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12.ケンカ別れはしたくない
「あっ、あのっ、差し入れを持ってきたんだ。これを渡したくて……」
シノンは持っていた小さな袋をオーウェンに手渡した。
本当はヘリオスに渡そうと思っていたのに、急にここにいる理由がほしくなって、オーウェンの手に押しつけてしまった。
シノンが差し入れたのは薬だ。もちろん回復《ヒール》の魔力を込めてある。元々栄養薬だったものに、治癒力を足したのだ。
「怪我をしたときに飲んで。魔法の力で治りが良くなるから」
「えっ? よろしいのですかっ?」
「う、うん。……あの、頑張ったんだけどあまり数は作れなくて……」
本当はみんなで使えるくらいの数が作れればよかったのに、たった五つだけ。
寝る前になって薬に魔力を込める方法もあることを思い出し、ミアンに言って栄養薬を持ってきてもらい、必死で作ったのだが、疲れ切って途中で眠ってしまったのだ。
昼間、プロテクトの魔法をかけ続けたのが疲れの原因だと思う。もっと魔力が強ければいろんなことができるのに、と歯痒くなる。
「シノン様が、こんな貴重なものを私に? 見送りにまで来てくださったのに?」
オーウェンは驚きすぎなくらいに驚いている。
でもそうかもしれない。オーウェンはヘリオスのことは知らないから、身分の高いシノンがわざわざ差し入れのために港までやってきたと思っているのだろう。
「気にしないで。数は少ないけど、ヘリオスたちみんなで使って」
オーウェンに渡しておけば、ヘリオスが負傷したときにきっと使ってくれるはずだ。ヘリオス自身に渡さなくても大丈夫だろう。
「ありがとうございます、シノン様! 本当に嬉しいです、やったぁ! こうなったら、シノン様のために頑張っちゃいますね!」
大袈裟に喜ぶオーウェンの無邪気な姿が微笑ましくて、シノンも思わず笑顔になる。
「よかったですね、オーウェン様。でも顔、顔。せっかくの男前が台無しになってますよ!」
アランに指摘されても「だって嬉しいものは嬉しいんだから、しょうがないだろ」とオーウェンはニマニマしっぱなしだ。
「気をつけて。みんな無事で帰ってきて」
「はい、シノン様」
これから戦いの航海に出る兵士たちに励ましの声をかけていたときだ。
「おい! そんなところでサボってないで、さっさと準備しろ!」
横を通りかかったヘリオスが、不機嫌そうに皆を怒鳴りつける。
ヘリオスはシノンに冷たい視線を向けてくる。綺麗な碧い瞳が鈍く光り、シノンの背筋が凍るくらいに恐ろしかった。
まるで「お前は邪魔するな」とでも言いたげな目だ。シノンがここに来たことで皆が集まってしまったことが、迷惑なのだろう。
「すみませんでした、副将軍!」
集まっていた兵士たちが散り散りになり、それぞれの持ち場へ戻っていく。
シノンはぽつんとその場にひとり残された。
「シノン。俺の見送りなんて口実で、本当はオーウェンに会いたかったのだな。俺といるときはろくに笑いもしないのに、オーウェンが相手だとお前は本当に楽しそうだ」
ヘリオスは怒っている。根も葉もない、勘違いで怒っている。
「そんなことないよ、ヘリオスは俺の気持ちを知ってるくせに」
「は?」
「怒らないで。これからしばらく離れ離れになるんだ。そのあいだに何かあったとき、最後に見たのがヘリオスの怒った顔だなんて嫌だ。ケンカ別れはしたくない……」
さっきヘリオスに貶されたとき、口なんか聞くもんかと思っていたのに、いざヘリオスを目の前にしたらダメだ。お互いすれ違ったまま別れるのは耐えられない。
「ヘリオス、気をつけて行ってきて。また会いたい。どうか無事で」
ヘリオスと離れるのは不安だ。
七年前みたいに、ある日突然会えなくなるかもしれない。あんな辛い思いは二度と味わいたくない。
「シノン……」
ヘリオスから怒りが消えた。優しい声でシノンの名前を呼び、歩み寄る。
「大丈夫だ。必ず帰ってくる」
ヘリオスがシノンの身体を抱きしめてきた。ヘリオスは銀の鎧を身につけているから、優しくふわりとシノンを腕の中に閉じ込める。
ひんやりとした銀の鎧がふたりを隔てている。それでもシノンは身体が震えるほど嬉しい。
