Herec~一度音楽をやめた奴らが『社会人バンド』を組む話~

勝哉道花@みちなり文庫

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6章 意味と理由

6-3

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 片付けを終え、部屋を後にする。
 練習開始の時なんかとは比べ物にならないぐらいの微妙な空気が、俺達4人の間を支配する中、退出した事を伝えにロビー受付へ向かう。受付には来た時と同じく、高瀬さんの姿があった。

 拓弥の楽器の返却やらなんやらを、いつも通りに受け付けてくれる高瀬さん。だが、俺達の間に流れる空気には気づいたらしい。帰り際、こそっと「何かあったんです?」と、そう俺に尋ねてきた。「あぁ、いやー、ちょっとね」と、言葉を濁しながら俺は苦笑した。

 受付を済ませ、Re:creationの外に出る。途端、涼しい空気が俺の全身を包み込んだ。室内とは全く異なる秋の空気。それが勢いよく、自分の肌に染み渡っていくのを感じる。

 しかしそんな空気も俺達の間に広がる微妙な空気を取り払う事はできず。
 駅への道を無言で誰もが歩く。重たい沈黙。居心地の悪い、でも逃げ出すこともできない苦しい空気だけがその場に広がり続ける。

「あの、」と、口を開いたのはたかのっぽくんだった。

 俺の横を歩いていた彼が足を止めたので、つられて俺も足を止める。先を行っていた優作と拓弥も足を止め、こちらに振り返ってきた。

「……聞いても、いいですか。皆さんが一度、バンドをやめたっていう理由」

 人気の少ない、でも街頭だけは充分にある明るい大通り。

 俺達4人だけしかいないその場所に、たかのっぽくんの意を決したような声音だけが、静かに響いた。

(たかのっぽくん、やっぱりあの時の話、聞いてたんだ……)

 いや、やっぱりも何も、郁也相手にあんな質問が飛び出した時点で、それは確定的な事だっただろう。それでも今の今まで触れられなかっただけに、今になって彼がそう尋ねてきた事に、少しばかり驚いてしまう。

 たかのっぽくんが、気まずそうに俯く。また余計な事を言ったとでも思っているのかもしれない。

 でも自分の問いかけをなかった事にするつもりもないようだ。
 ぐっ、と固く一文字に結ばれた彼の口が、俺の目に飛び込んでくる。「たかのっぽくん……」と、思わず俺は彼の名前を呼んだ。

「……ありきたりな話だよ」

 たかのっぽくんが顔をあげ、拓弥の方を見る。俺も一緒になって拓弥の方へ顔を向ける。

 苦笑を浮かべている拓弥の姿が目についた。
 いつも通りの、でもどこかいつもよりも少しだけ覇気のない苦笑が、その顔に浮かんでいた。

「ありきたりな話……?」
「そ。たぶん、バンドをやりたいって人なら、皆一度や二度は絶対に通るようなお話」

「才能がないってね、思っちゃったんだ」と続けた拓弥に、「才能……」とたかのっぽくんが小さく呟いた。

 街頭に照らされ、キラキラと輝く金の髪。それと同じ色をした彼の細い眉が、ぴくりと動いた。

「俺達が、郁也くん……、昨日スタジオに居た彼とバンドやってたってのは、なんとなくで察してもらえてる形かな」
「……一応は」
「彼は当時のベースでね、同時にあの頃のバンドの発起人も彼だった。彼がやろうって言い出さなければ、多分おれ達はバンドを本気でやるような事はなかったんだと思う」

「俺達が高校生ぐらいまでの話だよ」そう言って、拓弥が郁也と俺達がバンドを結成した頃の話をたかのっぽくんにする。
 1つのアニメを通して出会った少年達の話。彼らが1人の少年を中心にバンドを組み、音楽を本格的に始めていく。痛いほどに色鮮やかに振り返れる懐かしい思い出達が、拓弥の口から語られていく。

「高校2年生ぐらいの時かな。郁也がね、ライブに出るぞって、話を持ってきたんだ。小さなライブハウスのそれだったけど、当時のおれ達は人前で演奏した事なんて学校の文化祭の時ぐらいの経験しかない、そんなありきたりな軽音部員でさ、だからどれだけ小さくてもライブハウスって場所に出れる事自体が凄く夢のような話で、一も二もなく応募する事に決めたんだ」

「そもそも高校生って未成年だからさ、まずライブハウスのライブ出るって事自体、少し難しいんだ。学校そのものが禁止してるところもあるぐらいだし」と拓弥がたかのっぽくんに説明を補足する。

