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第2章「狂竜、ご令嬢ルーシー」
第19話「竜の幸福」
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「ねえ、なんでこうなっちゃうのよ」
「ははは……。ちょうどメイドを募集していたようで、まぁ偶然、ですね」
ロルフはあの日とは違う意味で苦笑いするしかなかった。なぜ、こうなったかと言えば本当に偶然でしかない。
目の前の調理場では、慌ただしく夕食の準備が進められていた。その中には、今日から正式に住み込みで働き始めたメイドも混じっている。
「あっ、ロルフーっ! ミアーっ!」
新しく入ったメイド――ルーシーがメイド姿でぶんぶんと手を振っていた。まさに元気溌溂といった様子で、それを見咎めた隣のレイラに怒られていた。
あの時とは想像もつかない。
森でルーシーを確保した後、ロルフたちの屋敷で彼女は二日ほど寝込んだ。
レイラに診てもらった結果、疲労で寝ているだけなのは分かっていた。だから、屋敷に運んだのだ。
そこから、ルーシーはこんこんと眠り込んでいた。レイラが大丈夫だ、と言ってもミアは気を揉んで、ずっとルーシーの側にいた。
ルーシーが起きた時は驚いた。たまたまミアを呼び行った時だったので、一部始終を見ていたのだ。
ミアはルーシーが起きるなり、盛大に一発頬を張った。それはもう――普段なかなか聞き慣れない、いい音がした。
そこからは、二人を宥めるのが大変だった。泣き出すし、感情が昂っているのかなにをいっているのか分からなかったし。
午後一番で目覚めたのに、二人が落ち着く頃にはすっかり日が暮れていた。屋敷の者が気を利かせたのか、幸いにも誰もルーシーの病室には入ってこなかった。
そして、ルーシーから直接、事情を聞いたのだが――妙だった。
語られた内容が本当であれば、あの屋敷から死体が見つかっていないとおかしい。しかし、正式にも非公式にもそんなものは無かった。さらに言えば、アークレーン・サンドリアなどという男も家も聞いたことがなかった。
ミアとロルフ、そしてルーシーの間で話す内に疑問ばかりが生まれるだけだった。
しかし、現状では屋敷が倒壊していること、ルーシーが一人であることだけは確かだった。これは、騎士団の情報でも同じだ。後日、失踪者が見つかったとして騎士団に報告した時に聞いたので間違いなかった。
ルーシーにしてみれば、意味が分からなかっただろう。いきなり身一つで世界に放り出されたようなものなのだから。
しかし、彼女は気丈に振る舞っていた。屋敷を建て直すお金もないことから、ちょうどいいわね、とミアの母親――ミージアがメイドとして雇ったのだ。
とにかくごたごたで忙しない一週間だった。
ロルフが回想に耽っていると、ミアとレイラがこちらにやってくる。というよりも、ミアにレイラが引きずられていた。
この二人、ある意味いいコンビだと思う。
ははっ、狼とじゃ、竜の方が純粋な力は強いのか……。
二人とも普段は力を出さない様にしているはずだが。ルーシーは目をきらきらにさせて、こっちに来ていた。今は結構忙しいはずだから、戻った方がいいと思うのだが。
「ねえっ、ロルフっ! レイラと料理練習してるって本当っ?」
出し抜けにルーシーが聞いてくる。レイラを見ると、天を仰いでいた。
「料理練習……?」
隣にいたミアが、未知の言語を聞いたかのように繰り返す。そういえば、そんなことやってたな。先週はルーシーの一件で出来なかったけど。
「あれ? ミアは知らなかったの? 毎週、ここでやってるんだって」
「毎週……」
「そう、レイラとロルフの二人で」
「二人で。へえー……、ロルフどういうことかしら? 私、そんな話聞いて無いんだけど?」
ミアがロルフの腕を掴んでくる。彼女は非力なのであまり痛くはないのだが、説明するまで逃がさないという意思をひしひしと感じる。
「あー……、まぁ、レイラも早く料理が上手くなりたいって言っていたので。俺もお腹が膨れてちょうどいいかなと思いまして。レイラもまだ日が浅いので、ここに慣れるために頑張っているんですよ」
「そ、そうです。お嬢様」
レイラを見ると、必死に頷いていた。
「ふーん、そう……。ロルフと二人っきりになりたかっただけだと思うけど……。そう、なの」
