Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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4章 新しいとあの頃

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 顔を向けた先、そこに立っていたのは1人の青年だった。
 俺達の中で1番タッパのある優作と同じくらいか、それより少し上ぐらいと思われる高身長の青年。体つきは細いが、しかし逆にそれが、彼の高身長具合を際立たせている印象がある。

 そして何より目を引いたのが――、その頭と顔だった。

(プ、プラチナブロンドだ……!)

 金髪じゃない。プラチナのブロンドだ。北欧とか、欧州とか、なんかそっちの方の国の俳優、女優さんでよく見かけるあれだ。たぶん人工物ではない。自然由来のものだろうと思われる白金が、肩にあたるか否かの位置でサラリと揺れている。

 その髪下の顔も、日本人というにはあまりにも西洋寄りの顔立ちだ。日焼けの日の字も知らなさそうな白い肌に、高い鼻。眉毛やまつげなんかは髪色とおそろいの色で、瞳も灰色と、やはり日本人には見られない色だ。
 それこそ言ってよければ、絵本の中の王子様がそのまま出てきたような、いわゆるモデル系美人の顔立ちである。

 やばい、これは思った以上にななめ上の奴が来たぞ。
 ちらっと両隣の友を見やれば、2人も同じような事を考えているのか、完全に表情が固まってしまっている。

 しかしそんな俺らに気づいていないのか、それとも気づいていてあえてスルーしているのか、目の前の王子様は「あの、」と流暢な日本語を続けながら、ぺこりと頭をさげた。

「お待たせしてしまっていたようで、すいません。えぇっと、その、ベースの件で応募をさせて貰った……『たかのっぽ』です」

「今日は、よろしくお願いします」そう言って王子様が、また小さく頭をさげた。

 瞬間、2度目の衝撃が俺、そしてたぶん優作と拓弥も含めて襲ってきた。

(――今、お名前、なんとおっしゃいました?)

 高身長で、見るからに外国人で、イケメンで、
 
 それで名前が――……、『たかのっぽ』?

「んぶふぅっ」と、噴き出したのは優作だった。バッと、口を押さえながら横を向く。

 おい、ふざけんなよ。何1人で噴き出しちゃってんだよ。今俺、すっごい笑うの堪えたのに。思いっきり下唇噛んでる俺の努力を無駄にする気か、お前は。

 拓弥の方も見れば、顔には穏やかな笑みが浮かんでいるが、身体はぷるぷると小刻みに揺れている。名前をすでに知っていた分、俺達よりは現状への耐性がついているみたいだ。

 ……いや、知ってたからこそ、実は逆に俺達よりダメージを受けてたりするのだろうか、この場合。
わからないけど、とりあえずこの青年があらゆる意味でななめ上過ぎる存在だという事は理解した。

 これは思っていたより気を締めていかないと、大変なことになるかもしれない。
 主に俺達の腹筋が。

「と、とりあえず、そっちの席にどうぞ」と拓弥が青年――、たかのっぽくん? を向かいの席に座るように促した。

「えぇっと、何か飲みます? 一応、ドリンクバーは注文してありますけど」
「あ……。じゃあ、コーヒーを」
「お、俺、取ってくるわ」

 優作が言いながら、サッと立ち上がる。「え、あ、自分で取りに」とたかのっぽくんが言うが、「いいから、いいから」と優作は返しながらドリンクバーの方へ向かう。
 アイツ、笑いが堪えきれないからって一時的に逃げたな。震えながら去っていく、いかつい背中を睨みつける。

 数分ぐらいの間をあけて、優作がコーヒーを片手に戻ってきた。顔はちょっと笑いかけているが、多少は落ち着きを取り戻したらしい。「アイスでよかったか」と言いながら、少しの氷と共になみなみにコーヒーが注がれたコップを、たかのっぽくんの前に置いた。

「あ、はい……。ありがとうございます」

 ぺこりと、たかのっぽくんが優作に頭をさげる。

 やっぱりこの青年、見た目と名前は予想外だったけど、言動そのものは凄い礼儀正しい。メールの文面から受けた印象は、どうやら結構そのままなものだったみたいだ。

「じゃあ、ひとまず改めて挨拶から」と拓弥が口を開いた。「この度は、おれ達のメンバー募集に応募してくれて、ありがとうございます。メールでも自己紹介はさせて貰ったけど、おれが、このバンドでギターをやってる井尻拓弥っていいます。で、こっちがボーカルでうちのバンドの発起人でもある酒井透くん、それでその隣に座っているのが、ドラムのし……、ゆーくん」

