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第1章「悪役令嬢の無双」
第10話「どこかで見たことのある光景」
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屋敷の敷地内はあっさり出ることが出来た。特に誰か歩いている訳でもなかったのだ。正門にある人が一人分出入りできる扉。そこを開けた時に、ぎいっと音が鳴ったのはひやっとしたが。
逆に言えば、そこくらいしか危ない場面はなかった。
屋敷を出れば、そこは街の通りになっている。ここはいわゆるこ高級住宅街みたいなもので、貴族の屋敷が多い場所だった。
ジャン王子との待ち合わせ場所である、噴水には少し歩かなけばならない。
ミラは被っているフードをぐっと抑えて歩き出す。
街は日中であるが、貴族の多い場所だけに閑散としている。精々が広めの道路を馬車が通っているくらいだ。歩いているのは少ない。街路樹が日差しを遮ってくれるのがありがたかった。
こそこそと道を進んでいき、公園を、教会を通り過ぎると、ようやく噴水広場に辿り着いた。
丸い噴水を中心にして、かなり広い広場。賑わっている。カップルらしき者、家族連れ、絵を描いている者。少々人が多すぎやしないだろうか。ミラは集合場所をここにしたのを少しだけ後悔した。
しまった、ちょっと舐めてたかも。まさかここまで混雑しているなんて。
これではジャン王子を見つけるのも、見つけられるのも一苦労になりそうだ。
噴水の縁側に腰掛けているのが何人かいる。とりあえず、あそこに座っていよう。一番、目が行くはず。
ミラは人混みの中を掻き分け噴水まで歩いた。水が出る場所をなんとなく観察する。この場所自体はミラの記憶にあったので、なんなく辿り着いたのだが、この彫像の記憶はなかった。おそらく気にも留めていなかったのだろう。たしか、アイスクリームの売店があって、そっちに気を取られていたのだ。まだまだ幼いのだからしょうがない。今は自分のことになってしまうが。
彫像は――竜の巫女だった。この姿はミラも記憶にある。というか、最近家庭教師に習ったばかりだ。なんでも、過去に竜の巫女は国を救ったことがあるらしい。ゲームで能力を知っている身としては、さもありなんといった感じだが、実際に体感すれば崇めたくもなるだろう。実際、竜教はこの国の人間のほとんどが信仰しているようだ。
竜巫女は目隠しの状態だった。そして、両腕両脚に鎖のちぎれた枷を嵌めている。これは習った絵と同一のものだ。ポーズも一緒。
正拳突きしている。そう、なぜか空手のポーズを取っているのだ。ここまで堂々と建てられていると笑っていいのか分からない。
こんな目立つものよく忘れられていたな、ミラ。もっともこの国の人間にとっては日常風景の一部なのだろうけど。
噴水まで辿り着いても、思わずぼけっとそれを見ていると、肩をぽんぽんと叩かれる。
「なに、ボケっとしてるんだ。ミラ」
声の主はジャン王子だった。
振り返ると、ミラと同じようなフードを被った彼がいた。いや、ミラよりも厳重かも知れない。ローブの前を閉じ、顔しか見えない。それでも溢れ出る気品のオーラが若干漏れていた。
それにしても、デートの待ち合わせで最初の一言目がそれなのか。もっと言うことがないのだろうか。
ミラは不機嫌を隠すこともなく不満気に呟く。
「ジャンお……、こほん。ジャン、やり直し。もっと言い方があるでしょ」
「は? 何を言って――」
訝し気なジャン王子を置いてけぼりにして、もう一度後ろを向く。
ちょっとやり過ぎただろうか。でもこれから何度も繰り返すのだ。この手のことは覚えていて欲しい。ぜひとも。
……まだかな。そう思ったところで、ようやく肩を叩かれる。ミラが後ろを振り向えると、気恥ずかしそうな顔でジャン王子がいた。
「……待たせて悪い、ミラ」
「ううん、全然」
ミラはジャン王子腕に抱き付いた。彼が顔を赤くする。子供のくせにませている反応にミラはふふっと笑った。ミラ自身も顔を赤らめてはいたが。
「ごめん、いじわるしちゃった」
「いや、まあ、いいけど……」
このやり取りで拗ねないあたり、子供なのにしっかりしていると思う。将来への期待が持てる。というか無事婚約破棄を免れたら、この子と結婚するのか。仲を深めるためにもこういうじゃれ合いは必要だろう。ただ前世の自分で出来なかったことをやりたいというのもある。一部、いや、大分?
