婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

文字の大きさ
15 / 52
第1章「悪役令嬢の無双」

第15話「いつからこうなったのだろう」

しおりを挟む
 怒涛の様に可愛い、美しい、好きと言われ、ミラは顔が熱くなってくる。しかも、ミラの顔を真正面から見つめ、まっすぐに言ってくるのだから始末に負えない。ミラは周りから生温かい視線を痛いほどに感じた。褒められるのは嬉しいが、今、この場でこういう風に言われるのは恥ずかしい。二人きりの時に――いや、それはそれで耐え切れる気がしない。とにかく止めないと。

「ま、待って。もういいから、いいから、本当に……」

「む、なんでだ」

「なんでって」

「……俺に言われるのは嫌だったか?」

「そうじゃなくって」

 ジャン王子が謎に詰め寄ってくる。一体どこで覚えたのか。最近のジャン王子は隙あらば褒め殺しをしてこようとする。

 片手を握られ、ドキッとする。

「ここじゃ恥ずかしいの。も、もう少し周りがいない時に、そういうのは言って欲しいなーって」

「そうなのか? ぜひとも今日の参加者にもミラの素晴らしさを語りたいくらいなんだけど」

「本当にやめて。私が恥ずかしさで死んじゃうから」

「そうか……。残念だな」

 ジャン王子は本気で残念そうだった。ミラが握られている手を掴んで、本気で言うとさすがに伝わったらしい。

 ミラは、一体なぜこうなってしまったのかと思った。

 おかしい。前はこんなキャラじゃなかった。こっちが押す側だったのに。

 最近のジャン王子は、どこかおかしかった。彼にやたらと照れさせられている気がする。毎回毎回こうでは心臓が持たない。周りも、彼が婚約者だから止めないときているのだから、一度始まるとミラが止めるしかない。

 後ろで愉快そうにしているジェイが憎たらしい。まさか、彼の入れ知恵だろうか。

「くくっ。ん? ……あー、ミラ。もう一人来たぞ?」

「もう一人?」

 ジェイが意味不明なことを言う。誰のことだ、そう思っていると――

「ミラ、ジャン王子から離れなさい」

「ニア? どうしたの?」

 後ろからニアが抱き付いてきた。朝の雰囲気とは異なり、どこか固い。なんとなく尻尾を逆立たせている猫を思い浮かべる。

 もっとも、ニアに訊きながらもミア自身原因は分かりきっていた。

「ニア。そんなにひっつかれていると、ミラが迷惑そうだよ」

「ふん、ジャン王子には関係ありません。あなたこそ、手を離したらどうなんです? 婚約者ともあろうものなら、もっと余裕を持ったらどう? 鼻息荒くミラを見ないで」

「……ニアに言われたくないな。ミラのドレス選びの時に、君のせいで大変だと聞いたぞ。ニアが興奮して煩いって」

「やかましいです。まだ、婚約者のくせに私達二人の時間を取らないでくれる?」

「そっちこそ。ただの姉のくせに、婚約者との逢瀬を邪魔するのか?」

「は?」

「あ?」

 バチっと二人の視線の間で火花が散った気がした。ここまで会った途端に喧嘩できるのも、ある意味才能ではないだろうか。

「……二人とも仲良しね」

「そんなわけないでしょ」

「そんなわけないだろ」

 見事にハモリを利かせて、二人が否定する。やっぱり、仲が良い。

 変わったことの一つ。ニアのジャン王子に対するこの反応だ。ミラは、なんでこうなったんだろう、と少し呆れた。

 ハモったことが気に食わなかったのか、ニアとジャン王子はまた睨み合っているようだった。ジャン王子が苦々し気にミラの横――ニアの顔のあたりを見ている。綺麗な顔が台無しである。

 果たして先に折れた……、というか、話を変えたのはジャン王子の方だった。

「はぁ。……ミラ、誕生日プレゼント持ってきているから、期待してろよ」

 ニアに対する態度とは打って変わって、彼はにっこりと微笑んでくる。まだこの世界に来て一年も経っていないが、彼の王子様スマイルは年々凄みを増してきている。主に女性を誑かしそうという意味で。