「あはは……」
レイラは苦笑いしている。ミアの目は鋭かった。
そういえば、レイラの押しに負けてするようになったんだよな。
まぁ、レイラの料理、普通に上手かったからな……。頑張っているのは無碍にしたくなかったし……。
「ねっ、その練習に私も混ざってもいい? あっ、ミアもやる?」
「そうね、是非とも一緒に練習したいわ。ねえ、レイラ」
「あははー、……分かりました。お嬢様」
ロルフ抜きでトントン拍子にルーシーとミアが「料理練習」に混ざることになった。ルーシーはただ単に楽しそうだからやりたいだけなのだろう。
「楽しみー、ね、レイラっ」
「そ、そうねー」
ルーシーはレイラの腕を組んでウキウキで話す。彼女の明るさにはレイラもたじたじなようだった。この分ではメイドの仕事でも普段から振り回されそうだ。
「あっ、そうだっ!」
突然、ロルフの腕を掴んできた。
「ちょっ、ルーシーっ?」
ミアは何事かと、ルーシーを咎める。
ルーシーは一瞬、ミアを見ると悪戯っ子のように笑った。いつもと違う笑い方に、ロルフは思わずドキッとする。
「ロルフっ!」
「ルーシーなにを――」
ミアが言う前にルーシーはぐいっとロルフの腕を引っ張った。つられてルーシーの方に体が傾く。
――チュッ。
あまりに可愛らしい音が自分の頬から鳴った。柔らかい感触が頬に残る。
「これはお礼だよっ」
こしょっ、とルーシーは囁いて、腕が解かれた。こそばゆさと頬にキスされたことで、顔が熱くなる。
「痛っ!」
見ると片足がミアに踏み潰されていた。おまけにぐりぐりと捻り込んでくるものだから、痛さ倍増だ。
「な~に、喜んでるのかしらぁー?」
「ロルフ、嬉しそうね。私もやってみようかしら……」
「やめてくれ、二人とも……」
口々に言われ、ロルフは降参した。わざとじゃないのだから、許して欲しい。
レイラはしないでくれた方がありがたい。余計にミアに怒られる。
「ルーシーも、なにしてんのよっ!」
「お礼だよー。ミアもしてみたら?」
「う、うるさいっ。もうっ、二人とも働けぇ!」
ミアの悲鳴ともつかない、命令が響き渡った。もっとも――
「はーい。ミアお嬢様ーっ」
ルーシーにはまったく効いていないようだったが。「なんで、私まで……」レイラの悲し気な声が聞こえる中、二人は調理へ戻っていった。
「ははは……。ちょうどメイドを募集していたようで、まぁ偶然、ですね」
ロルフはあの日とは違う意味で苦笑いするしかなかった。なぜ、こうなったかと言えば本当に偶然でしかない。
目の前の調理場では、慌ただしく夕食の準備が進められていた。その中には、今日から正式に住み込みで働き始めたメイドも混じっている。
「あっ、ロルフーっ! ミアーっ!」
新しく入ったメイド――ルーシーがメイド姿でぶんぶんと手を振っていた。まさに元気溌溂といった様子で、それを見咎めた隣のレイラに怒られていた。
あの時とは想像もつかない。
森でルーシーを確保した後、ロルフたちの屋敷で彼女は二日ほど寝込んだ。
レイラに診てもらった結果、疲労で寝ているだけなのは分かっていた。だから、屋敷に運んだのだ。
そこから、ルーシーはこんこんと眠り込んでいた。レイラが大丈夫だ、と言ってもミアは気を揉んで、ずっとルーシーの側にいた。
ルーシーが起きた時は驚いた。たまたまミアを呼び行った時だったので、一部始終を見ていたのだ。
ミアはルーシーが起きるなり、盛大に一発頬を張った。それはもう――普段なかなか聞き慣れない、いい音がした。
そこからは、二人を宥めるのが大変だった。泣き出すし、感情が昂っているのかなにをいっているのか分からなかったし。
午後一番で目覚めたのに、二人が落ち着く頃にはすっかり日が暮れていた。屋敷の者が気を利かせたのか、幸いにも誰もルーシーの病室には入ってこなかった。
そして、ルーシーから直接、事情を聞いたのだが――妙だった。
語られた内容が本当であれば、あの屋敷から死体が見つかっていないとおかしい。しかし、正式にも非公式にもそんなものは無かった。さらに言えば、アークレーン・サンドリアなどという男も家も聞いたことがなかった。
ミアとロルフ、そしてルーシーの間で話す内に疑問ばかりが生まれるだけだった。
しかし、現状では屋敷が倒壊していること、ルーシーが一人であることだけは確かだった。これは、騎士団の情報でも同じだ。後日、失踪者が見つかったとして騎士団に報告した時に聞いたので間違いなかった。
