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2章 父と娘と一触触発
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(やべっ、ちょっと入りズレた気がする)
ハイテンポで進む物語に必死で食らいつきながら、心の中でひとりごちる。
とはいえ、致命的なズレではない。
ほんの少し遅れた程度なので、きちんと周囲の音に耳を傾けさえすれば修正できる範囲だ。
(焦るな、焦るな。まだどうにかなる)
Aメロ、Bメロ、サビと、後半に向かえば向かうほど、次第に盛りあがりを見せていく物語。
その荒波にもまれ翻弄されそうになりながらも、それでも賢明に声をあげ続ける。
時に激情的に、時に冷静に。
周りの状況を確認しながら足並みを揃えていく。
しかし、ハイテンポで切り替わるそれについていくのは、思った以上の体力と集中力が必要だ。後半になるほど、自分の声がヘタばり始めるのがわかる。
明らかに体力のペース配分ができていない。さっきの焦りも、この疲労の原因だろう。ボーカルとしての技量の未熟さを痛感し、思わず顔をしかめる。
それでも、どんなに苦しくても歌い続けるほか、俺に残された道はない。
覚悟を決めて必死に1人でもがき、襲いくる運命にもがこうと、改めて腹に力を入れたその時――、
「「 」」
ふいにその声が、耳に届いた。
俺の声に重なる形で物語に加わってきた声。途端、主旋律に安定感が生まれる。
運命に振り回されヘタばっていた主人公の手を引くように、その背中を支えるかのように。穏やかで優しくも、ブレがない芯のある歌声が、俺の歌声と綺麗にハモる。
(そうだ、忘れてた。この曲、コーラスパートがあったんだ)
そして、コーラスパートを担当しているのは――……。ちらりと、声の主へと目を向ける。
そこにあったのは、俺と同じように、自分の前に置かれたマイクスタンドにむけて、コーラスパートを歌う拓弥の姿だった。
もちろん、ギターを弾く手も止まっていない。口と手。別々の動きで別々の旋律を奏でるのはそれなりに至難の業のようで、どことなくキツそうにしている印象が拭えない。
――実際のところ、拓弥が歌う事が得意かと聞かれたら、たぶんそれはNOだ。
学生時代、何度か当時のバンドメンバーでカラオケに行った事があるのだが、そこでの拓弥のカラオケの点数は、いつだって平均点が取れるか否かのものだった。
それ以前に、自ら進んで歌う事が少なかった覚えがある。「歌えよ」と俺や優作に催促されて、ようやく歌う程度だったはずだ。
バンドでだって、コーラスは郁也が担当していたから、拓弥が歌った事はない。
けどそれでも、今のバンドで誰がコーラスパートをやるかと話し合った時、真っ先に「おれがやるよ」と声をあげたのが拓弥だった。
「実は皆とバンドをやる前、まだ1人で弾いてた時にさ、弾き語りみたいな事もやってたりしたんだ。だからってわけじゃないけど、多少なら弾きながらボーカルにあわせるって事もできると思う。優くんはパート的にコーラスをやるのは難しい事が多いだろうし、ベースを始めてまだ1年ちょいのたかのっぽくんなんて尚の事でしょ?」
「だから、消去法で悪いけど」と苦笑しながら、拓弥は言葉を続けた。
確かに消去法ではあったけど、現状それが1番無難だという事は、その場にいる誰もがわかっていた。
だからコーラスは安牌を取って拓弥に任せる、という事で話がまとまったのだが――……。
ふっと、拓弥の目が俺の方を見た。
俺の視線に気づいたのか、それともたまたま見たのか。それはわからない。
だがその目が、大丈夫? とこちらに問いかけてる事だけはよく伝わってきた。たぶん、俺がヘバっている事に気づいてるのだろう。
(そうか。俺、今1人で歌ってるわけじゃない)
そう思った途端、ふっと、余計な力が身体から抜けた。
それまで襲い来るものに振り回されるだけだった自分の前に、急に道が開けたような、霧だらけで何も見えなかった行く手が晴れていくような、そんな光明がさす。
(すげぇ。支えてくれる奴が1人いるだけで、こんな歌いやすくなるもんなんだ)
正直、状況は芳しくない。むこうもこっちもギリギリで、いつテンポに置いていかれてもおかしくはない状態だ。出来がいいとは、お世辞でもいえないだろう。
だけどなんとなく、最後まで歌えきれそうな気がした。焦りそうな時、ヘバりそうな時。そこに自分と一緒に立ってくれる仲間がいる。それだけで不思議と、腹の底からぐわっと再び力がわいてくる。
大丈夫、という意味をこめて、目だけで拓弥に頷き返す。すると、拓弥の方からも目だけで頷き返された。どうやら、無事に俺の返事を受け取ってくれたらしい。
(――大丈夫だ。いける)
まだ歌える。
この主人公は、物語を続けられる――。
視線を前に戻した拓弥の後を追うように、俺も前に視線を戻す。
焦りが消えたからか、なんとなく先刻よりも目の前の光景がクリアになった気がした。
途端、さっきは気にも留めていなかった小さな観客の様子が目に飛び込んでくる。
丸い簡素な作りの椅子の上、小さな体を精一杯前のめりにしながら、俺達を食い入るように見ているきらりちゃん。
その顔には、演奏が始まる前と同じくらいの――、いや。
もしかしたらその時以上かもしれない。
そう思うほどにキラキラと輝いた瞳と共に、まるで素敵な何かを見つけたような、予想もしていなかったプレゼントを見つけた時のような、そんな溢れてこぼれんばかりの笑みが、そこにはあった。
(あ。なんかいいな、これ)
こういうの、なんか凄くいい。
