婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

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第1章「悪役令嬢の無双」

第16話「プレゼント」

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 パーティーは順調だった。

 特にトラブルも起きず、決めていた行程通りに進んでいく。とは言っても、お父様が開催の宣言と挨拶をしているくらいで、あとは食べてお喋りし、誕生日プレゼントを渡すイベントがあるだけだ。

 例外と言えば、自分のチョロさ加減に気付いたことくらいである。ミイラ取りがミイラになる――まさか、この身を持って証明するとは思わなかった。

 ニアに絡まれながらも、チラつくイメージ雲散させ、ミラはどうにか平静を取り戻していた。頭の片隅には残り続けているが。

 婚約破棄されないためにもジャン王子に惚れられるのは良い。今は少々度が過ぎている気がするし、ぐいぐいと王子の魅力を本領発揮し始めているのは、心臓に悪いけど。

 姉のニアに好かれるのもいい。こっちも、やっぱり度が過ぎ始めている気はするし、ジャン王子との喧嘩も多すぎるけど。まあ、じゃれ合いの範囲に収まっていると思う。多分。

 そう、どっちも好かれる分にはいいのだ。だが、自分が惚れてしまうのはまずい。色々と困る。恋は盲目だ――前世の日本で使い古されてもうボロボロなんじゃないかと思う言葉、いや、格言――真理を突いていると思う。特に、前世で浮気された経験のある身としては。

 ともかく、婚約破棄を逃れるという目的の背後には、この世の人生というものをベットしている以上、冷静な立ち回りが望ましい。そこに惚れるという感情は、失敗への一歩になりかねない。

 頭では、理解してる。感情がそういかないことも過去の経験から分かっている。だから、とにかく落ち着かなければ。流されずに全体を俯瞰しなければならない。

 お父様の挨拶が終わる頃には、ミラの頭は澄み渡っていた。

 誕生日席に座るミラに列が出来始める。

 わあー……、今からこれ全部相手にしないといけないのか……。

 ミラが若干、笑みを引き攣らせていると、お父様とお母様がやってくる。ニアも一緒だ。

「ごめんなさいね。挨拶は私達がプレゼント渡してからでいいかしら」

「すまんな」

 一番初めに挨拶してくれようとしていた男性が慇懃に頭を下げ、後ろへ下がる。両親はメイドを伴っており、ニアは後ろに何かを隠している。上機嫌が隠しきれておらず、ふんふんと鼻歌を歌っていた。こういう所は可愛らしいと思う。ミラよりも誕生日パーティーを楽しんでいる。さっきも、立食形式の料理をこれでもかと自分の皿に乗せているのを見かけた。ゲームでは、男性よりの女性に人気のある、瘦身の女性だったはずだがよく太らないと思う。運動していると、やはり違うのだろうか?

「ミラ、誕生日おめでとう。これが、私の誕生日プレゼントだ」

 お父様の後ろにいたメイドが、白い布に包まった物をもって目の前にくる。するっと開かれた布の中にあったのは、短剣だった。

 黒い陶器の様な鞘に、黒い金属製の柄。ミラは思わずにはいられなかった。

 これ……、まだ幼い少女に渡す誕生日プレゼントなの……?

「ミアお嬢様、どうぞ」

 メイドがずいっと短剣を差し出してくる。

 おそるおそる手に取ってみると、見た目よりもずしっとしていて重い。竜巫女の力を使わなければ、とてもではないが剣として振るえない。

 まあ、これから危ないこともあるかもしれないし……。心配してくれたのかな。

「えっと、ありがとう、お父様」

「ああ。手入れだけはしときなさい。錆びてしまうからな」

「う、うん」

 お父様がそっと頭を撫でる。大きな手だった。ちょっと斜め上の誕生日プレゼントのような気がするが、大事にしよう。護身用には使える。

「次は私ね」

 お母様がメイドに合図する。

「私はね、これよ」

「あ、これ……」

 お母様の後ろから出てきメイドが見せてきたのは、ドレスだった。今着ているものよりも、少しだけ大人っぽい、黒と赤を基調としたデザイン。長袖のドレスは、プリンセスをイメージさせる。

「うふふ、ミラちゃん気に入っていたものね」

「ありがとうっ、お母様っ」

 思わずお母様に抱き付く。貰えることも嬉しいが、覚えてていてくれたことが嬉しかった。これを欲しがったのは大分前なのだ。

「あらあら、まだまだ沢山貰えるのだから、はしゃいじゃダメよ。それと、……お父さんが悲しそうな顔してるわよ」

 お母様は後半を小声で囁いた。ちらっと、お父様を見るとお母様の言う通りだった。

 しまった。嬉しくて、つい行動に出てしまった。さっき、冷静になるように自分で戒めたばかりなのに。

 ミラはお母様から離れ、お父様にも抱き着く。

 えーと、さすがに恥ずかしいけどしょうがない。こんなことで嫌われるわけないけど、好感度は高い方がいい。

 お父様を見上げ、なるべく可愛らしく――

「お父様、そんな悲しそうな顔しないで。お父様のもたくさん嬉しいよ」

「お、おお。そうか。ありがとうな、ミラ」

 よかった、しっかり効いているようだ。上目遣い、可愛らしい声、嬉しいとはっきり言葉にする三点コンボは。

 お父様は涙が出そうになるほど喜び、優しく背中を擦ってくる。周りの視線が少々キツイが仕方がない。

「ねえー、まだー」

 しんみりとした雰囲気をぶち破るように、ニアが後ろから揺すってきた。

「ごめんな、ニア。ミラ、ほらお姉ちゃんからも貰えるよ」

「うんっ!」

 ミラはお父様から離れて、元の席に戻る。

「お姉ちゃんからはねー、これだよっ」

 席に戻るなり、ニアから両手を突き出される。そこにあったのは、黒と白のリボンだった。

「お揃いだよ。こっちがミラのっ」

 ニアが差し出したのは黒い方のリボンだった。シンプルなデザインのもので、今は髪をセットしてるので付けられないが、単純に普段から使えそうで嬉しい。

 ミラはリボンをぎゅっと抱き締めた。大事にしよう。

「ありがとう、お姉ちゃん。大事にするね」

「……ぎゅっ、は?」

「え?」

「ぎゅっ」

 そこにいたってミラはようやくニアの言いたいことが分かった。ニアはいつまで甘えん坊なのだろうか?

 ニアに近付き、ぎゅっと抱き締めてお礼を言う。

「お姉ちゃん、ありがとう」

「うんっ!」

 耳元で喜ばれ、耳がキーンとする。本当に元気がいい。このお転婆娘がどうやって男装の麗人になるのだろう。今のミラにとっての結構大きい謎だった。

 両親と姉のプレゼント渡しが終わり、次は――

「ミラ、俺からはこれだ」

 ミラの前に現れたジャン王子。彼はニア同様に、手をずいっと差し出してくる。顔を逸らしながら、チラチラとこちらの様子を窺っていて面白い。妙な所で照れ屋だ。

「ジャン、これって……」

「言ったろ。買ってやるって」
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