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エピローグ「蛇の目、不死身ロルフ」
第32話「王女のわがまま」
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長い夢を見ていた気がする。
ロルフは珍しくすっと目が覚めた。いつもは、寝起き特有のまどろみが足を引っ張るのに、今日は違った。起きた瞬間から、意識が覚醒している。
それは、今日いよいよ王城に向かうからか、それとも――
「あー、起きたっ!」
ルーシーがベッドに寝ているロルフの体の上で、馬乗りになって揺らす。子供の様にやたらとハイテンションなその様子に、ロルフは朝から疲れそうだった。
「やっと起きたわね、寝起きも可愛い」
「ロルフ、私は止めたからね。そこの所、ちゃんと覚えておいてね」
おまけに両サイドからは、レイラとサンディが頬ツンツンとしてくる。うざったいことこの上なかった。もう少し快適に眠らせて欲しい。この状況はある意味、羨望の的かもしれないが。
「お前ら、朝くらいは静かに出来ないのか? というかなんで勝手に入ってきている」
「サンディが入れてくれたんだよ。やっぱ、便利だよねあの魔法ー」
「ノリノリでしたわね」
「うるさい、二人とも。私に命令されたいの」
あっさりと暴露されたサンディが、顔をみるみる真っ赤にしていく。それでいながら怒っているという器用なことをしていた。
それを見て、ロルフは裏切られた気持ちになる。サンディは態度こそ尊大だが、比較的常識人だったはずだ。他二人のストッパーでもあるというのに。
「仲良いのは結構だが、王族の前では気を付けろよ」
「はーいっ!」
「私、大人しく出来るでしょうか……?」
「そうね、レイラ。私も出来ないかも……。あの小娘は、一発殴りたいのよね」
「おいおい、やめてくれよ。さすがに一国丸ごとは相手にしたくないぞ」
ロルフを含む、サンディ、レイラ、ルーシーの冒険者パーティー。全員が、この国の王家から呼び出しをくらっていた。それが、今日。
正確には、この一か月の騒ぎの元凶を解決してくれたことによる褒賞金の授与、ということになっている。まあ実際のところは、王様と女王様が娘のことについて色々知りたいのだろう。空白の期間のことを。
あの教会での後――幻覚洗脳を解いたミア王女を王城に届けたり、彼女が犯人であることを教えたり、起床したミアに泣きつかれたり。そして、それを見た王様に色々誤解されたり、解いたり。
まあー……、大変だった。おかげで、王と女王にはまともに説明できていない。それなのに、噂だけは側近経由で色々聞こえてくるのだから気になってしょうがなかっただろうな。
一応の誤解は解けている……、はずだ。
きっとロルフ自身の口から語らせたいのだろう。こっちとしては、できれば幻覚洗脳に囚われていた期間の記憶は、失くしてしまいたいくらいだが。色々と恥ずかしすぎることが多い。
「ふーん、ロルフは王女を庇うの?」
「へ?」
「そうですよー、いまだにあのわるーい王女に誑かされているんですか? 私たちのこと忘れちゃうくらいですもんね……」
「わるいこだーっ! あははっ!」
それはお前らも似たようなものだろうと、喉まで出かかる。だが、そんなことを言えば、三人に朝からぼろぼろにされるのは目に見えていた。
「……すまん」
ロルフはその言葉しか発するしか出来なかった。いつの間にか、三人にはより一層に敵わなくなってしまった。そう思いながら。
◆
この国に来た時と同様に、四人は馬車で王城に向かった。都合三度目となると、慣れがやってくる。ただ――
「なんか視線がすごくないですか?」
「ピリピリするー」
レイラとルーシーが言うように、馬車を降りて歩き始めた途端、使用人や騎士たちからの視線が凄かった。これは、……嫌な噂が広まってそうだ。内心ロルフは冷や汗を搔いてくる。
ミア王女は、今回の一件でお仕置きとしてしばらく魔法が使用できないようにされているはずだ。だから、洗脳は出来ないはずなのだが……。普通の噂を流すのはさすがに止められない。