「ありがとう。ジャン王子」

 ミラが控えめにお礼を言うと、ジャン王子はミラの頭に手をやろうとして――ベシッと、ニアに叩き落とされた。

 笑顔だが、一瞬にしてそれが凍り付いたような表情になる。日向の様な気配は、極寒に変わった。だが、それをぐっと抑え、また日向の気配になる。王子様モードであるが、出てくる言葉は凍り付いていた。

「ミラ、そこの姉を放って、早く俺のそばにきてくれるのを待ってるぞ」

「う、うん」

「ミラ? ダメよ、こんな男」

 ぐりぐりとニアが頭を肩に擦りつけてくる。仮にも王子に向かって、こんな男呼ばわりとは、中々に大胆だ。だが、最近はいつもこの調子なのでいい加減慣れてきた。適当にあしらってもいいのだが――

「えっと……」

 ミラが返答に困っていると、ジャン王子が勝ち誇ったような顔になった。こういう所はまだまだ子供っぽい。

 だが、別にジャン王子のそばに早く行きたいという意味のつもりはなかった。婚約破棄されては困るが、ニアの反感を買うのも困るのだ。だから、こういう場面には慣れてても反応が遅れる。

 ミラの様子が面白くなかったのか、ニアの抱き締める力が強まった。

「ちょ、ニア苦しい……」

 ミラが苦しんでいる中、ジェイがジャン王子の肩を叩く。

「ジャン、そろそろ挨拶しておかないと、時間がないぞ」

「ん? ああ、そうだな。ミラ、また後でな」

 ジャン王子がミラの手を取る。彼はミラがなにか言う前に、チュッとリップ音をわざとらしく鳴らせて、手の平に軽くキスを落とした。

 ますますニアの力が強まり、さすがに冗談ではなく苦しくなってくる。

「ジャン~」

「中々お相手してくれないお返しだ、ミラ。……ニア、あまり強くすると本当に嫌われるぞ」

「ふんっ」

「またな、ミラ」

「う、うん」

 手の平がじんじんする。別にこの世界では挨拶みたいなものではあるけど――

「ミラ?」

 背後からの不穏な響きにビクッとする。いつの間にかニアの抱き締める力は弱まっていた。

「そんなにジャン王子がいいの? お姉ちゃんから離れちゃまだダメだよぉー」

「そんなんじゃ、いや、そうだけど……。じゃなくて、まだまだ先の話でしょ」

「だって、だって。ミラ、そんな耳まで真っ赤にして……。お姉ちゃんにそんな顔してくれたことないじゃん」

 耳まで真っ赤ってそんなわけ……。

 ミラは思わず耳を触ると――熱かった。ミラは心臓が跳ねる思いだった。

 え? 本当に。さっきまで、この熱さを持った顔でジャン王子と話してたってこと?

 言葉では冷静なつもりだったのに、バッチリ顔に出ているということだったのか。

「そ、そんな……」

「ねぇねぇ、ミラー」

 ミラが心臓の鼓動を早めている間、ニアがかまって、かまってと揺すってくる。

 正直、それどころではない。動揺がミラの中で渦巻く。

 こ、この後、誕生日プレゼント渡されるのに、どんな顔すればいいの……。

 ミラの頭の中には、優しいジャン王子の顔がチラつき――ぷすぷすと顔から火が出そうだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

逃げたい悪役令嬢と、逃がさない王子

ねむたん
恋愛
セレスティーナ・エヴァンジェリンは今日も王宮の廊下を静かに歩きながら、ちらりと視線を横に流した。白いドレスを揺らし、愛らしく微笑むアリシア・ローゼンベルクの姿を目にするたび、彼女の胸はわずかに弾む。 (その調子よ、アリシア。もっと頑張って! あなたがしっかり王子を誘惑してくれれば、私は自由になれるのだから!) 期待に満ちた瞳で、影からこっそり彼女の奮闘を見守る。今日こそレオナルトがアリシアの魅力に落ちるかもしれない——いや、落ちてほしい。

