Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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6章 意味と理由

6-1

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 賢人が俺のところへやってきたのは、翌朝の事だった。

 朝の会終了直後の小休憩タイム。「先生……」としょぼくれてる感じとぶーたれてる感じを足したような、でもちょっとしょぼくれの方が上のような、そんな感じの声音で、賢人はクラス内の教師用の席に座っていた俺に声をかけてきた。

「きのうは、ごめんなさい」

 いつもの元気はつらつな姿とは、全く異なる様子の賢人。どうやら、昨日は相当学童で怒られたようだ。

 アホだ、アホだと身内からはよく言われる俺だが、さすがにここまでしょぼくれてる奴を怒るようなアホではない。苦笑しつつ、「悪い事をしたってわかってるならいいさ」と賢人の謝罪を受け入れた。

「学童の職員さんにはきちんと謝ったのか」
「……うん」
「古河くんには?」
「……謝ったけどぉ……」

 むすっと、賢人が不機嫌そうに口を突き出した。なるほど、謝ったけど納得はしてないって感じか。

(地味に長引くやつだな、これは)

 下手をすれば、長引くどころか永遠にダメになるパターンもある。なんせ小学生というのは、大人が思うよりも意外としっかりとした人間関係を築いていたりするものなのだ。3年生にもなればその関係性は顕著で、おませさが男子よりも上の場合が多い女子なんかは、この時点ですでに『仲良しグループ』なるものを形成していたりするほどである。

 まぁだからって、ここで下手に大人が口を挟んでもこじれるだけなのは明らかだ。
 あとは子ども達同士でどうにかするしかない。それで古河くんと賢人が仲良くできないというのなら、それはそれでしかたない。

(ま。クラスは違うわけだし、学校生活上で問題が起こる事はなさそうだけど……。とりあえずは様子見かな)

 人間十人十色。
 皆仲良く一緒に遊びましょうね、をいつまでも出来るほど、小学生というのは幼い相手ではない。

(……それに、俺もそう言ってのけられる程、できた大人でもないし)

 頭の中に、昨晩の郁也の姿が思い浮かぶ。
 本気でバンドをやっていない奴らが嫌いだと、そう述べて去っていった郁也。

 誰よりも音楽に真摯で、唯一音楽の道を選び取ったかつての仲間は、やっぱりと言うべきか、今も音楽を続けていた。たった1人で――。

(郁也が怒るのも無理はない。だって、アイツは本気で音楽をやり続けているんだ)

 それなのに一度音楽をやめたはずの俺達が、郁也のあり方と決別したはずの俺達が、もう一度バンドをやっているのだ。
 郁也からすれば、一度身勝手にやめていった奴らが、また身勝手な理由でバンドを始めたようにしか見えないだろう。しかもドがつくほどの下手くそな演奏を『音楽』だと言って、世間に公開している。真剣に音楽に取り組んでいる郁也からすれば、これ以上腹の立つ事はないだろう。

 お遊びだ、ごっこだと言われてもしかたがない。
 そうはわかっているのだけども、

(――思った以上に、ショックだった)

 郁也にそう言われた事が、というのももちろんある。
 けどそれ以上に、自分達のやっているバンドが、『お遊び』、『ごっこ』と言われてしまった事が、何よりもショックだった。

 お遊びで始めたわけじゃない。

 バンドがやりたいと、そう思ったからバンドを始めた。その気持ちに、遊びとか、ごっことか、そういう生半可な気持ちはない。あの時の俺は本気で、強く、心からやりたいと、そう思ったから、もう一度バンドを始めたのだ。

 でも、本気で音楽の道に進んでいる郁也からすれば、俺達のそれはきっと『本気』ではないのだ。
 仕事の傍らでバンドをやる。そんなのは、本気で音楽だけで生きてる郁也からすれば、単なる大人の娯楽、おふざけにしか見えないのだろう。

(郁也、またスタジオに来るのかな)

 いや、来るんだろうなぁ。うちが近いからたまに利用するみたいな事言ってたし。という事は、頻繁的ではないにしろ、また会う可能性は少なくはないという事だ。

 どうしよう、次会った時、また昨日みたいな言いあいが起きたら。
 優作の怒りが限界を迎える前に、練習先を変えるべきだろうか。

(あ、嫌だな、この考え方)

 せっかくまた会えたのに、こんな考え方をしなくちゃいけないなんて。
 どうやら人間関係、一度こじらせると大変なのは子どもも大人もそう変わらないものらしい。

 キーンコーンカーンコーン、と一時間目の開始を知らせるチャイムが鳴る。「ほら、授業始めるから席戻れ」と、賢人に席へ戻るよう促す。

 とにもかくにも、悩んでいても仕事の時間は淡々とやってくる。社会人として、教師として、自分のやるべき事はちゃんとはせねばならない。
「1時間目始めるぞー、当番号令ー」とまだどこか少し賑やかな雰囲気を残しながら席についた子ども達に声をかける。