そう俺が心の中で呟くと同時に、それまで目の前にあった見えない何かが、完全に消えた気がした。
ハイテンポで進む物語に必死で食らいつきながら、心の中でひとりごちる。
とはいえ、致命的なズレではない。
ほんの少し遅れた程度なので、きちんと周囲の音に耳を傾けさえすれば修正できる範囲だ。
(焦るな、焦るな。まだどうにかなる)
Aメロ、Bメロ、サビと、後半に向かえば向かうほど、次第に盛りあがりを見せていく物語。
その荒波にもまれ翻弄されそうになりながらも、それでも賢明に声をあげ続ける。
時に激情的に、時に冷静に。
周りの状況を確認しながら足並みを揃えていく。
しかし、ハイテンポで切り替わるそれについていくのは、思った以上の体力と集中力が必要だ。後半になるほど、自分の声がヘタばり始めるのがわかる。
明らかに体力のペース配分ができていない。さっきの焦りも、この疲労の原因だろう。ボーカルとしての技量の未熟さを痛感し、思わず顔をしかめる。
それでも、どんなに苦しくても歌い続けるほか、俺に残された道はない。
覚悟を決めて必死に1人でもがき、襲いくる運命にもがこうと、改めて腹に力を入れたその時――、
「「 」」
ふいにその声が、耳に届いた。
俺の声に重なる形で物語に加わってきた声。途端、主旋律に安定感が生まれる。
運命に振り回されヘタばっていた主人公の手を引くように、その背中を支えるかのように。穏やかで優しくも、ブレがない芯のある歌声が、俺の歌声と綺麗にハモる。
(そうだ、忘れてた。この曲、コーラスパートがあったんだ)
そして、コーラスパートを担当しているのは――……。ちらりと、声の主へと目を向ける。
そこにあったのは、俺と同じように、自分の前に置かれたマイクスタンドにむけて、コーラスパートを歌う拓弥の姿だった。
もちろん、ギターを弾く手も止まっていない。口と手。別々の動きで別々の旋律を奏でるのはそれなりに至難の業のようで、どことなくキツそうにしている印象が拭えない。
――実際のところ、拓弥が歌う事が得意かと聞かれたら、たぶんそれはNOだ。
学生時代、何度か当時のバンドメンバーでカラオケに行った事があるのだが、そこでの拓弥のカラオケの点数は、いつだって平均点が取れるか否かのものだった。
それ以前に、自ら進んで歌う事が少なかった覚えがある。「歌えよ」と俺や優作に催促されて、ようやく歌う程度だったはずだ。
バンドでだって、コーラスは郁也が担当していたから、拓弥が歌った事はない。
けどそれでも、今のバンドで誰がコーラスパートをやるかと話し合った時、真っ先に「おれがやるよ」と声をあげたのが拓弥だった。
「実は皆とバンドをやる前、まだ1人で弾いてた時にさ、弾き語りみたいな事もやってたりしたんだ。だからってわけじゃないけど、多少なら弾きながらボーカルにあわせるって事もできると思う。優くんはパート的にコーラスをやるのは難しい事が多いだろうし、ベースを始めてまだ1年ちょいのたかのっぽくんなんて尚の事でしょ?」
「だから、消去法で悪いけど」と苦笑しながら、拓弥は言葉を続けた。
確かに消去法ではあったけど、現状それが1番無難だという事は、その場にいる誰もがわかっていた。
だからコーラスは安牌を取って拓弥に任せる、という事で話がまとまったのだが――……。
ふっと、拓弥の目が俺の方を見た。
俺の視線に気づいたのか、それともたまたま見たのか。それはわからない。
だがその目が、大丈夫? とこちらに問いかけてる事だけはよく伝わってきた。たぶん、俺がヘバっている事に気づいてるのだろう。
(そうか。俺、今1人で歌ってるわけじゃない)
そう思った途端、ふっと、余計な力が身体から抜けた。
それまで襲い来るものに振り回されるだけだった自分の前に、急に道が開けたような、霧だらけで何も見えなかった行く手が晴れていくような、そんな光明がさす。
(すげぇ。支えてくれる奴が1人いるだけで、こんな歌いやすくなるもんなんだ)
正直、状況は芳しくない。むこうもこっちもギリギリで、いつテンポに置いていかれてもおかしくはない状態だ。出来がいいとは、お世辞でもいえないだろう。
だけどなんとなく、最後まで歌えきれそうな気がした。焦りそうな時、ヘバりそうな時。そこに自分と一緒に立ってくれる仲間がいる。それだけで不思議と、腹の底からぐわっと再び力がわいてくる。
大丈夫、という意味をこめて、目だけで拓弥に頷き返す。すると、拓弥の方からも目だけで頷き返された。どうやら、無事に俺の返事を受け取ってくれたらしい。
(――大丈夫だ。いける)
まだ歌える。
この主人公は、物語を続けられる――。
視線を前に戻した拓弥の後を追うように、俺も前に視線を戻す。
焦りが消えたからか、なんとなく先刻よりも目の前の光景がクリアになった気がした。
途端、さっきは気にも留めていなかった小さな観客の様子が目に飛び込んでくる。
丸い簡素な作りの椅子の上、小さな体を精一杯前のめりにしながら、俺達を食い入るように見ているきらりちゃん。
その顔には、演奏が始まる前と同じくらいの――、いや。
もしかしたらその時以上かもしれない。
そう思うほどにキラキラと輝いた瞳と共に、まるで素敵な何かを見つけたような、予想もしていなかったプレゼントを見つけた時のような、そんな溢れてこぼれんばかりの笑みが、そこにはあった。
(あ。なんかいいな、これ)
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そう俺が心の中で呟くと同時に、それまで目の前にあった見えない何かが、完全に消えた気がした。
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