Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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5章 「なりたかった」ものと「なれなかった」もの

5-4

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 第2の事件が起きたのは、その日の夜、バンド練習での事だった。

「うぐぉ~~~~。んん~~~~~~っ。う~~~~~~~っ」
「おい、うるさいぞ、ボーカル」

「その不気味な発声練習やめろ。耳が馬鹿になる」と、床上であぐらを掻きながら頭を抱えて悩んでいた俺に、優作が言葉を投げつけてきた。ドラムスローンに座りながら、しかめっ面でこちらを見てくる。
 長袖の襟つきシャツと、秋仕様の社会人姿をした優作。暑いのか、袖の部分はひじ辺りまでまくられている。そんな腕の先の手には、チューニングキーとスティックが握られており、ドラムの調整を行っている。

 失礼の2文字しかない友人の言葉に、俺はムッと口を尖らせた。

「発声練習じゃありません~~~~っ。悩んでるんですぅ~~~~~っ」
「悩み? 年がら年中頭がアホの花畑状態なお前がか?」

 優作が、ありえないものを見るような眼差しを俺に向けてくる。
 誰が年がら年中アホの子じゃ。アホにだってアホなりの悩みの1つや2つはあるんだっつーの。

「もういいっ」と、むすっとむくれながら優作に返す。そうして体ごと優作から顔をそむける。
 すると、さすがの優作も俺の様子のおかしさに気づいたらしい。「なんだよ」と驚いたような、意外そうな声音で言葉を続けてきた。

「そんなに作詞の勉強、行き詰まってんのか」
「あー……、いや、まぁ、そっちもって言えばそっちもなんだけど……」

「そっちだけじゃないっていうか……」と、もごもごと言葉を続ければ「はあ?」と優作が片眉を持ちあげる。意味がわからん、と言いたげな目だ。

 ……でもこれに関しては、俺自身もなんと言えばいいのかわからないってのが、正直な本音なんだよなぁ。

(いやだって、さすがに仕事関係の事で悩んでますなんて、今ここで言うわけにもなぁ)

 自分のクラスの子と他のクラスの子の間で起きた喧嘩。
 それも、実質俺自身には関係のない場所で起きたこと。

 一切合切関係ないかって言われたらそんな事はないけれど、学校と学童というのは、同じ職場であって同じ職場ではない。いうなれば、同じ会社で働いているだけで、所属する部署が異なる感じに近い。

 違う部署で起きた問題に首を突っ込むというのは、いささかどうかという話だ。

(でも1番は――)

 頭の中に、あの井上さんの姿が浮かぶ。
 なりたくてなったはずなのに向いていない――、そう言って悲しむ彼女の姿が、どうしてもずっと、頭から離れてくれない。

(……何か、かけてあげられる言葉があったんじゃなかろうか)

 職種は違えど、同じ子どもと触れ合う者同士。しかもたぶん、俺の方がちょっと年上で先輩で、経験だって天下の大古株、我らが三年リーダーの百瀬先生程じゃないにしろ、こちらの方がそれなりに豊富なはず。
 だというのに、あの時俺は、井上さんに何も言葉をかけてあげられなかった。

 それがずっと引っかかっていた。自分の中で。

(……なりたくてなったはずなのに、か)

 ――『なんかおれ、透くんが、小学生教師やれてる理由わかった気がする』
 ――『俺が小学生だったら、透くんみたいな先生は居てくれたら嬉しいな』

 ふっと脳裏に、いつぞやの拓弥から言われた言葉が思い浮かんだ。
 俺が小学生の教師をやれている理由。自分が小学生だったら居てほしいタイプの先生なんて言われて、あの時、俺は凄く嬉しかった。

 でも――……、

(俺は教師になりたくて、教師になったわけじゃない)

 たまたまこの職業が自分の求める職の形に近くて、
 たまたま就いてみたらそれが本当に自分にむいていただけで、
 だから、たまたま上手く続けられているだけ。井上さんのようになりたくてなったわけじゃないのだ。

 それに――、

(それに……、やりたくてやっていたのに、むいていなかったのだと知ってしまった経験は、俺にもある)

 だからこそ俺は――、いや俺達は、やめてしまったのだ。

 、自分の好きなものが自分達には向いていないのだと、そう察したから。
 だからやめてしまった。

 バンドを――、音楽を。

 そんな自分にはたして、井上さんにかけられる言葉など、本当にあったのだろうか。いや、あるはずがない。つまり最初から詰んでいたわけである。

 気づいてしまった事実に、思わず「はぁ~~~~~~~~~~っ」と深いため息をついた。

 と――、

「おまたせ。電話、終わったよ」

 ガチャリとドアを開けて、拓弥がスタジオに入ってきた。

「待たせてごめん」と、手にしていたスマホをズボンのポッケにしまいながら拓弥が言う。優作と同じくザ・秋仕様な社会人姿で入ってきた拓弥に、優作が「おーう」と適当にスティックを振りあげながら返事をした。

「嫁さんからの電話だったんだろ。仕方ねぇよ」
「そーそー。俺ら唯一の既婚者なんだからー。奥さんは大事にしないとー」

「「なー」」と俺と優作が言葉を続ければ、「うん、まぁ、そうだね」と拓弥が苦笑した。

(? なんか、どことなく端切れが悪い返事だな)