 本日の号令係の子どもが「きりーつ」と声を張りあげた。


      ******


 ――9月第5木曜日。バンド練習日。

 9月最後となる練習日だ。
 スタジオにはいつも通り、優作、拓弥、たかのっぽくん、そして俺の4人の姿があった。

 郁也の姿は当然ない。どうやらたまにしか来ていないというのは本当のようで、通路ですれ違うような事もなかった。その事に思わずホッと胸をなでおろしたのは、言うまでもない事だろう。
 が、郁也はいなくとも、相変わらず俺達の間にはあの微妙な空気が残っていた。どこかぎこちない、気まずい空気が流れるスタジオ内に、複雑な気持ちになる。

 やっぱりたった2日程度では、大人の複雑な心情を昇華させ切る事は不可能なようだ。
 肉体的な疲労もそうだけど、なんで人間って大人になる程、色んな物事への切り替えが下手くそになるのかな。大人ってもっと立派な生き物じゃなかったの? 遺憾の意である。

 微妙な空気の発生源である、俺、拓弥、優作の3人を、たかのっぽくんが不安そうに見てくる。でもさすがに、理由を問いただすのは気まずいのか、何も言わないままにその目をそむけてしまう。

 チューニングタイム&発声練習終了後、とりあえず現段階でできている楽曲の合わせでもやろうという話になった。

 特に断る理由はないので、満場一致で練習が開始される。とはいえ、俺の方はまだ歌える歌詞がないので、代わりに「らー」と歌唱パートのメロディを口ずさむ形で合わせに参加する事となった。まぁ、テンポやリズムをつかむ練習と思えば、悪くはない参加方法である。

 だが――、その最中での事だった。
 はぁっ、と唐突に優作がドデカいため息をこぼしたのは。

「おい」

 鋭い声と共に、突然優作がドラムを叩くのをやめた。
 かと思うと、自分の対角線上の位置に立っていた拓弥の方へ顔を向けた。

「お前、さっきからなんなんだよ。1人、全然リズムあってねぇんだけど。ベースとドラムの音、ちゃんと聞いてんのか」

 優作がギロりと、声音と同じぐらいの鋭利な目つきで、拓弥を睨みつける。睨まれた拓弥が「え」と動揺したように声をあげた。

「あ。ご、ごめん……。聞いてたつもりだったんだけど、なんか上手く合わせられなかったみたい。ごめんね、次はちゃんと合わせるよ」
「……聞いてたつもり、だぁ?」

「つもりってなんだよ、つもりって」と、優作が眉間にしわを寄せる。あからさまに苛ついている事がわかる。

 なんかこれ、やばくない? たらりと、嫌な汗が俺の頬を伝った。
 たかのっぽくんも優作の苛立ちに気づいたようで、その表情を強ばらせながら、2人に目を向ける。

「それってつまり、今の今までずっとちゃんと聞いてなかったって事かよ」
「そ、そんな事は言ってないじゃない。ちゃんと聞いてはいたよ。でも、上手く合わせられなかったから、だから、」
「っ、だからっ! ちゃんと聞いてなかったからっ、合わせられなかったんじゃねぇのかよって言ってんだよっ‼」

 ガンッ! と大きな物音が、狭いスタジオ内に響き渡った。

 一瞬の静寂の後、コロコロコロと、平らなフローリングの上を優作のスティックが転がっていく。
 その光景に、先程の衝撃音が、優作がスティックを床に投げつけた音である事が察せられた。

「なっ、何それっ。言いがかりにも程があるよっ」
「言いがかり? じゃあ、なんで次やりゃあできるような事が、今の今までできてねぇんだよっ。言いがかりだっつーんなら、言われる前にやりゃあよかったろうがっ」
「っ、だからっ、できてなくってごめんって謝ったんじゃないかっ」

「できてなかったから次からやるって言ってるんだよっ」「でも出来てねぇっつー事は、今までもちゃんと弾いてなかったって事だろがっ」「は⁉ なんでそうなるのさっ⁉ 昔から思ってたけど、優くんってなんでいつもそう物事を決めてかかるわけ⁉ 言われる方の身にもなりなよっ」「んだとっ⁉」――などなど、エンドレス。 

 止める間もなく、拓弥と優作の猛烈な言いあいが開始された。

「ちょっ、ちょいちょいちょいちょいっ! 2人とも喧嘩すんなって!」

「話題、どんどん逸れてってるし! 1回落ち着けって!」と、慌てて会話に割り込む。

 だが俺の声は届いてないらしく、2人のいがみ合いは続いていく。

(やっべぇ、ここが喧嘩するのは予想外だったっ)
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