「それで、どうするんだよ。行く場所は決まっているのか?」
「うんっ。この近くでいつも市場がやっているでしょ。あれ見たいの」
ミラは周辺を見回す。ミラの方は誰も来ていないのだが……、あ、怪しいのがいる。あそこのカップルと……、あの男の人。女の人もか。一人、二人、……五人か。分かる範囲ではだけど。
ジャン王子は取り巻きを巻いてきたつもりなのだろうけど、やっぱりバレてしまっている。それは、しょうがない。ジャン王子は一国の第一王子。逆にこの年の子供に出し抜かれるようでは、警護が不安になる。
彼らには大人しく周りから見守っててもらおう。みんな生温かい目をしているのが気になるが。いや、男性の一人だけ悔しそうな顔をしている。ミラは心配になった。
ああ、そんな目をしていたら、あなたが騎士団につきだされちゃうよ。
「市場か。僕も行ったことないな。面白いものあるかな……」
「行ってみれば分かるよ、未来の王子様。将来の為にも、見ておく必要があるんじゃない?」
「わ、分かってるよ」
この顔は分かっていなかっただろうな。この年齢で理解できるのは充分凄いと思うけど。
ジャン王子と一緒に市場へ向かう。場所はすぐ近くなのだが、一応訊いてみる。
「ジャン、普段使用人にどういう感じなの?」
「なんだ、急に」
「ちょーっと気になっただけ」
「どういう感じって言っても、普通だと思うけどな……」
「怒鳴り散らしたりする?」
「はぁ? そんなことするわけないだろ」
「じゃあ、今日のこと誰かに相談した?」
「してない……」
ミラは微笑ましくなった。
子供ってこんなに分かりやすかっただろうか?
ジャン王子はぷいっとミラから顔を逸らした。訊きたいことを急に話してみたが、一体誰に相談したんだろうか。
「使用人に相談したの?」
「だから、してないって」
「ジャン、自分の嘘が分かりやすいって知った方がいいよ」
「なんだよ、それ」
ジャン王子がようやくこっちを向く。驚いた顔をしている。自覚が無かったのだろうか。この年齢では客観視も難しいか。でもジャン王子なら出来そうではある。
「あ、着いた」
「おい、話を逸らすなって」
「教えてあげてもいいけど――ジャンが恥ずかしいだけだよ?」
「ぐっ、……分かったよ」
ジャン王子が、がくっと肩を落とす。だが、すぐに周りに興味が映ったようだった。この辺はいかにも子供らしくて、ミラはその移り気が羨ましくなった。
「初めて来たけど、すげえな」
「うん、賑やか」
市場は通りの一面――両サイドを出店が埋め尽くしている。さらにその外側は普通の店があった。ミラは常時開かれている訳ではないこの市場に一度来てみたかったのだ。
ゲームで市場に来て買い物するシーンがあるのよねー。それもこのジャン王子とのデートで。
それと同じような雰囲気にミラのテンションが上がる。噴水よりも賑わっているため、ジャン王子にひっついていないと人の流れに流されそうだった。そのため、ぎゅっとより強くジャン王子に抱き付くと、分かりやすく狼狽した彼がミラを見る。
「お、おい」
「なーに。まさか、離れろ、なんて言わないよね」
「いや、このままでいい……」
ミラは悶えっ放しだった。
初心なジャン王子可愛いー。
ゲームにもそういった一面の描写はあったが、今の幼い彼はより強くそれを感じさせた。
逆に言えば、そこくらいしか危ない場面はなかった。
屋敷を出れば、そこは街の通りになっている。ここはいわゆるこ高級住宅街みたいなもので、貴族の屋敷が多い場所だった。
ジャン王子との待ち合わせ場所である、噴水には少し歩かなけばならない。
ミラは被っているフードをぐっと抑えて歩き出す。
街は日中であるが、貴族の多い場所だけに閑散としている。精々が広めの道路を馬車が通っているくらいだ。歩いているのは少ない。街路樹が日差しを遮ってくれるのがありがたかった。
こそこそと道を進んでいき、公園を、教会を通り過ぎると、ようやく噴水広場に辿り着いた。
丸い噴水を中心にして、かなり広い広場。賑わっている。カップルらしき者、家族連れ、絵を描いている者。少々人が多すぎやしないだろうか。ミラは集合場所をここにしたのを少しだけ後悔した。
しまった、ちょっと舐めてたかも。まさかここまで混雑しているなんて。
これではジャン王子を見つけるのも、見つけられるのも一苦労になりそうだ。
噴水の縁側に腰掛けているのが何人かいる。とりあえず、あそこに座っていよう。一番、目が行くはず。
ミラは人混みの中を掻き分け噴水まで歩いた。水が出る場所をなんとなく観察する。この場所自体はミラの記憶にあったので、なんなく辿り着いたのだが、この彫像の記憶はなかった。おそらく気にも留めていなかったのだろう。たしか、アイスクリームの売店があって、そっちに気を取られていたのだ。まだまだ幼いのだからしょうがない。今は自分のことになってしまうが。
彫像は――竜の巫女だった。この姿はミラも記憶にある。というか、最近家庭教師に習ったばかりだ。なんでも、過去に竜の巫女は国を救ったことがあるらしい。ゲームで能力を知っている身としては、さもありなんといった感じだが、実際に体感すれば崇めたくもなるだろう。実際、竜教はこの国の人間のほとんどが信仰しているようだ。