「ロルフ。愛されてるね」
「サンディ、冗談でもやめてくれ」
「あら、本気よ」
それはそれで質が悪い。
「まあ? 私には敵わないけどね」
ぼそっと呟く彼女の顔は赤くなっていた。恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「なによ?」
「くくっ、いや、なんでも」
「ちょっとー、私たちの前でイチャつかないで下さいー」
「二人とも、うざくなってる」
失礼な。サンディが甘えてくるようになったから、応えているだけなのに。
「あのー、そろそろ着きますので……」
少々声のボリュームが大きすぎたのだろう。前を歩いている、以前と同じ案内役の執事に注意されてしまった。
そこから、数分ほどかかって部屋に到着する。四人は中に入った。
ゆっくりと話したいということで、今回は王座のある間ではない。
長テーブルのある、どちらかというと、普段の食事に使われていそうな部屋だ。まあ、飾られている調度品やテーブル自体は、どれも高そうではあったが。
こっちのが落ち着いていて、いいけど……。
ロルフは驚いた。女王は初めて見たのだが、ミアにそっくりだったのだ。いや、親子なのだから当たり前ではある。しかし、ミア王女が大人になったらこういう感じになるだろう、そう思わせるものが女王にはあった。くっきりした目、流れるような銀髪。美貌含めて。
「初めまして、ロルフさん、サンディさん、レイラさん、ルーシーさん。さっ、どうぞこちらに座って」
しかし、物腰は柔らかくミアとは正反対だった。ミアは気が強く、そんなものなど欠片もなかったのだから。まあ、そういうのはサンディで慣れてはいたのだから平気ではあったのだが。
王達は左からミア、女王、王の順に座っている。ロルフたちはミアの前からルーシー、ロルフ、サンディ、レイラの順で座る。
ミアは不貞腐れていた。不満を隠そうともしない。
話は主に女王が仕切っていく。王はしきりに汗を拭いており、妻の尻に敷かれているのがよく分かった。
「あ、そうだわ。聞いていると思うけど、ミアは蝶を使えないから安心してね。これよ」
「あっ」
女王がミアの左腕を掲げる。白くか細い腕、銀製の腕輪が付いていた。魔法を封じているらしい。それも器用なことに、あの幻覚のみを。技術力の高さにロルフは感心した。
一切話さないミアのことは気になったが、ロルフたちもいつまでもこの国にいるつもりはない。褒賞金を受け取ったら、さっさと次の場所に行きたい。そう思っていた。
今後の予定を女王に聞かれた時だった。ロルフは考えていた通りに、国を出て行くことを伝えた。
そこで、今まで黙っていたミアが口を開いた。
「……私も行く」
「ミア?」
「ねえ、お母様。私もロルフたちと一緒に旅をしたい。だって、このままじゃ……」
その目は切実だった。……彼女は本気だ。ミアのことは嫌いではないが、それは不可能だろう。しかし、お姫様のわがままは止まらなかった。
魔法が止められて相当に鬱憤が溜まっていたのか。行きたい、付いていきたい、ロルフと一緒にいたい、とそればかり連呼する。
「お黙りなさい。ミア。それはダメよ」
母強し。ミアのわがままは女王の一喝で止まった。ロルフはその言葉にほっとする。万が一、連れて行くことになると身の安全を保障できない。
一時でも、彼女の執事だったのだ。そんな不安定な旅にミアを連れて行きたくはない。
そこからは王も交えて世間話に興じた。これまでの冒険の話や、幻覚洗脳中のことなど。ロルフは彼らが満足するように情緒たっぷりに語った。二度と訊かれないで済むように。
ミアはその間中、ロルフをじっと見つめて、自分からはなにも話さなくなってしまった。話題を振られれば喋るのだが、ずっと上の空だ。
ロルフは不安になった。この国から自分が離れてミアは大丈夫だろうかと。もちろん、問題はないはずだった。むしろ、色々と丸く収まる。
結局、その謁見というか雑談自体は平和に終わり、無事に褒賞金も破格の額を貰えた。しかし、ミアの様子がロルフの心残りになりそうだった。いきなり国中を幻覚洗脳で覆ってしまうなど、彼女の行動力は計りしれないのだ。最後までなにがあるのか分からない。
