婚約破棄されるはずの悪役令嬢は王子の溺愛から逃げられない

辻田煙

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エピローグ「嬉劇のマリオネット」

最終話/第52話「ミラのときめき」

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 街中は何事も無かったように騒がしかった。ジャン王子との待ち合わせ場所である噴水広場まではあと少しだ。子供の頃、ニアに隠れてジャン王子とデートに繰り出したのを思い出す。今日も似たようなものだった。

 ジャン王子と二人だけになりたかったのだ。竜教に誘拐されて戻ってから、ニアとハンナが以前よりも拘束するようになってきており、そのせいで、身動きが取り辛くてしょうがなかった。慕ってくれる気持ちは嬉しいし、気持ちは分かるのだが――いかんせん、ジャン王子との時間まで少なくされている気がした。

 なにしろ一日中、隣にニアとハンナのどちらかはいるのだ。ニアはまた誘拐されるんじゃないかと、ジェイを付き添いにしてずっといるし、ハンナは不穏分子が周りにいないか見張ります、と言って周囲を警戒していた。

 ジャン王子はそこへ割って入れないようで、二人でどうにか時間を作って計画を練った結果、今日は彼とお忍びデートすることになったのだ。まあ、さすがに遠巻きに見ているであろう護衛にまでは隠さなかったが。

 さすがに一度誘拐されていると、身の回りが色々と窮屈になってしまった。今日くらいは解放感が欲しかったが、これくらいが限度だ。

 大体、誘拐が起こる可能性は、もうほぼないと言っていいはずだった。ジャン王子とニア、ジェイの三人が相当暴れたらしい。直接は見れなかったし、聞かせてもらえなかったのだが、竜教の上層部はごっそりと入れ代わったこと、その後の彼らを誰も見かけていないことだけは知っていた。個人的には「黒ハンナ」のことも気になっていたのだが、彼女達は無事らしかった。ハンナが彼女達を語る時に苦笑いをしていたのが気になるが。とりあえず危険はないらしい。黒ハンナの同僚であるハンナが言うのだから舞違いはないのだろう。

 あとは国外の刺客関係だろうが、そもそも国内でゴタゴタしていただけで、わざわざ火中の栗を拾う奴はいないと思う。

 だから、問題ないはずなのだが、ニアやハンナにとっては今だけだ、という心境なのだろう。いつ、また同じようなことが起こるのか分からないと。ニアに関しては、いい加減ジェイが彼女に構ってもらえなくて可哀想なので、そろそろニアとハンナの包囲網が緩和されて欲しかった。

 ミラ自身にとっても、せっかく『運命の日』を乗り越えたのだ。『婚約破棄』もなく、完全になにも無かったわけではないが、破滅への道はなくなった。

 あとはもう、何も気にすることなく過ごせるのだ。どこが破滅に繋がるのか考える必要がない。一気に脳へのリソースが減ったのだが――代わりにジャン王子とのやりたいことが頭を占めてしまった。

 それだけに今日のデートは本当に楽しみだった。

 噴水広場に着くと、人でごったがえしていた。この騒がしい雰囲気がもはや懐かしく感じる。誘拐されている間がやけに長く感じていた。ジャン王子とのデートはちょくちょく行っていたが、やっと日常に戻れた気がする。

「ジャン」

 スラッとした体格を隠せてない男性。ミラも似たような恰好だった。お互いに顔を知られているため、おおっぴらには出来ない。これは子供の頃と変わらない、というか、より一層気を付けるようになっていた。

 だが、魔法で違う顔を装いデートするのも、なんだか違うような気がしていた。ジャンの顔はいつでも見ていたい。この状況はミラのわがままだった。

「ミラ、……護衛は?」

「会って、一言目がそれ?」

「俺はもう嫌だからな、離れるのは」

 ジャン王子に腕をぐっと引っ張られ、彼の腕の中に収まる。今さらこんな距離感はなんでもないはずなのに、心臓の早鐘が止まらなかった。

「ちゃんと周りにいるから……。ジャン離して、みんな見てる」

「手は繋ぐからな」

 ジャン王子は体を離してくれるが、ミラの手をぎゅっと掴んできた。まるで、迷子の子供のようだ。なんだか、前よりも彼の過保護が進んでいる気がした。

「もう……、子供じゃないんだから」

「そう思って欲しいなら、誘拐なんかされないでくれ」

「ぐっ、それはしょうがないじゃん……」

「ミラは油断しすぎなんだ」

 彼の手を掴む力が強まる。自分では何も油断しているつもりはなかったが、一度誘拐されてしまった身としては何も反論できなかった。

「ジャン、私お腹空いたから、ご飯食べましょう」

「おいっ、話はまだ終わって――」

 せっかくデートで説教など聞きたくない。ミラは話が長くなりそうなジャン王子を強引に引っ張っていった。

 昼食時より少し早かったせいか、店内は空いていた。食事を待つまでの間、ジャン王子と話していると、ミラはあることに気付いた。

 自分達が座ったテーブル、その数個後ろに彼女らはいた。

 あれで隠れているつもりなのかな。ニアもハンナもすっかり過保護になってしまっている。ついでにジェイまでいるのは、確実にニアに連れて来られたからなのだろう。

 変装しているつもりなのか、全員伊達眼鏡を掛けていた。あと、目深に帽子を被っている。怪しさ満点で、逆に目立っていた。他の客も訝しがっていた。

「はぁ……」

 ミラが思わず頭を抱えると、ジャン王子が心配そうに訊いてくる。

「どうした? ミラ」

「いや……」

 ここで話すべきか迷う。別に彼女達に悪気はないのだろう。どっちかというと心配していてくれているからなのだろうが……。しかし、今日は、その心配の窮屈さからジャン王子と二人だけのデートになっているわけで――

「後ろのテーブルの客、ニア達なの」

「……なるほど」

 ジャン王子は渋面を作ると、しばし考え込んでいるようだった。正直、あまりいい予感はしない。

「ミラ、いつまでも妹離れ、先輩離れしないはよくないと思うんだ」

「急にどうしたの?」

「ミラは俺の婚約者なんだよな?」

「そうだけど……」

 改まって言われると恥ずかしさが込み上げる。ジャン王子の顔をまともに見られない。

 俯いてしまった顔をジャン王子の手で上げさせられる。間近に見える彼に、反射的に顔を逸らそうとするが、両手で頬を固定され逃げられなくなる。

「やっぱり、普段から見せつけておかないとな」

「へ?」

 一瞬だった。キスをしたことが無いと言えば嘘になる。しかし、ミラやハンナ、ジェイの前で見せつけるようにすることはない。ミラ自身も恥ずかしいし、わざわざするようなものでもないからだ。

 彼の唇が離れる。

 ジャン王子の瞳には、ミラだけが映っている。

 顔が爆発したように熱くなるのと同時に、後方の見物人達が隠れていたことも忘れて騒がしくなり始めた。

 ミラはその様子を見て思わず笑ってしまう。楽しくてしょうがなかった。嬉しくて、幸せで。

 だから、仕返ししたくなった。今のこの気持ちを、愛しい人に伝えたくて。

「ジャン、お返し」

 ついさっき離れたばかりの彼の頬を手で挟み、唇を重ねた。ジャン王子が驚いたのが分かった。

 さらにニア達が騒がしくなる中、ミラは唇を離し、告白する。

「大好きだよ、ジャン」

 久方ぶりに見るジャン王子の照れた顔は、ミラをときめかせた。

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