年神印の年の瀬珈琲

勝哉道花@みちなり文庫

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EP.2 抹茶珈琲

19

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 それは、敏子が初めて敬三に茶を出してから、数日後のこと。
 その日、敏子は敬三に誘われて、とある喫茶店に来ていた。

 高度経済成長期も終わり、いわゆるバブルと呼ばれる時代に突入したこの時代。世間には『カフェ』と呼ばれるものが多く生まれ始めていた。
 従来の珈琲や紅茶といった飲み物にちょっと軽食を出すだけの喫茶店は『純喫茶』と呼ばれるようになり、酒やモーニングセットなどの飲食も提供できるカフェとは別物とされた。

 立ち飲み形式のセルフサービスを提供する喫茶店が誕生したのも、この頃とされている。
 働けば働くほど稼げるとされた時代だ。仕事の合間にちょこっと、休憩がてらに少しといった、当時の日本人の珈琲に対する飲み方から生まれた店といっても過言ではない。

 事実、敏子が訪れた喫茶店も、そうした立ち飲み形式の提供も行っている喫茶店だった。敬三いわく「営業帰りによく寄るお店なんですよ」とのことだ。

「一度ゆっくり席に着いて飲んでみたいと思っていたんです。珈琲以外にもケーキやサンドウィッチのような軽食も味わえるそうですよ」

 窓際、2人掛けの席。丸いテーブルを間に挟んで、敬三と2人、向かい合う形で敏子は席につく。

 敏子がこうした店に来るのは初めてだった。
 周りを見回すと洋装の若者が多く、なかにはスーツ姿の男性や女性もいる。

 着物でカッチリと身を固めているのは敏子1人だ。店の様相も西洋風で、なんとなく居ずまいが悪くなったのを覚えている。

 なにを注文すればいいのかもわからず、結局、敬三がいつも頼むというブレンド珈琲を一緒に注文してもらった。「ブレンド2つ」敬三がそう頼んでから数分後、2つの白いカップがテーブルに届く。

 これが、この人がいつも飲んでいる珈琲――ちらりと、目の前に座る敬三に目を移した後、敏子は珈琲に口をつけた。

 途端、口の中に広がった苦みに顔を顰めた。

「思ったより苦いものなんですね、珈琲って」

 苦みは茶で慣れていると思ったが、それとはまったく違う苦さだ。

 キューッと、口の中が渋みで溢れかえるといえばよいのか。
 どこまで探しても苦みばかりで、それ以外の味わいが感じられない。
 焦げにも似た苦みが口内を占めていく。逃げたくても逃げ場がない。

 敬三が意外だというように、「おや」と声をあげた。

「苦いのはダメでしたか。茶がお好きなご様子だったので、ブラックもいけるかとばかり」
「この珈琲はブラックというのですか」
「えぇ。なんの味も加えていない、珈琲元来の味のまま出したものをそういうのですよ。もしや珈琲は初めてで?」
「父が飲んでいるのを見たことはありますが、私自身は飲んだことはありません」

 普段敏子が飲む物といえば、もっぱら抹茶、もしくは緑茶だ。時々、父の取引先や母の知り合いからの土産や季節の贈り物を通して紅茶を飲むことはあったが、それくらいである。
 日本茶に勝るものはなにもない。

「……失望しましたか」

 ぽつりと、小さな声が敏子の口からこぼれ落ちた。

「はい?」と不思議そうに敬三が首をかしげる。

「失望とは」
「私が珈琲を飲めないことに」

 妻になる相手が、珈琲も飲めないことに。自分の旦那になる相手が好む物も満足に飲めないことに。

 それどころか、せっかく連れてきてもらっていながら、『苦い』だなんて文句を言うなんて。男としてはなんとも面目丸つぶれのデートだろう。

(私、こないだからダメなところばかり、この人に見せている)

 なぜこうも上手くいかないのだろう。自分が情けなくて仕方がない。

 私はただ、自分が好きな茶を飲んでくれた人の好きな物を、自分も飲んでみたいと、味わってみたいと、そう思ってここまで来ただけだったのに――俯き、ギュッと膝の上で拳を握る。

 そんな敏子を、はたして敬三はどのような顔で見ていたのだろう。
 静寂が2人の間を支配した。他の客の笑い声や珈琲の抽出音と思われる湯が沸くような音が、やけにうるさく敏子の耳に飛び込んでくる。

 しばらくした後、敬三が「敏子さん」と敏子を呼んだ。
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