強引にでも付いてきそうだな、と思ってしまった。
ロルフは珍しくすっと目が覚めた。いつもは、寝起き特有のまどろみが足を引っ張るのに、今日は違った。起きた瞬間から、意識が覚醒している。
それは、今日いよいよ王城に向かうからか、それとも――
「あー、起きたっ!」
ルーシーがベッドに寝ているロルフの体の上で、馬乗りになって揺らす。子供の様にやたらとハイテンションなその様子に、ロルフは朝から疲れそうだった。
「やっと起きたわね、寝起きも可愛い」
「ロルフ、私は止めたからね。そこの所、ちゃんと覚えておいてね」
おまけに両サイドからは、レイラとサンディが頬ツンツンとしてくる。うざったいことこの上なかった。もう少し快適に眠らせて欲しい。この状況はある意味、羨望の的かもしれないが。
「お前ら、朝くらいは静かに出来ないのか? というかなんで勝手に入ってきている」
「サンディが入れてくれたんだよ。やっぱ、便利だよねあの魔法ー」
「ノリノリでしたわね」
「うるさい、二人とも。私に命令されたいの」
あっさりと暴露されたサンディが、顔をみるみる真っ赤にしていく。それでいながら怒っているという器用なことをしていた。
それを見て、ロルフは裏切られた気持ちになる。サンディは態度こそ尊大だが、比較的常識人だったはずだ。他二人のストッパーでもあるというのに。
「仲良いのは結構だが、王族の前では気を付けろよ」
「はーいっ!」
「私、大人しく出来るでしょうか……?」
「そうね、レイラ。私も出来ないかも……。あの小娘は、一発殴りたいのよね」
「おいおい、やめてくれよ。さすがに一国丸ごとは相手にしたくないぞ」
ロルフを含む、サンディ、レイラ、ルーシーの冒険者パーティー。全員が、この国の王家から呼び出しをくらっていた。それが、今日。
正確には、この一か月の騒ぎの元凶を解決してくれたことによる褒賞金の授与、ということになっている。まあ実際のところは、王様と女王様が娘のことについて色々知りたいのだろう。空白の期間のことを。
あの教会での後――幻覚洗脳を解いたミア王女を王城に届けたり、彼女が犯人であることを教えたり、起床したミアに泣きつかれたり。そして、それを見た王様に色々誤解されたり、解いたり。
まあー……、大変だった。おかげで、王と女王にはまともに説明できていない。それなのに、噂だけは側近経由で色々聞こえてくるのだから気になってしょうがなかっただろうな。
一応の誤解は解けている……、はずだ。
きっとロルフ自身の口から語らせたいのだろう。こっちとしては、できれば幻覚洗脳に囚われていた期間の記憶は、失くしてしまいたいくらいだが。色々と恥ずかしすぎることが多い。
「ふーん、ロルフは王女を庇うの?」
「へ?」
「そうですよー、いまだにあのわるーい王女に誑かされているんですか? 私たちのこと忘れちゃうくらいですもんね……」
「わるいこだーっ! あははっ!」
それはお前らも似たようなものだろうと、喉まで出かかる。だが、そんなことを言えば、三人に朝からぼろぼろにされるのは目に見えていた。
「……すまん」
ロルフはその言葉しか発するしか出来なかった。いつの間にか、三人にはより一層に敵わなくなってしまった。そう思いながら。
◆
この国に来た時と同様に、四人は馬車で王城に向かった。都合三度目となると、慣れがやってくる。ただ――
「なんか視線がすごくないですか?」
「ピリピリするー」
レイラとルーシーが言うように、馬車を降りて歩き始めた途端、使用人や騎士たちからの視線が凄かった。これは、……嫌な噂が広まってそうだ。内心ロルフは冷や汗を搔いてくる。
ミア王女は、今回の一件でお仕置きとしてしばらく魔法が使用できないようにされているはずだ。だから、洗脳は出来ないはずなのだが……。普通の噂を流すのはさすがに止められない。
「ロルフ。愛されてるね」
「サンディ、冗談でもやめてくれ」
「あら、本気よ」
それはそれで質が悪い。
