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4章 臆病者と家族とキラキラ星
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拓弥が俺の言葉になんて返そうか迷っているのは明らかだった。
拓弥の事だ。
きっと、これ以上迷惑をかけるのは……、とかなんとか悩んでたんだと思う。
断られたらどうしよう。ここでしくじったら、せっかくのつよつよな仲間達との話し合いも水泡に帰してしまう――。バクバクと鳴る心臓を抑えつつ返信を待った。
待つこと数分。永遠にも感じるほどの長い時間が過ぎ去った後、拓弥から返ってきたのは『わかった』の4文字だった。
深く言及してくる事がなかったのは、もしかしたら、拓弥の方でもきらりちゃんの態度に何か思うところはあったからかもしれない。
『むこうには俺の方から伝えておくよ』と続けられたメッセージにホッと胸をなでおろしながら、俺は『ありがとう』と打ち返した。
そうして、翌日の井尻親子の合流場所として、Re:creation前を指定したのだった。
「それで? きらりと話してみたいって事だったけど、きらり、どんな感じだった? きらりが家を飛び出してきた理由とか、その、何かわかった?」
「というか、きらりはどこ? 透くんと一緒じゃないの?」と拓弥が不思議そうに辺りを見回しながら言った。
昨日のやり取りを思い出させる矢継ぎ早の質問に、思わず俺の顔にも昨晩と同じ苦笑が浮かぶ。
薄々気づいてはいたけど、拓弥の奴、きらりちゃんの事となると一気に落ち着きがなくなるな。
普段はしっかり者で頼れる皆のまとめ役の大人も、自分の子ども相手となるとそうもいかないようだ。拓弥も人の子だったんだなぁ。
「きらりちゃんなら、優作とたかのっぽくんと一緒に、スタジオでお前が来るのを待ってるよ」
「え。優くんとたかのっぽくんといるって、どういう……」
「ほらほら、いいから入った入った。詳しい事は道中話すからさ」
拓弥の背中を押して、Re: creationの中に入る。
「ちょっ、透くん⁉」と驚いた声をあげる拓弥。それを無視して、エントランスの受付にいた高瀬さんに声をかける。「酒井、戻りましたー」と軽く声をかければ、「はーい、おかえりなさーい」と同じぐらいに軽い声音の返答がきた。
「もう、本当に透くんっていつも唐突なんだから……」
拓弥がやれやれといいたげに首を横に振った。
うっ。身に覚えがありすぎる指摘だ。返す言葉もない。
「ごめん」としょんぼりと肩を落とせば、「いいよ。慣れたから」と拓弥が苦笑した。
「それで? 部屋番は?」
急な展開を受け入れた拓弥が先を歩き始める。
エントランス奥の防音扉を開け、スタジオルームが並ぶ廊下へ。俺もその後に続いて扉をくぐり、拓弥の横に並んだ。
「いつもんとこ。よく練習で使ってる部屋」
「え。いつものところ取れたの? 今日、練習日でもなんでもないのに? 事前に予約でもしてたの?」
「いや、当日予約」
「当日予約って……。日曜なのによく取れたね。この時間って、結構混んでるもんじゃないの」
「みたいね。電話口でも高瀬さんに同じ事言われちゃった」
「もーっ。次からは、ちゃんと事前に予約してから来てくださいよ」と、電話口でぷりぷりとした声音で俺を叱った高瀬さんを思い返す。
高瀬さんが言うには、本当はすでに部屋の貸し出し枠は埋まっていたらしい。が、必死に頼み込む俺に同情してくれたのか、「予約と予約の間でよければ」と隙間時間を見つけてねじ込んでくれた。持つべきものはなんとやら、とはよく言ったものだ。
(今思えば、電話に出たのが高瀬さんだったのもラッキーだったよな)
他の人が取ってたら、きっとこうは行かなかったはずだ。Re: creationに通いだして、そろそろ1年近く。たぶんもう、常連と言っても差し支えないレベルだが、それでも顔見知りと呼べる程のスタッフは、今のところ高瀬さんしかいない。
さっきの受付だって、いるのが高瀬さんじゃなければ、あんな風にあっさりとしたやり取りはできなかっただろう。
というか逆に、俺達、高瀬さん以外のスタッフさんに会った回数のが少ないのでは?
