Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

文字の大きさ
24 / 49
5章 「なりたかった」ものと「なれなかった」もの

5-2

しおりを挟む
 まず最初の事件が起きたのは、その日の夕方の事だった。

 9月第5水曜日、放課後。場所、東小の校庭。

 9月も終わりに近づき、ようやく秋らしく涼しくなってきた校庭。いつも通り学童っ子達が元気に遊ぶ光景が広がるその中で、俺はいつものごとく、運動会の練習用に使った延長コードの回収に勤しんでいた。

「あ~……。この単純作業、やっぱり眠い~……」

 キュイキュイ、と小動物の鳴き声のような金属音をたてながら、俺の手の中で太く長い延長コードがリールの中に巻き取られていく。
 それをぼんやりと眺めながら、「ふぁ~あ」ともう何度目になるかわからない大きなあくびをする。

(とはいえ、さすがにバンドの練習と仕事のくり返しの日々を始めて、もうひと月程経つわけだしね。この眠気自体にも慣れましたよ)

 慣れたというか、ひと月も付き合えばもう俺とお前もいい友達よ、みたいな感覚といいますか。
 あれ? さては俺、まだ頭の中、深夜テンションだな? 寝不足が1周回って、変な感じに頭が活性化しちゃってるやつだな、これ。

(つっても1番の原因は、毎日の作詞勉強の方にあるんだろうけど……)

 なんだかんだ、遅くまでいろいろ調べちゃってるからなぁ、と目が遠いところを向く。
 まぁ、真の原因は、調べても調べても全然作詞のイメージがわかない、俺の貧困な脳みそなんでしょうけどね。ははははは…………、はぁ……。

 オリジナル曲を作る――。そう決まってから、約2週間が経過した。

 その間に行えたスタジオ練習は、楽曲制作を決めた日を含めての4回だけ。だけど練習日以外にもグループチャットを使ってのやり取りも行なわれているため、実質ほぼ毎日、何かしらの楽曲制作に関わる話しあいが行なわれている。

 主な話しあいのメンバーは、たかのっぽくん、優作、拓弥の3人。
 俺達3人がイメージする楽曲の雰囲気などをもとに、ひとまずたかのっぽくんが曲を制作し、それに優作、拓弥がそれぞれのパートの視点から意見を言っていく形で話しあいが行われている。

 なお俺自身は、ほぼほぼ傍観状態である。時々あげられるサンプル音源を聴いては、自分なりの感想や意見を述べてるだけ。ちょっと寂しい。まぁ、俺は作曲もできなければ楽器もできないからね。致し方ないといえば致し方ない現状なんだけど。

 しかしその分、遅くまで1人でやっている事が、作詞の勉強だった。

 とりあえずスマホを使って、ネットに転がっていた作詞初心者向けのサイトやブログを巡りながら、日々いろいろな知識を搾取していっている感じ。けど正直、それが身になっているかと言われるとわからないところがある。

(実際に作詞してみたら何か変わるのかもしれないけど……。でもメロディーがちゃんとできてない状態で作詞ができるかって言われたら、う~んって感じだし。というか、歌詞のテーマはちゃんと決めましょうはまだわかるけど、倒置法とか反復法とか、説明はしすぎないとか、韻を踏むとかさっ、いろいろ制約が多すぎん⁉)

 小学生用の文法テストだって、ここまでいろいろ一気につめこまんわ~っ、せいぜい「この文章のおかしいところを見つけて書き直しましょう」程度だわ~っ、と何度かキレ散らかしながら、スマホをぶん投げそうになった事も、数知れず。
 1人、誰にも相談できない悩みを前に、うぉ~~~っ、と布団の上で転がる日々である。

 そんな傍らで残る3人が、わーわーと話し合いながら楽曲を制作しているのだ。
 そりゃあ、一抹の寂しさを感じるぐらい許して欲しいといったものである。はぁ~~~、とあくびとは全く違う、深い息が口からこぼれ落ちる。

(てかさ、優作も拓弥も最初はあんなにたかのっぽくんの事怪しんでたのにさ~。今じゃ、一番たかのっぽくんと話してるのアイツらじゃん。優作なんて、チャットする度に最初の一言が「たかのっぽくんさ~」「たかのっぽくんは~」みたいなとこあるし)