 拓弥が俺達の態度に苦笑するのはいつもの事だが、なんかいつもより笑みに覇気がないというかなんというか。いや、苦笑に覇気がある方が変か?
 んんー? と、なんとも言えない違和感に首をかしげる。

 だがそれを俺が尋ねるよりも先に、「あぁ、そうそう」と拓弥が再び口を開いた。

「ついでにたかのっぽくんにも連絡してみたんだけど、そうしたら、電車の乗り換え間違えちゃったからちょっと遅れます、だって。先に練習始めてて下さいって言ってたよ」
「あー……。この辺りの路線入り組んでるもんねー」

 あの高身長のたかのっぽくんが、駅でオロオロしてるところを想像してみる。なんか心配よりも先に穏やかな気持にかられ、くふっ、と笑いがこぼれ出そうになる。

 たかのっぽくんって、外見は大人だけど、心は小動物みたいなところあるからなぁ。
 おかげか時々、小学生を相手にしているような気持ちにさせられるのよね。入学したての1年生を相手にしてる感じに近しい。なんかこう、がんばれーって応援したくなるの。わかってもらえる?

(ちょっと遠慮しいだけど、ちゃんと挨拶ができて、目上の俺達相手にしっかり敬語が使えて。なんというか、本当に地でいく『いい子』なんだよなぁ)

 この廃れた社会ご時世、小学生すらも対応が難しい子がいたりするというのに、一体どんな環境で生活をすれば、あんないい子が育つのか。改めて、たかのっぽくんっていろんな意味で謎な子である。
「まぁ、本人が先にって言うんなら先に始めてっか」と、優作がスティックをくるっと回した。「そうだね」と拓弥も頷きながら、スタンドにかけていたギターを手に取る。

「そういえば、この3人だけでの練習ってのも久しぶりだね」

 ふいに拓弥が思いだしたように言った。
 ギターのストラップを肩にかけ、ヘッドにつけっぱなしだったチューニング機を使って、音の調整を始めていく。

「まぁ、なんだかんだ9月入ってからの練習は、ほとんど4人だったからな」と優作。
「ほとんどつっても4回程度だけどね」と俺が笑えば、「実質的には数週間ぐらい経ってんだからいいだろうが」と、優作もと笑いながら返してきた。

(でも本当、拓弥の言う通り久々だな、3人だけの空間って)

 なんだかちょっとだけ懐かしい感じがする。そんなに昔の出来事ではないはずなんだけどなぁ、と自分の時間の感覚のおかしさに思わず苦笑がこぼれる。

(夏に2人と再会して、それからそう時間も経たずに今のバンドを結成して、カバー動画を作って、そしたらたかのっぽくんが来て……)

 こうして思い返すと、たった1ヶ月ぐらいで、実にいろいろな事があったものだ。怒涛の勢いとは、正しくこういった状況の事を指すのだろう。夏前の自分が今の自分を見たら、予想外の展開に目を丸めるどころか、目が飛び出してしまっていた可能性もある程の変化だ。事実は小説よりも奇なりとは、よく言ったものである。

 と、今までの自分達を振り返ったところで、ある事を思いだした。

(そうだ。今ならあのタイムカプセルの話、できるんじゃね?)

 結局ずっと、俺が持ってるまま放置しててすっかり忘れてたからなぁ。
 さすがにたかのっぽくんがいる時にタイムカプセルについて話すのもどうかって感じだし、話すなら今が一番ちょうどよいのでは?

 思い立ったが吉日である。
 さっそく話題を変えるために、「そういやさぁ」と俺が口を開こうとした――、その時だった。

「げっ。マジかよ。マジでお前らだったじゃん」

 そんな声が、その場にあがった。

「え」とこぼしたのは、はたして誰だったか。

 聞き覚えのない、けれどどこか昔懐かしい声。
 拓弥と優作が目を丸めながら、声がした方へ顔を向ける。俺も2人と同じように、ゆっくりと声がした方へ振り返る。

 ――そして、そこにいた人物に目を瞠った。

 開け放たれたスタジオの扉。そこに1人の男が立っていた。

 肩につくか否かの高さで切りそろえられた、赤茶色の髪の男。少しつり上がった目つきがどこか攻撃的な雰囲気を持っており、そのせいか全体的に高圧的な印象を受ける顔立ちとなっている。
 意図的だと思われる、大きさにゆとりのある丸襟の白シャツや、その首元についたジャラリとした長い鎖チェーンのアクセサリーなんかも、その印象を強くさせている気がする。下は黒のスキニーに黒のスニーカーと落ち着いた色合いだけど、だからこそ逆にトップの威圧感が凄くシンプルに主張されている。

 顔立ちから服まで、溢れ出る攻撃的で威圧的で高圧的な空気。

 たぶん、何も知らない人が彼の事を見たら、目にしただけで距離を置こうと考えるだろう。

 だが俺は――、いや、俺達は知っていた。

 この、人を1人も寄せつけようとしない空気を身にまとっている彼の事を、俺達3人はよく知っていた。

「郁也……」

 ぽろりと、俺の口からこぼれ落ちた彼の名前。
 かつて共に音楽を奏でた仲間が、不機嫌そうに俺達全員を見回した。
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