【完結】元悪役令嬢は、最推しの旦那様と離縁したい

うり北 うりこ@ざまされ2巻発売中
恋愛
「アルフレッド様、離縁してください!!」  この言葉を婚約者の時から、優に100回は超えて伝えてきた。  けれど、今日も受け入れてもらえることはない。  私の夫であるアルフレッド様は、前世から大好きな私の最推しだ。 推しの幸せが私の幸せ。  本当なら私が幸せにしたかった。  けれど、残念ながら悪役令嬢だった私では、アルフレッド様を幸せにできない。  既に乙女ゲームのエンディングを迎えてしまったけれど、現実はその先も続いていて、ヒロインちゃんがまだ結婚をしていない今なら、十二分に割り込むチャンスがあるはずだ。  アルフレッド様がその気にさえなれば、逆転以外あり得ない。  その時のためにも、私と離縁する必要がある。  アルフレッド様の幸せのために、絶対に離縁してみせるんだから!!  推しである夫が大好きすぎる元悪役令嬢のカタリナと、妻を愛しているのにまったく伝わっていないアルフレッドのラブコメです。 全4話+番外編が1話となっております。 ※苦手な方は、ブラウザバックを推奨しております。

【完結】ヒロインに転生しましたが、モブのイケオジが好きなので、悪役令嬢の婚約破棄を回避させたつもりが、やっぱり婚約破棄されている。

樹結理(きゆり)
恋愛
「アイリーン、貴女との婚約は破棄させてもらう」 大勢が集まるパーティの場で、この国の第一王子セルディ殿下がそう宣言した。 はぁぁあ!? なんでどうしてそうなった!! 私の必死の努力を返してー!! 乙女ゲーム『ラベルシアの乙女』の世界に転生してしまった日本人のアラサー女子。 気付けば物語が始まる学園への入学式の日。 私ってヒロインなの!?攻略対象のイケメンたちに囲まれる日々。でも!私が好きなのは攻略対象たちじゃないのよー!! 私が好きなのは攻略対象でもなんでもない、物語にたった二回しか出てこないイケオジ! 所謂モブと言っても過言ではないほど、関わることが少ないイケオジ。 でもでも!せっかくこの世界に転生出来たのなら何度も見たイケメンたちよりも、レアなイケオジを!! 攻略対象たちや悪役令嬢と友好的な関係を築きつつ、悪役令嬢の婚約破棄を回避しつつ、イケオジを狙う十六歳、侯爵令嬢! 必死に悪役令嬢の婚約破棄イベントを回避してきたつもりが、なんでどうしてそうなった!! やっぱり婚約破棄されてるじゃないのー!! 必死に努力したのは無駄足だったのか!?ヒロインは一体誰と結ばれるのか……。 ※この物語は作者の世界観から成り立っております。正式な貴族社会をお望みの方はご遠慮ください。 ※この作品は小説家になろう、カクヨムで完結済み。

彼女が高級娼婦と呼ばれる理由~元悪役令嬢の戦慄の日々~

プラネットプラント
恋愛
婚約者である王子の恋人をいじめたと婚約破棄され、実家から縁を切られたライラは娼館で暮らすことになる。だが、訪れる人々のせいでライラは怯えていた。 ※完結済。

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

【完結】モブの王太子殿下に愛されてる転生悪役令嬢は、国外追放される運命のはずでした

Rohdea
恋愛
公爵令嬢であるスフィアは、8歳の時に王子兄弟と会った事で前世を思い出した。 同時に、今、生きているこの世界は前世で読んだ小説の世界なのだと気付く。 さらに自分はヒーロー(第二王子)とヒロインが結ばれる為に、 婚約破棄されて国外追放となる運命の悪役令嬢だった…… とりあえず、王家と距離を置きヒーロー(第二王子)との婚約から逃げる事にしたスフィア。 それから数年後、そろそろ逃げるのに限界を迎えつつあったスフィアの前に現れたのは、 婚約者となるはずのヒーロー(第二王子)ではなく…… ※ 『記憶喪失になってから、あなたの本当の気持ちを知りました』 に出てくる主人公の友人の話です。 そちらを読んでいなくても問題ありません。

処理中です...