4 / 9
4章 気まぐれな風に乗って
僕は空「気」になりました
しおりを挟む
気がつけば、僕が死に、空気になって10年。世界中を漂泊してきた。
あらゆる地で、熱気と狂気、人の叫びと絶叫が交錯する。
そんな人々にも空気は欠かせない。新鮮な空気を求めることは、自由を求めることと同義だ。空気は自由そのもの——だが、自由を求め、時に憎悪に駆られて銃を手にし、我先にと清浄な息吹を奪い合う。それが容易に手に入らぬことを知らない。知ろうともしない。
そして、気まぐれな風に乗せられ、地震の爪痕が刻まれた壮絶な場所にたどり着いた。
親を亡くして泣きじゃくる子、子を亡くして慟哭する母。埃が舞い、炎が揺らめき、地獄が広がる。
ふと、風の囁きが耳に届く。空気たちが上空からヒソヒソと囁き、まるで自業自得だと嘲笑っているようだ。僕を呼ぶ気配を感じた。
そこは病院の中だった。傷ついた老人と少女がベッドに横たわり、懸命に治療する医師たちの常軌を逸した怒声が響き渡る。どの気配が僕を呼んだのか、様子を伺うと、それは一人の医師からだった。真っ赤に染まった手、その指先には鋭く光るメスが握られている。額から汗が滴り、瞳から涙が溢れていた。
その瞬間、僕の霊気が凍りついた。この医師は、10年前の君——太陽だった。春の教室で炎のように輝き、柳のようにしなやかだった君。17歳の夏、僕を黒い海に沈めた君。27歳の今、血と涙にまみれ、遠く日本から離れた地で命を繋ぐためにメスを振るう君。
様子から、すでに何人もの命と向き合ってきたのだろう。希望と絶望を繰り返し、声にならぬ呻きを念仏のように唱えていた。
この医師は僕に何を期待しているのか、何を思っているのかを知るには、まだ観察が必要だ。僕は霊気のように君の周りをぐるぐると彷徊する。
次々と運ばれてくる患者たち。君は持てる全ての力を注いで治療に当たる。
ふと、声にならない念仏が微かに聞こえた。「空、空、空、戻ってこい、戻ってこい」と。えっ? 君なの、太陽なの?
僕は動揺した。10年前の君、太陽がそこにいた。ここは日本から遠く離れた地。君は医師として働いていたのだ。
殺したはずの僕の名をなぜ…。この場をすぐにでも逃げ出したかった。しかし、風は吹かなかった。何年もの間、君を見つけたら殺気となって復讐すると誓っていた。だが、恐怖と、僕を殺した相手と対峙する勇気の欠如に縛られ、僕は気配を消した。
夜中、君は病院の廊下で呆然と月を見つめていた。無力感と喪失感が君の肩を揺らし、月の光に浮かぶ。小さく漏れる嗚咽が響く。「また救えなかったよ、空、許してくれ…」と。
あらゆる地で、熱気と狂気、人の叫びと絶叫が交錯する。
そんな人々にも空気は欠かせない。新鮮な空気を求めることは、自由を求めることと同義だ。空気は自由そのもの——だが、自由を求め、時に憎悪に駆られて銃を手にし、我先にと清浄な息吹を奪い合う。それが容易に手に入らぬことを知らない。知ろうともしない。
そして、気まぐれな風に乗せられ、地震の爪痕が刻まれた壮絶な場所にたどり着いた。
親を亡くして泣きじゃくる子、子を亡くして慟哭する母。埃が舞い、炎が揺らめき、地獄が広がる。
ふと、風の囁きが耳に届く。空気たちが上空からヒソヒソと囁き、まるで自業自得だと嘲笑っているようだ。僕を呼ぶ気配を感じた。
そこは病院の中だった。傷ついた老人と少女がベッドに横たわり、懸命に治療する医師たちの常軌を逸した怒声が響き渡る。どの気配が僕を呼んだのか、様子を伺うと、それは一人の医師からだった。真っ赤に染まった手、その指先には鋭く光るメスが握られている。額から汗が滴り、瞳から涙が溢れていた。
その瞬間、僕の霊気が凍りついた。この医師は、10年前の君——太陽だった。春の教室で炎のように輝き、柳のようにしなやかだった君。17歳の夏、僕を黒い海に沈めた君。27歳の今、血と涙にまみれ、遠く日本から離れた地で命を繋ぐためにメスを振るう君。
様子から、すでに何人もの命と向き合ってきたのだろう。希望と絶望を繰り返し、声にならぬ呻きを念仏のように唱えていた。
この医師は僕に何を期待しているのか、何を思っているのかを知るには、まだ観察が必要だ。僕は霊気のように君の周りをぐるぐると彷徊する。
次々と運ばれてくる患者たち。君は持てる全ての力を注いで治療に当たる。
ふと、声にならない念仏が微かに聞こえた。「空、空、空、戻ってこい、戻ってこい」と。えっ? 君なの、太陽なの?
僕は動揺した。10年前の君、太陽がそこにいた。ここは日本から遠く離れた地。君は医師として働いていたのだ。
殺したはずの僕の名をなぜ…。この場をすぐにでも逃げ出したかった。しかし、風は吹かなかった。何年もの間、君を見つけたら殺気となって復讐すると誓っていた。だが、恐怖と、僕を殺した相手と対峙する勇気の欠如に縛られ、僕は気配を消した。
夜中、君は病院の廊下で呆然と月を見つめていた。無力感と喪失感が君の肩を揺らし、月の光に浮かぶ。小さく漏れる嗚咽が響く。「また救えなかったよ、空、許してくれ…」と。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる