってやろうと思いついた。
早く行かないと経理部の担当者が帰ってしまい、受け付けてもらえなくなるかもしれない。それに加えてやるべき仕事はまだまだある。
そんなことを言い訳にして佐原の手から逃れたい。会社はいつ誰がどこで見ているかもわからないのだから、抱き合うのは危険だ。
「わかってる。でも、少しだけ……」
佐原は両手で和泉の頬に触れ、切なげな揺れる瞳で懇願する。
佐原はずるい。そんな顔をされたら逃れられなくなる。
でもやっぱりダメだ。会社での触れ合いは危険だと、和泉の理性が必死に警告音を鳴らしてくる。
「ダメだって!」
佐原の身体をなんとか押し除ける。なんで急に会いにきて、いきなり抱き締めてくるのだろう。理由はわからないが、とにかくがっついてくる佐原を抑えなければならない。
「なんでだよ」
「だから、こういうことは家でやろう、ほら離せって——」
「嫌だ。待てない。和泉、Kiss」
言葉を遮られ、ハッとして佐原の顔を見た瞬間にはコマンドに囚われていた。
和泉は力が抜け、持っていた書類を床に落とす。
佐原の魅惑的な唇に視線がいってしまう。SubがDomのコマンドに抗えるわけがない。
脳に直接送り込まれた命令に従い、和泉は佐原にキスをする。一度唇を重ねてしまうと抗う気持ちが弱くなってしまい、和泉はもう一度だけ佐原の唇に触れた。
「和泉……っ」
佐原に身体を引き寄せられた。佐原の身体が小刻みに震えている。和泉を求めるみたいにきつく抱き締められて気がついた。
短い付き合いの中でも佐原の癖はわかる。佐原がこんな突飛な行動をするときには必ず意味がある。
「……なんか、あったの?」
和泉は佐原の背中をゆっくりと撫でてやる。
ここは会社だとわかっていても会いに来ていきなり抱擁とキスを求めるなんて、余程のことがあったのだろう。
「ああ。ちょっとな……。それで、和泉に急に会いたくなった」
和泉の頭を抱え込むようにして、ぎゅっと抱き締められる。佐原の鎖骨のあたりに顔を押し付けられ息が苦しくなったが、佐原のされるがままになる。
佐原の悩みは、きっと和泉が解決できるものではない。でもこうして寄り添うことで佐原の気持ちが少しでも安らぐなら、いくらでもそばにいたいと思った。
少しのあいだ身体を寄せ合っていたが、佐原の手が緩んだ頃合いをみて、和泉は顔を上げる。佐原と視線を絡み合わせていると妙な気持ちになってくる。本当に佐原はかっこいい。いつ見ても惚れ惚れする。
「もう一回、キスする……?」
上目遣いで佐原にそっと訊ねると、返事の代わりに佐原の唇が下りてきて和泉の唇に触れる。
「やっぱり和泉は最高の癒しだ」
佐原が微笑み、もう一度和泉に唇を近づけてきたときだ。
ガチャガチャとドアノブが動く音がして、息を呑む。
反射的にお互いサッと身体を離してドアのほうに視線を向けた。
「あれ……? 会議室、誰かいる……?」
この声は蔵橋の声だ。やばい。このミーティングルームには会議用の椅子と机しかなくて、隠れる場所はない。
入り口はひとつしかないし、逃げられない。
こんなところで電気もつけずに何をしていたのかと聞かれたら、どう答えればいい……?
「蔵橋さん、ちょっとすみませんっ」
誰かが廊下で蔵橋を呼び止めたようで、ミーティングルームのドアが閉められた。
廊下に人影を感じたが、それもすぐにどこかへ行ってしまったようだ。
危機を脱して、思わず佐原と顔を見合わせる。
さすがにやばかった。薄明かりの会議室で佐原とふたりきり。今でもなんと言い訳したらいいのか思いつかないくらいに不自然な状況だ。
「和泉が先に出ろ。俺は時間差で出るから」
佐原は床に落ちていた和泉の書類を拾って手渡してきた。
「わかった。また、明後日に会おうな」
書類を受け取り、和泉は少しだけドアを開け、外の様子を伺ってから廊下へと飛び出した。そのまま、さりげなくエレベーターホールに向かって歩き出す。
周囲を見渡して、誰もいないことを確認したあと、廊下を進みながら和泉は密かに頬を緩ませる。
ちょっと強引ではあったけど、佐原と抱き合ってキスをして、「和泉に会いたかった」と言われた。
嬉しい。佐原に会えたことももちろん嬉しいが、こういうときに自分を頼ってもらえたことも嬉しい。
佐原にいったい何があったのだろう。気になったが、結局聞けずじまいになってしまった。
聞いてみたい。どんなことがあって落ち込んでいるのか。話を聞くだけでも佐原の役に立てるかもしれない。
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