毎週の練習日はもちろんだが、動画制作などのイレギュラーな日程でスタジオにきた時すらも、高瀬さんに受付してもらっているような……。あの人、一体いつ休んでるのだろう。
……まさか、毎日いるとか、そんな事言わないですよね。……ね?
目的のスタジオルームまでは少々距離があるので、移動時間を使って昨日のきらりちゃんの様子を拓弥に話しておく。
ちょうどどの部屋も練習タイムなのか。廊下は俺と拓弥以外には誰も通る気配がなく、話をするにはちょうどいい静けさで満ちていた。
ガンガン音が鳴らされているであろう室内に対し、圧倒的な静けさで包まれている廊下。防音扉の偉大さがよく知れる空間である。
拓弥が真剣な顔つきで、俺の話に耳を傾け始める。
娘の機微を1ミリも逃さないようにするためか、相槌も打たずに話を聞く拓弥。
口を挟んだのは、きらりちゃんによる家捜しならぬ部屋捜しが行われた話をした時ぐらいだ。
さすがの拓弥でも、これは看過できなかったらしい。「アイツはどうしてそういう事を教えるのかなー、もー」と恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。
拓弥って、元奥さんに対してはちょっと口が乱暴になるよな。昨日も元奥さんの事を「アイツ」って呼んでたし。
付き合いが長い優作に対しても、拓弥がそんな乱暴な口ぶりで話しているところなんて見た事ない。なんだか少しばかり意外な一面を見た気がする。
(そういえば、たかのっぽくんもシオリちゃんの前では口が乱暴になってたっけ)
拓弥の事だ。
きっと、これ以上迷惑をかけるのは……、とかなんとか悩んでたんだと思う。
断られたらどうしよう。ここでしくじったら、せっかくのつよつよな仲間達との話し合いも水泡に帰してしまう――。バクバクと鳴る心臓を抑えつつ返信を待った。
待つこと数分。永遠にも感じるほどの長い時間が過ぎ去った後、拓弥から返ってきたのは『わかった』の4文字だった。
深く言及してくる事がなかったのは、もしかしたら、拓弥の方でもきらりちゃんの態度に何か思うところはあったからかもしれない。
『むこうには俺の方から伝えておくよ』と続けられたメッセージにホッと胸をなでおろしながら、俺は『ありがとう』と打ち返した。
そうして、翌日の井尻親子の合流場所として、Re:creation前を指定したのだった。
「それで? きらりと話してみたいって事だったけど、きらり、どんな感じだった? きらりが家を飛び出してきた理由とか、その、何かわかった?」
「というか、きらりはどこ? 透くんと一緒じゃないの?」と拓弥が不思議そうに辺りを見回しながら言った。
昨日のやり取りを思い出させる矢継ぎ早の質問に、思わず俺の顔にも昨晩と同じ苦笑が浮かぶ。
薄々気づいてはいたけど、拓弥の奴、きらりちゃんの事となると一気に落ち着きがなくなるな。
普段はしっかり者で頼れる皆のまとめ役の大人も、自分の子ども相手となるとそうもいかないようだ。拓弥も人の子だったんだなぁ。
「きらりちゃんなら、優作とたかのっぽくんと一緒に、スタジオでお前が来るのを待ってるよ」
「え。優くんとたかのっぽくんといるって、どういう……」
「ほらほら、いいから入った入った。詳しい事は道中話すからさ」
拓弥の背中を押して、Re: creationの中に入る。
「ちょっ、透くん⁉」と驚いた声をあげる拓弥。それを無視して、エントランスの受付にいた高瀬さんに声をかける。「酒井、戻りましたー」と軽く声をかければ、「はーい、おかえりなさーい」と同じぐらいに軽い声音の返答がきた。