 俺達の中で誰よりもたかのっぽくんの事入れるの嫌がってたのは、優作だったはずなんだけどなぁ。アイツ、懐に入れると途端一気に甘くなるタイプだったのか。年下に甘いとか、一体どの口が言いやがりましたんでしたっけねぇ~? 他人の事言えねぇじゃんか。

 まぁ、仲良き事は美しきかなだ。仲が良くて悪い事はないさ。……やっぱりちょっと寂しいけど。

 気分転換に、寂しくなんてないさ~、寂しくなんてないさ~、と某童謡を替え歌したものを歌ってみる。ちょびっと涙声まじりになっている事は、知らんぷりだ。

 ――しかし、その時だった。

「「「「酒井先生ーーーーーーーーーっ‼‼‼」」」」
「うおっ」

 突然の大声に、眠気も寂しさも全てが吹っ飛んだ。
 な、なんだなんだ⁉ とびっくりしながら声がした方へ振り返る。

 すると、顔に覚えがある数名の男女の児童達が、今にも泣き出しそうな様な顔とこちらに飛びつかんばかりの勢いで、俺の方へ駆けてきた姿が目についた。うちのクラスで学童に通っている子ども達である。
 異常さバリバリの事態に、「どうした⁉」と思わず延長コードから手を離して立ち上がる。

「先生、やばいーっ!」
「瀬川くんがーっ!」
「瀬川くんと古河こがくんがけんかしてるーっ!」
「は⁉」

 瀬川って……、瀬川賢人か⁉ 

 古河くんってのが誰かはわからないが、多分学童の子だろう。
「あっちーっ!」と指さされた方を見ると、校庭の真ん中、ボコスカと取っ組み合いの喧嘩をしている子ども2名の姿が目につく。

 そのすぐ傍には井上さんの姿。激しく殴り合っている2人を止めようとしているが、暴れる男子2人の力は女性1人じゃ止めるに止められないものがあるらしく、喧嘩が収まる気配は一向にない。周囲の学童っ子達も、どうすればいいかわからずにオロオロとしている。

(うわ~~~~~っ、マジか~~~~~っ)

 さすがにあれを放置はまずい。

「と、とりあえず、先生はあっちに行くから、お前達は他の学童の職員さん呼んできなっ」

 急いで、子ども達に指示を出す。「うんっ」「わ、わかったっ」と、わっと一斉に子ども達が学童室のある方へと走っていった。

 よし、とその背中を見送った後、賢人と古河くんとやらが喧嘩している方へ向かう。「お前ら、何やってるんだっ」と、優作いわく考えて物を言えという声量をフル活用させながら、現場へ駆けつければ「あ」というように、井上さんがこちらを見た。

 井上さんの方へは軽く目だけを向けた後、俺は子ども達の方へと駆け寄った。
 とりあえず、まずは子ども達自身を引き剥がした方が良いだろう。見るとどうやら賢人の方が馬乗りになって、古河くん? とやらを殴りつけていた。古河くんの方も殴り返そうとしているようだが、賢人の方が一歩上らしく押さえつけられてしまっている状態だ。

 ここまで興奮状態だと、何を言ってもこちらの言葉に聞く耳を持ってくれないのは明らかである。
 一体どうしたらここまで激しい喧嘩になるのか。しかしそれを聞くためにも、とりあえずは子ども達を落ち着かせるのが先だ。

 少し強引だが、賢人の脇に手を入れ、半ば引きずるように古河くんから剥がす。

「賢人、ほら、お前、とりあえず落ち着けっ」

 声をかけながら、ずるずると賢人を引きずる。
 が、やはり聞く耳は持っていないのか、自分をとっ捕まえる俺の腕を振り払おうと暴れている。そんな賢人の渾身の拳が顔に当たらないように気をつけつつ、俺は賢人を逃さないように腕に力を込めた。

 と、古河くんが立ち上がった。そこで初めてちゃんと古河くんの姿を見た俺は、あ、と思わず心の中で声をあげた。

(この子、この間、校庭で1人で居た子だ)

