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5章 「なりたかった」ものと「なれなかった」もの
5-6
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「すいません、遅れました」
声がした方へ振り返る。瞬間、目に飛び込んできたのは、マイベースの入ったケースを背負った私服姿の王子様。
いつからそこに居たのか、たかのっぽくんがスタジオの扉のところに立っていた。
突然の新しい人物の登場に、誰もが今の現状を忘れ、ぴたりと固まった。まるで時が止まったかのような空気が、数秒ばかり場を支配する。
「あ、あぁ、たかのっぽくん。つ、着いたんだ」
ハッと我に返り、慌てて俺はたかのっぽくんに声をかけた。「えぇっと……、はい」とたかのっぽくんが、チラリと郁也へ視線を投げかけながら、俺の言葉に頷き返す。
たかのっぽくんの視線を受けた郁也が、一瞬だけ、おっかなびっくりした様子で目を丸めて肩をゆらした。たぶん、たかのっぽくんの身長とか見た目にビビったのだろう。
まぁ、そうよね。自分より身長がでかい、しかも見るからに外国人なイケメンに、見下される形で視線を投げつけられちゃ、誰だってビビリますわな。
というかたかのっぽくんは、本当にいつからそこに……。もしかして、今の俺らの会話、全部聞かれてたりします?
「チッ」と、郁也が舌打ちをした。
「興がさめた」
くるりと俺らに背を向け、そのままスタジオを後にしようとする郁也。遠ざかっていく背中に、「い、郁也っ」と慌てて声をかける。
このまま、この状態で別れるのは絶対にダメだと、そう思った。
このまま別れたら多分、もう二度と本当に郁也と話し合う事はできなくなる。そんな漠然とした予感だけが自分の中を支配する。
(それは、そんなのは、ダメだ)
せっかくまた会えたのに。出会い方はさておき、久しぶりに再会できたのに――。でも、やはり焦りが募るばかりでなんて言えばいいのか、全くわからない。
郁也が足を止める。
だがそれも一瞬だけだ。すぐにまた歩き出してしまう。
あぁ、ダメだ――、そう諦めかけた瞬間、
「っ、あのっ」
ガシりと、たかのっぽくんが、郁也の腕をつかんだ。
「あ?」と郁也が驚いたように声をあげながら、目を丸めた。俺も思わず、「え」とその光景に目を瞠る。
拓弥と優作も予想外の展開に目を丸くして、目の前の光景を凝視している。
しかしたかのっぽくん自身は、視線を集めている事に気づいていないらしい。郁也の腕をつかんだまま、じっと郁也の顔を見つめている。
そうしてしばしの間をあけた後――、
「一度やめたら、もう二度とやっちゃいけないようなものなんですか、音楽って」
そう、口を開いた。
たかのっぽくん以外の、この場にいる誰もが予想していなかった質問。問いかけられた郁也も、先刻とは違った意味の驚愕の表情を顔に浮かべている。
でも同時にその問いは、この場にいる誰もの胸に刺さった質問だったように思う。
『一度やめたら、もう二度とやっちゃいけないのか』
だってそれは、一度音楽を辞めた俺ら3人と、今でも音楽を続けている郁也。
その両方の根底にある何かを、的確に突き刺してきたような、そんな鋭さのある問いかけだったから――。
「……んなこと、知るかよ」
郁也が、苦々しげに顔を歪めながら言った。「離せ」と、たかのっぽくんの手を振り払う。
ハッと我に返ったたかのっぽくんが、「あ、す、すいません」と郁也に謝った。呆然と振り払われた手を見つめているところを見ると、どうやら腕をつかんだのは無意識だったらしい。
「…………オレは、本気でバンドをやってねぇ奴が嫌いなだけだ」
ポツリと、郁也が小さく呟いた。
そうして再び俺達の方へ背を向けると、今度こそ本当に、スタジオの外へと出ていったのだった。
「「「「……」」」」
沈黙が、俺達の間に落ちる。
