婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

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第4章「竜巫女の呪いと祝福」

第49話「ミラは認めない」

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 ハンナはミラを見上げていた。なんて情けない顔をしているのだろう、とミラは思った。彼女がこんな顔をする必要は無い。彼女の半生を聞いたが、徹頭徹尾『竜教』がすべての元凶だ。怒りが湧いてくる。

「……そんな顔をするのはやめなさい。綺麗な顔が台無しよ」

「ミラ先輩」

 頭を撫でていた手が掴まれる。誘導された先は首――真っ白な首輪がある場所だ。

「私を殺して、生きてください」

 ハンナは真剣なのだろう。だが、ミラにとっては到底受け入れられるものではなかった。曲がりなりにも好いた後輩なのだ。それを、殺せと言われて、出来るはずがない。

 それに、ミラには疑問があった。

「ハンナ、それは出来ないよ」

「なんでですか、それしか方法がないんですよ」

 ミラを掴む手が強まる。彼女はさっき自身で言っていたように『竜巫女』の力を使える。怪力もその内の一つ。ミラはハンナの首を絞めないように抵抗するが、いつまでもこうしていても仕方がない。

「その首輪、本当に外せないの?」

「……無理ですよ。さっき、言ったじゃないですか。私だって散々試したんですから」

 ハンナは本当に色々試したのだろう。

 だが、ミラはゲームで首輪のことを知っていた。ゲーム内では、竜の加護が得られる的な神聖なアイテム扱いをされていたが――まさか、実際は奴隷の首輪だったとは。そんなことはどこにも書かれていなかった。

 そもそもこの首輪、ゲーム内のハンナは普通に外していた。今考えれば、悪役令嬢としてのミラが婚約破棄後、ミラとの戦闘をした後からではあった気がする。それに、首輪は外しても、なにかしら別のものを装着して首元は確かに隠れていた。

 外す場面は見ていないが、言及していた。

「これはどうかしら」

「え?」

 ミラはハンナの怪力にしたがって、首元に手をつけた。もちろん、首は絞めない。代わりに『竜巫女』の力の一つである、回復魔法を首輪に掛ける。ミラの手から緑色の光の帯が漏れ出る。白い首輪を覆う。

「あったかい……」

 ハンナの力が弱まった。緑色の光はすーっと白い首輪に吸い込まれ――首輪が割れた。パカっと、いとも簡単に二つに別れる。ハンナの首には黒い鱗があった。光沢があり、硬そうだ。

 ミラは取れた首輪を手に取った。ハンナの目の前で見せる。

「取れたわよ」

 予想通りだった。ゲーム内で言及されていたのは、ハンナが手から緑色の光を出し、チョーカーを外していたという記述だったが、覚えておいてよかった。浮かんだイメージが綺麗だったのか、印象に残っていたのだ。

 しかし、こういうのを灯台下暗しというのだろうか。自分の回復魔法を、わざわざ首輪に掛けようとは、まぁ、思わないのかもしれない。

「……え?」

 ハンナは目を見開き、外された首輪を見ていた。次いで、ぺたぺたと自身の首元を触り始める。突然がばっと起き上がると、首輪が彼女にひったくられる。

「外れてる、……外れてますよっ! ミラ先輩っ!」

「見れば分かるわよ」

「なんで、外せたんですかっ?」

 ゲームのことは話して意味が分からなそうだし――

「なんとなく?」

「……そんな可愛い顔しても騙されません」

「だって、本当にそうだし」

「まぁ、いいですよ。今は」

 じとっとミラを見た後、彼女は抱き付いてきた。

「本当にありがとうございます、ミラ先輩。このお返しは必ずします。私の命を賭けても」

「いやいや命は賭けないで」

 ぽんぽんとハンナの背中を叩きつつ、彼女を諫める。せっかく首輪を外したのに、それでは意味がない。

「じゃあ、私の体で……」

「やめなさい」

 地下で実験ばかりされていたという割に、変な知識を身に付けすぎじゃないだろうか。

「むう、ミラ先輩、ダメばっかり。じゃあ、どうすればいいんですか」

 ハンナは少し離れると、じっとミラを窺ってくる。無駄に可愛い顔面が間近に迫る。思わず顔を背けると、不満そうな声が聞こえてきた。

「ミラせんぱーい」

「とりあえず、ここを出ることが最優先でしょ。首輪外したんだから、竜教の方に伝わってるんじゃないの?」

「……あ、そうですね。外れた嬉しさで忘れてました」

「ついでにそのおかしなテンションも治しなさい」

「ミラ先輩、ひどーい」

 さっきまでの悲壮感はどこにいったのか、テンションが高い。あと、少々ウザイ。いや、それはいつものことか。

 ハンナがぐりぐりと肩に頭を押し付けてくる。

「正直、どのくらいで竜教のやつらが来るのかは分かりません。それに逃げ出せても、生きていけるのか。私を放っておくとは思えませんし。……ここを逃げ出したら、国外に行きます。ミラ先輩はジャン王子をしっかり繋ぎ止めておいてください。憎たらしいですが、彼なら大丈夫なはずです」

「何言ってるの、ハンナ。一緒に学園に通うに決まってるでしょ。この際だからジャン王子にも言って、教会の膿は出し切るわ。その時にあなたがいないと困るじゃないの。当事者なんだから」

「い、いいんですか?」

「もちろん。今さら、私の後輩をやめる気?」

 ハンナは無言でミラに抱き付く力を強める。この娘も強情だ、しっかり見とかないと。

 ジャン王子もジェイも、ニアだって彼女が勝手にいなくなることなんて許さないだろう。ジャン王子は特に自国のことが関与しているのだ、許せるはずがない。

「ねえ、ハンナ。竜教のやつらがどこから入ってくるのとかも分からない? それこそ、ハンナが入って来た出入り口とか」

「それなら分かります。この建物内にある鏡です」

「そこから出入りするなら待ち伏せした方がいいわよね。出入り口って、ハンナが自由に出入り出来るものなの?」

 ハンナは顔を上げた。ミラを見る。

「首輪が外されたので今なら大丈夫です」

 彼女は涙で濡れていた目元をぐしぐしと擦ると、ベッドの上で立ち上がった。

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