婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

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第2章「未来はなにも分からない」

第27話「氷上のダンス」

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 何百羽、何千羽という鳥はミラ達を嘲笑う様に、道の周りを飛んでいる。

「ミラ、ここまで来てくれ。後ろにいると割れるかもしれない」

 ジャン王子に言われ、ミラは二人の元へそろそろと歩き出す。そっと歩いているためか、ヒビが入る音もなく、見た目にもヒビは入ってこない。

 ミラは念のため、二人に注意を促す。

「うん。もし割れたら、先に走ってよ、二人とも」

「もちろんだ」

「ミラを一人にするわけないだろ。一緒に落ちる」

「ちょっと笑わせないでよ、二人とも」

「ジャン、一緒に落ちてどうするんだよ。先に行って階層主を倒した方が得だろ」

「ミラを一人で落とすわけにいかないだろ。そんな怖い目に合わせたくない」

「はぁー……、お前の惚気は分かったって。頼むから、一緒に落ちるなよ。迷宮の外に出るだけなんだぞ」

「でもな……」

「ジャンまで落ちて、ジェイ一人で階層主を倒せなかったら、三人一緒に試験に落ちちゃうじゃない」

 まったく、正反対なことを二人でいうものだから足がプルプルしてしまった。変な汗を掻いた気がする。

 二人が言い合っている間にもミラは彼らのもとに辿り着いた。横並びになり、真ん中にミラが陣取る。なんだか、運動会の徒競走を思い出す。一番になった試しがなかったけど。

「だから、誰か落ちても走り続けないと」

「……分かった」

「ジャン、絶対だからな。俺だって、受けなきゃいけない授業があるんだよ」

「分かってるって」

 ジャン王子はやや不服そうに頷く。……ミラが落ちたら一緒に落ちて来てしまいそうだ。絶対に落ちないようにしないと。

 このまま注意しても平行線なので、ミラは手打ちして、話を変える。今は目の前の迷宮攻略に集中しないと。ミラにだって学びたいことはある。というか家柄上、学ぶ必要のあるものがあった。

「よし、行きましょう。でも、あのモンスターはどうする?」

「……倒すと余計に暴れて収拾がつかなくなりそうだからな。なるべく、刺激しない方向でいこう。やる時は一気にだ、でも立ち止まるなよ」

「そうね。それがいいわ」

「倒す時は言ってくれ、全部斬ってやる」

「わあー、さすが学園一の剣士は言うことが違うね、……ニアも今のを聞いたら喜びそう」

「……斬られたいのか、ミラ?」

 ジェイは睨むようにこちらを見ていた。ただ、耳まで真っ赤にして。なんとも分かりやすい。ニアは本当に気付いていないのだろうか。

 ……こんなに分かりやすいというのに。

「ジェイ、ミラを斬ったらお前でも殺すぞ?」

「冗談に決まってるだろ。やめろ」

 ジャン王子は自身の剣に手を置き、ジェイを睨む。いつから、こんな暴走屋さんになってしまったんだろう。

「二人とも喧嘩しないで。早くしないと追いつかれちゃうでしょ」

 二人は口を閉ざし、前を見る。ミラはいささか不安になった。

 大丈夫かなぁ……。

「せーので、行くよ。モンスターは極力攻撃しない。通り抜けるだけ。いい?」

「大丈夫だよ、ミラ」

「ああ」

「うん、じゃあ行くよ、……せーのっ」

 ミラの掛け声を合図に、三人は一斉に走り出した。一定の速度で距離を測り、道の先に進む。

 四階層への入口でもある、ここのゴールは見えてはいた。ただ、かなり遠く、すぐには辿り着かないだろう。分かるのは岩壁があることだけ。二階層からの出口は周辺が岩の壁で出来ていたように、四階層への入口は周辺も同じだった。構造としては、対になっている岩壁の間を一本の氷の道が走っている。まるで悪夢を再現したような場所だった。

