Herec 2nd~一度音楽をやめた奴らが結成した『社会人バンド』がMVを作る事になった話~

勝哉道花@みちなり文庫

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4章 臆病者と家族とキラキラ星

4-10

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 金属製の黒いポールがX型に交差する形で作られた専用のスタンド上に置かれた、黒色のキーボード。
 普段のHerecのバンド練習では、一度だって使われた事のない代物だ。今日、今この瞬間、このためだけにRe:creationでレンタルした楽器である。

 勝手が違うという言葉を体現するかのように、どこか座りづらそうにたかのっぽくんが、キーボードベンチ――キーボード用の椅子の名前だ――の上で軽く身じろぐ。

 椅子の高さは先の練習時に調整していたはずだが、どうもそれだけでは拭えない感触があるようだ。

(とはいえ、パッと見はやっぱり様になってるなぁ。姿勢がしっかりしているというか、手の置き方なんかも弾き慣れてる人のそれって感じがするし)

 ピアニストやキーボディストは、これまで身の回りにいなかったし、HERO ROCKを組んでいた時も鍵盤楽器を使うような演奏をして来なかったから、正直この分野に関してはあんまり詳しくない。

 でもそんな鍵盤楽器ド素人の俺から見ても、『様になっている』と思える程度には、たかのっぽくんの姿勢はしっかりとしている。

 ピンと伸びた背筋に、しっかりと床につけている足。
 椅子の座りは浅いが、だからって不安定な印象はない。むしろ、隣の優作の体つきにだって負けない、がっしりとした安定感がある。

 肩も余計な力みが一切感じられないというか、凄く自然体な雰囲気があって、その完璧さ具合に、思わず惚れ惚れとしそうだ。イケメンな事も相まって、なんかそういう芸術作品でも見てるみたい。

 ベースが似合ってないとは言わないけど、でもやってきた長さの差は感じずにはいられない。経験の差って、こういうところでもハッキリと出るものなんだなぁ。

「これって、一体……?」

 拓弥が呆然と呟いた。
 そちらへ振り返れば、開けっ放しのままの扉の向こうで、ぽかんとした表情で立ち尽くしている拓弥の姿が目につく。

(まぁ、そうなりますよねー)

 予想通りの反応に俺が苦笑したその時、室内に大きな声が響き渡った。

「パパ!」
「え、きらり?」

 拓弥が目をパチクリとさせながら、声がした方へ顔を向ける。俺も一緒になってそちらへ振り向く。

 やはりと言うべきかなんと言うべきか、そこにいたのはきらりちゃんだった。たかのっぽくんの後ろから、ひょっこりと顔だけを出して、拓弥の方を見ている。

 昨日とは売って変わり、長い髪をおろした状態のきらりちゃん。
 ふわふわとした長い髪の下では、赤と朱色のチェック柄のワンピースシャツが色鮮やかに存在を主張している。
 腰部分の黒い細いベルトが、腰回りにくわえて全体のカラーリングをいい感じにキュッと締めてくれているので、可愛さとかっこよさをいい感じに共存した、とても魅力的なファッションに仕上がっている。

(本当は、もっとちゃんと髪をまとめてあげたかったんだけど、俺じゃあブラシでとかすだけで精いっぱいだったからなぁ)

 まさかひとつ結びってものが、あんなに難しいものだとは思わなかったぜ。まとめてもまとめて、サイドが崩れてぼさっとなるから結局諦めちゃった。これを日々やってあげてる拓弥の元奥さん、凄い。お見逸れしました。

 驚く父親の視線を受つつ、きらりちゃんがたかのっぽくんの後ろから飛び出す。
 そうして、トトトトトッと楽器隊の前へと小走りで移動したかと思うと、ビシッ! と力強く背筋を伸ばし、俺と拓弥に向けて気をつけの姿勢をした。

「じゅんび、できました!」
「はい、きらりちゃんオッケーでーす」

 ドキドキと、緊張している事がよくわかる真剣な面持ちのきらりちゃん。その緊張を和らげてやるため、ニッと笑い返してやる。

「大人組も準備オッケー?」と、小さな主役の後ろに並ぶ楽器隊に声をかければ、「大丈夫です」「いつでも」と返事がきた。

「ま、待って待って。準備って何。おれ、全然事情が飲み込めてないんだけど⁉」

「透くん達、一体何するつもりなのさ」と拓弥が、あわあわと混乱した様子で訊ねてくる。
 いつものしっかり者な雰囲気が微塵の欠片もなくなってしまった友人からの問に、「何って」とケロリと言葉を返しながら、俺はそちらへ振り返った。

「授業参観?」
「は……」
「いやでも、今は授業中じゃねぇから、発表会って言った方がいいのかな。それよりもミニライブって言った方がしっくり来るかも?」
「ミ、ミニライブ??」

 わけがわからない、といった様子で目を白黒とさせる拓弥。

 そんな拓弥に、俺は自身のサプライズがものの見事に成功したらしい事を察し、ニヤリと意地の悪い笑みを顔に浮かべた。

「そ。小さな小さなソロシンガーさんによる、たった1人のお客さんのためのミニライブだよ」
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