ずっと、ヘリオスに抱きしめてもらいたかった。力強いヘリオスの腕に閉じ込められると、心がじんわりあったかくなる。
「この俺が倒れるわけがない」
「でも、でも……」
シノンは思わずヘリオスの腰に腕を回す。ヘリオスにしがみつきたくなった。
シノンは不安で仕方がない。どうしても七年前、ヘリオスが死の森で血まみれで倒れ動かなかった姿を思い出してしまう。あのときの悲惨な状況は、今でも記憶に焼き付いたままだ。
「心配するな。また会える。こんな立派な船なんだ。やられるわけがない」
「うん……」
シノンはヘリオスの胸に頬を寄せる。銀色の胸当ては硬く、ひんやりしていた。
「そうだ、シノン。俺が戻ったら一緒に町に出かけようか?」
「えっ! いいのっ?」
思わずパッと顔を上げると、ヘリオスは「そんなに嬉しいのか」と笑顔になる。
「それくらいなら問題ないだろう。行こう、シノン。だから少しのあいだ待っててくれ」
「うんっ」
降ってわいたようなヘリオスからのお誘いに胸が躍る。これはヘリオスからのデートのお誘いだ。ふたりで町を歩いたら、どんなに楽しいだろう。
ヘリオスから与えられた小さな約束は、希望の光のようだ。先の楽しみを考えれば、離れていてもきっと耐えられる。
「ヘリオス様ーっ!」
遠くから兵士アランがヘリオスを呼ぶ。それに気がついたヘリオスはシノンから手を離した。
「俺はもう行かねばならない」
「気をつけて、いってらっしゃい」
身体は離れても、名残惜しくて、シノンはヘリオスから視線を離せない。
「じゃあな」
シノンに別れを告げて、ヘリオスは呼びに来たアランのもとへ行く。
「なんだ。俺たちを怒鳴りつけておいて、ヘリオス様がシノン様を独り占めしたかっただけじゃないですか!」
「うるさいな、黙ってろっ」
「シノン様はみんなのシノン様ですよっ」
「そんなの誰が決めた?」
海風に乗って聞こえてきたヘリオスとアランの会話がおかしくて、シノンは笑う。
姿が小さくなるまでふたりの背中をずっと見ていたら、アランが振り返って両手で大きく手を振ってくれた。シノンも手を振り返す。
シノンは結局、ヘリオスの乗る戦艦が見えなくなるまで桟橋で見送っていた。
シノンは持っていた小さな袋をオーウェンに手渡した。
本当はヘリオスに渡そうと思っていたのに、急にここにいる理由がほしくなって、オーウェンの手に押しつけてしまった。
シノンが差し入れたのは薬だ。もちろん回復《ヒール》の魔力を込めてある。元々栄養薬だったものに、治癒力を足したのだ。
「怪我をしたときに飲んで。魔法の力で治りが良くなるから」
「えっ? よろしいのですかっ?」
「う、うん。……あの、頑張ったんだけどあまり数は作れなくて……」
本当はみんなで使えるくらいの数が作れればよかったのに、たった五つだけ。
寝る前になって薬に魔力を込める方法もあることを思い出し、ミアンに言って栄養薬を持ってきてもらい、必死で作ったのだが、疲れ切って途中で眠ってしまったのだ。
昼間、プロテクトの魔法をかけ続けたのが疲れの原因だと思う。もっと魔力が強ければいろんなことができるのに、と歯痒くなる。
「シノン様が、こんな貴重なものを私に? 見送りにまで来てくださったのに?」
オーウェンは驚きすぎなくらいに驚いている。
でもそうかもしれない。オーウェンはヘリオスのことは知らないから、身分の高いシノンがわざわざ差し入れのために港までやってきたと思っているのだろう。
「気にしないで。数は少ないけど、ヘリオスたちみんなで使って」
オーウェンに渡しておけば、ヘリオスが負傷したときにきっと使ってくれるはずだ。ヘリオス自身に渡さなくても大丈夫だろう。
「ありがとうございます、シノン様! 本当に嬉しいです、やったぁ! こうなったら、シノン様のために頑張っちゃいますね!」
大袈裟に喜ぶオーウェンの無邪気な姿が微笑ましくて、シノンも思わず笑顔になる。
「よかったですね、オーウェン様。でも顔、顔。せっかくの男前が台無しになってますよ!」
アランに指摘されても「だって嬉しいものは嬉しいんだから、しょうがないだろ」とオーウェンはニマニマしっぱなしだ。
「気をつけて。みんな無事で帰ってきて」
「はい、シノン様」
これから戦いの航海に出る兵士たちに励ましの声をかけていたときだ。