「まあ? 私には敵わないけどね」
ぼそっと呟く彼女の顔は赤くなっていた。恥ずかしいなら言わなければいいのに。
「なによ?」
「くくっ、いや、なんでも」
「ちょっとー、私たちの前でイチャつかないで下さいー」
「二人とも、うざくなってる」
失礼な。サンディが甘えてくるようになったから、応えているだけなのに。
「あのー、そろそろ着きますので……」
少々声のボリュームが大きすぎたのだろう。前を歩いている、以前と同じ案内役の執事に注意されてしまった。
そこから、数分ほどかかって部屋に到着する。四人は中に入った。
ゆっくりと話したいということで、今回は王座のある間ではない。
長テーブルのある、どちらかというと、普段の食事に使われていそうな部屋だ。まあ、飾られている調度品やテーブル自体は、どれも高そうではあったが。
こっちのが落ち着いていて、いいけど……。
ロルフは驚いた。女王は初めて見たのだが、ミアにそっくりだったのだ。いや、親子なのだから当たり前ではある。しかし、ミア王女が大人になったらこういう感じになるだろう、そう思わせるものが女王にはあった。くっきりした目、流れるような銀髪。美貌含めて。
「初めまして、ロルフさん、サンディさん、レイラさん、ルーシーさん。さっ、どうぞこちらに座って」
しかし、物腰は柔らかくミアとは正反対だった。ミアは気が強く、そんなものなど欠片もなかったのだから。まあ、そういうのはサンディで慣れてはいたのだから平気ではあったのだが。
王達は左からミア、女王、王の順に座っている。ロルフたちはミアの前からルーシー、ロルフ、サンディ、レイラの順で座る。
ミアは不貞腐れていた。不満を隠そうともしない。
話は主に女王が仕切っていく。王はしきりに汗を拭いており、妻の尻に敷かれているのがよく分かった。
「あ、そうだわ。聞いていると思うけど、ミアは蝶を使えないから安心してね。これよ」
「あっ」
女王がミアの左腕を掲げる。白くか細い腕、銀製の腕輪が付いていた。魔法を封じているらしい。それも器用なことに、あの幻覚のみを。技術力の高さにロルフは感心した。
一切話さないミアのことは気になったが、ロルフたちもいつまでもこの国にいるつもりはない。褒賞金を受け取ったら、さっさと次の場所に行きたい。そう思っていた。
今後の予定を女王に聞かれた時だった。ロルフは考えていた通りに、国を出て行くことを伝えた。
そこで、今まで黙っていたミアが口を開いた。
「……私も行く」
「ミア?」
「ねえ、お母様。私もロルフたちと一緒に旅をしたい。だって、このままじゃ……」
その目は切実だった。……彼女は本気だ。ミアのことは嫌いではないが、それは不可能だろう。しかし、お姫様のわがままは止まらなかった。
魔法が止められて相当に鬱憤が溜まっていたのか。行きたい、付いていきたい、ロルフと一緒にいたい、とそればかり連呼する。
「お黙りなさい。ミア。それはダメよ」
母強し。ミアのわがままは女王の一喝で止まった。ロルフはその言葉にほっとする。万が一、連れて行くことになると身の安全を保障できない。
一時でも、彼女の執事だったのだ。そんな不安定な旅にミアを連れて行きたくはない。
そこからは王も交えて世間話に興じた。これまでの冒険の話や、幻覚洗脳中のことなど。ロルフは彼らが満足するように情緒たっぷりに語った。二度と訊かれないで済むように。
ミアはその間中、ロルフをじっと見つめて、自分からはなにも話さなくなってしまった。話題を振られれば喋るのだが、ずっと上の空だ。
ロルフは不安になった。この国から自分が離れてミアは大丈夫だろうかと。もちろん、問題はないはずだった。むしろ、色々と丸く収まる。
結局、その謁見というか雑談自体は平和に終わり、無事に褒賞金も破格の額を貰えた。しかし、ミアの様子がロルフの心残りになりそうだった。いきなり国中を幻覚洗脳で覆ってしまうなど、彼女の行動力は計りしれないのだ。最後までなにがあるのか分からない。
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