ルーシーにしてみれば、意味が分からなかっただろう。いきなり身一つで世界に放り出されたようなものなのだから。
しかし、彼女は気丈に振る舞っていた。屋敷を建て直すお金もないことから、ちょうどいいわね、とミアの母親――ミージアがメイドとして雇ったのだ。
とにかくごたごたで忙しない一週間だった。
ロルフが回想に耽っていると、ミアとレイラがこちらにやってくる。というよりも、ミアにレイラが引きずられていた。
この二人、ある意味いいコンビだと思う。
ははっ、狼とじゃ、竜の方が純粋な力は強いのか……。
二人とも普段は力を出さない様にしているはずだが。ルーシーは目をきらきらにさせて、こっちに来ていた。今は結構忙しいはずだから、戻った方がいいと思うのだが。
「ねえっ、ロルフっ! レイラと料理練習してるって本当っ?」
出し抜けにルーシーが聞いてくる。レイラを見ると、天を仰いでいた。
「料理練習……?」
隣にいたミアが、未知の言語を聞いたかのように繰り返す。そういえば、そんなことやってたな。先週はルーシーの一件で出来なかったけど。
「あれ? ミアは知らなかったの? 毎週、ここでやってるんだって」
「毎週……」
「そう、レイラとロルフの二人で」
「二人で。へえー……、ロルフどういうことかしら? 私、そんな話聞いて無いんだけど?」
ミアがロルフの腕を掴んでくる。彼女は非力なのであまり痛くはないのだが、説明するまで逃がさないという意思をひしひしと感じる。
「あー……、まぁ、レイラも早く料理が上手くなりたいって言っていたので。俺もお腹が膨れてちょうどいいかなと思いまして。レイラもまだ日が浅いので、ここに慣れるために頑張っているんですよ」
「そ、そうです。お嬢様」
レイラを見ると、必死に頷いていた。
「ふーん、そう……。ロルフと二人っきりになりたかっただけだと思うけど……。そう、なの」
「あはは……」
レイラは苦笑いしている。ミアの目は鋭かった。
そういえば、レイラの押しに負けてするようになったんだよな。
まぁ、レイラの料理、普通に上手かったからな……。頑張っているのは無碍にしたくなかったし……。
「ねっ、その練習に私も混ざってもいい? あっ、ミアもやる?」
「そうね、是非とも一緒に練習したいわ。ねえ、レイラ」
「あははー、……分かりました。お嬢様」
ロルフ抜きでトントン拍子にルーシーとミアが「料理練習」に混ざることになった。ルーシーはただ単に楽しそうだからやりたいだけなのだろう。
「楽しみー、ね、レイラっ」
「そ、そうねー」
ルーシーはレイラの腕を組んでウキウキで話す。彼女の明るさにはレイラもたじたじなようだった。この分ではメイドの仕事でも普段から振り回されそうだ。
「あっ、そうだっ!」
突然、ロルフの腕を掴んできた。
「ちょっ、ルーシーっ?」
ミアは何事かと、ルーシーを咎める。
ルーシーは一瞬、ミアを見ると悪戯っ子のように笑った。いつもと違う笑い方に、ロルフは思わずドキッとする。
「ロルフっ!」
「ルーシーなにを――」
ミアが言う前にルーシーはぐいっとロルフの腕を引っ張った。つられてルーシーの方に体が傾く。
――チュッ。
あまりに可愛らしい音が自分の頬から鳴った。柔らかい感触が頬に残る。
「これはお礼だよっ」
こしょっ、とルーシーは囁いて、腕が解かれた。こそばゆさと頬にキスされたことで、顔が熱くなる。
「痛っ!」
見ると片足がミアに踏み潰されていた。おまけにぐりぐりと捻り込んでくるものだから、痛さ倍増だ。
「な~に、喜んでるのかしらぁー?」
「ロルフ、嬉しそうね。私もやってみようかしら……」
「やめてくれ、二人とも……」
口々に言われ、ロルフは降参した。わざとじゃないのだから、許して欲しい。
レイラはしないでくれた方がありがたい。余計にミアに怒られる。
「ルーシーも、なにしてんのよっ!」
「お礼だよー。ミアもしてみたら?」
「う、うるさいっ。もうっ、二人とも働けぇ!」
ミアの悲鳴ともつかない、命令が響き渡った。もっとも――
「はーい。ミアお嬢様ーっ」
ルーシーにはまったく効いていないようだったが。「なんで、私まで……」レイラの悲し気な声が聞こえる中、二人は調理へ戻っていった。
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