「おい! そんなところでサボってないで、さっさと準備しろ!」
横を通りかかったヘリオスが、不機嫌そうに皆を怒鳴りつける。
ヘリオスはシノンに冷たい視線を向けてくる。綺麗な碧い瞳が鈍く光り、シノンの背筋が凍るくらいに恐ろしかった。
まるで「お前は邪魔するな」とでも言いたげな目だ。シノンがここに来たことで皆が集まってしまったことが、迷惑なのだろう。
「すみませんでした、副将軍!」
集まっていた兵士たちが散り散りになり、それぞれの持ち場へ戻っていく。
シノンはぽつんとその場にひとり残された。
「シノン。俺の見送りなんて口実で、本当はオーウェンに会いたかったのだな。俺といるときはろくに笑いもしないのに、オーウェンが相手だとお前は本当に楽しそうだ」
ヘリオスは怒っている。根も葉もない、勘違いで怒っている。
「そんなことないよ、ヘリオスは俺の気持ちを知ってるくせに」
「は?」
「怒らないで。これからしばらく離れ離れになるんだ。そのあいだに何かあったとき、最後に見たのがヘリオスの怒った顔だなんて嫌だ。ケンカ別れはしたくない……」
さっきヘリオスに貶されたとき、口なんか聞くもんかと思っていたのに、いざヘリオスを目の前にしたらダメだ。お互いすれ違ったまま別れるのは耐えられない。
「ヘリオス、気をつけて行ってきて。また会いたい。どうか無事で」
ヘリオスと離れるのは不安だ。
七年前みたいに、ある日突然会えなくなるかもしれない。あんな辛い思いは二度と味わいたくない。
「シノン……」
ヘリオスから怒りが消えた。優しい声でシノンの名前を呼び、歩み寄る。
「大丈夫だ。必ず帰ってくる」
ヘリオスがシノンの身体を抱きしめてきた。ヘリオスは銀の鎧を身につけているから、優しくふわりとシノンを腕の中に閉じ込める。
ひんやりとした銀の鎧がふたりを隔てている。それでもシノンは身体が震えるほど嬉しい。
ずっと、ヘリオスに抱きしめてもらいたかった。力強いヘリオスの腕に閉じ込められると、心がじんわりあったかくなる。
「この俺が倒れるわけがない」
「でも、でも……」
シノンは思わずヘリオスの腰に腕を回す。ヘリオスにしがみつきたくなった。
シノンは不安で仕方がない。どうしても七年前、ヘリオスが死の森で血まみれで倒れ動かなかった姿を思い出してしまう。あのときの悲惨な状況は、今でも記憶に焼き付いたままだ。
「心配するな。また会える。こんな立派な船なんだ。やられるわけがない」
「うん……」
シノンはヘリオスの胸に頬を寄せる。銀色の胸当ては硬く、ひんやりしていた。
「そうだ、シノン。俺が戻ったら一緒に町に出かけようか?」
「えっ! いいのっ?」
思わずパッと顔を上げると、ヘリオスは「そんなに嬉しいのか」と笑顔になる。
「それくらいなら問題ないだろう。行こう、シノン。だから少しのあいだ待っててくれ」
「うんっ」
降ってわいたようなヘリオスからのお誘いに胸が躍る。これはヘリオスからのデートのお誘いだ。ふたりで町を歩いたら、どんなに楽しいだろう。
ヘリオスから与えられた小さな約束は、希望の光のようだ。先の楽しみを考えれば、離れていてもきっと耐えられる。
「ヘリオス様ーっ!」
遠くから兵士アランがヘリオスを呼ぶ。それに気がついたヘリオスはシノンから手を離した。
「俺はもう行かねばならない」
「気をつけて、いってらっしゃい」
身体は離れても、名残惜しくて、シノンはヘリオスから視線を離せない。
「じゃあな」
シノンに別れを告げて、ヘリオスは呼びに来たアランのもとへ行く。
「なんだ。俺たちを怒鳴りつけておいて、ヘリオス様がシノン様を独り占めしたかっただけじゃないですか!」
「うるさいな、黙ってろっ」
「シノン様はみんなのシノン様ですよっ」
「そんなの誰が決めた?」
海風に乗って聞こえてきたヘリオスとアランの会話がおかしくて、シノンは笑う。
姿が小さくなるまでふたりの背中をずっと見ていたら、アランが振り返って両手で大きく手を振ってくれた。シノンも手を振り返す。
シノンは結局、ヘリオスの乗る戦艦が見えなくなるまで桟橋で見送っていた。
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