「もう、本当に透くんっていつも唐突なんだから……」
拓弥がやれやれといいたげに首を横に振った。
うっ。身に覚えがありすぎる指摘だ。返す言葉もない。
「ごめん」としょんぼりと肩を落とせば、「いいよ。慣れたから」と拓弥が苦笑した。
「それで? 部屋番は?」
急な展開を受け入れた拓弥が先を歩き始める。
エントランス奥の防音扉を開け、スタジオルームが並ぶ廊下へ。俺もその後に続いて扉をくぐり、拓弥の横に並んだ。
「いつもんとこ。よく練習で使ってる部屋」
「え。いつものところ取れたの? 今日、練習日でもなんでもないのに? 事前に予約でもしてたの?」
「いや、当日予約」
「当日予約って……。日曜なのによく取れたね。この時間って、結構混んでるもんじゃないの」
「みたいね。電話口でも高瀬さんに同じ事言われちゃった」
「もーっ。次からは、ちゃんと事前に予約してから来てくださいよ」と、電話口でぷりぷりとした声音で俺を叱った高瀬さんを思い返す。
高瀬さんが言うには、本当はすでに部屋の貸し出し枠は埋まっていたらしい。が、必死に頼み込む俺に同情してくれたのか、「予約と予約の間でよければ」と隙間時間を見つけてねじ込んでくれた。持つべきものはなんとやら、とはよく言ったものだ。
(今思えば、電話に出たのが高瀬さんだったのもラッキーだったよな)
他の人が取ってたら、きっとこうは行かなかったはずだ。Re: creationに通いだして、そろそろ1年近く。たぶんもう、常連と言っても差し支えないレベルだが、それでも顔見知りと呼べる程のスタッフは、今のところ高瀬さんしかいない。
さっきの受付だって、いるのが高瀬さんじゃなければ、あんな風にあっさりとしたやり取りはできなかっただろう。
というか逆に、俺達、高瀬さん以外のスタッフさんに会った回数のが少ないのでは?
毎週の練習日はもちろんだが、動画制作などのイレギュラーな日程でスタジオにきた時すらも、高瀬さんに受付してもらっているような……。あの人、一体いつ休んでるのだろう。
……まさか、毎日いるとか、そんな事言わないですよね。……ね?
目的のスタジオルームまでは少々距離があるので、移動時間を使って昨日のきらりちゃんの様子を拓弥に話しておく。
ちょうどどの部屋も練習タイムなのか。廊下は俺と拓弥以外には誰も通る気配がなく、話をするにはちょうどいい静けさで満ちていた。
ガンガン音が鳴らされているであろう室内に対し、圧倒的な静けさで包まれている廊下。防音扉の偉大さがよく知れる空間である。
拓弥が真剣な顔つきで、俺の話に耳を傾け始める。
娘の機微を1ミリも逃さないようにするためか、相槌も打たずに話を聞く拓弥。
口を挟んだのは、きらりちゃんによる家捜しならぬ部屋捜しが行われた話をした時ぐらいだ。
さすがの拓弥でも、これは看過できなかったらしい。「アイツはどうしてそういう事を教えるのかなー、もー」と恥ずかしそうに顔を両手で覆っていた。
拓弥って、元奥さんに対してはちょっと口が乱暴になるよな。昨日も元奥さんの事を「アイツ」って呼んでたし。
付き合いが長い優作に対しても、拓弥がそんな乱暴な口ぶりで話しているところなんて見た事ない。なんだか少しばかり意外な一面を見た気がする。
(そういえば、たかのっぽくんもシオリちゃんの前では口が乱暴になってたっけ)
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