 シンプルだし、行くべき場所は分かっているが、一、二階層よりもかなり厳しい場所だ。なにしろ一度失敗すれば、迷宮の外という振り出しに戻ってしまうのだから。

 走っているそばから、氷が割れていく。後ろを振り返る余裕はないが、きっと今走ってきた道は無くなっているだろう。

 予想外だったのは氷の割れる音の大きさだった。通常の氷と違うのか、周りが静かすぎるからなのか。三人の息遣いや、走っている音、なにより氷の割れる音がやけに大きく響く。

 当然、モンスターはそんな音を立てて走っている餌を見逃してくれない。甲高い鳴き声を立てながら、数千羽はいるだろうと思えるモンスターの鳥がミラ達を襲おうとしていた。

 左右、前方。後ろからは鳴き声だけが分かる。割とマズい状況ではある。

 ミラは数舜考え、一つ思いつく。この方が早い。方向を失敗したら終わりだけど。でも、落ちたところでどうせ死ぬわけじゃない。

「二人とも、ちょっと息止めてて」

「ミラ?」

「何する気だ?」

「こうする、のっ!」

 ミラは左右を走っていた二人を無理やり抱える。ぐっと落ちないようにする。

「ミラ、嫌な予感が――」

「はぁ――」

 この方が早い。ミラは足に力を込める。バキっと氷が割れる音が、聞こえた。次の瞬間には割れる。その直前、前傾姿勢になったミラは勢いよく前方に向かって飛び出した。

 びゅん、びゅんと周りの景色が後方へ飛んでいく。間近まで迫っていたモンスターの鳥の姿が一瞬にして見えなくなった。

 さすがに一回の跳躍では届かない。

 ミラが氷の道を踏む度にバキっと音がし――跳躍。モンスターの鳥は次から次に現れ、ミラ達を襲って来ようとするが、まるで追いつかない。

 流れる風が気持ちいい。普段、ここまで力を使わないので、なんとも言えない解放感がある。この二人しかいないからこそ使えていた。

 階層主の戦闘場らしき場所が見えてくる。同時に次の階層への入口でもある場所。今までの傾向を見る限り、階層主がいる場所には、そのモンスターの特徴を最大限に生かせるフィールドが存在する。暗がりや、熱帯雨林――この階層の場合は、そっけない広場だった。

 四階層に続く入口とその周辺にだけある岩壁。手前には岩で出来た円形の広場があった。しかし、他にはなにもない。それに階層主らしきモンスターの姿も見えない。

 バキンっ、また氷が割れる。景色が後ろに飛ぶ。鳥の鳴き声が耳に纏わりつき、掻き消える。

 みるみる四階層入口への広場へ近付き――着いた。二人を抱えたまま、両脚だけで広場の岩を削り――小さい石があたりに飛んでいた――ようやく勢いを殺し切って、止まった。

「とーう、ちゃくっ!」

 ぱっと手を離してしまい、二人がどさっと落ちてしまった。

「あっ」

「……ミラ、今度からこういうのは一言いってくれないか。心臓に悪い」

「俺はもう諦めた」

 広場の上でミラは散々に言われる。

「ごめん、この方が早いと思って。あのままだと、全員ダメそうだったし」

「まあ、効果はあったな……」

 ジャンが今まで走って来た、否、ミラが飛んできた道を見る。氷は割れてなくなっており、モンスターの鳥は散開していた。周りを見れば、いないことはないが、遠巻きにこちらを窺っている。

「ジャン、たまには止めろ、お前の暴走婚約者」

「これもミラの可愛いところじゃないか。大体ジェイは、その言葉ニアに言えるのか? あいつも大概だろ」

「ぐっ、はあ、本当お前ら仲が良いよな……。それに、ニアはいつになったら気付いてくれるんだよ、ミラ」

「いやー、それは、あはは……」

 ニアについてはジェイに頑張ってもらうしかない。どうにも異性に対する意識というのが、まだ芽生えていないのだ。今はそういうことに向いていないだけで、チャンスはあると思う。ただ、ゲームでどうだったのか、この辺は描かれていないので分からなかった。
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