 井上さんが何度声をかけても、立ち上がろうとも顔をあげようともせずに、地面をずっと見ていた少年。どうやらあの時の彼が、古河くんとやらだったらしい。

 ギロリと古河くが賢人を睨みつけた。と思うと、グッと拳を握り、そのまま賢人の方へと一歩を踏み出してくる。

 賢人程の乱暴な動きはないが、その一歩や目には完全に怒りがこもっていた。あれだ、言うなれば蔵人じみた殺気。そんな感じの静かに、でもこれはまずいと一目でわかる空気が漂っている。

「こ、古河くんっ」と慌てたように井上さんが彼を止めた。「ダメですっ」と俺がそうしているのを真似るように、その両腕を使って古河くんを後ろから抱きかかえるように止める。

 ――次の瞬間だった。

「っ、うるさいっ」

 古河くんが井上さんの腕を振り払おうともがいた。
 固く握られた拳が大きく振り上げられ、

 ごんっ!

「「「「⁉」」」」

 大きく激しい音をたて、それが井上さんの鼻を直撃した。

「井上さんっ」と思わず俺の口から悲鳴に近い声があがった。
 俺の腕の中で暴れていた賢人も、予想外の光景にびっくりしたらしく動きを止める。古河くんも予想だにしていなかったのか「え」と困惑したように声をあげ、井上さんの方を振り返る。

 井上さんが思わずといったように古河くんから手を離し、自身の鼻を抑えた。数秒間を空けた後、「だ、大丈夫です……」と、あんまり大丈夫じゃなさそうな涙混じりの言葉が返される。

 そうして、おそるおそると言ったように、その手が顔から離された瞬間だった。

「あ」

 どろりと、赤い血がその鼻から流れてきた。

(ひょ……っ)

 ひょぇ~~~~~~~~~っ。鼻血、出ちゃった~~~~~~~っ。

 途端、周囲でオロオロしているだけだった子ども達が、ざわっと騒ぎ始めた。「井上さんが鼻血出したっ!」「古河くんが殴ったせいだっ」「井上さん、だいじょうぶーっ⁉」「古河どうするんだよーっ」ざわざわ、わーわー、思い思いに言葉を言っていく。

 古河くんが「あ……」と口を開く。「ち、ちがう、そんなつもりじゃ……」と言葉を続ける。が、それ以上に続けられる言葉が見つからなかったのか、顔を青くして、鼻血を流す井上さんを見上げる。

(The・大・惨・事)

 Oh……、と俺の目が遠くを見始めるのと、俺のクラスの子達が呼んできてくれた学童の職員さんが、「井上さんっ⁉ 大丈夫ですか⁉」と声をあげながらその場に駆けつけてきたのは、同じタイミングでの事だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

『お兄ちゃんのオタクを卒業させてみせるんだからね❤ ~ブラコン妹と幼馴染オタク姫の果てしなき戦い~』

本能寺から始める常陸之介寛浩
青春
「大好きなはずなのに……! 兄の『推し活』が止まらない!?」 かつて、私は信じていた。 優しくて、頼もしくて、ちょっと恥ずかしがり屋な── そんな普通のお兄ちゃんを。 でも── 中学卒業の春、 帰ってきた幼馴染みの“オタク姫”に染められて、 私のお兄ちゃんは**「推し活命」**な存在になってしまった! 家では「戦利品だー!」と絶叫し、 年末には「聖戦(コミケ)」に旅立ち、 さらには幼馴染みと「同人誌合宿」まで!? ……ちがう。 こんなの、私の知ってるお兄ちゃんじゃない! たとえ、世界中がオタクを称えたって、 私は、絶対に── お兄ちゃんを“元に戻して”みせる! これは、 ブラコン妹と 中二病オタク姫が、 一人の「兄」をめぐって 全力でぶつかり合う、果てしなき戦いの物語──! そしていつしか、 誰も予想できなかった 本当の「大好き」のカタチを探す、 壮大な青春ストーリーへと変わっていく──。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

OLサラリーマン

廣瀬純七
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...