記憶違いの黒狼王弟殿下は婚約者の代わりに僕を溺愛してくる

雨宮里玖

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 昼間の賑わいからも解放されて、窮屈だった絢爛な正装も脱ぎ捨てて、今はすごくいい匂いのする温かい風呂に入れられている。
 隅々まで身体を洗われて、風呂を出たあと用意されていたのは初夜着だった。
 初夜着は、柔らかで向こう側が透けて見えるような薄い素材の布で作られていて、その布を作る絹も金の糸を吐く特別な虫から織られるものだ。
 下着もローブもどちらも同じ透明な素材で作られているので、服を着ているのに身体が少し透けて見えてしまう。それはとても恥ずかしいが、婚礼のあと花嫁が初夜着を着ることは子宝に恵まれて縁起がよいとされているため拒むことはできない。
 初夜着を身に纏って、ルークのいる寝室へと向かう。

 今日から正式にルークの妃となり、ルークの部屋に一緒に住まうことになった。そのためエルヴィンが毎晩眠るのも、ルークの隣ということになる。
 おずおずと身体を隠すようにしながら寝室に入る。
 明かりは落とされていて、ベッド横の燭台の灯火だけ。あとは窓の外からの月明かりがある。今夜は青白く大きな満月で、注がれる月光がルークの姿を妖艶に照らしていた。
 ルークも初夜のための正装をしている。新月の夜のような暗闇色のローブを纏い、それを金の腰紐で結んだ装いだ。

「エルヴィン。綺麗だぞ」
「ひぁ……!」

 薄布一枚の身体をルークに抱きしめられてぞくりとした。
 もうルークとは正式な契りを交わした仲だ。今夜はルークにどこまでのことをされるのだろうと想像しただけで身体中がカチカチに緊張する。

「どうした? 俺が怖いか?」

 優しいけれどどこか不安げな目で見つめられて、心が揺らいだ。ルークのことを怖いと思ったことなどない。でもそうルークに思わせてしまっているとしたら、申し訳なくなった。

「エルヴィンは俺のことが嫌いなのか?」
「えっ?」
「俺が愛しても、エルヴィンはいつも逃げてばかりだ。初めて添い寝をした日の朝も、エルヴィンをデートに誘ったのに、エルヴィンはこれ以上話しかけるなと俺の前から逃げた」
「それは、陛下は記憶違いだとばかり……」

 あのときは、ルークは記憶違いを起こしていると思っていたから、ルークの言葉を闇雲に信じてはいけないと逃げ出したのだ。断じてルークのことが嫌いで逃げ出したのではない。

「俺はエルヴィンになんとか会うためにラルゴの治療を拒絶して、エルヴィンを専属治癒師にするほどお前を好きだったのに」
「あれは、何か陰謀に巻き込まれていたのではなかったのですかっ?」
「ラルゴの治療にはなんの不満もなかった。ただエルヴィンに会いたかっただけに決まっておろう」

 なんということだ。あれは、ルークが何か陰謀に巻き込まれていたからだとばかり思っていた。

「ラルゴさまに謝っておいてくださいね……」

 可哀想に、あのあとラルゴはかなり落ち込んでいた。自分が拒絶された理由を知ればきっと元気を取り戻すことだろう。

「エルヴィンに再会できてよかった。あのとき名前くらい聞いておけばよかったと、あとになって散々後悔した」

 ルークは愛おしい気持ちを伝えるように、エルヴィンの背中を撫でる。腰を抱かれ、ルークに見つめられて身体がとろけそうになる。

「じ、実はですね、ぼ、僕はずっと建国祭のたびに陛下を遠くから眺めておりました」

 エルヴィンがたどたどしく言葉を紡ぐとルークはピンと獣耳を立てた。エルヴィンの僅かな声すら聞き漏らさないようにしてくれているのだろう。

「陛下に助けてもらって、そのあと陛下と初めて話して、失礼ですけど子どもみたいに笑うから、あぁ、僕と同じなんだと思ったらすごく親近感が湧いて……」
「俺もだ。エルヴィンといると心が休まる。まるで本当の自分に戻ったように感じるのだ。エルヴィンにそばにいてほしい、一緒にいたいとエルヴィンに手紙を書いた」
「僕だって、陛下に何度も手紙を書きました。その全部、返事はなかったけど諦められなくて……」
「手紙? 俺は受け取っていない」
「えっ?」
「……兄上だ。俺が外部と連絡を取り合うことを邪魔していたから、そのせいでエルヴィンの手紙が俺に届かなかったんだ」

 メイナードならやりそうな手口だと思った。ルークが外部の者と繋がることを妨害していたのだろう。

「エルヴィン、そんなに俺のことを慕ってくれていたのか?」

 ルークは口角を上げ、ニヤリと笑う。エルヴィンの大好きな、幼さの残る少年のような笑みだった。
 いつも気丈に振る舞ってばかりいるルークの本当の笑顔を垣間見た気持ちになる。自分だけがルークの心奥に踏み入ることを許されたようで、嬉しくて心が弾む。

「はい。好きです……」

 ルークのことが好きだ。ずっと憧れの存在だったが、ルークを知れば知るほど惹かれていった。
 想像以上だった。噂に聞くルークよりも何倍も何百倍もいい男で、金色の瞳に見つめられたが最後、すっかり心を奪われてしまった。

「夢のようです……いまだに信じられない。僕が陛下のそばにいられるなんて……」
「夢じゃない。俺はエルヴィンだけを愛すと何度でも誓う。俺のすべてをエルヴィンに与える。全身全霊でお前を守ってみせる。だから、どうかそばにいてくれ」

 ルークの瞳が月の光に照らされてキラリと光る。その瞳は魔力を秘めているのだろうか。熱い視線に絡めとられ、エルヴィンの身体中が熱を帯びてきた。
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