「そうなんですか」とたかのっぽくんが驚いたように目を丸めた。その様子に苦笑しながら、「そうなのよ、そうなのよ」と俺はうなずき返した。

 漫画とかアニメとかで高校生ぐらいの登場人物達が普通にライブに出ていたりするが、実のところ、現実であれをやるにはそれなりにいろいろな制約がかかってくる。

 別にライブハウスが未成年の出入りを禁止しているわけではない。観客には未成年も普通にいるし、なんなら親子連れ立ってライブ参戦をしているような人達もいる。
 だが、ライブハウスにはお酒や喫煙所等、正直未成年にはあんまり『良くない』ものが多く置かれている。

 まぁそれはライブハウスの特色ってやつだし、百歩譲ってよしとしても、ライブをするという事は必然的に金銭のやり取りが発生してしまう。売り上げるチケットの枚数が決まっている場合もあって、売れ残ったらメンバーで割り勘して払わなければならない。高校生の懐では渋いものがある。

「そもそもライブハウスでやるライブってのは、基本的には夜にやるものだしね。大体が18時ぐらいに開演して、21時とか22時近くとかに終わるの。そんな時間帯にライブを終えた高校生が街歩いてたらさ、要補導対象になっちゃうでしょ」

「だから現実で高校生バンドがライブハウスのライブに出るってのは、結構難しいことなのよ」と俺が説明を続ければ、拓弥が「そういうこと」と頷き返してくれた。「なるほど……」とたかのっぽくんが、納得した様子で呟く。

「でも、その郁也さん……? が持ってきたライブには出演したんですよね」
「郁也くんの叔父さんがね、ギターをやってた人でさ。その伝手で、高校生でも出れるライブを紹介してくれたんだ。今にして思えば……、あれはたぶん、叔父さんの好意だった気もするな」

「本気でバンドをやりたいって思ってる甥の為にって、話をつけてくれたんだと思う」と拓弥が苦笑する。

 それについては俺も同意だった。
 だって、今思い出してもあれはライブに出た事もないような高校生バンドが出るには、あまりにも身に余り過ぎるライブだったのだから。

「おれ達は、そのライブのトップで出演したんだ。ライブハウスのライブってのは、通常は対バン形式、つまりは複数のバンドが順々に演奏をしていく形式のライブが多くてね、それで、トップは基本的にその日に出るバンドの1番若手が出るようになってるの」
「? どうして、1番若い人達が最初に出るんですか?」
「ライブハウスのライブは、基本的に出入りが自由だから、後から人が増えてくる事が多いんだよ。だから人の流れに合わせて、一番多くの人が取れるところを後半に控えさせるんだ。それにほら、やっぱり終盤を若手にやらせるよりも、それなりに大御所で人気のあるところに任せた方が、盛り上がって終われるでしょう?」

「1種の策略ってやつ」と拓弥が説明を続ければ「はー……」と、たかのっぽくんが感嘆にも似た声をこぼす。

(なんか、こうして改めて話をしてみると、思ったよりたかのっぽくんって、バンドの事、何も知らないんだな)

 あれだけベースが弾けるから、大学とかでもそれなりにいろいろやっていたのかと思ったけれど、もしかして実は結構バンド初心者だったりするのか? ふっとそんな疑問が頭の中にわく。

 が、それを尋ねるのは、たぶん今じゃない。
 今は黙って、拓弥の話を聞き続ける時だ。

「でもね、人が少なくても関係ないって、その時は思ってたんだ。ライブに出れる、バンドとして人前で演奏ができる。それだけで充分。なんならその場に居る人達全員、自分達の虜にしちゃえば問題ないって。そんな風に、思ってたんだ」

「ライブに出るまでは」そう言って、拓弥がその目を悲しげに伏せた。

「出る、までは……?」
「……そのライブね、それなりにインディーズの界隈で人気のあるとあるバンドが主催していた、対バンライブだったんだ。メジャーデビューとかこそしてないけど、結構長い間インディーズで続いてて、ファンも多くついてるバンドだった」

「だからもちろん、その日のトリは主催者の彼らで、トップでとっくに演奏が終わった俺達は、フロア側で観客に混じってそのライブを見たんだ」そこまで言って拓弥が、口を閉じる。

 そして、当時の事を思い出してもいるのか、短くもどこか永遠にも感じられる間を開けた後、

「正直ね――、凄かったとしか、言いようがない」

 そう、言葉を続けた。
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