 俺達を順々に紹介する拓弥。優作をフルネームで紹介しようとしてやめたのは、たぶん、『ゆー』というネット上での名前が横切ったからだろう。
 優作もフルネームを話すつもりはないらしく、拓弥の紹介の仕方には何も言わず「よろしくな」とだけ口にした。俺も慌てて「よ、よろしくっ」と続けて挨拶をした。

「井尻さん、酒井さん、ゆーさん」

 たかのっぽくんが、俺達の名前を確かめるように呟きながら、その目をこちらに向けてくる。
 めったに見ない色の瞳だからか、目が合った瞬間、それだけで変な緊張感に苛まれた気がした。

「おれ達、バンドはやってるけど、一応皆社会人でね。バンド一辺倒の活動というよりは日常生活の傍らでバンドをやっていく、社会人バンドって感じに活動してて。その辺りの事は理解して貰えてる形かな」
「あ、はい。一応は……。募集要項にも、書いてありましたし」
「メジャデビューとか、そういうのは一切目指さない形になるけど、そのへんも大丈夫?」
「全然大丈夫です」

 きっぱりと、たかのっぽくんが返した。
 一切の迷いがない返事に、思わず心の中で、おー、と感心する。

 この潔さ。たぶん嘘はない。見た目とか名前は色々予想外だけど、それを除けばこれは結構ガチであり寄りのありなのでは?
 ちらりと優作の方へ目を向けてみれば、優作も同じ事を思ったのか、ちらりと俺の方へ視線を投げかけてくる。

「あーっと、」と、拓弥が次の質問を考えるかのように、再び口を開いた。

「たかのっぽくんは、メールで送ってきてくれたプロフィールだと、確か年齢は19歳だったよね」
「はい。そうです」
「え⁉ 年下なの⁉ しかも10代⁉」

 うっそっ、マジで⁉ 20代だと思ったっ! 衝撃の事実に、思わずたかのっぽくんの方へ身を乗り出す。
 そんな俺を咎めるように、「こらっ」と拓弥が小声で言いながら、俺の脇を肘でついた。ハッと我に返り、慌てて椅子の上に腰を戻す。

「ご、ごめん、つい……」と謝れば、「いいですよ」とたかのっぽくんが言った。

「この見た目と身長なので、間違えられる事には慣れているので。俺、父方の祖父が、スウェーデン人なんです」

「それで父は、その祖父とドイツ人の祖母の間に生まれたハーフで、俺自身はその父と日本人の母の間に生まれたクォーターなんですよ」と説明が続けられる。

 えーっと……、つまり祖父がスウェーデン人で祖母がドイツ人、父親がそのハーフで、自分自身は日本を含めた三国の血が混ざりあった三世代目《クォーター》ってこと?
 何それ、どこの漫画の設定ですか。

「とはいえ俺自身は生まれも育ちも日本なので、こんな見た目ですが日本語以外は話せないんですけどね」
「な、なるほどぉ……?」

 肩をすくめる、たかのっぽくん。
 めぐるましい情報の荒波に飲まれながらも、俺はなんとか彼の説明にうなずき返した。

「えっと、それじゃあ話戻すけど、」と、拓弥が再び口を開いた。その声音からはもう、最初の頃にあったはずの余裕は微塵も感じられない。どうやら拓弥の方も、予想外の情報量に戸惑っているようだ。

「19歳って事は、たぶんだけど、まだ学生さんだよね?」
「……はい」
「大学はどこ? って聞いても平気?」
「……音大、です」

「大学名までは、ちょっと言えませんが」とボソボソとたかのっぽくんが付け足す。

 音大⁉ と再び大声を出しそうになって、慌てて喉奥にしまい込んだ。

(音大って、音楽大学って事だよね⁉)

 音楽を専門的に学ぶ大学の事だ。
 音楽家としての勉強や、それ以外のさまざまな音楽関係の職に就きたいと思っている奴が、進路先として選ぶような場所である。つまりそこに通っているという事は、それなりに音楽系の実力を持った人物だという事になる。

(あれ。でも、さっきたかのっぽくん、デビューをしたりとかそういうのはなくて大丈夫って言ったよね)

 音楽のプロを目指す人が集まる大学に通っているのに、デビューはなくても全然かまわないって、なんかそれ矛盾してない?