なんとも言えない、複雑で、微妙な空気で満ちた沈黙が、その場を支配する。
――が、それも長くは続かなかった。
「…………すいません」
ふっと、たかのっぽくんがそう口を開きながら、俺達3人に向かって頭を下げた。
「「「え」」」
「俺、たぶん、余計な事を言いました」
「なんの事情も知らないのに、ズカズカと首を突っ込んで……っ」とたかのっぽくんが、くぅっ、と申し訳なさそうに顔をしかめながら言葉を続ける。
うわ、こんな表情のたかのっぽくん、初めて見た。唸り声あげてもイケメンはイケメンだな。アホな俺とは大違いである。
「い、いや、そんな事ないってか、な、なんでたかのっぽくんが謝るのよー」
「むしろ、おっさん達のややこしい人間関係に巻き込んで申し訳ないというか、ねぇ⁉」と慌てて、拓弥と優作の方に振り返る。
「お、おうっ」「そ、そうそうっ」と優作、拓弥もハッと我に返った様子で、俺の後に続いてたかのっぽくんのフォローを始める。
「そうだぞー。あのクソ野郎が謝る必要はあっても、別にたかのっぽくんが謝るようなこたぁ、なんにもねぇぞー? むしろ逆に、俺は今、むっちゃスカッとしてる。あの野郎のあんな犬の糞踏んだみてぇな顔が見れて、最高に爽快な気分だ」
「例えのセンスが酷すぎだよ、優くん。というかクソ野郎って……」
「確かに郁也くんも郁也くんだったけど、優くんもあんまり人の事言えない感じだったよ」と拓弥が呆れたように笑いながら優作を見やる。「は⁉ 俺とアイツが同レベルだって言いてぇのか⁉」と優作が心外だとばかりに声を荒げたが、今回ばかりは俺も拓弥に同意だ。「わかりみ深いわ~」と、思わず拓弥の言葉に頷き返す。
たかのっぽくんが、俺達の反応に戸惑った様子で顔をあげる。「で、でも」と、オロオロとした様子で俺達を見回すたかのっぽくんの背中を、「だぁいじょうぶ、大丈夫」と俺はポンポンと叩いた。
「2人もこう言ってるしさ。たかのっぽくんが気にする事は何もないよ」
「さっ、4人集まったんだから、練習しよー、練習ー」と、空気を変えるように大きく声を張り上げて言う。職場で子ども達相手にやっている、休み時間と授業の切り替え時の声掛けのそれに似た言い方を意識した言い方。ーンもちょっとわざとらしく感じるぐらいに高めにする。
俺の意思を汲み取ったらしい拓弥と優作が、「そうだな」「うん、やろうか」と頷き返してくれる。
たかのっぽくんも、少し迷ったようにその視線を右往左往させた後、「はい」と言葉を続けてくれた。
そうして、なんとか始まった練習。
しかしだからと言って、幼い子ども達のように、何もかもすぐに忘れて遊べる程の器用さを持ちあわせていない大人では、いつも通りと同じような心地で練習できるはずもなく……。
結局この日の練習は、最後まで微妙なぎこちなさが抜けないまま、終了する事となってしまったのだった。
声がした方へ振り返る。瞬間、目に飛び込んできたのは、マイベースの入ったケースを背負った私服姿の王子様。
いつからそこに居たのか、たかのっぽくんがスタジオの扉のところに立っていた。
突然の新しい人物の登場に、誰もが今の現状を忘れ、ぴたりと固まった。まるで時が止まったかのような空気が、数秒ばかり場を支配する。
「あ、あぁ、たかのっぽくん。つ、着いたんだ」
ハッと我に返り、慌てて俺はたかのっぽくんに声をかけた。「えぇっと……、はい」とたかのっぽくんが、チラリと郁也へ視線を投げかけながら、俺の言葉に頷き返す。
たかのっぽくんの視線を受けた郁也が、一瞬だけ、おっかなびっくりした様子で目を丸めて肩をゆらした。たぶん、たかのっぽくんの身長とか見た目にビビったのだろう。
まぁ、そうよね。自分より身長がでかい、しかも見るからに外国人なイケメンに、見下される形で視線を投げつけられちゃ、誰だってビビリますわな。
というかたかのっぽくんは、本当にいつからそこに……。もしかして、今の俺らの会話、全部聞かれてたりします?