竜巫女は目隠しの状態だった。そして、両腕両脚に鎖のちぎれた枷を嵌めている。これは習った絵と同一のものだ。ポーズも一緒。
正拳突きしている。そう、なぜか空手のポーズを取っているのだ。ここまで堂々と建てられていると笑っていいのか分からない。
こんな目立つものよく忘れられていたな、ミラ。もっともこの国の人間にとっては日常風景の一部なのだろうけど。
噴水まで辿り着いても、思わずぼけっとそれを見ていると、肩をぽんぽんと叩かれる。
「なに、ボケっとしてるんだ。ミラ」
声の主はジャン王子だった。
振り返ると、ミラと同じようなフードを被った彼がいた。いや、ミラよりも厳重かも知れない。ローブの前を閉じ、顔しか見えない。それでも溢れ出る気品のオーラが若干漏れていた。
それにしても、デートの待ち合わせで最初の一言目がそれなのか。もっと言うことがないのだろうか。
ミラは不機嫌を隠すこともなく不満気に呟く。
「ジャンお……、こほん。ジャン、やり直し。もっと言い方があるでしょ」
「は? 何を言って――」
訝し気なジャン王子を置いてけぼりにして、もう一度後ろを向く。
ちょっとやり過ぎただろうか。でもこれから何度も繰り返すのだ。この手のことは覚えていて欲しい。ぜひとも。
……まだかな。そう思ったところで、ようやく肩を叩かれる。ミラが後ろを振り向えると、気恥ずかしそうな顔でジャン王子がいた。
「……待たせて悪い、ミラ」
「ううん、全然」
ミラはジャン王子腕に抱き付いた。彼が顔を赤くする。子供のくせにませている反応にミラはふふっと笑った。ミラ自身も顔を赤らめてはいたが。
「ごめん、いじわるしちゃった」
「いや、まあ、いいけど……」
このやり取りで拗ねないあたり、子供なのにしっかりしていると思う。将来への期待が持てる。というか無事婚約破棄を免れたら、この子と結婚するのか。仲を深めるためにもこういうじゃれ合いは必要だろう。ただ前世の自分で出来なかったことをやりたいというのもある。一部、いや、大分?
「それで、どうするんだよ。行く場所は決まっているのか?」
「うんっ。この近くでいつも市場がやっているでしょ。あれ見たいの」
ミラは周辺を見回す。ミラの方は誰も来ていないのだが……、あ、怪しいのがいる。あそこのカップルと……、あの男の人。女の人もか。一人、二人、……五人か。分かる範囲ではだけど。
ジャン王子は取り巻きを巻いてきたつもりなのだろうけど、やっぱりバレてしまっている。それは、しょうがない。ジャン王子は一国の第一王子。逆にこの年の子供に出し抜かれるようでは、警護が不安になる。
彼らには大人しく周りから見守っててもらおう。みんな生温かい目をしているのが気になるが。いや、男性の一人だけ悔しそうな顔をしている。ミラは心配になった。
ああ、そんな目をしていたら、あなたが騎士団につきだされちゃうよ。
「市場か。僕も行ったことないな。面白いものあるかな……」
「行ってみれば分かるよ、未来の王子様。将来の為にも、見ておく必要があるんじゃない?」
「わ、分かってるよ」
この顔は分かっていなかっただろうな。この年齢で理解できるのは充分凄いと思うけど。
ジャン王子と一緒に市場へ向かう。場所はすぐ近くなのだが、一応訊いてみる。
「ジャン、普段使用人にどういう感じなの?」
「なんだ、急に」
「ちょーっと気になっただけ」
「どういう感じって言っても、普通だと思うけどな……」
「怒鳴り散らしたりする?」
「はぁ? そんなことするわけないだろ」
「じゃあ、今日のこと誰かに相談した?」
「してない……」
ミラは微笑ましくなった。
子供ってこんなに分かりやすかっただろうか?
ジャン王子はぷいっとミラから顔を逸らした。訊きたいことを急に話してみたが、一体誰に相談したんだろうか。
「使用人に相談したの?」
「だから、してないって」
「ジャン、自分の嘘が分かりやすいって知った方がいいよ」
「なんだよ、それ」
ジャン王子がようやくこっちを向く。驚いた顔をしている。自覚が無かったのだろうか。この年齢では客観視も難しいか。でもジャン王子なら出来そうではある。
「あ、着いた」
「おい、話を逸らすなって」
「教えてあげてもいいけど――ジャンが恥ずかしいだけだよ?」
「ぐっ、……分かったよ」
ジャン王子が、がくっと肩を落とす。だが、すぐに周りに興味が映ったようだった。この辺はいかにも子供らしくて、ミラはその移り気が羨ましくなった。
「初めて来たけど、すげえな」
「うん、賑やか」
市場は通りの一面――両サイドを出店が埋め尽くしている。さらにその外側は普通の店があった。ミラは常時開かれている訳ではないこの市場に一度来てみたかったのだ。
ゲームで市場に来て買い物するシーンがあるのよねー。それもこのジャン王子とのデートで。
それと同じような雰囲気にミラのテンションが上がる。噴水よりも賑わっているため、ジャン王子にひっついていないと人の流れに流されそうだった。そのため、ぎゅっとより強くジャン王子に抱き付くと、分かりやすく狼狽した彼がミラを見る。
「お、おい」
「なーに。まさか、離れろ、なんて言わないよね」
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