 ……おっと、何やら雲行きが怪しくなってきましたぞー。

 不穏を感じる俺を余所に、拓弥がたかのっぽくんに質問を続ける。

「学生さんってなると、朝から1日授業とか、夜だけ授業の日とかって、色々あると思うんだけど、スケジュール的には大丈夫なのかな。募集要項にも書いたけど、俺達今、自分達の仕事の関係で、火、木の夜しか練習できない状態なんだ」
「あ。それは全然大丈夫です。俺今、その……、休学中なんで……」

『休学中』。これまた予想外の言葉に、思わず目を丸める。
 拓弥の方も、さすがにこれには思うところがあったらしい。「休学中?」と眉間にしわを寄せた。優作も、ぴくりと眉尻を動かす。

「はい」と、たかのっぽくんが頷き返した。
 彼自身も今の発言があまり好印象的ではない事を理解しているのか、その目が泳ぎ始める。

 だが、理由を言うつもりはないらしい。苦虫を噛み潰したような顔をしながら、口をキュッと結んだかと思うと、そのまま無言で俯いてしまった。

 なんとも言えない、微妙な空気が場を支配する。
 拓弥が、困ったように頬をかく。面接慣れしているはずの拓弥でも、このような状態は初めてらしい。どうしよう、というように俺達の方へ視線を投げてきた。

 スウェーデン人とドイツ人と日本人の血筋を持つ音大生で、19歳で、でも今は休学中。

 前半はさておくとして、後半は怪しいニオイがぷんぷんだ。
 何かしらの事情を抱えている事は確かと、見ておかしくはないだろう。

(でもそれをここで聞き出そうとしても、言わなさそうだよなぁ)

 優作が眉間にしわを寄せながら俺と拓弥の方を見返してくる。これはあれだ、たぶん、コイツはやめとけ、面倒事はごめんだって、そんな意味の表情だろう。

 確かにどんな事情を抱えているかわからない状態の相手を仲間にした結果、そのせいで後々問題が起こる、という事態は避けたい。
 ただでさえ、不安定な現状の中でやっているバンドなのだ。これ以上の不安要素は持ち込まないに限る。

 ここはどうにか穏便に、丁寧にお断りをさせて貰った方がいいのかも――。そんな事を思った時。

 ふっと脳裏に、学校で見た光景がよみがえってきた。

 それはあの火曜日、学校備品のラジカセが壊れてしまったあの日に見た光景。
 学童の子ども達が皆で楽しくドッジをする中、ただ一人、校庭の端で遊んでいる男の子の姿。
 何を言われても無言で俯き続ける彼の姿が、かつての友によく似たその姿が、

 ――目の前の青年と重なった気がした。

「あの、」と、たかのっぽくんが口を開いた。俺達と視線で会話をしあっていた拓弥が、ハッとしたように彼の方へ顔を戻す。

「あ、うん。何かな」
「……ダメでしたら、その、全然断ってもらってかまわな、」
「あのさ」

 唐突に、俺の口から言葉が飛び出た。

「たかのっぽくんは、なんで俺達のバンド選んでくれたの」
「え」

 突然質問をされたからか、それとも自分の言葉が遮られたからか。驚いたように目を瞬かせながら、たかのっぽくんが俺の方に顔を向ける。
 拓弥と優作も、俺が口を挟むとは思っていなかったようだ。両脇からも前方同様に、驚きの視線が向けられてくるのをヒシヒシと感じる。

 それでもあえて2人の方は振り返らず、俺はたかのっぽくんだけを真っ直ぐに見返した。
 困惑げに揺れた灰色の瞳と、目があう。

「なんで、とは」
「ほら、たかのっぽくんってさ、うちのバンドの動画見て、応募してくれたんだよね? って事は、なんかこう動画見た時に思った事とか、あったんじゃないかなーって」

 あ。やばい。なんかこう、直感で訊いちゃったから、なんて説明すればいいのかよくわからない。

「たとえばほら、かっこよかったからぁとか、なんかそういうあれやこれ的な」と、あわあわと説明を続ければ、「説明下手か」と優作からのツッコミが飛んできた。
 それは俺が1番よくわかってるから、ツッこんでくれるな。

 たかのっぽくんが再び俯く。どうやら、なんて答えようか考え込んでしまったようだ。
「答えづらかったら、別に答えなくても……」と慌ててそう言葉を補足しようとしたその瞬間、「――しそうだったから」とたかのっぽくんが口を開いた。

「え?」
「……楽しそう、だったから」

「それが、とても、羨ましくて……」そうぽつりと。
小さく、でも確かにそう口にした。
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