「チッ」と、郁也が舌打ちをした。
「興がさめた」
くるりと俺らに背を向け、そのままスタジオを後にしようとする郁也。遠ざかっていく背中に、「い、郁也っ」と慌てて声をかける。
このまま、この状態で別れるのは絶対にダメだと、そう思った。
このまま別れたら多分、もう二度と本当に郁也と話し合う事はできなくなる。そんな漠然とした予感だけが自分の中を支配する。
(それは、そんなのは、ダメだ)
せっかくまた会えたのに。出会い方はさておき、久しぶりに再会できたのに――。でも、やはり焦りが募るばかりでなんて言えばいいのか、全くわからない。
郁也が足を止める。
だがそれも一瞬だけだ。すぐにまた歩き出してしまう。
あぁ、ダメだ――、そう諦めかけた瞬間、
「っ、あのっ」
ガシりと、たかのっぽくんが、郁也の腕をつかんだ。
「あ?」と郁也が驚いたように声をあげながら、目を丸めた。俺も思わず、「え」とその光景に目を瞠る。
拓弥と優作も予想外の展開に目を丸くして、目の前の光景を凝視している。
しかしたかのっぽくん自身は、視線を集めている事に気づいていないらしい。郁也の腕をつかんだまま、じっと郁也の顔を見つめている。
そうしてしばしの間をあけた後――、
「一度やめたら、もう二度とやっちゃいけないようなものなんですか、音楽って」
そう、口を開いた。
たかのっぽくん以外の、この場にいる誰もが予想していなかった質問。問いかけられた郁也も、先刻とは違った意味の驚愕の表情を顔に浮かべている。
でも同時にその問いは、この場にいる誰もの胸に刺さった質問だったように思う。
『一度やめたら、もう二度とやっちゃいけないのか』
だってそれは、一度音楽を辞めた俺ら3人と、今でも音楽を続けている郁也。
その両方の根底にある何かを、的確に突き刺してきたような、そんな鋭さのある問いかけだったから――。
「……んなこと、知るかよ」
郁也が、苦々しげに顔を歪めながら言った。「離せ」と、たかのっぽくんの手を振り払う。
ハッと我に返ったたかのっぽくんが、「あ、す、すいません」と郁也に謝った。呆然と振り払われた手を見つめているところを見ると、どうやら腕をつかんだのは無意識だったらしい。
「…………オレは、本気でバンドをやってねぇ奴が嫌いなだけだ」
ポツリと、郁也が小さく呟いた。
そうして再び俺達の方へ背を向けると、今度こそ本当に、スタジオの外へと出ていったのだった。
「「「「……」」」」
沈黙が、俺達の間に落ちる。
なんとも言えない、複雑で、微妙な空気で満ちた沈黙が、その場を支配する。
――が、それも長くは続かなかった。
「…………すいません」
ふっと、たかのっぽくんがそう口を開きながら、俺達3人に向かって頭を下げた。
「「「え」」」
「俺、たぶん、余計な事を言いました」
「なんの事情も知らないのに、ズカズカと首を突っ込んで……っ」とたかのっぽくんが、くぅっ、と申し訳なさそうに顔をしかめながら言葉を続ける。
うわ、こんな表情のたかのっぽくん、初めて見た。唸り声あげてもイケメンはイケメンだな。アホな俺とは大違いである。
「い、いや、そんな事ないってか、な、なんでたかのっぽくんが謝るのよー」
「むしろ、おっさん達のややこしい人間関係に巻き込んで申し訳ないというか、ねぇ⁉」と慌てて、拓弥と優作の方に振り返る。
「お、おうっ」「そ、そうそうっ」と優作、拓弥もハッと我に返った様子で、俺の後に続いてたかのっぽくんのフォローを始める。
「そうだぞー。あのクソ野郎が謝る必要はあっても、別にたかのっぽくんが謝るようなこたぁ、なんにもねぇぞー? むしろ逆に、俺は今、むっちゃスカッとしてる。あの野郎のあんな犬の糞踏んだみてぇな顔が見れて、最高に爽快な気分だ」
「例えのセンスが酷すぎだよ、優くん。というかクソ野郎って……」
「確かに郁也くんも郁也くんだったけど、優くんもあんまり人の事言えない感じだったよ」と拓弥が呆れたように笑いながら優作を見やる。「は⁉ 俺とアイツが同レベルだって言いてぇのか⁉」と優作が心外だとばかりに声を荒げたが、今回ばかりは俺も拓弥に同意だ。「わかりみ深いわ~」と、思わず拓弥の言葉に頷き返す。
たかのっぽくんが、俺達の反応に戸惑った様子で顔をあげる。「で、でも」と、オロオロとした様子で俺達を見回すたかのっぽくんの背中を、「だぁいじょうぶ、大丈夫」と俺はポンポンと叩いた。
「2人もこう言ってるしさ。たかのっぽくんが気にする事は何もないよ」
「さっ、4人集まったんだから、練習しよー、練習ー」と、空気を変えるように大きく声を張り上げて言う。職場で子ども達相手にやっている、休み時間と授業の切り替え時の声掛けのそれに似た言い方を意識した言い方。ーンもちょっとわざとらしく感じるぐらいに高めにする。
俺の意思を汲み取ったらしい拓弥と優作が、「そうだな」「うん、やろうか」と頷き返してくれる。
たかのっぽくんも、少し迷ったようにその視線を右往左往させた後、「はい」と言葉を続けてくれた。
そうして、なんとか始まった練習。
しかしだからと言って、幼い子ども達のように、何もかもすぐに忘れて遊べる程の器用さを持ちあわせていない大人では、いつも通りと同じような心地で練習できるはずもなく……。
結局この日の練習は、最後まで微妙なぎこちなさが抜けないまま、終了する事となってしまったのだった。
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